第二百六話 プラトニックラブ
エリサレスを撃退し、エリカさんが亡くなってから早半年。
平和な日が続き、このままずっと何も起こらないのではという気がしてくる。
だがいつどうにかなることも考えなければいけないので、マカレーナにいる時は毎朝の訓練を怠らない。
アベル君が大きくなってきたので、ローサさんも朝食前の早朝訓練に参加する機会が多くなった。
飛行機が完成したらヒノモト国へ行ってみたいらしく、ローサさんの師匠に腕が落ちたと怒られないように日々鍛錬をしている。
サリ様の力で常人を超えた動体視力とスピードを持った私とエルミラさんを交えて訓練していると、スサナさんとローサさん、ヴェロニカは不思議と私たちについて行けるようになり、すでに屈強な騎士団複数人相手でも全く相手にならない戦闘力になっていた。
そういうことで元々剣術が堪能であるローサさんはさらに強くなり、刀を扱えば恐らく国内最強だろう。
ヴェロニカは、私と結婚したいという意思は頑として変える様子がないが、身体の関係はおろかキスもしたことがない。
だが体術の訓練で私の腕がおっぱいに当たろうが顔が挟まれようが私が黙ってさえいれば彼女は気にしていない様子で、むしろ戦うことでのスキンシップが私との繋がりを強く感じているようだ。
ヴェロニカはどんなぱんつを履いているのだろうと気になるが、本人に聞いたらボコボコにされそう。
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そんなある日、私が部屋のデスクでランジェリーのデザイン画を描いていた。
休憩時間、ルナちゃんがお茶を入れに来てくれた時にヴェロニカのことについてそれとなく聞いてみた。
「ルナちゃんはよくヴェロニカ王女もお世話をしているようだけれど、新しい服なんてどうしてるの?
王女はあまり外へ出て買い物をしているようには見えないけれど」
「あれ? ご存じなかったんですか?
たまにですけれどエルミラさんやスサナさんと買い物へお出かけになってますよ。
マカレーナで王女殿下の顔を知ってる人はほとんどいませんから、エルミラさんたちと同じような格好で悠々とされてますね」
「ふーん、やっぱり普段は女性同士で仲良くやってるんだねえ」
「あっ 下着は王女殿下にお願いされて私が買いに行くこともあるんです。
さすがに王族ともなると粗末な物はいけませんから、アリアドナサルダで買います。
マヤ様がデザインしたボクサーブリーフっていうんですか?
あれがお気に入りのようですね」
「へぇー 王女も私のロベルタ・ロサリオブランドの下着を履いてくれているんだ。
で、何色のボクサーブリーフを買ったの? むふ……」
「マヤ様…… またニヤニヤして下心見え見えですね。
王女殿下はマヤ様がデザインしたのをご存じなのにあえて私に頼んでいるんですから、きっとお恥ずかしいんです。
マヤ様は女の子の気持ちをもっと察して欲しいです!」
しまった。またしても顔に出てしまった。
寝坊して起こされる時と同じようにピリピリと怒っている。
怖くはないんだが……
「あいや、仕事上の参考として聞いてみただけだよ」
「私はあくまでマヤ様の商品を王女殿下がお買い求め頂いていることをお知らせしたまでであって、さっきの顔だとそうは見えませんでしたけれどね」
「――はい」
ルナちゃんにジト目でジロッと睨みつけられている。
面倒だし、ここは大人の対応で円滑な関係のためにここは退いておこう。
本人について直接何か言うより、他人に対して何か言うと怒られるということはよくあることだ。
とまあそういうことがあったわけで、ヴェロニカはエルミラさん同様にレディース向けのボクサーブリーフを履いていることがわかった。
二人とも女性として最低限のファッションしか興味が無いから、きっと地味な色のボクサーブリーフを履いているのだろう。
