第二百十三話 キュンとくるファーストキス
結局ヴェロニカは私が入れたカモミールティーを全て飲んでくれた。
私も飲んでみたが、微妙に薄い気がしたけれどそれが美味いのか不味いのかよくわからない。
元々お茶やコーヒーの味に拘るほうではないので、考えることをやめた。
「それで大事な話というのはなんだい?」
「――おまえと私は結婚するんだよな?」
やっぱりそっちの話か。
あの時(第八十五話参照)、みんなと食事中にヴェロニカが最初に婿になれと言って大騒ぎになった。
彼女の最初の印象は、身分が高い人間の典型的な面倒くさいキャラという印象だった。
女王から本当はイイコだという話は聞いていたが、当時は彼女と結婚をしようという気が起こらなかった。
社交辞令っぽく遠回しに断ったつもりでいたけれど、ずいずいと押してくるのでヘタレの私はそのままうやむやな態度を取ってやり過ごすだけだった。
それに王族と結婚するともなれば公爵にならざるを得ないので、面倒な立場になるのは避けたい理由もある。
だが朝の訓練を通じて、また王都マドリガルタからマカレーナへの馬車旅で彼女と徐々に意気投合し、まるで学生時代の友人のような気持ちで付き合えるようになった。
それだけに、ヴェロニカが私を呼ぶときは友人としての意味でおまえになっている。
リーナとも仲良くなり、ガルベス公爵は露骨に敵意を示さなくなってきているから私の扱いは悪くならないはず。
私自身も国において立場が上がり、国の偉い人や貴族との付き合いにも慣れてきたので、貴族の社交界に抵抗が無くなりつつある。
そういった理由で私は彼女に対してだんだん好意を持ち、結婚しても良いかなという気持ちになった。
もっとも、理由の半分は彼女のむちむちな身体を自分の物にしてみたいからである。
「そうだが、君から結婚したいと言い出したんだろう?」
「――おまえからも言って欲しい」
そういうことか。
女の子は男の方から求婚の言葉を聞くことに憧れるのはわかる。
ヴェロニカは回りくどい言葉を好まないので、ここはストレートに言おう。
「ヴェロニカ、結婚してくれ」
「あ ああ…… はわわわわ きゅううぅぅぅぅぅん……」
あら、あららら。
ヴェロニカは顔を真っ赤にして両手で顔を隠してしまった。
こんな女の子っぽい一面もあったのか。
しばらくヴェロニカのその姿を眺めていたが、正気に戻ったようだ。
「は…… すまぬ。何だかこう、胸がキュッと締まる感覚にびっくりしてしまった。
苦しいのに不思議と心地良いのだ。
これが恋というものなのか?」
「そうだよ。胸がキュンと締まるのは恋煩いというのかな」
ヴェロニカは無言で間を開けたが、意を決したかのように椅子からスクッと立ち上がった。
シャツとショートパンツの全身像が目の前に現れる。
背中の中程まで伸びた、少し癖がついている美しい金髪。
二つの大きくツンとした胸の膨らみ。
運動部女子のようながっちりと引き締まった脚。
それでいて白いむちむちの太股が目を引いた。
ヴェロニカはベッドへ向かい、腰掛ける。
「私の隣へ座れ」
「ああ…… うん」
ベ、ベッド!?
こんなところへ誘うなんて、まさかいきなり最後まで行くつもりなのか?
だが隣同士で座るには、この部屋にソファーがないのでその代わりかもしれない。
ヴェロニカの身分と性格上、こんな時でも主導権を取ろうとしている。
様子を見るか……
私はべったりくっつかない距離を取って隣に座った。
(ヴェロニカ視点)
ベッドまで来てしまったが、どうすればいいんだ……
キキキスをするのにどう言えばいいのだ?
ああああああ……
(マヤ視点)
――あれからヴェロニカが固まっている。
たぶん緊張しているんだろうが……
それにしても美味しそうな太股だ。
エロオヤジみたいに手でさすってみたい。
この太股に顔を挟んでみたい……
が、脚でヘッドロックを掛けられて首の骨を折られそうだ。
「おい…… もっと近くへ来い」
ヴェロニカがそう言い、身体をずらして腕と肩がくっつくように近づいた。
美しい金髪からふわっと漂う石鹸のような香りにドキッとする。
現代地球のような香りがキツいシャンプー・リンスは無いが、中世ヨーロッパと違い毎日のように入浴する文化があるのは有り難いことだ。
――太股ばかりに目が行ってしまう。
触りたい…… どうしたらいいだろうか。
そうだ。
「手を…… 繋いで良いかな?」
「あ、ああ……」
私はヴェロニカと片手同士で、指を絡める恋人繋ぎをしてみた。
これなら手の甲をヴェロニカの太股に乗せて触ることが出来る。
ああ…… スベスベだ……
しかも付け根に近い、やや際どい場所である。
あとちょっと動かせばショートパンツの股間に当たるが、今はやめておこう。
(ヴェロニカ視点)
はわわはああああああ?
