第二百二十四話 何度目かの出発
ビビアナ、そしてパティとカタリーナさんとデートをした翌朝。
王都マドリガルタへ向けて出発する日だ。
ゆうべアマリアさんにマッサージをしてから妄想が止まらず、自室で一人悶々しまくって何回果てたのだろう。
こんなことならジュリアさんに頼めば良かった。
だが適度な疲労もあってぐっすり眠れ、ルナちゃんには予め早朝訓練は休むと言っていたから朝食の時間までゆっくり布団の中にいることが出来た。
(ルナ視点)
今日は出発の日だから訓練を休んで寝坊するのはわかりますが、そろそろ起きてもらわないと困りますねえ。
コンコン「おはようございまあす!」
――あれ、まだ寝てる。
そんなに夜更かしされたのかな……
クンクン…… この匂い……
やっぱり…… ゴミ箱にティッシュがいっぱい。
クンクン…… 女の子の匂いはしませんね。
また一人で頑張ったのかな。ふふ
さて、もう起こさなきゃ。
「マヤ様おはようございます! 朝食の時間ですから早く起きて下さい! ほら!」
「あぁ…… うう…… お尻◯ふぱ◯気持ちいい……」
「きゃっ 何お尻を触ってるんですか! もう!」
マヤ様は寝ぼけて私のお尻を揉んでますが……
そ そんなこと、言ってもらえればいつでも……
いやいや違うってば。
「もう起きて! ガバッ」
布団を剥ぐったら…… ああやっぱり。
空気が澄んでいればマカレーナからでも見える、我が国最高峰のムルゼン山のように股間がそびえ立ってますね。
あんなに使用済みティッシュがたくさんあるのに、どうなってるんでしょうか。
でもあれだけ周りに女性がいるマヤ様には愚問でしたね。
それよりすぐ起こさないと……
「マヤ様! またパンチしますよ!」
「あ? ひ? ひえぇぇぇ!!」
やっと起きました。
あのパンチは精神的に効いていたようですね。うふふ
(マヤ視点)
ああびっくりした……
分身君にパンチはいろんな意味でダメージが大きいからやられる前に起きられて良かった……
「や、やあおはよう……」
「早くトイレ行って顔洗って下さい! さあ行った行った!」
「はい……」
侍女にこんなぞんざいな扱いを受けている貴族って他にいるのだろうか。
私はもぞもぞと動きながらトイレと洗面を済ませ、ルナちゃんに着替えを手伝ってもらいながら話をした。
「私はマヤ様のお世話係ですから本当は付いていきたいのですが、三時間も背中に乗るのは無理ですから仕方ありません。
ちゃんとフローラちゃんやモニカちゃんの言うこと聞いて下さいね」
「うん。でも産まれるまでしばらくはエスカランテ家でお世話になるんだ。
そこは歳を取った給仕さんが多くて口やかましそうだから大人しくしてるよ」
「じゃあ若かったら大人しくしないんですか? へぇ~」
「ルナちゃんは意地悪だなあ。君らのことは信頼してるから気が緩んでるんだよ。
プライベートまで気を張っていたら気を休める所なんて無い。
だから君らは私にとって癒やしの存在なんだよ」
「そ そうですか……」
やっぱりルナちゃんはチョロいな。
こう言うとすぐ照れてしまう。
「さ、着替え終わりました。荷物の準備は出来ていますよね。
お留守番はお任せ下さい!」
「ああ。帰ってきたら君が作ったお菓子を食べたいよ」
「はいっ!」
ルナちゃんはニコッと笑い、これから掃除をするので私が部屋を退出するのを見送った。
ああ…… まるで世話好きな実の娘のように愛おしい。
今度デートして、美味しい物を食べたり何かプレゼントしてあげたいな。
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ガルシア家のみんなと朝食。
子供たちやヴェロニカも揃っており、珍しくアイミもいる。
アイミは変身しているだけなのであれから姿は全然成長していない。
いつも通りマイペースで道路整備の仕事以外は自由奔放である。
そのうち聞いてみようかと思ってずっと忘れていたことがあって、ふと思い出したから今聞いてみる。
「アイミのデモンズゲートって一種の転移魔法じゃなかったか。