スサナさんはどんなぱんつを履いているのか知らないが、ボクサーブリーフでもピンク基調の可愛い物も作ってあるのでそれを履いてくれていると嬉しいな。むひひ
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シルビアさんは妊娠九ヶ月となり、間もなく出産を控えている。
彼女は王都マドリガルタ南部にある実家のエスカランテ子爵家に帰っており、執事はロシータちゃんへ完全に引き継いだ。
女王の計らいで育児休暇も与えられ、少なくとも一年は仕事がお休みだ。
表向きはマリオ・モンテスという兵士がシルビアさんと恋人同士で、身籠もった後にアーテルシアが発した魔物にやられて戦死したことになっている。
マリオ・モンテスとは、女王が自身の策略のため十九年前に捏造し戸籍登録した架空の人物である。
その策略とは、本来ヴェロニカの結婚で何か問題があった時のために結婚相手として使う架空の戸籍を、ヴェロニカが産まれた時に作ったという。
だがヴェロニカは私と結婚することになってしまったので不要になり、その架空の人物をシルビアさん相手に利用したということだ。
親族がおらず孤独な戦士という設定なので夫方は何も心配いらないが、よくもまあ女王は十九年も前にそんな悪知恵が働いたものだ。
勿論そんな偽戸籍は大貴族でも作れないが、そこは国の王だから亡くなった王配も一緒になって忍ばせたらしい。
二人だけで出来るはずもなく、たぶん他にも協力者はいるはずだが女王は教えてくれない。
なんとマリオ・モンテスだけではなく、男女複数人の架空戸籍があるらしいが、性別と年齢的に十九歳のマリオ・モンテスしか選択肢が無かった。
アウグスト王子やマルティン王子のために用意されたものだろう。
いずれにしても墓場まで持って行く重要機密なので、私にも強く口止めされた。
そういうことでシルビアさんはご両親に、『どこの馬の骨とそういうことを!』とこっぴどく叱られたらしいが、その後は『死んでしまったものは仕方がない』ということで孫が生まれるのを今か今かと楽しみにしているらしい。
シルビアさんのご両親であるエスカランテ子爵夫妻には、私はまだ会っていない。
というのもご両親には結婚する報告をしておらず、シルビアさんは新しい恋人が出来たという話だけはしているとのこと。
結婚の報告は生まれた後のどこかの機会を作ってするつもりだ。
産まれてくる子供には、物心がついたら最初から私とシルビアさんの子供だと言う。
書類上ではマリオ・モンテスが肉親で私が継父になるが、子供から見たら私が肉親でマリオ・モンテスの存在は頭から無い。
いずれマリオ・モンテスについて気づくかも知れないので、十五歳になったら真実を話すつもりだ。
勿論、女王との淫乱事に巻き添えになって妊娠したというのは、本当に墓場まで持って行く。
エスカランテ家には、恋人として近々挨拶をしに行く。
しばらくシルビアさんには会っていないので、そうしないと彼女に直接会って支えてあげることも出来ない。
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エレオノールさんについては、庭園デートの翌日に私がマカレーナへ帰ってから王宮へ手紙が来ていたらしいので、半月後に再び王宮へ来た時にモニカちゃんから手渡された。
手紙を渡してくれるのは毎度モニカちゃんだが、私が他の女性と仲良くしているというのはやっぱり面白くないからか素っ気ない態度で渡してくる。
だからすぐ手紙を読むようなことをしないで、話し相手になったりいちゃラブをすると機嫌が良くなる。
モニカちゃんにとって、エステラちゃんよりもエレオノールさんに対抗意識があるように思えるが、アリアドナサルダの店内で起こったことについてエステラちゃんに勝ったつもりなんだろうか。
エレオノールさんの手紙の内容は、急にキスしたこととすぐにその場を立ち去ったことについて謝罪の言葉があった。
