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第二百二十六話 シルビアさん、もうすぐ出産

 マドリガルタの王宮へ到着した翌日からシルビアさんの実家であるエスカランテ家にて滞在し、それから何日か過ぎた。

 シルビアさんは妊娠三十九週を過ぎて、もういつ産まれてもおかしくない状態だ。

 私は彼女に付きっきりで寝室にいることが多く、勿論一緒に寝ている。

 在室している多くの時間、シルビアさんは読書に没頭。

 私はこの時間を有効に利用してランジェリーのデザインを考案をしている。

 所謂リモートワークなので、ある程度出来上がったらロレナさんに届け、そのついでにシルビアさんが読む本は王宮図書館から借りてきたり、書店から買ってくる。

 王宮図書館には歴史書や学術書、偉人伝記など真面目な本しかないのでそれらを借りるが、頼まれたとある恋愛物語を書店で買ってきて渡す前にチラ見したら、けっこう激しいボーイズラブだった。

 どうしても女の人はこういうのが好きなのだろうか。

 もっとも、普段のシルビアさんは真面目だけれど私とのプライベートはスケベだから、ムッツリお姉さんには違いない。


 ベッドと下着は破水対策万全だ。

 ベッドにはタオルを厚く敷いて、下着は前にロベルタ・ロサリオブランドで売り出した厚めのふんどしショーツを履いてもらっている。

 ちょっとオムツっぽいけれど吸水性が高く安価に作ってあって、それが全国の女性に大好評になったのだからロレナさんはホクホク顔だ。


---


 ある日、王宮図書館へ本を返しに行き、新たに本を借りようと探している時だった。

 図書館内の歴史書ブースは誰もおらずシーンと静まりかえっている。

 あまり好き好んで読む人はそういないからであるが、シルビアさんは女王の執事になるだけあって勉強家なので、とにかく読み漁っている。


『あー あー マヤ君。聞こえる?』


「わっ こんなところでびっくりした」


 胸のペンダントからエリカさんの声が突然聞こえた。

 いつも誰もいない場所を見計らって話しかけてくるが、静かな場所で急だとやはりびっくりする。

 先日はエスカランテ家のトイレだった。

 私がいつもシルビアさんと一緒にいるので目覚めたタイミングで話せる機会がなかなか無いのは仕方ないが、便座に座って用を足す直前に声を出すのは()めて欲しい。


『おー 聞こえてるね!

