第二百十話 女王と王女
飛行機はマドリガルタ上空を旋回飛行し、高度を下げスピードを落としながら王宮へ着陸しようとしていた。
「なんだいありゃ? 玄関前に赤い絨毯が敷いてあって周りに大勢の人たちがいる。
ああそうか、ヴェロニカの出迎えだな」
「これは母上がやってくれてるのか? なんて大げさな。くうぅぅぅぅ……」
ヴェロニカは兵士たちの前では堂々としているが、こういうお迎えは慣れてないのか恥ずかしがっている。
これなら軍服を着たままのほうが良かったかも知れない。
飛行機のタラップが降りる位置を赤絨毯に合わせ、着陸させた。
私たちはベルトを外し、コクピットから乗降ドア兼タラップの前へ移動する。
「私は時間をおいて降りるから、君は先に一人で降りて欲しい。
ガルベス家の手前、君と結婚することは公には秘密にしているから、その手の者がもしここにいたら面倒なことになる」
「そうか。承知した」
「ドアを開けたらこのまま階段になるから、手でも振って笑顔で愛想良く振る舞うんだね。ふふふ」
「ぬうぅ わかっている!」
ヴェロニカには、ガルベス家との円満な関係のためにリーナの遊び相手になっていると話しているが、リーナが私と結婚したいと言っていたことは黙っている。
リーナは頭がいい子だし他の男の子とはあまり接触が無いのでたぶん考えを変えるつもりはないだろうから、結婚のことはいずれ女王とヴェロニカにも話す必要がある。
ヴェロニカには殴られるかもしれん。
ガルベス家にもヴェロニカとのことを話さなければならないだろう。
どのタイミングですればよいやら。
気密構造になっている機内でも外の歓声がよく聞こえている。
ドア横のレバーを引くとロックが解除され、油圧式でドア兼タラップがゆっくり下がっていった。
開いた途端、歓声が直に耳に響く。
――おおおおおおっっ!!――
――王女殿下おかえりなさーーーーい!!――
――ヴェロニカ王女殿下ばんざーーーーい!!――
そんな声があちこちから聞こえ、ヴェロニカは半分苦笑いで手を振って応えていた。
王宮内ではぼっちが多かったのに、こんな出迎えになるほど慕われていただろうか?
私はそのまま飛行機の出入口で、赤絨毯を歩くヴェロニカを見守る。
その先には女王と王子二人が待っているのが見えた。
(ヴェロニカ視点)
ううう……
ほとんど兵士や王宮内の者ばかりのようだが、母上たちと一緒の時はともかく一人だけの時にこういう出迎えは初めてだから恥ずかしいな……
ああっ 母上と兄様たちが玄関先にいらっしゃる!
久しぶりだなあ。
「母上、アウグスト兄様、マルティン兄様。ガルシア家での修行から、ヴェロニカ一時帰投しました!」
「おかえり、ヴェロニカ」
「やあヴェロニカ。よく帰ってきたね」
「おかえりぃ~」
母上も兄様たちも変わらずで良かった。
アウグスト兄様はお忙しいはずなのに、こうして出迎えてくれるなんて感激だ。
「ところでマヤさんはあそこ(飛行機)にいたままどうしたの?」
「ああ…… ガルベス家との手前、目立つことが無いように配慮してくれています」
「そう、そういうことね。わかったわ。
今日のお昼はマヤさんにいつもの給仕の子を付けます。
ロシータ。そう伝えて頂戴」
「はい、陛下」
母上の後にいるのは知らない女…… いや、給仕で見たことがある顔だ。
そうか。シルビアの代理で執事をやっているのか。
彼女は事を伝えに王宮の奥へ颯爽と走って行った。
「ヴェロニカ。昼食は久しぶりに家族で取りましょう。
その前に、あなたとお話ししたいの。付いてらっしゃい」
「はい、母上」
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兄様たちは仕事へ戻り、私は母上に付いて行きどこへ連れて行かれるのかと思ったら、母上の執務室だった。
何度も入った部屋だけれど、八ヶ月も離れていると懐かしさを感じる。
「掛けなさい。今日は親子でしっかりお話をしましょう」
「はい、母上」
私たちは室内にあるソファーに対面で腰掛ける。
母上はきっとマカレーナでの出来事をお聞きになりたいのだろう。
たくさんあるから、何からお話をしたら良いか……
「マカレーナに八ヶ月滞在した中で、何か成果はあったのかしら?」
「はい。マヤを始め、エルミラとスサナという屋敷の護衛の者や、ガルシア侯の奥方であるローサ殿に厳しい戦闘訓練を受けて、強くなれました。
それからエルミラとスサナと友達になれ、同年代の親友と心を交わすことにとても喜びを感じています」
「そう…… それは良かったわね。
