第二百十六話 魂の石
王宮前広場の隅に駐機してある飛行機の周りには、モニカちゃん、フローラちゃんの他に親しかった給仕係の子たちが何人か、ルナちゃんを見送りに集まっていた。
ロシータちゃんは残念ながら女王の執事業務で来られていない。
「もうルナを連れて帰っちゃうの? もっとゆっくりさせてあげて下さいよ」
「私はマヤ様の専属給仕係だからお側で仕えなければならないの。
だから王宮でのんびりしていられないわ」
「へぇ~ 王宮でルナがいない間は私がお世話をしていたのになあ」
「こ、この飛行機がちゃんと完成したらいつでもどこでもマヤ様に付いていくんだから!」
「ご熱心だね。ふひひ」
この流れで、数日王宮へ滞在してていいんだよなんて言ったら、私のこといらないんですかと逆ギレされそうなので黙っておこう。
それにしても、ルナちゃんはこれからずっと付いてくるつもりなのか?
ハウスキーパーとしては一級だけれど能力的に執事の代わりにはならないので、彼女が付いてくる仕事の線引きは考えておかねばならない。
執事はパティが適任だけれど、頭脳を活かすなら別のことをやってもらったほうが良さそうだ。
「じゃあそろそろ出発するから」
「ルナちゃん、元気でね」
「フローラちゃんもね」
「マヤ様を大事にね。にひひひ」
「と、当然よ」
他の給仕の子たちとも声を掛け合いながら別れを惜しんでいるが、まだ連日十往復も残っているので、行きたければ明日以降でも連れて行ける。
そこは別れのムードに水を差すことも無いので、これも黙っておこう。
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帰りは都市間航路の策定のためにセレスとメリーダの上空を経由して飛んだ。
前にマドリガルタから馬車で帰ったときのルートだが、ラミレス家へのアポをしていないし時間が無いので通過する。
セシリアさんとは今も時々手紙のやりとりをしているし、馬車旅が終わってからも三度だけだがセレスまで単独往復して会いに行った。
男の娘だけれどとても性格が良くて一緒にいて癒やされるし、股間についているのがわかっていても外見は女の子そのものなのでくっつかれるとドキッとしてしまうのだ。
帰りもルナちゃんは地上の景色を眺めながらずっとはしゃいでいた。
航路が馬車旅ルートなのでその思い出で話がはずんだ。
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少し大回りをしたので二時間半ほどかけてマカレーナのラウテンバッハに到着。
オイゲンさんたちが待ちかねていたのでさっさと格納して、ルナちゃんを背負って飛び屋敷へ帰る。
給仕服越しでは大きなおっぱいの感触がわかりにくいが、後からべったり抱きつかれているので彼女から伝わるぬくもりで愛おしくなるほどだ。
今はお互い好意を持っていても形式上は従者として雇っている関係だけであり、私は彼女を養っていく責任がある。
いつまでも一緒にいて欲しいが、まだ若いのでもし気が変わり他に好きな男性が出来たら、私は平静でいられるだろうか。
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ガルシア家に帰り着くとルナちゃんはお疲れなのか、うつらうつらと眠たそうなので負ぶったままルナちゃんの部屋まで送り届け、ちょうど廊下にジュリアさんがいたのでよろしく頼んでおいた。
ジュリアさんはベッドの中では変態エッチだけれど、ルナちゃんにとっては優しい先輩お姉さんみたいなもので頼りにしている。
夕食時間になるとガルシア家のみんなが集まり、いつもの和気あいあいとした食事だった。
ヴェロニカの様子は元に戻ったようで、エルミラさんが何か上手いこと言ってくれたのだろう。
挨拶程度の会話しかしなかったが、笑顔で応えてくれたので心配なさそうだ。
さすがに今晩もお呼びはかからなかったが……
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今日は疲れてしまったのでパティとのお茶会は短めにさせてもらい、早めに休むことにした。
お風呂は…… お昼にルナちゃんが洗ってくれたからいいや。
シャツとぱんつだけになり、ベッドでうとうととしていた。
『――マヤくん』
誰か呼んでる?
ドアノックの音は聞こえなかったと思うし、疲れて少しだけ眠ったときに見た夢の声かもしれない。
『おーい……』
限りなく小さな声だが、やっぱり誰かが呼んでいる。
聞き覚えがあるような声だけれど、まさかね……
『おーい マヤくぅぅん……』
どこから聞こえてるんだ?
