第二百十八話 秘密の秘密
シルビアさんの実家であるエスカランテ家の屋敷で一晩を過ごした。
このままシルビアさんとゆっくり過ごしたいところだが、現在唯一の収入源であるアリアドナサルダへ新しいデザイン画を午前中に届ける。
唯一というのは、デザイン料だけで自分の食い扶持とルナちゃんへ支払う給金は賄えるようになったし、魔物がいないのでガルシア侯爵から討伐業としての給金は敢えて頂かないようにしている。
居候をさせてもらえるだけで大助かりだ。
エルミラさんとスサナさんは通常の護衛の傍ら給仕の仕事もしているのでちゃんと給金はもらっている。
さて、皆さんと朝食を頂いてから飛行機はエスカランテ家へ置いたまま飛んで出掛けた。
アリアドナサルダ本店へ到着するが、開店前の時間なので裏口から入る。
縫製室、事務室やロレナさんの執務室にも誰もいないので、きっと店内で朝礼中かも知れない。
「心を美しく、お肌に優しく、全ての人を幸せに!」
「「「心を美しく、お肌に優しく、全ての人を幸せに!!!」」」
「女は男を、男は女を虜にする、おしゃれを楽しむセクシーランジェリー!」
「「「女は男を、男は女を虜に、おしゃれを楽しむセクシーランジェリー!!!」」」
「脱がせてドッキリ、履かせてしっぽり、いつもワクワクアリアドナサルダ!」
「「「脱がせてドッキリ、履かせてしっぽり、いつもワクワクアリアドナサルダ!!!」」」
代表のロレナさんと店長のアリシアさんが前で声を掛け、店内売り場に散らばっている店員たちがそれに応えている。
朝礼のかけ声が、一番目は普通だが二番目からだんだん変になっていくのはアリアドナサルダの社風なのかロレナさんの影響なのか。
店長のアリシアさんは三十代後半のキリッとした美人さんだが、私がロレナさんに引っ張られてばかりなので事務所で挨拶程度しか交わしたことがない。
伝達事項など少し話が長そうなので、このまま横で待機しておく。
「さあ今日も元気にやっていきましょう!」
朝礼が終わったようだ。
店員さんたちは二十代三十代を中心に六十代までの女性も雇用し、お客様の年齢層やニーズに合わせて接客をしている。
男性はいない。強いて言うなら私だけである。
「あらっ マヤ様! 今日はお早いですのね」
「ええ。今日は新しいデザイン画を持って来ました」
「まあっ それでは早速執務室へ参りましょう」
執務室のソファーに掛けると、ロレナさんは私にべったりとくっついて座る。
マカレーナ店のミランダさんほどではないが、近頃二人だけの時は露骨にベッタリするようになってきているから、インファンテ伯爵とうまくいっていないのだろうか。
ロレナさんにデザイン画のノートを渡し、パラパラと見ている。
「あふっ あはぁ…… 今回のデザインも素敵ですわね……」
ノートを見ながら興奮気味で色っぽい声を出すもんだからドキッとする。
ほとんど身体を押しつけている状態で、タイトスカートから覗く白い太股と官能的な香水の香りがするから私も興奮してくる。
おっさんになると三十代女性の色香が若い子より良いと思うことがしばしばあり、このままスカートの中に手を入れてまさぐってやろうかと思うくらいだ。
だがインファンテ伯爵を裏切る行為はしたくないし、シルビアさんの出産が控えているときに不倫行為をするのはなおさらだ。
そう思いつつも私はどうしようもないむっつりなので、今日はどんなぱんつを履いているのか気になって仕方がないし、あともうちょっとスカートが上がったら見えそう。
「ふぅっ ありがとうございます。早速試作に取りかかりますわ。
そうそう、先月分のリベートの計算が出来ていますからお持ちしますね」
ロレナさんのべったり攻撃から解放され、デスク裏の金庫から袋を取り出しこちらへ戻ってきた。
デザイン料の他にロベルタ・ロサリオブランドの売り上げに対するリベートももらっているので収入は良い。
と言っても、屋敷を建ててメイドを何人も雇う領主や会社経営している貴族の収入には遠く及ばない。
「この中に白金貨七枚と金貨五枚が入っています。
んもう売り上げ絶好調!