どうして手を繋いだだけでこんなにドキドキするのだ?
体術訓練で取っ組み合いをしている時にいつも手を組んでいるではないか。
ううう きゅうぅぅぅん……
胸が苦しい…… 早く楽になりたい。
(マヤ視点)
またヴェロニカが固まってしまった。
手を繋いだまま私は太股の感触を楽しんでいるが、ヴェロニカはきっと真剣に何かを考えているところだろう。
「あのな…… 私たちは結婚する以前に、まず恋人だよな?」
「そ、そういうことになるね」
「恋人なら、何故キ、キキ、キキキスをしてこないのだ?」
「え? あ…… 深い意味はないけれど、そのタイミングが無かったというか……」
「そそそそうか」
「ほら。君はエルミラさんたちと仲良くしていることが多いから……」
「そういうことだったか。それなら仕方が無い。うむ
では…… こ恋人だから こここれから キキキスをしようではないか」
「わかった」
かなり動揺しているな。
さすがにこっちがリードしてあげなければいけない。
「ヴェロニカ、こっちを向いてくれ」
「あ、ああ……」
手を繋いだまま、体勢を変えて私たちは向き合う。
ヴェロニカはぽーっとした表情で私を見つめていた。
彼女はいつもキリッとしているが、こんな顔は初めて見る。
恋する女の子とはこういう顔だ。か、可愛い……
ヴェロニカにとって今日は特別な日になるから、良い思い出にしてあげたい。
「じゃあ…… 目を瞑って……」
言うとおりヴェロニカは目を瞑り、片手で手を繋いだままもう片方の手はヴェロニカの背中を抱いた。
私は目を開けたまま顔を近づけ、唇が触れる直前で目を閉じる。
スー スー スー
ヴェロニカの呼吸が少し荒く、とてもドキドキしていることだろう。
ああ…… 女の子の良い匂いがする……
私は一瞬唇を当てた後、ゆっくりと唇を合わせた。
小さくて少しだけ硬い唇だ。
硬いのはずっと緊張していたのか、今まで外にいることが多い彼女だから体質的なのか。
リップクリームがあったらプレゼントしたい。
五秒ほど、唇を重ねた。
(ヴェロニカ視点)
あわわわ…… 目を瞑っていてもマヤの顔が近づいてくるのがわかる。
つつついに私もキスをすることになるのか。
ああっ 一瞬唇がくっついた……
むむっ マヤの唇だ……
柔らかい…… 唇とはこんなに柔らかいものだったのか……
なにっ? もう終わるのか!?
きゅうぅぅぅん
(マヤ視点)
唇を離すと、ヴェロニカは目を開けてトロンとした表情をしていた。
胸に手を当てている。
彼女は満足してくれただろうか。
「も…… もう一度してくれないか? もっと長く……」
「あ うん…… じゃあもう一度目を瞑って」
ファーストキスだとあんなものだと思うが、物足りなかったのだろうか。
私はまたヴェロニカの片手をしっかり握り、もう片手で彼女の後頭部を支えてゆっくりキスを始めた。
小さな唇に少しずつはむはむする。
ヴェロニカも同調するようにはむはむするが、当然ぎこちない。
唇を湿らすように チュ チュ チュ と大事にはむはむキスをする。
まだ舌を入れたらダメだよな……
ペロペロぐらいならいいかな。よし……
私は彼女の少しカサカサした唇を舌でペロリペロと二周舐め回し、続けてまたはむはむチュッチュとキスをした。
(ヴェロニカ視点)
マヤの唇がくにゅくにゅしてくる!
そうか、私もやればいいのだな。
――むにゅ くにゅ むにゅ むにゅ……
ああっ マヤ…… マヤ…… 気持ちいい……
ずっとこうしていたい……
んむぅ!?
マヤが唇を舐めている!?
ななな何だこの感覚は!?
