第二百四話 その後の日常 其の二十一/リーナ、大人の階段を上る
エレオノールさんとデートをした時から一ヶ月半も後のこと。
今日は彼女と話をするために、久しぶりに会う。
私がすでに多くの女性と仲良くしていて、結婚するつもりの女性が何人もいることにびっくりしたエレオノールさんに考える時間をと思っていたが、些か長かったか。
お互いの都合を合わせるのになかなか具合が悪く、時が経って今日になった。
エレオノールさんとリーナとは王宮滞在中に手紙で連絡を取り合っている。
モニカちゃんかフローラちゃんに頼んで王宮の配達係に出してもらい、数時間のうちに届くので便利である。
元々王宮と各貴族の間で公的な通知書を届けるシステムを使っているのだが、私的な手紙でもお金を払えば配達してくれる。その代わり少々高い。
エレオノールさんは午後から半休をもらえたようなので、お昼ご飯の時間から出掛ける。
あれでスケジュールが詰んでいるリーナは、お昼前に少しだけ時間を取ってもらうことが出来たので今日はガルベス家のお屋敷正面玄関からお邪魔する。
いつものようにお出迎えのメイドさんが玄関ホールの両側にずらっと並んでおり、王宮よりすごい眺め。
十代の可愛い子から三、四十代の美人さんまで容姿端麗なメイドさんで揃っているが、あまりキョロキョロ見ると下品なので、イケメン王子様風に手を上げてニッコリ挨拶。
二十歳ぐらいの眼鏡美人メイドさんが列からスッと私の前に出て、リーナの部屋まで案内してくれることになった。
「どうぞマヤ様。ご案内いたします」
玄関からリーナの部屋まで勝手知ったるルートなので前は一人で行ったのだが、そこは公爵家の客人を迎える礼儀ということで当該のメイドたちが給仕長に叱られたそうだ。
眼鏡メイドさんの後を着いていくが、美しい後ろ姿に心を奪われ見入ってしまう。
ドジッ娘メイドさんならそこでコケて、私もうっかりコケてお尻に顔を突っ込むという展開になるはずだが、そんなことがあるわけなかった。
コンコン「失礼します。マヤ様をお連れしました」
リーナの部屋に着くと、婆やが出てきて部屋に通された。
「いらっしゃいませ、マヤ様。
お嬢様が今か今かとお待ちしているところですよ。ふふふ」
「ははは。それはそれは」
「マヤーーー!!!!」
私が部屋に入った途端、リーナが溢れんばかりの笑顔で突進してきて、私の腰に抱きついた。
前世でもし私に子供がいたら、こんなこともあったのかなとしみじみ思う。
「あらあら。まるで旦那様がお二人いらっしゃるようですね」
「婆や。父上はこんなに若くないぞ」
「お兄様のほうがよかったかしら。
ささ、マヤ様。お掛けになって、今お茶を入れますので」
婆やと私は通っているうちにすっかり打ち解けて、リーナと二人だけになっても信用してもらっている。
私は父上と兄様どちらでも一向に構わないが、リーナはどこか不満そうな表情だった。
リーナとしては恋人に見られたいのかも知れない。
リーナと私はソファーに掛け、婆やはお茶を入れる準備をしてくれている。
ほのかに漂ってくる香りは勿論オレンジティーだ。
テーブルの上にはお菓子がすでに準備されていた。
カヌレだから間違いなくエレオノールさんが作ってくれたものだ。
エレオノールさん手作りのお菓子が食べられるのはここへ来る楽しみの一つである。
「私はこれで。お嬢様、マヤ様に失礼がないようになさいませ」
「わかっておる。婆やは妾よりマヤを信じておるんだのう」
「そんなことございませんよ。おほほ…… では」
婆やは一礼してリーナの部屋を退室していった。
リーナは婆やの姿が見えなくなるとにんまりと笑みを浮かべ、対面のソファーから私の隣へズサーッと猛スピードで移った。
