第百九十話 その後の日常 其の七/小さな料理店と家族
エレオノールさんとデート中に市場でトラブルがあったが、大きな支障は無かったので昼食を時間通りに食べることが出来そうだ。
エレオノールさんは、屋台で食べ物を買って公園で食べるのもいいよと言う。
確かにそれもいいなと思ったが、ちょっと格好を付けたい気分だったし料理人相手だから美味しいお店をシルビアさんやモニカちゃんたちに聞いてリストアップしてきた。
だが私はどの店にも行ったことが無い。
「そうですね…… 実はマドリガルタでエトワール国出身の方がお店をやっていて、その方を頼りにここへやって来たんです。
大衆向けのお店ですが、もしよろしければそこへ行ってみませんか?」
「へぇー、それなら是非行きましょう!」
エレオノールさんが薦めるお店はマドリガルタの南部にある。
そこへまた手をつないで飛んでいく。
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「あっ マヤ様、あそこです」
「じゃあ降りますね」
マドリガルタの南部にあるこの地区に到着した。
背の低い民家や商店が並んでいて貴族は住んでいない様子で、所謂郊外である。
商店が並んでいる通りは人出が多く賑やかだ。
そこにあるお店【La Cabane (ラ・キャバーヌ)】というお店に入る。
フランス語で「小屋」という意味のことで、確かに小さな洋風民家にしか見えない建物だが、もし日本にあったらおしゃれに見えるだろう。
「久しぶりだなあ。マスター元気にやってるかな」
エレオノールさんが木造のドアを開けると、チャリーンとドアに付いているベルが鳴る。
すると元気が良い声で迎えられた。
「いらっしゃいませー!! あっ エレオノールさん!!」
歳は十六、七くらいで……
おおっ 金髪ツインテール娘を生で見られるとは!
この国へ来てから小さな子供では時々見かけることがあったが、髪が長い女性はまとめるときにお団子にしてることが多いので、女子高生くらいの年齢で金髪ツインテールの子を見たのは初めてだ。
エプロン姿で、目がぱっちりして実に可愛らしい。
ルナちゃんは黒髪ツインテールだがそれもまた稀少だ。
「ミシェル、元気そうね」
「あれ? そちらの方は? もしかして…… ムフフ」
ミシェルちゃんというのか。名前も可愛い。
彼女はエレオノールさんを揶揄うように、ニタニタと笑っている。
「あっ あっ…… この方はマヤ・モーリ子爵様で、ガルベス家でお嬢様がいろいろお世話になっていらっしゃるのよ」
エレオノールさんとは恋人付き合いをしているわけではないので、彼女は少々慌てふためいている。
真っ向に否定をしていないのは嬉しい。
彼女はガルベル家にとって貴重なエトワールの料理人だからあっさり手放すとは思えないし、将来はどう考えているのだろう。
「えっ!? えぇぇぇぇ!!??
あの勇者マヤ様がここにっ!?」
「しーっ 声が大きいわ。
マヤ様はあまり大っぴらになるのがお嫌いのようだから」
エレオノールさん、ナイスフォローだよ。
人が集まってちやほやされるのはどうも苦手だ。
「ああっ 失礼しました。
初めまして。このお店の娘で給仕をやってるミシェル・シャノワーヌと申します。
まさかエレオノールさんがマヤ様をお連れになるなんてびっくりでした」
「マヤ・モーリです。どうぞよろしく。」
「それでは、あちらの窓側のテーブルが空いておりますので、お掛け下さい」
簡単な挨拶をして、ミシェルちゃんが案内したとおり窓側の席に座る。
店はビストロで、客入りのピークは過ぎたようだ。
小さな店だが空いているテーブルが他に一つ空いているぐらいだから、市場でならず者を処理していた分でちょうど良かった。
「ここはですね、エトワールの家庭料理が食べられるんです。
私も作れるんですが、やっぱりマスターの料理が美味しくて時々来るんですよ。
メニューはこれなので、どうぞ」
エレオノールさんはテーブルに置いてあるメニューを見せてくれた。
豚バラ肉のポトフ、ジャガイモのソテー、 白インゲン豆と豚肉の煮込みのカスレ、ジャガイモと挽き肉のアッシ・パルマンティエ、チーズと野菜たっぷりのキッシュ・ロレーヌなど……
メニューは文字だけだが不思議と美味しそうに思えるのは、店内に立ちこめる料理の香りのせいだろう。
私たちはヴルーテというカボチャのスープ、カスレ、キッシュ、ナスとトマトのラタトゥイユを頼んだ。
たくさんだけれど、お腹が空いてるから食べられるかな。
エレオノールさんはさっきリンゴを四分の三個分とカスタードパイを食べたばかりだけれど、ニコニコ顔で食べる気満々である。
客層は平民ばかりのようで、気兼ねなく居られそうだ。
日本の高級おフランス料理店なんて入ったことが無かったから、もしそういうお店だったらどうしようかと思ったよ。
ガルシア家や王宮でも極端に格式張った食事ではなかったからね。
五分もしないうちに、ミシェルちゃんが料理を持ってやって来た。
「はい。まずはヴルーテでーす!
