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第二百七話 長距離テスト飛行

 飛行機作りの進捗状況について話をしよう。

 初飛行から五ヶ月が経っているが、未だに完成には至っていない。

 半月から一ヶ月ごとにテスト飛行をしては骨組みが見えるところまで分解し、不具合があれば部品の強度や形状を見直して交換というのを繰り返している。

 私の魔力で動く飛行機なので、基本的には機体の強度とグラヴィティを使わない時の揚力だけを考えればいい。

 だから地球の新型飛行機を開発して飛ばすよりはずっと簡素なはずなのだが、さすがに模型を作るようになるわけがなかった。


 二回目のテスト飛行からはアイミだけを乗せたり一人だけで飛ばしていた。

 機体の耐久試験で航空ショーのアクロバット飛行のごとく、急上昇からの垂直上昇、急降下からのきりもみ、八の字、失速して葉っぱみたいに落ちてみたりいろいろやってみた。

 ド素人パイロットの私がこんなことを出来るのも、失神さえしなければグラヴィティで絶対落ちないからであるが、思っていたよりGが掛かる。

 クルクル回っていると本当に失神しそうで、自分で操縦してて気持ち悪くなる。

 横に座っているアイミは大喜びでキャハハッと笑っていた。

 あれが全く平気だとは、さすが神様だけある。


 アクロバット飛行を何度か繰り返し、改良を重ねて機体に傷みが発生しなくなった。

 今度は長距離耐久試験である。

 通常飛行で、マドリガルタの王宮まで一日一往復。

 これを二週間毎日繰り返す。

 二週間後の整備で問題が無ければ晴れて完成することになる。


---


 長距離耐久試験一回目は私一人だけでマドリガルタへ向かった。

 女王らに前もって話しておいたので、指定時間に王宮の玄関前へ着陸する。

 女王と王子、大臣、手の空いた給仕係や近衛兵、騎士団まで揃って出迎えるそうだから、何だか恥ずかしい。

 だが国の予算も使って作っているので断ることは出来ない。


 その日は朝八時、天候はテスト飛行日和の快晴。

 ラウテンバッハの工場にある広場でいつもどおりオイゲンさんたち作業員さんとアンネマリーさんに見送られて飛び立った。

 一回目は、毎回私が身体一つで飛んでいるスピードと同じように進む。

 そのほうがペースの加減がわかりやすいからだ。

 地球の一般旅客機の離陸速度が時速二百五十キロから三百キロ。

 それとだいたい同じスピードで、高度は数百メートルだ。

 旅客機と比べればずっと低いが、私の身体一つで飛んでいるときは二十メートル前後なのでかなり高く飛んでいる。

 高度数百メートルなので高い山は飛び越えることが出来ない上に気圧や高高度の気温のことまで考えていないので、極力低い土地の上へ迂回して飛行する。

 エトワール国へ行くことがあれば、国境は高い山脈に隔たれているので海上を飛ぶことになるだろう。


 地球の飛行機ほどではないが、強力な風魔法を推進力としているのでジェットエンジンに模した噴射口からは大きな音が出る。

 人々をびっくりさせてはいけないので、なるべく街の上は飛ばないようにした。

 地上は森や荒野、穀倉地帯の単調な景色が続いているので、レーダーがあるわけないから気をつけないとどこを飛んでいるのかわからなくなってくる。

 だから街道を目印におおよその航路を選定し、ラガやセレス等の他の街への航路もいずれ決めておかなくてはならない。

 のほほんと飛んでいくわけにはいかず、風魔法を発動するのはマクロで簡単なのだが操縦は常に気を遣う。

 連続航行時間は体感的にたぶん三時間までが安全だと思うので、それを超える時間の時はいったん着陸して休憩するか、誰かに操縦を変わってもらう他ない。

 魔力量が豊富なアイミであれば私の代わりに操縦させられるし、風魔法が使えて魔力量がアップしたパティとジュリアさんでも三十分から一時間ぐらいならば大丈夫だろう。

 三人には操縦の教習をしてもらうことになるが、皆は頭が良いから心配ない。

 もっとも、アイミことアーテルシア自身はデモンズゲートを発生させて空間転移のようなことは出来るが、魔力消費はかなり大きいらしく、人間が通っても身体に影響があるのかわからないので、飛行機移動が良いそうだ。