全く子供の行動で、見てて面白かった。
「マヤ。二人きりになるのは久しぶりじゃのう」
「ああ…… そうだね」
そう言いながらリーナはずりずりと私に近寄る。
ベタベタしたいんだろうけれど、私からするとこの年の子とは遠慮したいが払いのけるのはかわいそうだ。
またブッチューと色気も何もないキスをしてくるのかなあ……
そう思っているうちに、彼女はべったりと私にくっつき手を握ってきた。
「恋人とはこうするものなんじゃのう。ぐふふ」
リーナは美少女には違いないが、今の笑いはどこか不気味だった。
今日は何を企んでいるのだろう。
「うーむ、やはり妾の背丈ではマヤが父上のようだ。
早く大きくなりたいのう。」
「リーナの母上にはまだお目に掛かったことがないけれど、やっぱりお美しいのかな?」
「おお! 妾の母上はそれはもう綺麗で背が高いぞ。
胸もぽいーんじゃ! エレオノールほどではないがな。アッハッハッハッ」
ほほぅ、母上が気になるなあ。
エレオノールさんほどではないというなら、Dカップくらいだろうか。
巨乳ではないが、細身で大きく見えるのかな。
「じゃあ大丈夫だよ。十五歳くらいになれば立派なレディなるのかな。
パティもどんどん背が伸びてきているんだ」
「パティとは久しく会っておらんから、それは見てみたいのう」
リーナは現在十一歳。
パティに初めて会ったときは十二歳だったけれど、それを考慮してもパティの方が成長著しく思う。
リーナが母上似なら良いが、ちょっと心配になってくる。
「また連れてくるさ。空を飛ぶ飛行機が間もなく完成しそうだ」
「妾もその飛行機とやらに乗りたいが、きっとお祖父様が許してくれぬ……」
「飛行機の素晴らしさと安全性が示されればきっと許してくれるよ」
「そうかそうか! 楽しみにしておるぞ!」
さっきから笑顔になったりがっかりしたり、喜怒哀楽の表情が豊かだ。
美少女はやっぱり笑顔が一番良い。
リーナのためというわけじゃないが、飛行機は早く完全に完成させたい。
テスト飛行では強度が足りなかったから、新たに骨組みから見直して作り直しているところだ。
「……それでのう、マヤ……」
「どうしたんだい?」
リーナが急にモジモジしだした。
何か言いたげな様子だが、話をする前にいきなり私の太股に乗っかってきた。
この体勢は、エステラちゃんとの甘い夜を思い出す。
「マヤ…… キスをしたい」
リーナの雰囲気がいつもと違う。
十一歳の娘には変わりないが、彼女の表情に女の子ではなく女性を感じた。
大人への目覚め? まさかリーナが……
でも十一歳だとあり得ることだ。
頭ごなしに避けても彼女の心に傷が付いたらいけないし……
とりあえず反応を見よう。
きっとまたブッチューキスをするに違いない。
昔、外国の猫とネズミが出るアニメでやっていた、チュウゥゥゥッポンッというあのキスだ。
「キスか…… うん、いいよ。
リーナがしたいようにしてみてごらん」
「うむ」
リーナは顔を近づけ、唇同士が軽く触れた。
その後が想像と全く違っていた。
「む!?」
リーナはまるで私の口を食べるようにキスをしてきた!
そう、メロンやスイカをかぶりつくようにジュルジュルと音を立てて。
うわっ 舌がっ 舌がっ
あまりの出来事に私は硬直し、リーナの身体をすぐ離すことが出来なかった。
その間十数秒だったが、リーナの肩を掴んでキスを止めさせた。
「ちょっ ちょっ ちょっと待つんだ! はぁはぁ……
そのキスはどこで覚えたんだい?」
「なんじゃ、このキスは嫌なのか?
エレオノールがこの前持って来てくれた本が面白くてのう!