あれを使って俺を王都まで転移出来ないのか?」
『アレは人間に使うとどうなるかわからない。死んでしまうかも知れないぞ』
「そうか…… ダメか……」
『闇属性の魔力を持っているならゲートを通れるかも知れないが、やってみるか? 保証は無いぞ』
「いや…… 確実でないなら遠慮しておく……」
『ハッハッハッ 私だけならいいが、アレも力をたくさん使うから面倒でな。
飛行機に乗せてもらったほうが楽でいい』
ちょっとした新事実を聞いてしまったが、すっかり平和になってアイミも更生しているから久々にデモンズゲートという言葉を聞いて皆も少し驚いていた。
魔女アモールも転移魔法はとても難しいと言っていたので、魔法に頼らず飛行機を作って正解だったわけだ。
食卓の会話に少々間が空いたが、今度はガルシア侯爵が私に話しかけてきた。
「マヤ君。シルビア殿と結婚するにあたって、血の繋がりの無い子供は家督を継ぐ権利が貴族であっても下になる…… というかほぼ無いのがこの国の決まりなのだが、それは二人とも承知しているのかね?」
「ええ、勿論です。エスカランテ家の方はお兄様が二人いらっしゃってすでに男の子も何人か生まれてますからその中の子たちで引き継がれるでしょう。
私自身は…… いつかモーリ家を継ぐのは、決まりだと身分が高いヴェロニカに男の子が生まれたら優先的にその子になりますが、パティの子は……」
「うーん……」
ガルシア侯爵はどう応えようもなく固まってしまっている。
ヴェロニカが現れてから家督相続権が変わってしまったのはわかっているとはいえ、私が叙爵する前から自分の孫が私の後継ぎになるものとばかり思っていたのだから。
実際はこれから産まれるシルビアさんの子は私と血が繋がっているので家督を継ぐ権利は上がってくるが、シルビアさんのお父さんは私と同じ子爵なので王家のヴェロニカと侯爵令嬢のパティには勝ち目が無い。
次はヴェロニカが口を開く。
「マヤ。私はそういう家督相続について興味が無い。
次期国王は二人の兄様のどちらかで、今のところアウグスト兄様で決まりだろう。
私は結婚したらどのみち王族から離れるし、気楽に生きていきたい。
パトリシアとの間に子が生まれたら、その子にモーリ家を継がせるといい」
「お、王女殿下! それで良いのですか? うちの娘との子が継いでも……」
「ガルシア侯、パトリシアの子であれば誠実聡明に育っていくだろう。
私の子か…… ふっ…… 考えたことも無かったが、さぞ剛健な子に違いない。ハッハッハッ」
「王女殿下…… 貴女という方は…… くっ……」
「ヴェロニカ様……」
ヴェロニカの言葉を聞いて、ガルシア侯爵とパティは涙した。
アマリアさんとローサさんもヴェロニカの言葉に感激している。
子供たちとアイミはマイペースで食事をしていた。
彼女がこれほど広い器で、パティのことまで見ているとは思わなかった。
さすが王族の娘だ。あの女王の育て方はやっぱり良いのかな。
(ヴェロニカ視点)
はわわわわわ…… 何を言ってるんだ? 私の子だと?
本当に全く考えた事が無かった……
この前はマヤが避妊の魔法を掛けていたが、しなくても必ず妊娠するとは限らないと聞いている。
子供を作るにはまたアレをたくさんしなければいけないのか……
は、恥ずかしい…… きゅうう~ん
マヤとの子か…… 可愛いだろうなあ。ふふ
うう…… ううっ きゅううう~ん
(マヤ視点)
さっきからヴェロニカの様子がおかしい。
最初に二人でベッドに入ったときと似ているような……
ガルシア侯爵が心配になって声を掛けた。
「王女殿下、顔が真っ赤ですが熱でもありますか? すぐお休みなさいませ!」
「い、いや違うんだ! 何でもない。きゅうう~ん」
「きゅううん?」
「何でもないぞ! 何でもない!」
ヴェロニカは残った料理を口に掻き込み、あっという間に食事を終えて席を立った。
「で、ではマヤ。気をつけて行くんだぞ。
母上と兄上たちによろしくな。それでは……」
「あ ああ…… 行ってきます」
ヴェロニカは食堂から颯爽と立ち去った。
あれは何だったんだ?
