第百九十六話 その後の日常 其の十三/モニカちゃんのコーデ
マドリガルタ市内の商店街へ到着する。
私も市民には大分顔割れしてきているが、やはり目立たぬよう建物の陰にそろりと降り立った。
私も日用品などをよく買いに行く商店街で、貴族や平民の高収入層の人たちが利用しているので通りは小綺麗だ。
街並みは欧州の十八世紀から十九世紀にかけての様子に近く、石造りの背が高い建物が整然と並び、地球の現代人が見たらとてもおしゃれに見えるだろう。
そんな建物でも一階部分は現代的にショーウィンドウがあったりして面白い。
人通りは多く、馬車も行き交いとても賑やかだ。
そんな中、モニカちゃんと二人で歩く。
彼女は腕を組んで…… というより両手で私の腕を掴んでべったりだ。
それで金髪くせ毛のロングヘアー、ショートパンツから伸びるスレンダーだがややムチッとした白い脚と半袖から覗く腕、DかEカップはあろうおっぱい。
正真正銘の金髪ギャルですよ金髪の!
こんな子が隣に貼り付いているなんて、この世界に来て麻痺しているがよく考えたら前世の私では絶対にあり得ないことが現実になっている。
通りを歩いている男性たちも振り向く人が多く、美女を連れている優越感がある。
金髪といえばエルミラさんと歩いているときも人に振り向かれていたが、彼女の場合女性の方が多かった。
暖かいこの国では茶髪や黒髪の人が多いので、ただでさえ金髪美女は目立つから行動は地味にしておかないとね。
「あー、これ可愛いなあ! むむっ これもいいなあ!
これはちょっとババくさいかな」
モニカちゃんはやっぱり女の子らしく、通りに何件かあるブティックの店頭に並んでいる服に目移りし、私の腕から離れては目をキラキラさせて服を手に取って見ている。
今のところ買う様子は無いが、後で一着くらいプレゼントしてあげたいな。
――あれ? 姿が見えない……
エレオノールさんもだったけれど、モニカちゃんも何かに夢中になると一人で動いてしまうんだなあ。
「おーい、モニカちゃーん! どこ行ったー?」
返事は無い。
店の中をキョロキョロしてもいない。
また外へ出て見渡すが、うーん…… あっ あんなところにいた!
五件も先のブティックの前にいて、身なりの良い男に絡まれている。
「おい、ここはおまえのような者が来るところではないぞ」
「ええ? あなた誰ですか? 私がどこへ行こうと勝手でしょ」
そうだ。カラスの勝手でしょ。
おっと、昔のコントのネタを出してしまった。
相手は貴族のようだが、いざという時は助けるから少し観察をしてみよう。
「ふん、身体は立派だな。
どうだ? 私の相手をしてくれないか?
銀貨三枚出すぞ」
「あのー 私そういう商売をしていな……
いえ、いいですよ。銀貨五枚だったら。ふふ」
モニカちゃんは私の方をチラッと見るなり、ニヤッと表情を変えてそう言った。
あの子は私がいるかと思ってとんでもないことを言ってるな。
面倒事はやめて欲しいよ。
「五、五枚か…… よし、いいだろう。
その先にある宿屋へ行こう」
あのスケベ、あっさり値上げに応じた。
よっぽどモニカちゃんの身体が気に入ったのだろう。
そんなに歳がいってなさそうで、三十歳くらいだがあの顔じゃモテないよな。
まだお昼前だというのに、あいつの脳みそは股間にあるに違いない。
あーあー、あんなにデレデレしちゃってよほど飢えていたんだ。
……私も人のことを言えないかも知れない。
「五枚、先払いして下さいね」
「に、逃げるんじゃないぞ。宿屋に着いたら渡してやる」
意外に用心深いな。
だが本当に連れて行かれそうだから、とぼけながら自然に出てみようか。
「あー、モニカちゃん。そこにいたんだ」
「んん? なんだおまえは?
そんな見窄らしい格好でよくここを歩けるな。
私はこの女と一緒に行くのだ。あっちへ行け!
……おまえ、名前を読んでいたが知り合いか?」
「恋人なんです」
「は? 私は今、この女を買って女の方も了承している。
嘘を言うな!」
「いやあ、嘘じゃないんですよ」
「そうですよ。私とこの方は恋人同士なんです」
「なにい? なぜおまえは恋人の前で自分を売るような真似を?
