第二百五話 その後の日常 其の二十二/エレオノールさんと初キッス
リーナの部屋から美人眼鏡メイドさんの後ろ姿を観賞しながらついて行き、ガルベス家屋敷の玄関ホールでたくさんのメイドさんに見送られる。
「マヤ様、お嬢様のためにいつもお越し頂きありがとうございます。
どうぞお気を付けてお帰り下さいまし」
「ありがとう」
眼鏡メイドさんの挨拶を受けて玄関を出たが、エレオノールさんと会うのにまだ帰らないからこうも仰々しく見送られると何だか恥ずかしい。
帰るフリをして正門の方向をしばらく歩いた後にスササッと、大回りをして待ち合わせ場所の使用人通用口へ向かった。
「エレオノールさん、お待たせしました」
「あら、そんなに慌ててどうかなさったんですか?」
「いやあ、大勢の給仕さんに帰りを見送られると、本当に帰らなくちゃいけない気がしたから帰ったフリをしてこっちへまわったんですよ」
「うふふふふっ マヤ様ったら面白いですね。
貴族だから堂々となさっていいんですよ。うふふふふっ」
エレオノールさんに大笑いされてしまった……
彼女は既に通用口前で待っており、両手で大きなバスケットを抱えていた。
服装は白いブラウスに薄茶のチノパンと、前回とあまり変わらずファッションにこだわりは無いようだ。
「エレオノールさん、大きなバスケットですねえ。持ちますよ」
「うーん、このくらいなら大丈夫です」
「魔法で浮かせますから手ぶらのほうがいいですよ」
「そうですわね。お願いしようかしら」
バスケットをグラヴィティで浮かせ、私の頭の上をふよふよとついてくる。
本来魔族の闇属性魔法は人間だと滅多に使える人がいないのでどこでも使うと奇異な目で見られるが、幸い庭園まで人通りが少ない。
エレオノールさんと手紙で連絡を取り合って、今日はガルベス家の広大な庭園で話をすることになっている。
弁当を持って行くと書いてあったから間違いなく今浮かせているバスケットに入っているはすだが、この大きさでいったいどれだけ入っているのだろう。
庭園は、前にパティやリーナを連れて上空を飛んだことがあるが、実際に歩いてみるのは初めてだ。
緑が一杯で池もあり、大きな花壇がいくつもあって色とりどりの花がたくさん植えられている。
まるで公園や植物園のようだ。
ちらほらと給仕さんたちが歩いているのが見える。
私の視線をエレオノールさんが気づき、口を開いた。
「ここはガルベス家のお客様を招いたり、使用人の憩いの場なんです。
ガゼボは貴族の方だけしか使えないのですが、ベンチはたくさんありますし自由に使えるんですよ」
「へぇー あのおっさんも意外に太っ腹なんだね。
実際に腹もでかいけれど」
「ぷぷっ マヤ様、口が過ぎますよ」
笑わせるつもりて言ったのではないが、さっきからエレオノールさんにはウケている。
自分にギャグセンスがあるとは自覚していないが、この世界にやってきてから私がやっていることや仕草について笑われることがあるが決して軽蔑の意味ではない。
前世では笑われることも何も無く面白みの無い男だと人に思われていることを肌で感じており、私に興味を持ってくれる人は少なかった。
その理由ばかりではないが、文明が発達していても地球や日本には未練が無い。
私のことを認めてくれる人がたくさんいるネイティシスに転生させてくれたサリ様にはとても感謝している。
しばらく歩いて、広い芝生の中にベンチが点在しており、その中で木の下にあるベンチに二人で座った。
向こうにも広い花壇があったり池も見えて景色はとても良い。
「マヤ様、お話もありますけれどまずお弁当を頂きましょうか」
「そうですね。エレオノールさんの弁当、楽しみだなあ」
私たちの上をずっとふよふよと浮いていたバスケットを降ろし、早速蓋を開いてみた。
生ハムの他に野菜やオムレツなどを挟んだ、フランス風のバゲットサンドがたくさん入っている。
さすがプロの料理人で、前にモニカちゃんと一緒に行って食べたお店の物に負けないくらい種類がたくさんあり、とても美味しそうだ。
でもこれ全部食べられるの?