 私が身体一つで飛んでマカレーナからマドリガルタまでの所要時間は毎回二時間半だが、今回の飛行機移動は初めてのことだったので三時間かかった。

 だが着陸指定時間を十一時にしておいたので、八時出発でばっちりである。

 デモンストレーションのためにもマドリガルタ上空を周回して高度を下げ、王宮玄関前の上空に静止してゆっくり降下する。


---


 午前十一時、王宮の玄関前。

 女王、王子の二人、宰相や各大臣、その他に一目見ようと手が空いている給仕係や兵も集まり、千人くらいの群衆になっている。


「母上、遠くから大きな音が聞こえてきますね。もしや……」


「そうねアウグスト。間違いなくマヤさんだわ」


「へぇ~ 時間ぴったりだねえ~ さすがマヤさんだぁ」


「マルティン、あなたも寝坊しなくなるといいわね」


「えへへへ~」


 マルティン王子は笑いながら頭を掻いて誤魔化した。

 彼はのんびり屋で、寝坊したり仕事の時間に遅れたりする。

 食事の時間だけはしっかり守ってるのだ。


 群衆も音に気づき、ざわざわとしてきた。

 この世界の人にとって空を飛ぶ乗り物とは想像出来ない物なので、緊張と好奇心がまるでオーラとなるような雰囲気すらあった。


「あれ!! 白いドラゴン!?」


「魔物ではないのか!?」


「すごく大きな鳥ねえ~」


 群衆からはそんな声もあった。

 初めて飛行機を見る人々にとってそのように見えるのは自然なことだろう。

 私が操縦する飛行機は周回飛行が終わり、風魔法の出力を止めてゆっくり降下し、王宮玄関前の上空二十メートルあたりのところで静止した。

 群衆が皆上を向いて口をあんぐりしているのが面白い。

 飛行機をグラヴィティで垂直降下させ、ゴムタイヤの車輪はノシッと小さな音を立てて着地した。


「おおおおおおおおおおお!!!!」


 群衆から歓声があがっているのが聞こえる。

 まだコクピットにいるんだが、出るのが恥ずかしいな……

 私は飛行機内部の扉横にあるレバーに手を掛け、油圧式になっているので扉がゆっくり下に降りた。


「おおおおおおおおおおお!!!!」


 またも群衆から歓声が上がる。

 外の様子が見えてきて、女王を中心に王子や大臣らが出迎えてくれている。

 私は来日した外国の大統領のように、皆に手を振った。


「いやー どうもどうも」


 扉はタラップにもなっているので、私は降りてタラップを持ち上げて収納してから女王らの所まで向かった。

 大臣のおっさんらは私など見向きもせずに飛行機へ掛け寄り、物珍しげに見たり触ったりしている。

 ラウテンバッハ製だけあってちょっとやそっとでは壊れないから、好きなようにさせておこう。


「マヤさん、ご苦労様でした。

 思っていたよりずいぶん大きいんですね。

 ――これが飛行機というものですか……

 前に空飛ぶ馬車なんて聞きましたから、こんな鉄の鳥みたいな物とは思いませんでした」


「いやーマヤさん、想像以上ですよ!

 予算から捻り出した甲斐がありました!