そうか! おまえたちグルで私を美人局にかけようとしたんだな!?」
銀貨五枚を貰っていたら、このままとんずらしても良かったな。
いや、それでは私たちが泥棒になってしまう。
王家の徽章を貰っている以上、軽々しいことは出来ない。
「そういうのじゃないんですが……
それより買春を見た以上、娼館の娼婦ではなく一般人に対しては犯罪になりますから、このまま見逃すわけにはいけませんね」
「なっ! 生意気な! この女も売春しようとしていたではないか!」
「彼がいなかったら逃げてましたー
彼がいたから捕まえてもらおうかと思って嘘をついたんですー」
モニカちゃんはドヤ顔でこの男にもの申す。
まったく……
まあ、見てしまったものは仕方がない。
どうにかして憲兵隊の駐在所へ連れて行こう。
「けっ おまえら平民風情が男爵の私に口答えするな!」
「私が平民だと一言も言っていませんが、この身なりでそう思いましたか?」
「なっ おまえは貴族!?」
ああ……
これから身分を明かすお約束な展開、どこかのご老公様や将軍様みたいだな。
この王族の紋章が目に入らぬか! って徽章を見せないといけないのか。
見せるものにしてはこの徽章はちょっと小さいよな。
「おまえたち! 何をしている!!」
あら…… 警邏中の憲兵隊二人が都合良くやって来た。
一人はベテランそうなおっさん、もう一人は屈強な若い隊員だ。
せっかくのデートなんだからさっさと引き渡して終わりたい。
「ああ、どうもどうも。ご苦労様ですぅ」
「なに!? ややっ あなたはモーリ子爵!!」
ああ良かった。私の顔を知ってる隊員だったら話が早い。
事情を説明して引き取ってもらおう。
「はい、そうです。
この男爵が、私の連れの女性に買春を持ちかけてきましてね。
それで余罪もありそうだから聴取してもらえませんかね?」
「なんと!」
「な…… な…… 子爵って!?」
「控えよ! このお方をどなたと心得る!
この国の英雄、そして女王陛下直属の重鎮マヤ・モーリ子爵であらせられるぞ!」
「ま、マヤ…… あの……」
男爵はそれを聞いてわなわなと震えている。
私はそんなに影響力があるのかね。
あーあ、お約束なセリフまで出ちゃった。
この隊員も異世界転生者だったりしてな。
それに私は女王直属じゃなくてガルシア侯爵直属なんだが……
まあいいや。そういうことにしておこう。
「はい! 私も陛下からお声が掛かってマヤ様のお世話をしてる、王宮の給仕でーす!」
モニカちゃんも手を上げて勝手に自己紹介をしている。
そろそろ黙っていて欲しい。
男爵は腰を落とし、地面にへたり込む。
それを若い隊員が引っ張って立たせ、その間におっさん隊員にもう少し詳しい事情を説明した。
「ああ…… モーリ子爵。
出来ましたら、お立場の上でも連れの方にはあなたにふさわしい格好をして頂いたほうが良いと愚考します。
確かにその格好では、見る者によっては商売の女に見られるかもしれませんので……」
「ええー!? これ可愛いのにい!」
「あっ ああ、すみません。ご忠告ありがとうございます」
「それでは、失礼します」
隊員たちは男爵を両側から腕を抱えて連れ去って行った。
あっ どこの男爵家だったんだろう。
すぐ釈放されるだろうけれど、後で駐在所に寄って聞いておこう。
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「さて、デート再会だね。
せっかくだから何か好きな服をプレゼントするよ。
でも大人しめな物にしてね。そのまま着てもらうから」
「やったー!」
私たちは少し戻り、モニカちゃんが目星を付けていたであろう店に入った。
時間が掛かるだろうと思っていたらあっさり見つけたようで、試着室に入っていった。
「マヤさまあ! これ似合うでしょ!」
「えっ? ああ…… そうだね。よく似合うよ……」
白い無地のシャツ、ハイウエストで少しダボッとした黒いロングのパンツ。
そう、まさかのレディースヤンキーのコーディネートだった。
モニカちゃんの顔でそれだと余計にヤンキーに見えてしょうがない。
でも気に入っているようで、彼女はニコニコとしている。
「マヤ様に買ってもらえる~ ふふふん」
「それでいいの? もっと高いのでもいいんだよ」
「一度こういうの着てみたかったんだー
マヤ様が買ってくれるんだったら値段なんて関係ないですよぉ」
うーん、いい子で泣けてくるよ。
ドカドカと服を持って来ておねだりするかと思っていたけれど、彼女の意外な一面が見られた。
新しい服を着たまま会計し、シャツやショートパンツはバッグに仕舞い込んだ。
そろそろ昼食時だ。
何も考えていないけれど、モニカちゃんが好きな物を食べてもらいたい。
ギャルからヤンキー娘に変わった彼女を連れて……