あなたは今まで友達らしい友達がいなかったから心配していたわ。
友達が出来たせいか、あなたの顔は優しくなってたように見えますね」
「そんな…… 恥ずかしいです」
母上にそう言われると照れくさくなった。
エルミラとスサナが一緒だと本当に楽しいし、何でも話せる相手がいるというのは気持ちが楽になる。
「その他に成果はあるのかしら?」
「ローサ殿からヒノモトの剣術を習い、新しく刀を手に入れました。
そしてアーテルシアとエリサレスとの戦いでも、微力ながら魔物討伐に貢献することが出来ました」
「わかったわ。ご苦労様、よく頑張ったわね……
でもそういうことじゃないの。
私が聞きたい成果とは、マヤさんとあれからどんな進展があったのかということです。
で、マヤさんとはどこまで仲良くなったの?」
「どこまでって…… 毎朝一緒に訓練したり、屋敷で皆と一緒に食事をしたり……」
「ああっ あなたって子は……
八ヶ月前に、あなたによく言っておくべきだったわね」
母上は呆れたように顔を上に向けて額に手を当てていた。
マヤは何もしてこないし、そもそも私が色恋沙汰でああああんなことをするなんて想像出来ない。
でもマヤからきききキスをしてくるのならば拒むこともない。うむ。
「ヴェロニカ。あなたのほうからマヤさんに求婚したのでしょう。
ただ一緒にいるだけでマヤさんの心を射止められるとでも思ったの?」
「それは…… 結婚したい意思を伝えることが一番大事だと思いましたので……」
「マヤさんには他に女の子が結婚する予定だったり、したがっている子もいるのはあなたも知っているでしょう?
パトリシアさんなんてあんなに可愛くて頭が良いし、エルミラさんは男の子みたいに凜々しくて頼りがいがありそうだからマヤさんは放っておかなくて?
あなたは戦闘能力が高くて強い心を持っている他に、マヤさんが魅力に思うことがあるかしら」
「そんな…… 母上……」
今日の母上はずいぶん手厳しい。
確かに私はお茶すら入れられないし、女らしいことは何もしてこなかった。
それにプライベートはエルミラたちと一緒にいることばかり。
エルミラはマヤと仲が良いがいつの日だったか、夜にエルミラがマヤの部屋へ向かって行ったのを見かけた。
あんな夜遅くに何をしに行ったのか気になったが、もし男女の関係だったらと思うとショックで聞くことは出来なかった。
「シルビアのことはマヤさんから聞いたの?」
「はい……」
「あの子は歳を取っているけれど、とても優秀で性格も良いわ。
私のせいで婚期を逃してしまったかと思ったけれど、マヤさんが結婚相手になってくれてほっとした。
あの子にはこれからもっと幸せになって欲しいの。
それからマヤさんの世話係に付けたルナとモニカはずいぶんと彼を慕っているようね。
二人とも可愛いしお世話も献身的だからマヤさんどうなっちゃうかしら。ふふふ」
「母上! さっきから何を仰りたいのですか!!」
「わからない子ね!
マヤさんともっと接近して、肉体的にも仲良くなりなさい!
どうせキスもしていないんでしょう?」
「なっ……」
「今日明日くらいはここにいていいから、マカレーナへ帰ったらマヤさんと夜を共になさい!」
「え…… あ…… 夜を共に…… マヤと…… ななななななななっ!!??」
そんな急に! 母上は娘を何だと思っているんだ。
給仕とも仲良くなってるとは……
ぬぬぬぬぬぬ マヤの女たらしめぇぇぇぇぇぇ!!
「リーナとも仲良くなってるのも、マヤさんを取り込むためにガルベスの爺があの子をあてがってるのよ!
王宮住まいになっているマヤさんだから、爺がマヤさんに悪く思われないよう私と露骨に敵対しなくなったの。
それだけこの国にとってマヤさんの影響力は大きくなってきているわ!
リーナのほうも爺に押されるまでもなくマヤさんのことが気に入っているみたいだし、あの子でもあと四年で結婚出来る歳になるから、うかうか出来ないわよ」
「リーナも!?」
あんな生意気なちびっ子にまで手を出しているとは、後でマヤをぶん殴らなくては気が済まない。
だがどうしてあんな女たらしに皆は慕っているのだろうか?
どうして私はマヤのことが好きになったのか?
強い男だからか?
確かにそうだが、マヤと戦っている時が一日で一番気持ちが充実しているし、何も語らずともマヤの拳と蹴りが話しかけてきているようだ。
私はマヤと一緒にいたいんだ。
とにかくマヤが私のことをどう思っているのかはっきり聞く必要がある。
母上が言うことについてはそれからだ。
「それでどうするつもり?