 あなたはなんて先進的なんだ!」


「ねえねえ、マヤさん。ボクもいつか乗せてくれるかな? ふふふ」


 王族の三人が思い思いの言葉をくれた。

 好感触のようなのでとりあえず今後のことについては安心できそうだ。

 大臣たちもまるで子供のように声を上げ、笑いながら飛行機の周りをあちこち見学していた。


「マヤさん、飛行機の話を大臣たちにもして欲しいの。

 ささやかだけれど昼食会をしますから、そこで話してくれるかしら」


「ああ…… はい」


 面倒だけれど国のお金を使っていることだし、ここは仕事だと思ってやろう。

 大臣たちがとんちんかんな質問をしてこなければいいけれど。


 飛行機は玄関前に放置して、通りがかりの人たちに好きに見てもらうことにした。

 近衛兵もいるし、こんなところで機体にいたずらをする人はいないだろう。

 案の定、大臣たちが去った後に群衆が飛行機周りに集まってわいわいと見学していた。


---


 王宮内の広いダイニングルーム。

 王族三人の他、大臣ら偉そうなおっさんたちが十数人座っている。

 脇に控えている何人かの給仕係には、モニカちゃんとフローラちゃんもいた。

 モニカちゃんは私と目が合うと、ニコニコと軽く手を振ってくれた。

 女王の執事代理であるロシータちゃんは席を外しているので、たぶん休憩をしているだろう。


 ささやかと言いながらそれなりに豪華な料理が並べられており、食欲がそそる。

 皆が集まったところで先に食事を済ませてから、アウグスト王子が口を開いた。


「今日お集まり頂いたのは他でもなく、モーリ子爵が進めていた空飛ぶ乗り物について彼から話をしてもらうためです。

 私たちは概ね話を聞いているので、何か質問があればどうぞ」


 ああ、やっぱり質問形式か。

 まあ私はあまり考えずに話すだけでいいけれど、質問攻めになったら面倒だな。


「コホン、では。

 (けい)の飛行機とやらは、最初の構想から製作費用がずいぶん膨らみ、ついには国家予算から金を出した。

 王子殿下がどうしてもとおっしゃるものだから了承したが、その予算分くらいは回収できるものかね?」


 最初に質問してきたのは財務大臣だ。

 このおっさんも面倒くさそうな人だけれど、王子がお願いしたら了承したなんて、王子はよほど能力的にも信用されているのだな。

 そのわりに財務大臣は一番に飛行機を見に行っていた。


「例えば女王陛下がマカレーナまでご訪問されるとします。

 私は飛行機の製作費用で聖貨五枚を助けて頂きました。

 陛下の場合一般国民の馬車移動より時間が掛かり、片道が十日から半月になります。

 途中の宿泊費用や食事代、お世話をする給仕係、護衛の兵もいますから膨大な金額がかかります。

 総額は大臣のほうがよくご存じだと思いますが……

 それが片道三時間もかからなくなり、日帰りも可能です。

 護衛も少数どころか私だけでも十分ですから、兵にはもっと他の仕事をさせられます。

 または迂回して一日に街をいくつもまわれますよ。

 それだけ短い日程で各地の状態を知ることが出来ますから、国の統治が格段にしやすくなります。

 あとは外国にも……」


「わ、わかった。実は王子殿下からもそのように伺った。

 (けい)の見解ならばどうかと、改めて聞いてみたのだ」


「とても効率良くて便利になるけれど、かえって私の仕事が増えちゃうわね。オホホホ……」


 なんだ…… 大臣は知ってたのか。

 まだ途中だったけれど、王子がまたちゃんと話してくれるだろう。

 女王の仕事が増えるって、王子たちに仕事を任せて周遊三昧ということになりかねない。

 そうなると、私はパティたちと離れてずっと女王と一緒にいることになる。

 それは何としても避けたい。


「では私から質問だ。

 あのように空を飛べば、落ちてしまうこともあるだろう。

 女王陛下の命に関わる。

 安全性はどうなのだ?

 それからメリットばかりでなく、デメリットもあるはずだ。

 そこを説明してもらおうか」


 出た。ビジャルレアル宰相からの質問だ。

 小難しい爺さんだが、質問の内容はもっともだ。


「はい、閣下がご心配なさることは承知しております。

 飛行機の動力については私の魔法を使っておりますが、その魔法は大魔法使いエリカ・ロハスから教わりマクロ化して、私があまり意識しなくてもほぼ自動で発動し続けます。

 ですから私が機内で死ぬか失神しない限りは落ちることありません。

 ちょっと眠るくらいならば魔法はそのまま発動しています。

 勿論眠ることはしないできちんと操縦しますが、巡航航行の時は操舵から外れることも可能です」


「ほう。エリカ殿か…… 惜しい人を亡くしたものだ……」


 ちなみにビジャルレアル宰相もなかなか強力な魔法使いで、エリカさんのことは知っていた。

 エリカさんの名声に助けられたよ……


「それでデメリットですが、大量の魔力消費が必要なので今のところ私しか操縦出来ないことです。

 マカレーナにもう一人、魔力量が豊富な魔法使いがおりますので彼女にも操縦を教えますが、あくまで予備としてです。

 もう一つ、嵐の時には船と同じく動かすことが出来ません。

 それから私もやりたいことはたくさんありますので、年がら年中飛行機に乗って移動するわけにはいきませんので……」


「わかったわ、マヤさん。あなたも若いしお楽しみはたくさんあるでしょう。

 程々にしておくわね。オーッホッホッホッ」


 釘を刺しておいたつもりだが、あまりなあなあにされてしまうといつの間にかこき使われてしまいそうだから怖い。


「ならばどのような時に飛行機を使うのか決め事を作った方が良かろう。

 製作費用は十分回収出来る上に、今まで不可能だったことが可能になるのだ。

 メリットの方が遙かに大きい。

 それにこの国を救ってくれたマヤ殿を無碍(むげ)には出来ないだろう」


 うぉぉぉぉ! ビジャルレアル宰相って、めちゃわかる人じゃないか!

 小うるさそうな爺と思って悪かったです。

 さすが、あの女王を補佐する大臣だ。

 アウグスト王子も女王の補佐をしているが、事務レベルのほうが多い。

 マルティン王子は女王の代わりにマドリガルタとその近郊の視察をよくしており、頭は悪くないがのんびりした性格故に半分ニートオタク状態である。


「ビジャルレアル宰相の仰るとおりです。

 今度の議会に話しましょう。

 マヤさんの悪いようにはしませんから、安心して下さいね」


「ありがとうございます」


 アウグスト王子まで援護射撃を。

 権限が大きい人たちが良識派で良かったよ……


「他に何か質問はございませんか?」


「あ、ああ…… 何せ初めて見た物だから、まだ何を質問したら良いのかわからんのだよ。

 まだテスト段階というなら、完成して様子を見てから改めて聞くとしよう。

 飛行機そのものには問題が無さそうだが、運用面で問題が出てきそうだ。

 各地の領主でも飛行機のことをまだ知らぬ者が多い。

 テスト飛行をしている間に全国へ通達した方が良いな」


「そのことについては私にお任せ下さい」


 学芸大臣が話した後、アウグスト王子が応えた。

 王子が何でもやっちゃうのね。

 そりゃ激務になるはずだ。

 能力が高いのは良いが、その人ばかりに依存してしまう組織は良くない。

 他に優秀な人はいないだろうか。


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