「うわぁぁ! すごく美味しそう!」
「たくさん召し上がって下さいね。さっき作ってきたので出来たてですよ。
水筒にお茶も入れてきましたから。うふふ」
そう言いながらエレオノールさんは真っ先にバゲットサンドを口いっぱいに頬張っていた。
よっぽどお腹が空いていたのか、とても幸せそうな顔をして食べている。
私も早速頂く。
コロッケサンドはなかなか食べがいがあり、気に入ってしまった。
「良かった。急いで作ったから出来がどうか心配だったんです」
「エレオノールさんのバゲットサンドが食べられて本当に幸せですよ。
あっ さっきリーナの部屋でカヌレも頂きました。
あれもすごく美味しかったです」
「リーナお嬢様の他に、こんなに私の料理を喜んで頂けるなんて感激です。
ガルベス家で料理を作っても直接お声を頂くことなんてなかなか無いですから……」
「大丈夫ですよ。この国指折りの大貴族で長く勤めていられるということは、気に入って頂いている証拠ですから」
エレオノールさんは照れながら野菜と鶏唐揚げのバゲットサンドを食べていた。
彼女が食べているのを見ているだけで、自分も幸せになってくるようだ。
ふと目線をエレオノールさんから庭園内へ移すと、向こうのベンチにいつの間にかメイドさんと用務係の姿をした若い男が座っていた。
わ…… 二人でめちゃくちゃキスし合っている。
情熱の国なので、人前でディープキスをしているのを見かけることはそれほど珍しくない。
だが彼らは熱いキスをしながら、男の片手はメイドさんの胸を揉みしだいていた。
これはなかなか強烈……
あ…… え……
あのメイドさん…… さっき玄関で見送ってくれた眼鏡メイドさんだ……
彼は恋人なんだろうか。
私には好きな女性が何人もいるしすぐ隣には素敵なエレオノールさんもいるのに、何だかショックな気分になった。
この気持ちがわかる人はいるだろうか。
憧れた女性が他の男性とのあられもない姿を見てしまうと落ち込んでしまう。
すると、エレオノールさんが私の袖口をクイクイと引っ張る。
「コホン…… マヤ様…… 向こうへ行きましょうか……」
「ああ…… そうですね」
エレオノールさんは、顔を酷く真っ赤にして下を向いていた。
彼女は本当にこういうことには免疫が無いのだろうか。
私がうっかりぱ◯ぱ◯体勢で受け止めたことがあったが、その後も顔を真っ赤にしていた。
彼女との接し方は慎重にしないといけない。
一旦バスケットを片付けて、私たちは別のベンチへ移動することにした。
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数十メートル先のベンチに移動し、バスケットを開けて食事の続きをした。
これだけ離れていれば眼鏡メイドさんたちは木の陰になって気にならない。
「それで大事なお話なんですが……」
「はい」
エレオノールさんが、今回の目的である私との付き合いについて口を開く。
「しばらく考えてみました。
私…… マヤ様のことをお慕いしています。
でも他のたくさんの女性ともお付き合いをしていることを知って、困惑してしまいました。
私自身、好きな男性が出来たら二人だけで愛し合うとばかり思っていましたし、それが夢でした。
ですから男性には私だけを愛してもらいたいという気持ちがあります。
マヤ様がお付き合いされている方たちとうまくやっていけるかどうかも自信がありませんし……」
「……そうですね。
複数の女性を愛すことが出来る環境がそもそも普通じゃないですからね。
私の周りの女性は、いじめたり嫌悪な関係になるような性格の人はいませんよ」
いつかあった、モニカちゃんとエステラちゃんとの確執を思い出すと不安になる。
パティは嫉妬深いから、本人にいじめている自覚が無くとも相手の気を悪くする可能性だってある。
「それよりエレオノールさんの気持ちですよね……
こうして二人だけでいるときは良いかも知れませんが、他の女性と仲良くしている時間もありますから、その時エレオノールさんはどういう気持ちになるのか心配になります」
「すみません…… 結局まだ答えが出ないんです。
それでお願いがあるのですが、もうしばらくこのままの関係でいるという訳にはまいりませんでしょうか?」
「わかりました。そうしましょう。
私たちは歳が近いですから時間があります。
エレオノールさんの仕事やリーナのこともありますし、焦ることはないと思います」
「ありがとうございます……」
エレオノールさんは半分照れ顔で微笑んでいた。
分身君の脳内はエレオノールさんといちゃラブしたいらしいが、私はエレオノールさんの気持ちを優先にして大事にしてあげたい。
男というものは、女のことになると分身君の脳が先に働いてしまう。
私は女性経験が多いわけではないから、勢いで動いてしまうと彼女の性格ではショックを受けられてしまうかも知れないし、私自身も彼女に嫌われるのはとても怖い。
当分は現状維持だ。
少しほっとしたところでエレオノールさんから庭園内に目をやると、また向こうにある別のベンチに誰か二人が座っているのが見えた。
メイドさんが二人…… 女の子同士だ。
え……??
自分の目を疑った。
眼鏡メイドさんとは別の、玄関ホールにいた若いメイドの二人がキスをしあってる。
お互いの両手を繋いで指を絡ませ、濃厚なキスを続けている。
すごい光景を見てしまったが、ガルベス家の使用人はどうなっているんだ?
リーナの両親も娘に何度も行為を見られてしまうほどオープンにしているのか、リーナ自身もさっきはかぶりつきキッスをしてしまったから、ガルベス家の家風とはそうなのか?
だとしたらエレオノールさんのことも心配だが……
「マヤ様……」
メイドたちの行為を眺めていたらエレオノールさんの声がするので振り向くと、両手で私の頬を掴まれ、私の唇に吸い付いた。
「ンンン!!??」
びっくりして思わず声を上げてしまった。
こんなことはアマリアさんに初めてキスをされたとき以来かも知れない。
エレオノールさんは舌こそ入れないものの、ぎこちなくチューチュー吸い付くキスを続けていた。
この間、十数秒……
そしてゆっくり顔を離した。
「初めてだったんです……」
エレオノールさんがそう言った途端、掛けだして屋敷の方へ戻ってしまった。
追いかけようとして私も立ち上がったが、嫌われてはなさそうだし、照れ隠しだったんだろうと安易な考えでその場に残った。
バスケットにはまだたくさんのバゲットサンドがあった。
王宮へ持って帰って大事に食べよう。
向こうのベンチにいる二人のメイドは、まだ夢中でキスをしていた。
エレオノールさんはあれをみて刺激されたんだろうか?
そんな単純なことか?
改めてエレオノールさんと話す機会を作ろう。
第六章一部 【了】
次回は第二部です。