私は部屋の中をキョロキョロと見渡した。
当然部屋には私一人しかいない。
幽霊? 魔物をたくさん見てきたから今更幽霊ぐらいで怖くはないが……
でも人間の声が発して耳に聞こえてくる感覚とは違う。
『んんっ? なんか聞こえてそうなんだけれど。私よ私!』
「私って誰だ!?」
『エリカよ。やったー!! やっとマヤ君と話が出来るようになった!』
「はぁぁぁぁぁぁ!!??」
エリカさんは邪神エリサレスに禁呪のようなものを掛けて死んでしまったはず。
命を賭けてエリサレスを撃退したのに、何故?
「あの…… え? エリカさん、どこにいるんだ?」
『私はここよ。あなたの胸の上』
「胸の上って…… このペンダントか!」
『そうよ。あなたに預けたペンダントの中にいるわ』
そういうことか!
でも声の聞こえ方はテレパシーとは少し違う感覚だった。
鼓膜を震わせて聞こえる感覚と、テレパシーが直接頭の中に語りかけることのどちらでもない中間のようだ。
「よくわからないけれど、生きて…… 生きていたんだ……
良かった…… ううっ うううっ」
『いやあ嬉しいねえ。私のために泣いてくれるなんて』
「うううっ…… 何でそんなにケロっとしてるの? 感動の再会なのに」
『実はけっこう早い内から目覚めていたのよ。
意志はあるし、見えるし、聞こえるけれど、声が出せないという期間がずいぶん長かったわ』
「ということは、モニカちゃんが大泣きしたときにエリカさんがいるような気配がしたのは……」
『そうよ。あの時にはもう目覚めていたわ。
私もあの子の狂ったように泣き叫ぶ姿に耐えきれなくなって一生懸命声を掛けてみたけれど聞こえてなかった。
それでも続けてみたら何かを感じ取ってくれたようね』
「俺もエリカさんの魔力を感じた。
それにしてもどうしてペンダントにエリカさんの意識が乗り移ってるの?
確か魔女アモールから貰ったペンダントと聞いたことがあったけれど。
詳しく説明して欲しい」
『これはお師匠様から何かあった時のためにと渡された【魂の石】という魔法の石よ。
私がエリサレスに Deus Interfectorという神殺しの究極の魔法を掛ける前、Anima Conservatioという魔法で私の魂をこのアニマラピスにバックアップしたんだよ。
本当に成功するかわからない一か八かだったけれど、上手くいって良かったわ』
「このペンダントにそんなすごい秘密があったとは……
一か八かって、本当に死んでしまうかも知れないのにどうして……」
『それは…… 私が生き残ってマヤ君が死んでしまうなんて耐えられないからよ』
ああ…… やっぱりエリカさんは自分の命を擲って私を助けてくれたんだ……
私に対するエリカさんの気持ちはどれほど深いものだろうか。
こうして意識が覚めても石になってしまった。
エリカさんに頭が上がらない……
私は両手でペンダントを優しく包み込んだ。
「うううっ……」
『また泣かないでよ。
どうせなら、マヤ君のぱぱぱぱんつの中にペンダントを入れてくれないかな。
きっと良い香りが充満しているわ。クンカクンカはぁはぁ……』
「これほど泣いて損したと思ったことは無かったわ!!」
ペンダントを床に叩き付けそうだったが、さすがに思いとどまった。
これでも命の恩人である。
待てよ。早くから目覚めていて、目が見えて音も聞こえるってことは……
「ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
『なあに?』
「さっき聞いた話から察するに、目が覚めてから今まで俺が女の人とエッチなことをしてたり、トイレに行っている時も全部見て聞いていたってことだよね?」
『そうよ』
「そうよって…… じゃあ女王やシルビアさんとエッチなことしてたり、トイレでう●ちをしてた時もみんな見てたってことだね!?」
『絶対黙っていてあげるからさあ。私とマヤ君は一心同体よ。うひひ』
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
私はエリカさんのペンダントをデスクの引き出しに思いっきり押し込んだ。
さっきパンツの中に入れてくれって言ったとき、匂いもわかってるってことじゃねえかああ!!
シルビアさんが私の子を妊娠したことも知られてしまった。
絶対に黙ってもらわなくてはいけない。
『出して! ここから出して! 放っておかれると死んじゃうから!!
