第二百八話 ヴェロニカの部屋で二人きり
昼食会という名の飛行機説明会が終わり、解散した。
大臣たちはさっさとダイニングルームから退室したが、王族の三人は残った。
モニカちゃんたちは食器の片付けを始めている。
女王が手招きしているので私はそちらへ向かった。
「マヤさん、ちょっとお話があるの」
「はい、なんでしょう?」
「久しぶりにヴェロニカに会ってみたいわ。
どうせ明日も来るんでしょう?
あの子が良ければ、連れてきてくれないかしら」
「今はまだ耐久テスト中ですから、王族の方を乗せるわけにはいかないですよ。
万一のことがあっても責任取れません」
機体が完全に完成していないうちにお偉いさんを乗せるのってどうなんだろう。
それは地球のルールであるが……
確かに落ちない自信はあるけれど、航行中にヴェロニカが怖がったりしないだろうか。
もっとも、私の背に乗って飛んでも、セルギウスに乗馬しても耐えてきたから大丈夫とは思うが。
「マヤさん、妹はシャナリシャナリしているお姫様と違って並外れた根性があるから問題ありませんよ。
そんな妹がマヤさんのことを気に入っているんです。
なかなか帰ってこないのも、マカレーナの居心地が良いんでしょうねえ。
ハッハッハッハッ」
「そうそう。ヴェロニカは強いけれど、何かあったらマヤさんが守ってくれるよ~」
「あいや…… うーん」
アウグスト王子とマルティン王子は私のことを信用してくれているが、今の私とヴェロニカの接点って朝の訓練だけなんだよなあ。
ヴェロニカのプライベートって実はよく知らないし、エルミラさんたちがいるからマカレーナに滞在している理由が大きい気がする。
「マヤさん、ヴェロニカのことは私の手から離れてあなたにお任せしているつもりよ。
心配はするけれど、あなたと本人の考えを尊重するわ」
「わかりました。ヴェロニカ王女殿下が良いと仰るなら連れてきます」
「オッホッホッホッ あなたも家族みたいなものですから、私たちだけなら畏まらなくていいのよ。
どうせあの子の前ではヴェロニカと呼び捨てで呼んでいるんでしょう?」
「ああ…… はい」
私は苦笑いの表情をして誤魔化した。
思ってる以上に王族三人の中では私が深く入り込んでいる……
ということは、いよいよ持ってヴェロニカと結婚することに迫られているわけか。
本人の気持ちもあるが、特に高位貴族の娘であるパティや、サリ教で高位の司祭であるマルセリナ様とも交え、結婚する時期についてきちんと話し合わなければならないだろう。
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王宮へは滞在二時間余りでマカレーナへ向けて出発する。
到着した時ほどではないが、その時に仕事をしていて飛行機が見られなかった人たちも一目見ようと集まってきた。
王族は暇そうなマルティン王子だけが見送りに来て、大臣たちはいない。
モニカちゃんが来てくれたけれど、片付けをサボったの?
私は飛行機からタラップを出してから、そこまで来た彼女と話す。
「ねえマヤ様、もう帰っちゃうの?