マヤの舌先が私の唇の周りを這いずり回るのすごく感じる……
ああっ またくにゅくにゅしてくる……
うう…… マヤ……
キスっていいな……
相手との一体感が生まれてくるようだ。
好きだマヤ…… 好き……
ううっ きゅうぅぅぅぅぅぅん
(マヤ視点)
スンスン…… スンスン……
あれ? ヴェロニカの様子がおかしい。
気になったので、そろっと唇を離した。
え!?
ヴェロニカの目から涙がぽろぽろ出ていた。
あのヴェロニカが泣いている……
「ヴェロニカ、どうしたの?」
「うう…… 胸が締め付けられるようだ……
マヤ…… 好きだ…… グスン…… グスン……」
しまったな…… キスのせいで感情が高ぶりすぎたかな。
ヴェロニカは強い心を持っているけれど、案外誰よりも情愛が深いのかも知れない。
優しいアウグスト王子が彼女をとても可愛がっているのも頷ける。
そんなヴェロニカを私はギュッと抱きしめた。
とても愛おしい…… ヴェロニカ…… 好きだ……
「私もヴェロニカが好きだよ」
――何分も経ったろうか。
私とヴェロニカは無言でずっと抱きしめ合っていた。
訓練で取っ組み合って締めたり締め付けられたりすることはたくさんあったが、同じように肌が触れ合いこうして抱き合う時とは全く気持ちが違う。
どちらも気分が熱いのに、胸がキュッと締め付けられるのは心地よい。
するとヴェロニカは腕をゆっくり外してきたので、私も外して抱くのを終えた。
「すまん…… 取り乱してしまった……」
「いいさ…… 落ち着いたかな?」
「ああ……」
ヴェロニカは下を向いて、何か考えているように見えた。
キスでこんなふうになってしまったのだから、今晩はこれで終わりにしておいたほうがいいだろう。
「マヤ…… おまえはエルミラとも結婚するんだな?
どうやって愛し合っているんだ?」
「なっ!? 愛し合っているって、キスよりもっと先のことか?」
「そうだ」
驚いた。このタイミングでエルミラさんの名を言うとは思わなかった。
私とエルミラさんが恋人同士というのはヴェロニカも承知しているはずだし、たぶんエルミラさんと個人的に何か話をしたのかも知れないな。
「うう…… どう話したら良いのか……」
「子供のうちに、母上から男女の肉体的な交わりの話は聞いている。
そういう話をすればいい」
さすがあの女王だね。
性欲が強いだけでなく、自分の娘にもしっかり性教育をしているんだ。
知識が偏ってなければいいが、ヴェロニカは間違いなくまだ処女だからいずれ事を始めたときにいきなり淫乱プレイを求められたら怖い。
「エルミラさんとは…… キスをして…… 裸になって…… 普通通りに……」
うう…… ベッドの上でのことを第三者に話すのは恥ずかしい……
「エルミラとは風呂へ何度か一緒に入った。
前に頼んで抱いてもらったことがある。
女同士でも好きな友達だと…… ドキドキするものなのだな」
ひえぇぇぇぇぇぇ!! ヴェロニカが爆弾発言をした!
照れながらそんなことを言っていたが、二人の秘密にしておけよ!
と思いつつ…… 待てよ。
将来はエルミラさんとヴェロニカをベッドの上でまとめてお楽しみプレイが出来そうだな。むっひっひ
「それで君はどうしたいんだ?」
「エルミラと同じ事をしてくれ。さっきエルミラと相談して決心が付いたのだ」
ちょっと待て。エルミラさんも恥ずかしかったろうに、どんな相談をしたんだ?
決心が付いたという意味は、それまでベッドの上で愛し合うことを迷っていたというわけか。
今朝、王宮の訓練所でもノーブラニップレスだったり偶然おっぱいを触っても怒らなかったりで、様子がおかしかった。
以前魔物と戦った後に鎧とシャツが一緒に脱げておっぱい丸出しになったら、キャーッと隠していたヴェロニカだぞ。(第百二話参照)
飛行機の中でも無言だったのは、ずーっと私とすることを考えていたわけか。
そこまで彼女に考えさせるのは……
やっぱり女王に煽られたのか?
さっさと私をモノにしろと、そんなところだろう。
ずっと態度をはっきりしてこなかった私にも責任があるが、昨日の今日のようなことで急に展開が変わってくるとは思わなかった。
それでもヴェロニカの言うとおりにすべきだろうか。