私たちは大儲けさせて頂いてますからこれだけお支払い出来るようになりました。
来月はもっと多いかも知れませんよ。ふふふ」
「ほえー こんなにあるんですか」
日本円だと七百万円以上の価値があるが、この国でも所得税を支払わなければいけないので申告するための事務手続きが少々面倒である。
国からの報奨金は非課税だし、ガルシア侯爵からの給金はすでに引かれているので楽だったんだがなあ。
だが所得税率が最高でも二十一パーセントなのでお金持ちには有り難い国である。
日本の他先進国の多くは大金持ちでも収入の半分近くを収めないといけないからね。
再びロレナさんにべったりされ、お金が入った袋を手渡される。
何だか怪しい密会のようだ。
「せっかくいらしたのに、今日は試作品がまだ出来上がっていなくてご覧頂けないんです。
既存品ですが新発売の物は今履いておりますのでそれならすぐにでも!」
「あいや…… 今日は急ぎもあってこれで失礼しようと思います……」
「そうですか…… 残念ですぅ。今度は店長にもモデルになってもらいますね」
ロレナさんはスカートを脱ごうとしていたけれど断った。
見たくないわけではないが、どうも妖しい雰囲気でぱんつまで脱いでしまいそうだ。
店長さんと一緒の時に見せてもらうとしよう。むふふ
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アリアドナサルダからエスカランテ家へ帰り、シルビアさんとご両親とで昼食を頂いたのでマカレーナへ帰ることにした。
そして玄関先でお見送り。
「じゃあシルビアさん、身体は大事にして下さいね」
この飛行機のテストがあと一週間で終わるので、その後はマドリガルタにしばらく滞在することにしたから挨拶は簡単だ。
「はい。マヤ様もお気を付けて」
シルビアさんと握手し、顔をしっかり見つめた後に大きなお腹をじっと見た。
エスカランテ家への挨拶が済んだことなので試験飛行期間も時々お邪魔するつもりだからまたすぐにでも会えるが、自分の子を身籠もった愛するシルビアさんとは毎日いつでも一緒にいたいくらいだ。
「モーリ子爵、いやマヤさん。娘に何かあったらすぐ王宮に連絡するからね」
「はい。よろしくお願いします」
エスカランテ子爵と固く握手をし、私は飛行機で飛び立った。
なんだろうな、この気持ち……
すぐに会えるのに遠くへ行くと切なくなってくる。
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無事にマカレーナへ到着し、ラウテンバッハで飛行機を受け渡してガルシア家に帰る。
その前にアリアドナサルダでもらったお金を銀行へ預けておいた。
私的な貯金額はまだ一般的なお金持ちにはまだまだなれないほどだが、将来のために頑張って貯めるぞ。
まだ夕方なのでルナちゃんを自室に呼びつけた。
信頼する彼女には、腹をくくってあのことを話してしまう。
私に何かあった時、産まれてくる子の為にも秘密をを共有しておく必要がある。
私はベッドに腰掛け、ルナちゃんは従者らしく立って聞いている。
「マヤ様、どうかなさいましたか? そんな深刻な顔をして……」
「うん…… 大事な話でね。とてもショックなことなんだが……」
「マヤ様からはショックな話を何回も聞いてますから今更ですよ」
何気にツッコミが酷い。
だが事実なので仕方が無い。
「今から話すことは、女王陛下とシルビアさんしか知らない超機密事項だ。
だから墓場まで持って行くつもりで聞いて欲しい。
あと嫌わないでね」
「そんな脅かさないで下さいよ。わかりました。
私を信用なさってお話をして下さるんですから、絶対に守ります。
マヤ様のことも嫌いになりません」
「じゃあ…… 話すね」
良かった…… ルナちゃんにもし嫌われたら大ダメージだ。
もっとも、だらしない私がいけないのだが……
「シルビアさんが亡くなった兵士の子を妊娠していることは前にも話したことなんだけれど、あれは嘘なんだ。
亡くなった兵士は陛下が作った架空の人間で、シルビアさんのお腹の中にいる子は私の子だよ」
「え……」
ルナちゃんの顔は凍り付いてしまったように固まった。
当然の反応だろう。
だが発狂して話を聞かなくなるよりずっとマシだ。
「きっかけはこれから話すことなんだ。