 この王宮図書館は最初にここへ滞在したとき何度か行ったなあ。

 すごい魔法書があるかと思って探してたんだけれど、意外に無いのよね。

 でもそんな強力な魔法の本なんて誰でも読める場所に置いてるわけないか』


「そう……」


『――シルビアさん、もうすぐだね』


「うーん…… そうだねえ」


『どうしたの? 元気無さそうだけど』


「なんか緊張しちゃってね。前世も含めて初めての子だし、無事に産まれるかいろいろ心配で……」


『子供を産んでない私が言うのも何だけれど、これから君はパティちゃんやヴェロニカ王女、他の女の子たちにも子供を産んでもらうことになるんだよ。

 実際産むのは女だから、旦那が気をしっかりしておかないと奥さんを不安がらせちゃうから』


「ああ。エリカさんの言うとおりだね。

 で、もしエリカさんの身体がもしもだよ。もし戻ったら子供を産むつもりあるの?」


『前にも言ったじゃない、恋人気分でいたいって。

 何も考えていないというか、私に子供なんてねー 育てる資格ないよ』


「――」


 エリカさんの性格をよく知ってるからこそ、私は何も応えられなかった。

 私自身でさえ前世での生活状態を考えれば人の親となる資格は無いと自覚していた。

 ただ、親は子供と一緒に成長するものとも聞いているので、せっかく人生のやり直しが出来る機会が与えられたのならばそうしていきたい。

 チビにゃんたちと遊んでいる時はとても幸せだと感じていた。

 それを気づかせてくれたビビアナとご家族には感謝したい。


---


 また数日後のある日、天気が良いのでエスカランテ家屋敷の庭にあるガゼボにて、私とシルビアさん、ご両親と四人でティータイム。

 そしてお付きのお婆ちゃんメイドさんが一人、産婆の経験があるパウラさんという。

 子爵家といえど農家のせいか庭はガルシア家よりずっと広く、庭の中にまでオレンジ畑があるくらいである。

 部屋の中で閉じこもっているばかりではいけないので、時々シルビアさんと二人でこの庭を散歩もしていた。

 テーブルの上はオレンジづくしで、絞りたての冷たいオレンジジュース、一口サイズのオレンジケーキやオレンジパイなど、リーナがいれば大はしゃぎだろう。

 ビタミンCが豊富なオレンジはむくみの解消にも役立ち、妊婦にとても良いと聞いている。

 シルビアさんは前駆陣痛が時々起きているが、今は落ち着いておりこうしてお茶を飲むことが出来た。

 大事を取ってそろそろ入院をしても良いか病院の先生とも相談している。


「いやあ、マヤ殿! これまで娘のことを献身的に世話をしてくれてありがとう!

 いつ出産の時が来ても安心だ。

 来年はもう二人目が出来ていたりしてな! ハッハッハッ!」


「まあお父様ったら。うふふ」


 女王も二人目がどうかと言っていたが、お義父さんもか……

 シルビアさんは三十五歳になってこの国では珍しい高齢初産になってしまうので、二人目を産むのは早い方が良いだろう。

 出来ればシルビアさんと血が繋がってる同士の弟か妹がいたほうが良いと思うけれど、他の女の子たちのことも考えると大家族になってしまうので、ガルシア家より大きな屋敷を手に入れなければいけなんだよなあ。


 世話についてはメイドのパウラさんにもいろいろ指導してもらって、ぱんつの履き替え、お風呂とトイレの介助まで私がやっているのでシルビアさんはとても安心して喜んでくれている。

 今は私の仕事がランジェリーデザインの仕事しか無いから至れり尽くせり出来るが、パティたちの時にそれが出来るとは限らない。

 いずれルナちゃんと相談する時が来るだろう。

 ルナちゃん自身が出産する場合は……

 いや、彼女のことは好きだけれど恋人ではないし結婚するかも考えていないが、彼女の方はどう思っているのだろうか。


 美味しいお菓子とフレッシュなオレンジジュースを飲んで気分良く出来た私たちはそろそろティータイムを終わろうとしていた。


「美味しかった。そろそろ戻りましょうか」


「じゃあ私に掴まって…… 立てますか?」


「はい…… あぅっ 痛っ 痛い……」


「おおっ シルビア! 大丈夫か?」


「シルビア!」


 ご両親が心配になって声を掛ける。

 シルビアさんはこのタイミングで前駆陣痛が起きてしまったようで、立ち上がろうとしたときに両手でお腹を押さえていた。

 すぐに部屋へ戻って休ませないと。

 シルビアさんを立ち上がらせると、足下にぽたぽたと液体が(したた)り落ちた。


「ああっ お嬢様が破水を起こされました!」


「破水!? もうすぐ産まれるんですか!?」


「いいえ、通常ならば二十四時間くらい後です。

 まだ本陣痛ではなさそうなので今すぐどうということはございませんが、大事を取って入院をして下さい。

 予定日より少し早いですが、何も心配することはございませんよ」


 良かった…… 破水したらすぐ産まれるかと思って焦ってしまった。

 さすが元産婆のパウラさんだ。


「そうでしたか…… ありがとうございます、パウラさん。

 旦那様、奥様。パウラさんが言うように入院させたほうが良いでしょうか?」


「うむ、そうだね。早速準備をしようか」


「あなた、馬車を用意させましょう。それで病院へ……」


「そうだ! 馬車だけ用意してもらって下さい。馬はいりませんので私が運びます」


「え? マヤ様が馬車を引っ張るのですか?」


「引っ張ると言いますか、浮かせて振動がないように動かします」


「まあ、さすが勇者様。何から何まで娘のことを気遣って頂いて……」


「うむ。シルビアの婿がマヤ殿で良かった! 