また会いたいということも書いてあったので安心したが、エレオノールさんは私よりずっと庭園でのことを気にしているように思えて、あれからずっと悩ましい思いをしているのかもしれない。
私はすぐに返事を書いて、翌日にはもう手紙が届いたのでよほど気がかりだったのだろう。
手紙の内容は、明日の午後またお話出来ませんか?ということが書いてあり、また午後からガルベス家の庭園で話をすることになった。
当日は急だったからリーナに会うことがなく、使用人通用口前で待ち合わせて庭園へ向かった。
彼女の仕事の都合で昼食時間ではなく、夕方に近い。
仕込みだけしてあとは他の料理人に任せてあり、それで今日の仕事は終わったそうだ。
「ごめんなさい、急に」
「なんの。エレオノールさんのためならどこまでも」
「うふふ。ありがとうございます」
「やっぱりエレオノールさんは笑った顔が一番可愛い」
「――」
エレオノールさんは顔を真っ赤にして黙り込んでしまった。
庭園着いて、適当なベンチを探して二人で座る。
昼休憩ではないので、眼鏡メイドさんたちがいちゃラブしている姿も無く、周りは私たちしかいない。
それが気分を盛り上げてしまう。
「私…… あんなことをして……
周りの人たちに影響されてその衝動だったんですが、マヤ様のことで頭がいっぱいだったので、その…… どうしたらいいのかわかりません……」
「私はエレオノールさんのことが好きです。
マカレーナにいる時でも、エレオノールさんといつも一緒にいられたらなという気持ちがありますよ」
地球の欧米でも女性には回りくどいことを言わずにはっきり言った方がいいということだったので、この世界でもそういう傾向だから自分の気持ちをはっきり言った。
春の日だまりのように朗らかな彼女は、四六時中一緒にいても全く苦ではない。
「嬉しいです……
もしマヤ様のことを諦めて、マヤ様より素敵な男性を見つけることなんてもう無いかも知れないと思うと、一夫多妻を受け入れる他にないですよね……」
「もう他の女性と約束してしまったことなので一夫多妻は避けられません。
もどかしいかもしれませんが、可能な限り二人だけの時間は作ります」
「はい…… よろしくお願いします……
あっ あっ 今のは結婚の約束じゃないですよ!
まだ心の準備が出来ていないので、そういうことは別の機会に…… うう……」
エレオノールさんはまた顔を真っ赤にして俯いてしまった。
彼女はこんなにうぶだったのか。
マルセリナ様ですら、奥ゆかしさはあってもこうまでにはならなかった。
大人の関係まで行き着くには、慎重にしないといけない。
「エレオノールさん、手を繋ぎませんか?」
「はい……」
私はベンチに座ったままの状態でエレオノールさんの手を取り、指を絡めて恋人繋ぎをした。
無言のまま手を繋いで、しばらくはただ二人で並んだ体勢で動かなかった。
どれだけ時間が経ったのか、エレオノールさんは私の肩に頭を寄せた。
「素敵な時間…… このままずっと続いて欲しいです……」
「そうですね……」
また無言の時間が過ぎていく。
エレオノールさんは今何を考えているのだろう。
私は前にエステラちゃんと姫ソファーに座ってこの体勢でいちゃラブをしたことを思い出してしまったゲスな男である。
スー スー スー……
エレオノールさんは寝てしまった。
安心してくれたのかな。
おっぱいが私の腕に当たってるし、手を繋いでいる私の手の甲がいつの間にかエレオノールさんの太股から股間付近に乗っかっている。
非常に際どい体勢だったが、薄暗くなってエレオノールさんの目が覚めるまで適度な緊張感を楽しんだ。
天然なエレオノールさんは起きるなりびっくりして、寝てしまったことに謝るばかりだったがそれも可愛らしかった。
キスをしようとする気持ちが湧かなかったが私たちは手を繋いで一緒にいることで満足してしまい、その後は使用人通用口までエレオノールさんを送るだけになった。
ムッツリスケベな私がプラトニックラブというものに、初めて清々しさを感じた。