私が初めて王宮へやってきて滞在を始めたときから、陛下は私を気に入られ、初日の晩から男妾として務めたよ。国王命令としてね」
「……」
「それからほぼ毎晩、陛下は寝室に私を呼んだ。
シルビアさんを護衛としてドアの外にずっと待たせてね。
だが護衛でなく本当の目的は、毎晩私たちの情事の声を聞かせてシルビアさんを煽り、私に彼女を焚きつけるためだった。
ずっと陛下のお世話をして、いつまでも未婚のままのシルビアさんを忍びなく思ったそうだ。
シルビアさんが我慢の限界になった時、陛下がシルビアさんも部屋を呼んでその時私と結ばれた。その後何度も……
それでも私は避妊の魔法を彼女に掛けていたから安心していたのに、陛下はこっそり魔法を解除していたことが後でわかった。
だからシルビアさんは妊娠したんだ」
「まったく…… 下手なドロドロストーリーの小説みたいな内容ですね。
陛下はシルビア様のお心を見取ってそんなことをされたんでしょうが、やり方が極端ですよ。
シルビア様は相手がその架空の兵士だろうがマヤ様だろうが、急に妊娠してしまったらどちらにしても恥ずかしい思いをされることに変わりありません。
国の勇者であるマヤ様をスキャンダルから守るために。
いくら陛下の執事とはいえ一介の付き人には王族にとって大した問題ではないですからね」
「そうだね。彼女には悪いと思っている」
「マヤ様が、陛下とシルビア様と関係を持たれていることは察してました」
「え…… どうして?」
バカなっ 夜はあの棟の区画には誰も入らないはずなのに何故!?
護衛の近衛兵がいる扉から私たちの部屋までかなり距離がある。
まさか兵士が覗き見を? そんなはずは無い。
万一バレてしまえば、罰として所謂『江戸所払い』と同じでマドリガルタから追放されてしまう。
好待遇な近衛兵の立場を犯してまでするとは思えない。
しかも誠実で優秀な兵を選んでいると聞いた。
「誰がマヤ様のお部屋や、陛下とシルビア様のお部屋も掃除していると思ってるんですか!
この区画に入れる限られた人数の給仕係は誰もわかりますっ!」
「は……?」
「陛下とシルビア様の部屋にあるゴミ箱の中に……
いつもアレのニオイがする紙が捨ててあります。
シーツもただ寝て起きたとは思えないほどのシミがよく付着しています。
そういう物を片付けているのは私たちですから。
でも女でこんな好待遇の仕事なんて他に無いですから、王都追放になるくらいなら黙っていますよ」
ああああああああ!!!!
完全に盲点だった! というか元ホテル従業員の俺気づけよ!!
ゴミ箱……
自分より、女王やシルビアさんが拭き拭きして捨てていたからな……
モニカちゃんはあのニオイを知ってるし、ルナちゃんはお風呂場で洗っているときに知ってしまった。
しかもルナちゃんはクンクンと匂いを嗅ぐ癖がある。
「うう……」
「第一、マヤ様がいつも使われている部屋は空いた部屋を急遽マヤ様のために特別設えた所ですから、何かおかしいなと誰も思いますよ。
元々王族向けの部屋で最低限の家具は置いてありましたしその後もどなたか使ったことがあるみたいでしたから、大掃除だけで済みましたけれどね。
シルビア様の部屋だって、昔はあそこじゃなかったそうですよ」
「そういうことだったのか…… 全然知らなかった。
どうして今まで教えてくれなかったの?」
「私からわざわざ教えて差し上げることではありませんでしたので。それだけです」
「そっか……」
いろいろ変だとは思っていたけれど、やっと辻褄が合った。
私より以前にあの部屋を使ったことあるのは、きっと若き日のガルシア侯爵だろう。
あの人も女王の男妾をしていたと聞いたからな。
墓場まで持って行く秘密を女王がしゃべって私に知られてしまったのだ。
「本当に、パトリシア様が聞いたらどうなるんでしょうね。
間違いなくお屋敷から追い出されちゃいますね。
そうなると必然的に私も一緒ですから、二人きりになれるんならいっそのこと……」
「いやいやいや! それは勘弁してくれえ!!」
「マヤ様は女癖が酷いです。私、この前あの部屋で見ちゃいました」
「え…… 何を……」
「マヤ様が部屋に一時ご不在だったとき、少し片付けをしていたんです。
ベッドの隙間からモニカちゃんのぱんつが出てきたんです。
あのニオイはモニカちゃんの物に間違いなさそうですが、そういうことをしたんですよね?」
ごふっっ
吐血しそうだよ……
何であんなところにぱんつが落ちてたの?