今日は夕方から暇だからゆっくりしたかったのにぃ~」
「しーっ 大勢の前でそんなこと言ってたら誤解されちゃうよ。
これから二週間は毎日来て休憩したらすぐ帰っちゃうけれど、一人でお昼ご飯を食べるときはモニカちゃんにお世話を頼むからさあ」
「ふーん、わかりました。
給仕長にお願いしてみますね。ニコッ」
私はタラップを上り、振り返って皆に手を振ると歓声が上がる。
王宮の中ではもう私の顔を知らない人はいなくなってると思う。
あまり目立つようなことにはなりたくなかったけれど、そもそも最初にサリ様から魔物が発生する原因を探ることをお願いされて、高位の貴族令嬢と知り合ったのだから無理な話だ。
コクピットにつくとシートベルトを締め、グラヴィティを発動させてゆっくり地上から離れた。
皆が手を振り、モニカちゃんは飛び上がりながら両手を振っていた。
上空二十メートルへ到達したところで、ジェットエンジンに当たる噴射口内部に風魔法の種を発生させて勢いよく噴射させる。
そして飛行機は空中にある目に見えない滑走路を離陸するようにして高速で高度を上げていった。
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午後四時前にマカレーナ上空へ到着した。
街の上をゆっくり進んでいると、人々が手を振ってくれる。
マカレーナでは散々試験飛行をしているので街の人は慣れてしまっていた。
子供たちが手を振っているのを見つけると、機体を揺らして羽を振って応えた。
ラウテンバッハに飛行機を降ろすと、オイゲンさんたちに点検整備をしてもらうために格納庫へ入庫した。
あまり遅く帰ると皆の帰宅も遅くなって迷惑がかかるからね。
「マヤさん、どうだったい?」
「どこも不具合は感じなかったし、上々でしたよ」
「おう、そうか。毎日ご苦労になるが、こっちは任せておけ!」
「よろしくお願いします」
長距離飛行機テストの引き継ぎとしてはアバウト過ぎるが、一回目は本当に何も無かった。
二回目以降はフラップやラダーの不具合が出てくるかも知れないので注意しよう。
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ガルシア家に帰り、夕方はヴェロニカがどこかへ出掛けていた。
夕食に集まった時に帰ってきた彼女へ話しかけ、食事後にヴェロニカの部屋で話すことになった。
パティにジロッと見られたが、干渉はしてこなかった。
ヴェロニカのことはパティも了承しているが、やはり気になって仕方がないのだろう。
一旦部屋へ戻ってから、今一度服装を整えて歯磨きをして顔を洗う。
何かを期待するのかはともかく、女の子の部屋へ入る前は綺麗にしておきたい。
八ヶ月くらい前にマドリガルタからヴェロニカを連れて来て、この屋敷に滞在してから初めて彼女の部屋へ入るのだから緊張してしまう。
コンコン「マヤです」
「うむ、入ってくれ」
ヴェロニカ部屋へ入ると私の部屋の造りとあまり変わりないのだが、女の子の部屋にしては飾り物は何も無く、借りたときのままのインテリアなのは私と同じ。
美術品やぬいぐるみには興味が無さそうと思っていたが、やはりそうだった。
服装は食事をしたときと同じで、黒のスーツパンツに白いブラウスだ。
暑いのかブラウスのボタンを開けており。胸元がよく見える。
彼女の胸の谷間などいつも朝の訓練で見慣れているはずだが、私自身が緊張しているせいかとてもセクシーに見えた。
私がチラ見しても彼女は意に介していないのか、気づいていないのか。
それもそのはず、小さな丸いテーブルがあり椅子に座って脚を組んで本を読んでいる。
――フリのように見えた。
本棚は無いので誰かから借りてきたのかもしれないが、目が泳いでいて本の文字を読んでいるようには見えない。
やっぱりヴェロニカも緊張しているのかな……
「ま、まあ掛けてくれ……」
私は対面の椅子に掛けた。
ヴェロニカは本をテーブルに置いて私の顔を見るが、彼女の表情はいつもの精悍な感じではなくどこか照れくさそうで可愛く見えた。
ここで「可愛いね」なんて言ったらヴェロニカの場合は逆効果である。
「それで話というのはなんだ?」
「二つあるんだが、まず陛下と王子殿下が君に会いたがっていてね。
明日連れてきて欲しいと仰ってたんだけれど…… どうかな?」
「あ、明日!?
ま…… まあ 何も予定は無いし、おまえの飛行機ならあっという間だからな。
うむ かまわん。」
「いつかラフエルへ行く時に君を私の背に乗せて飛んだことがあったけれど、飛行機のスピードはあれと同じくらいでね。
高度は比べものにならないほど高いんだが、体感的にはずっと気が楽なんだよ」
「な…… いや、問題無い。問題無いぞ」
ヴェロニカは腕組みをして苦笑いをしていた。
やっぱり怖いんだな。
まあ、背負うよりずっとましだから何とかなるだろう。
「それで何日滞在するの?
二週間は毎日往復するし、マドリガルタはこの先も何度も行くから好きなだけいられるけれど」
「二、三日でかまわない。
私と戦えるのはおまえやローサ殿、エルミラとスサナだけだから、いつまでも王宮にいると鈍ってしまう」
「わかった。そのように準備してもらうとして……
二つ目の話は…… あの…… いつ結婚するかの話なんだが……」
「そ、そうか。うむ…… もしかしたらと察しはしていた。
おまえとパトリシアの話は承知している。
私は彼女とおまえが結婚した後でいい。
だが早い内がいいな。
パトリシアが結婚出来る十五になるのはあと何ヶ月だ?