あなたが何もしないなら、私がマヤさんをもらっちゃうわよ。
あの子可愛いし、あなたずっと前に弟が欲しいと言ってたでしょ。うふふ」
「ははうえーーーーーーー!!!! 冗談が過ぎます!!!!」
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王族専用のダイニングルーム。
家族四人揃って久しぶりに食事をしている。
「ヴェロニカ、せっかくみんな揃ってるのにどうしてそんなに拗ねているんだい?」
「アウグスト兄様には関係ありません」
「また母上が何か言ったんでしょう?
可愛い娘が帰って来たばかりなのに、酷いですよ」
「大事な話だったのよ」
「大事な話とは?」
「アウグストには関係ないことよ」
「ハァ…… 家族なのに部外者扱いとは寂しいなあ。
マルティン、おまえもそう思うだろう?」
「――んん? なあに? この鶏肉のロースト美味しいね」
「ハァ……」
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(マヤ視点)
昼食にはいつもシルビアさんと食事をしていた個室を案内された。
そしてモニカちゃんの他、給仕係二人が料理をゴロゴロと台車に乗せてテーブルに用意してくれている。
ヴェロニカは今頃家族水入らずで食事を取っているんだろうなあ。
給仕係はモニカちゃんだけが残り、個室は私と彼女二人きりになった。
「さあマヤ様、準備できましたから召し上がって下さいね」
「モニカちゃんも一緒に食べようよ」
「私は別に用意されるからいいんです。
でもこの鶏肉のローストは美味しそう。
そうだ! 私がマヤ様にあーんしてあげるから、次はマヤ様が私にあーんしてくれますか?」
「え…… なんか恥ずかしいな」
モニカちゃんは鶏肉を切り分け、フォークに刺して鶏肉を私の口元に差し出した。
「はい、あーん」
「あーん」
「美味しい?」
「うん、これは格別だねえ。じゃあモニカちゃんも食べてみよう」
鶏肉は全て切り分けられているので、一切れをフォークに刺してモニカちゃんの口元へ持って行く。
彼女は立ったままで行儀が悪いが、誰も見ていないしいいだろう。
「あーん」
「――あーん モグモグ あら、ホントに美味しい
はいまたあーんして下さいね」
「あーん」
こんな調子であーんを何度が繰り返したが、食事が進まないので途中から普通に食事をした。
それでもモニカちゃんは上機嫌でニコニコしながら私の側に立っていた。
ほぼ食べきるところでモニカちゃんが残ったミニトマトを指さす。
嫌いではないのだが、酸っぱいから食べるのは後になってしまいがちだ。
「ねえマヤ様、このミニトマトは甘くて果物みたいなんですよ
これもあーんしてみましょう」
「え? うん……」
モニカちゃんは手でミニトマトを摘まんで私の口へ持っていくと思ったら……
自分の口にくわえてそのままキスをするように私の口の中へミニトマトを押し込んだ。
つまり口移しでミニトマトを食べた。
確かにトマトとは思えないような甘みがあって美味しかったが、それ以上にモニカちゃんの唇の感触が瑞々しくてミニトマトと一緒に食べてしまいそうだった。
「もう一つ……」
「う…… モグモグ すごく甘くて美味しい」
「でしょう? 最後のもう一個……」
「むちゅ…… モグモグ」
「マヤ様の唇が甘くて美味しいよ。ふふふ」
「ああ……」
これで料理は全て食べ終えた。
こんな食事になって少し呆れてしまったが、今まで誰ともこんなことが無かったのでドキドキしてしまった。
するとモニカちゃんは顔を赤くしながら身体をモジモジクネクネしていた。
まさかミニトマトの口移しで発情しちゃったの?
「マヤ様…… 我慢できなくなっちゃいました、ここでしましょ?
これでもうマカレーナへ帰るんだったら今……」
「ええええ!!??」
「しっ 内鍵はさっきしましたから大丈夫ですよ。私も声を出しませんから」
シーッと人差し指を口に当て、そう言いながら給仕服をたくし上げてぱんつをスルッと脱ぎ捨てた。
白のTバック…… これはロベルタ・ロサリオブランドじゃないな。
「いやいやいやこんなところではさすがに……」
モニカちゃんは私の反応におくびもせず、両手で身体を支えるようテーブルに置いて、お尻を突き出す体勢になった。
「もう準備出来ていますよ…… いつでも来て下さい…… ふぅ…… ふぅ……」
私はモニカちゃんの言葉に頭がはじけ飛んだ。
メイド服の女の子とラブラブ出来る夢のようなシチュエーションなんですよ。
後からスカートを捲り、その中で分身君がこんにちはして合体。
モニカちゃんは声を出さないように片手で口を押さえ、必死に我慢していた。
背徳感と満足感が交互に味わえたひとときだった。