ぱんつを履き忘れた?
モニカちゃんならばあり得そうだ……
それにしてもぱんつを嗅いでニオイがわかるルナちゃんもヤバい。
だがツッコむのはやめておこう。ブチギレされそうだ。
「ああ…… まあ…… うん……」
「はぁぁぁぁぁぁぁぁ もうどうしましょ。
正直にお話してくださったのはいいんですが、私倒れちゃいそうです」
「うん……」
「何とか仰いなさいよ」
ルナちゃんは仁王立ち。
怖い…… この世界に来てから戦い以外では一番の窮地かも。
ガルシア家から追い出されて、ルナちゃんに罵倒されながら二人でドMな生活をするストーリーが見えてきた。
しばらく間が空いた後……
『おーい ルナちゃーん!』
「え? 女の人の声が!? どこから!? 誰!?」
なんと首にかけている魂の石からエリカさんの声が聞こえる。
このタイミングで良いのか悪いのか。
『おっ 聞こえてるようね。
ルナちゃーん久しぶり。エリカだよ。
死んじゃったけれど、訳あって魂だけここにあるんだ』
「え? え? え? ええええええっ!?」
おっかなびっくりのルナちゃん。
そういう反応になるよな。
この世界でもかなりデタラメなことが目の前で起きているから。
『マヤ君を許してやってよ。
本当にこの子はどうしようもなくムッツリスケベだけれど、優しいし正義感は強いし、この世界を救ってくれたんだ』
「ちょ…… ええええ本当にエリカ様!?」
ルナちゃんは現状を把握できていないが、エリカさんは構わず話す。
『みんなマヤ君のことが大好きなんだよ。
陛下もシルビアさんも、ガルシア家のみんなも。
モニカちゃんも本当にマヤ君のことが大好きで愛しているんだよ。
ルナちゃんもマヤ君のことが大好きなんでしょ?』
「それは…… そうですけれど…… でも今はわからなくなりました」
さっき嫌いにならないって言ったのに……
どうしたらいいの俺。
『本当にわからなくなったの?
君は以前からいろんなことを知っていてもマヤ君のこと大好き過ぎるし、嫌いになるなんて有り得ないよ。
ルナちゃんとモニカちゃんもさあ、マヤ君と結婚したら?
この前のお風呂だってあんなに仲良くしちゃってまあ…… うっふっふっふっ』
「あ…… あの…… なんでお風呂のこと知ってるんですか?」
『なんでって、ずっとここから見ていたからよ。
飛行機の中でも…… いっひっひっ』
そうか…… 飛行機でずっと二人っきりと思っていたけれど、エリカさんもいたことになるんだよな。
お風呂では、浴室にペンダントは持ち入っていないけれど、脱衣所に置いていたら磨りガラスのドア越しに浴室が見えるし、声なんて余裕で聞こえる。
肌身離さずというのが仇になり、私の周りはエリカさんに筒抜けだ。
「うきゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
ルナちゃんはベッドへダイビングし、恥ずかしさのあまり転げ回っている。
せっかく自分でシーツを整えたろうにぐちゃぐちゃになっちゃった。
そういう問題じゃ無いって。