もうすぐではないか。
さっさと式の日取りを決めておけ!」
「十五の誕生日にしようと前から侯爵閣下とも話をしていたところなんだが、それだけで何も決まっていない……」
「ううううむ……」
ヴェロニカは険しい顔をしているが、何を焦っているのだろうか。
王家の裏事情がありそうで、なんか嫌だな……
まさかガルベス家に関わることか?
リーナのことがあるからややこしいことになりそうだ。
「私とそんなに早く結婚したいのかい?
ヴェロニカのことは好きだから嬉しいけれど。ふふ」
「なっ!? くううう……」
ヴェロニカは顔を真っ赤にして塞ぎ込んでしまった。
照れ隠しと、言い返せないのが悔しいように見える。
何となく勝った気がした。
「それで話の続きがあるんだ。
マルセリナ様とも結婚することは君も知っていると思うけれど、身分と立場がある結婚相手の君とパティ、マルセリナ様を交えて一度話をしてみたいと思うんだが、どうだろう?」
「わかった。テスト飛行が落ち着いたときでいいだろう」
「ありがとう。それで一つ報告することがあるんだが……」
「なんだ?」
「執事のシルビアさんと結婚しようと思ってる」
「は? はあ?? はああああああ????」
シルビアさん結婚することについて胸の内を話すのは本人と女王以外では初めてだ。
いずれパティたちにも話すつもりだが……
「これは陛下の勧めでもあってね」
「なに? 母上が?」
私はヴェロニカに、マリオ・モンテスのことを始め、女王の作り話を事細かく話した。
ヴェロニカやパティにも話すことは女王も承知しており、口裏を合わせている。
全く嘘の話をヴェロニカが真面目に聞いているから心苦しい。
墓場まで持って行く話というものは、心のモヤモヤを拭えないので負担になる。
「――そういうことか……
母上をよく助けてくれているシルビアは私も尊敬しているし、父親がいない子というのは寂しいだろう。
私も父上が亡くなって何年経っても寂しい。
マヤが面倒を見るというのなら賛成だ。
しかしなあ…… おまえというやつは何人嫁を増やしたら気が済むんだ。
あと一ヶ月で産まれるんだって?
血が繋がっていないとはいえ、おまえの初めての子になるんだぞ?」
ヴェロニカは額を手で押さえ、嘆いていた。
すまんな…… 本当は血が繋がってるんだよ。
「それでシルビアとはいつ結婚するんだ?」
「子供の物心がつく前にしようと思ってる」
「ならばシルビアとも早い内になるだろう。
来年はもしかしたら結婚式の連続になるかも知れないな。はぁ……」
ヴェロニカは疲れた表情になっていた。
私が部屋に来てから彼女の顔は百面相のように変わっていたからな。
これ以上何かをする空気じゃないし、今晩はこれでお暇しよう。
「じゃあヴェロニカ。話は済んだから私は失礼するよ。
おやすみ……」
「あっ ああ……」
ヴェロニカは私を追うように手を上げて何かを言いたげだったが、結局何も言わなかったので私は部屋を退出した。
彼女のことだから何かあるとは思えなかったけれど、何だか残念。
夜遅く、ジュリアさんが私の部屋へやって来ると思うから彼女と楽しもう。
(ヴェロニカ視点)
くそぉぉぉぉぉ……
あいつが珍しく話をしたいと言うから部屋へ呼んでみたが、結局何も無かった……
手を繋いで…… キキキキキスをしてくるかと思っていたのに。
思えばマヤとは戦闘訓練ばかりで、デートというものをしたことがなかったな。
エルミラたちと一緒にいるのが楽しくてあいつを放ったらかしにしていた私も悪かった。
たまにはマヤを誘ってデートへ……
ん? デートってどうやるんだ?
手を繋いで…… マヤと手を繋ぐ?
そういえば体術の訓練の時にいつもマヤと手を組んで力比べしてたっけな。
マヤと戦闘訓練をしているときはとても楽しい。
あいつはすぐフェイントに引っかかるから私に捕まるんだよな……
――私はマヤの顔を胸に押しつけてた……
あああああああああああああなんてことををををを!!!!
はうぅぅぅぅぅ……
恥ずかしい……