「ま、まあその話はまた後日するとしよう。私もそろそろ出掛けないといけない。
マヤ君、無事に産まれるといいね」
「はい、ありがとうございます」
ガルシア侯爵と後ろに控えていたフェルナンドさんが退室し、そのまま馬車に乗って出勤。
残ったパティやアマリアさんたちはお見送りしてくれるという。
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ガルシア家の屋敷玄関前。
パティ、アマリアさん、ローサさん、子供たち、ルナちゃん、ビビアナ、ジュリアさん、スサナさん、エルミラさん、アイミ、パンチョさんとマルシアさんまで集まってくれた。
こんなに揃ってお見送りしてくれるなんていつ以来だろう。
背中に背負ったリュックには、最低限の着替えと万一途中で問題があったときのための食料と水、モニカちゃんたちのお土産にルナちゃん手作りのお菓子などいろいろ詰め込まれている。
勿論ペンダントは首に掛けており、服の下に隠れている。
「マヤ様、私も点検しましたけれど忘れ物は無いですよね?
ハンカチとティッシュは持ちましたか?
夜更かししないでちゃんと寝て下さいね」
「ルナちゃんは私のお母さんかな」
「「「あはははははははっ」」」
集まったみんなが笑い、ルナちゃんは照れている。
こんな温かい家でお世話になっているなんて、私は本当に幸せ者だ。
死んで生まれ変わって良かったというとおかしいけれど、とにかく今ここにいることは絶対に間違いではない。
「シルビア様が元気な赤ちゃんを産んでくれることを私もお祈りします」
「ありがとう、パティ」
「わ、私もいつか頑張って可愛い赤ちゃんを産んで差し上げますからねっ」
「ええっ いやあははは…… 照れるなあ」
「あてしも産むからニャ!」
「わたスも赤ちゃんが早く欲しいでス!」
「そ、そうか……」
ビビアナとジュリアさんもつられてそんなことを言う。
この二人とエルミラさんたち三人の結婚のタイミングも考えないといけないなあ。
ここにはいないマルセリナ様もだし、課題がいっぱいだ。
「あらあら。私も赤ちゃんが欲しくなったわ。うふふふ」
「おっ お母さまっ! まままままマヤ様との赤ちゃんも欲しいのですか!?」
「え? パティは何を言ってるの? お父様との子に決まってるでしょ。いやねえ~ ふふふ」
「えっ? あ…… むむむむぅ」
パティは真っ赤になって膨れてしまった。
アマリアさんの顔を見るとニヤニヤしているから、きっとわざと意地悪な言い方をしたに違いない。
アマリアさんにマッサージをしている最中は、アマリアさんが何もしなくてもあのダイナマイトバディの誘惑に耐えなければいけないのだが、いつプツンと衝動が起きてしまうかわからないから大変危険だ。
間違ったことにならないよう、常に賢者モードを心がけよう。
先日のお尻ぱふ◯◯は仕方が無い…… 仕方が無いんだ。
「じゃあ出発します。なるべくなら早く帰ってきますね」
「シルビア様によろしくお伝え下さいね」
「うん。それじゃ行ってきます!」
私はふわっと浮かび、一気に飛び立った。
パティやビビアナの甲高い声が空高く上がっても聞こえる。
一度止まって振り返り、手を振った。
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ヴェロニカの部屋。
「ああ…… マヤが行ってしまった……
一ヶ月も会えなくなるのか…… 早く帰ってこいよ」
彼女はあれから部屋に戻りきゅうう~んを収めるため布団に潜り込んでいたが、パティたちの声が聞こえたので部屋の窓から外をじっと見つめていた。