マヤ君から魔力供給されていないと本当に死んじゃうから!!』
「何だって!?」
私は急いで引き出しからペンダントを取り出した。
エリカさんが消えてしまう前に、このペンダントを肌身離さずに、机の引き出しに入れたまま忘れたらダメと聞いたから頑なに守ってきたけれど、そういう理由か!
お風呂に入るときは脱衣所に置いてたり、女の子といちゃラブしている時は枕元や部屋のテーブルの上に置いていたから、あのくらいの距離なら大丈夫だってことか。
私は右手でペンダントの鎖を握りしめ、魂の石を顔の前にぶら下げる。
「死んじゃうなんて脅かさないでよ。
で、離れてる距離と時間の許容範囲を正直に教えてくれないか?」
『うーん。だいたい五メートルから十メートルくらいまで、時間は十分から十五分くらい……』
「どっちもすごく短いじゃないか。意識して気をつけておいて良かったよ」
ラミレス家やグアハルド家みたいな大浴場へ入っていたら危なかったな。
脱衣所から湯船まで距離はあるし、ゆっくり入るから時間がすぐ過ぎてしまう。
『私はマヤ君を信じてたよ』
「そんな良いこと言ってさ、みんな見ちゃったんだよね。
あ…… ずっと見てたことを他のみんなに言ったらダメだよ。
大変なことになる」
『言わないわよ。
それよりさあ、この前のモニカちゃんとのズッ◯ンバッ◯ン凄かったねえ。
まさか食事の後にそのままあの個室でしちゃうなんて、お姉さんあまりに興奮して失神しちゃったよ。
あとヴェロニカ王女があんなに可愛いなんて思わなかった。
きゅう~んって抱きしめたいくらい』
「はぁ…… 女王やシルビアさんだったらどうなんだよ」
『年増女の裸はどうでもいいよ……
でもマヤ君が女王陛下に責められている時はじっくり観察したよ。ハァハァ』
「露骨だな!」
何もかも見られていたのか。
トイレのう●ちブリブリや一人ベッドで悶々プレイをしているのも見られていたかと思うと、もうどうでも良くなってきた。
それから解放されるにはどうしたらいいんだ?
もしかして身体も生き返る方法があるのか?
「ねえ。この先はどうするつもりなの? 身体はどうするの?」
『アニマラピスに魂が入ったらアスモディアのお師匠様のところへ行く必要があるんだ。
それで何がどうなるかまでは聞いていないけれど……』
「そうかあ。何らかの希望があるってことか。
そんな曖昧でよく魔族の古代魔法を使ってまで命の大博打をしたもんだよ」
『そりゃマヤく…… ん…… あ…… ちょ…… ま……』
「あれ? エリカさん? おーい!」
ありゃりゃ。アニマラピスから声が聞こえなくなった。
また元に戻ってしまったのか?
もっと話したいことがたくさんあったのに……
――じっと集中してみると、確かに私の魔力が僅かながらこのアニマラピスに吸収されているのがわかる。
私の魔力がエリカさんの生命線で、エリカさんはこの中で今も生きている。
でも何で私の魔力でないといけないのだ?
パティやジュリアさんに預けたらダメなのか?
それはそれでエリカさんが見てるから危険なのだが。
私限定の何かがあるのならこのままアニマラピスを持っておかないといけない。
一つ目標が出来た。
アスモディアまで行くことだ。
それには飛行機を完全に完成させてからでなくてはいけない。
距離も相当あるから休み休み進んで、さらにスピードアップも必要だ。
明日の長距離飛行テストから、マドリガルタまで一時間半で行けるよう徐々にスピードを上げるテストをしてみるぞ。
もっと重要なのが、エリカさんがこのアニマラピスの中で生きているのをどうやってみんなに知らせるかだ。
特にご家族や、エリカさんが大好きなモニカちゃんに対しては慎重にしなければいけない。
エリカさんがまたしゃべられるようになったら相談しよう。
それまで現状維持になるが、トイレといちゃラブの最中は視界を布で遮るくらいはしておこうか。
ケースの中に入れたら、あの微弱な魔力供給が遮断されてしまう恐れがある。
女の子の声が聞こえるだけでエリカさんは萌え死にするかもしれん。
とにかく今日はいろんなことが有りすぎた。
もう寝よう……