戦記物なのだが勇者と姫が恋に落ちて愛し合う場面が実に麗しかった!」
「あー、うん。その本をちょっと見せてくれないかな?」
「マヤも興味あるのか? 少し待て」
リーナは部屋にある立派な本棚の中から一冊の本を取り出し、ほれと私に差し出した。
ふーむ、けっこう分厚いからその愛し合う部分がすぐ見つかるかどうか……
「勇者と姫が愛し合う場面はどのページに書いてあるの?」
「なんじゃマヤはせっかちだのう。ここじゃ」
リーナは本のページをパラパラと捲り、すぐに該当のページを開いた。
だいぶん後のほうだな……
「どれどれ……」
――キスシーンの表現が露骨で、確かに舌まで入れていることまで書いてある。
その後はベッドシーンまで進んでいたが、胸を揉んでそこから先はさすがに、二人は契りを結んだとしか書いてなかった。
はぁ…… 女の子もこういったものに目を触れて大人の階段を上っていくのか。
リーナがとうとう……
エレオノールさんは何て本を渡すんだ。
「だがそれだけではないぞ。
この前またうっかり父上と母上の寝室を、いけないと思いつつ覗いてしまってな。
二人が裸で熱烈なキスをしておったから、大人のキスとはああなのかと勉強になったぞ。
その後は父上が母上のおっぱいを吸ったり、母上が脚を広げて……」
「ああああああ!! その先はもういいから…… うん……」
「むっ モゴモゴ……」
私はリーナの口を塞いで、ガルベス夫妻のプライベートタイムについてしゃべるのを止めた。
本よりも、覗いてしまったそれが一番の元凶ではないか。
最後まで見ちゃったんだろうけれど、彼女の話っぷりから恥じらいとかいやらしい感じはしなかった。
まだ性知識について曖昧かもしれないし、婆やか誰かはきちんと性教育をしていないのだろうか。
そうしないと、極端な話ではマルセリナ様のように二十代半ばになっても性知識不足で何も出来なくなってしまう。(第五十八話参照)
「あの…… リーナ。
今度こそお父上と母上の寝室は覗かないようにしてあげてね。
あれは二人の秘密の時間だから」
「わかった……
大人は皆あんなことをするのか? マヤもするのか?」
「うん…… まあ…… でもリーナはまだいけないよ。
身体と心の準備が出来ていないから、焦らないでね。
とても大事なことだから、正しい知識が必要なんだ。
母上や婆やからは教えてもらえないのかい?」
「婆やにキスのことを聞いたら、怒って話してくれないのだ。
母上には何故か照れくさくて聞けん」
「そうかあ……」
「マヤが教えてくれぬか?」
「女の子の身体のことは女性が教えることのほうがいいんだ。
そうだ。エレオノールさんに教えてもらうのはどうだろう?」
「おお、そうじゃ。そうしよう!」
「じゃあ後でエレオノールさんに話しておくね」
という話でまとまり、午後からのエレオノールさんとのデート中に話すことにした。
落ち着いたところで、二人でくっついたままエレオノールさんのカヌレを美味しく頂いた。
お昼前なので少ししか食べられないのは残念。
お茶は冷えてしまったがリーナは猫舌なのでちょうど良いらしい。
そして時間は過ぎ、特別に開けてもらったのは僅か一時間ほどだったので、あっという間だった。
「のうマヤ。婆やが来る前に、おまえからキスをしてくれぬか?」
私はリーナの前髪をかき上げて、おでこにゆっくりキスをした。
おでこの肌の感触が唇に残るくらいに。
唇をおでこから離すと、リーナの顔が真っ赤になっていた。
彼女がここまで顔を赤くしているのを見るのは初めてだ。
「マヤ…… 何だかすごくドキドキする……
これが大人の恋というものか?
こんな気持ちになるのは初めてじゃ……」
「そうかもしれないね」
コンコン「婆やです。失礼します。」
このタイミングで婆やが帰ってきた。
リーナはノックが鳴った途端、対面のソファーに瞬間移動していた。
ティーカップは二つ並んだままなのに……
「おや? お嬢様、どうかなさいましたか?」
「うん? 何でもないぞ」
リーナは済ました表情をしているが、少し顔が赤いままだった。
婆やが来なかったらどうなっていたんだろうか。
リーナはこの瞬間から、子供目線の『好き』から思春期の『好き』に目覚めたのかも知れない。
次に会うときはもっと大変になりそうだ。
リーナと婆やに挨拶をして、部屋を退室する。
外に控えていたさっきの眼鏡メイドさんに再び案内され玄関までついていくが、また後ろ姿をまたじっくり見て歩いてしまったので、彼女や周りに気づかれていないだろうか。