 では早速馬車を用意するから玄関前までこの子を頼む!」


「はい!」


 エスカランテ子爵は屋敷まで駆け足で戻り、私はシルビアさんに負担を掛けないよう軽く抱いてグラヴィティで浮いて、ゆっくり移動した。

 このまま病院へ連れて行きたいけれど、設備が整った産科の病院までやや距離があるので、また破水があってもいけないからだ。


 馬車の車庫から玄関まで馬で引いて用意してもらい、馬車にはシルビアさんとエスカランテ子爵に乗ってもらう。

 馬を外すのも手間なので、結局馬ごと馬車を十数センチ浮かせ私は御者のフリをして病院へ向かった。


---


 病院へ到着。

 子爵に手続きをしてもらい、個室を用意してもらって早速検査が始まる。

 とりあえず一安心だ。

 人気(ひとけ)(まば)らな待合室で子爵と話す。


「ふう、やれやれだ。私はいったん帰るが、君はどうするのかね?」


「私も戻って、着替えを持って病室で泊まり込みをします。

 産まれそうになったらすぐに帰ってお知らせしますので」


「世話を掛けるねえ……」


「とんでもない、愛する人のためならば。

 それで…… 帰ったらお話ししたいことがあるので、奥様も一緒に……」


「うむ、わかった。それでは帰ろうか」


---


 面倒なので帰りも同様に浮かせて足早に屋敷へ戻った。

 そして応接室でエスカランテ子爵夫妻と私の三人だけで、メイドさんにも人払いをしてもらう。

 シルビアさんがこれから産む子について、作り話で私の実の子ではないことに私はどうにも我慢が出来なくなった。

 私の名誉より、ご両親からシルビアさんの名誉を回復させる方が大事と思ったからだ。


「それで話というのはなんだね? 何か悩んでいるように見えるが……」


「お二人には嘘をついていました。

 産まれてくる子は亡くなった兵士が父親ではなく、私なんです。

 申し訳ございません」


私は一呼吸を置いて立ち上がり、緊張気味に小声で話し深々と頭を下げた。


「なに!?」


「まあ!」


 続いて私は事情を説明する。私が女王の男妾(だんしょう)ということを除いて……

 子爵は険しく、夫人は驚きつつ不安げな表情だった。


 私がシルビアさんに一目惚れし、女王がそれを知り三十半ばで結婚を諦めていたというシルビアさんをけしかけてから相思相愛なってしまい、一夜のことで子供が出来てしまったというシナリオにした。勿論、本当は一夜どころではない。

 嘘をついたのは女王が私の名誉を守るため、わざわざ偽の戸籍を使ってまで作り話で架空の人物を夫にしたことも話した。

 女王にも悪者になってもらわなければね。


「ふぅむ…… 何か不自然だと思っていたが、そういうことだったのか……

 女王陛下も困ったお方だ……

 ま、産まれてくる孫が君とシルビアの実の子だということがわかったし、すっきりしたよ。

 君がどれだけあの子のことを想ってくれているかもわかっている。

 ふふっ 今まで成り行きを詳しく知らなかったが、あの子が十五も下の君に惚れられて、あの子自身も年の差で拒むこと無く君の愛を受け入れたというのは滑稽(こっけい)な話だな。ククッ」


「まああなたったら…… 自分の娘を笑っちゃいけませんよ。うふふ」


「おまえもじゃないか。ふはははっ

 陛下も、いつまでも結婚しないあの子が心配だったんだな。はははっ」


 ああ良かった。怒鳴られることも覚悟したが、よく出来た親御さんだよ。

 女性の方がこれほど歳が大きく上の()()()()はこの国でかなり珍しく、子爵が言うことに少々毒があるのは仕方が無い。

 この話も絶対秘密と言うことをお願いし、この場を終えた。

 シルビアさんの着替えなど入院セットはすでに準備をしていたが、私の分が無かったので王宮から持って来たものをザッとリュックサックに放り込んで病院へ向かった。


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