熱いですから気をつけて下さいねえ」
ヴルーテ・ド・ポティロン。温かいカボチャスープだ。
甘いカボチャの香りが鼻をくすぐり、食欲がそそられる。
「マヤ様、早速頂きましょう」
「はい」
エレオノールさんは待ちきれない様子で、私が返事をしたら早々とスープをすすっている。
美味しそうにしている笑顔の女性は見ていて自分も嬉しくなるね。
スープを飲んでいるうちに、カスレとラタトゥイユが次々と運ばれてくる。
カスレは白インゲン豆がいっぱいで、ニンジンやトマト、タマネギ、豚肉などが煮込んである。
ラタトゥイユも煮込み料理でナスとトマトがたっぷり。
とても健康的な料理だ。
エレオノールさんは皿が置かれた瞬間にもう口にしている。
「モグモグ…… ああっ マスターが作る料理の味は最高ですね。うんうん」
「本当に美味しい。この豚肉は柔らかくてしっかり味がしみているね。」
「そうでしょうそうでしょう。
私のパパは最高の料理人よ。
あっ ラタトゥイユはママが作ったの」
「へえ。じゃあラタトゥイユも頂こう。モグモグ……
うん! 私はナスが好物だから、トマトとしっかり絡んですごく美味しいよ」
「ありがとうございます!
パパとママに言ってこよーっと」
ミシェルちゃんはニコッと笑い、そう言って厨房の方へ戻っていった。
お母さんもいるんだなあ。どんな人だろうか。
ガルシア家の厨房で働いているマルシアさんみたいに、ふくよかなおかーちゃん風じゃないかと想像してしまう。
「それで、エレオノールさんはここのマスターを頼ってマドリガルタへ来たんですよね」
「はい。マスターは父の友人で、三年ちょっと前に私はマドリガルタへ初めて来て最初にこのお店を訪ねました。
それでしばらくの間お店のお手伝いをしながら仕事を探して、ガルベス家で料理人の募集をしているのを聞いてダメ元で応募したら採用されたんです。
私、料理だけは自信がありますし、エトワール料理が作れるということもあって公爵閣下やご家族の方に試食してもらったら気に入って頂けて……
リーナお嬢様が私のオレンジタルトを召し上がって、『絶対この者をウチで働かせないとお祖父様を嫌いになる!』とおっしゃられて、それが一番の決め手だっだようです。うふふ」
「あははっ そうでしたか。まるで手に取るようにわかりますよ」
三年前というとリーナ嬢が七歳ぐらいの時かな。
可愛い孫のためならばと、そう言われてガルベス公はたじたじだったのだろう。
「それでお嬢様がなついてしまって、私はエトワールで料理の学校へ行ってましたからそれでお嬢様に栄養学のことを教えているんです。
元々頭が良い方ですから、熱心に勉強されてますよ。
料理はまだまだですけれど……」
「なるほど……
リーナ嬢は将来料理人になりたいと思っているんですかね?」
「いえ、あくまで教養のためみたいです。
『おまえの料理が美味いから妾が作る理由は無い!』ですって。うふふ」
さっきもだけれど、エレオノールさんはリーナ嬢の物真似が上手いな。
それだけ一緒にいる時間が多いのか。
「それでエレオノールさん自身の将来はどうお考えですか?
当分ガルベス家の料理人として働くとか……」
「そうですね。私は一度外国で働いてみていろんな経験を積んでみたいと考えてこの国へやって来ました。
仰るとおりしばらくの間はガルベス家で働いてみようと思ってます。
そしていつか国へ帰るつもりでしたが……
か…… 帰らなくてもいいかなとも思ったり……」
「ん?」
エレオノールさんは言葉を飲み込み、顔を赤くして俯いた。
何で帰らなくてもいいんだろう……
ガルベス家はそんなに居心地がいいのかな。
私のため? いやいや、彼女とそんなに会って話してもいないのに自意識過剰だ。
誰か他に好きな人がいるとか。
でもそれなら何で私とデートしてくれたんだろう。
「はーい、お待たせしましたあ!
キッシュでーす!」
会話が停まって考え事をしているうちに、出来たてアツアツのキッシュをミシェルちゃんが持って来た。
「わあ! マスターのキッシュも久しぶりだなあ。
私、大好物なんです!」
エレオノールさんはキッシュを見るとさっきの表情とは打って変わり、目をキラキラさせて喜んでいた。
トマトにほうれん草、タマネギにベーコン。
見た目だけでも何が入っているのかわかるくらいたっぷりいろんな物が入っていて美味しそうだ。
どのメニューにもトマトが多いのはこの国の特産だからだ。
一枚のキッシュを二人で分けて食べる。
「マヤひゃま、はやふはべてふだふぁいよ。おいひいでふよ。はふはふ」
(マヤ様、早く食べて下さいよ。美味しいですよ)
エレオノールさんはすでに口いっぱいにキッシュを頬張っていた。
熱そうなのに大丈夫なのかな。
私も早速食べてみよう……
モグモグ……
うん! キッシュは日本でも食べたことがあるけれど、さすが本場の味だ。
トマトの味がしっかり行き渡って、ベーコンの塩っぱさがアクセントになっている。
チーズも入っていて少しピザっぽい。
「エレオノールさん。こんな美味しいキッシュを食べたのは初めてですよ。
このお店に来た甲斐がありました」
「でしょう? マスターのキッシュは毎日食べても飽きないんです」
エレオノールさんはとても満足した笑みを私に向けて振り撒いていた。
ああ…… ややタレ目の彼女は絶世の美人というわけではないが、笑顔を見ていると癒やされるそんな可愛らしい女の子だ。
ゆっくり食べているので、いつしか店内の客は私たちだけになってしまった。
「やあ、エレオノール。元気にしているようだねえ」
「わーい! エレオノールうぅぅぅ!!」
「あわわわっ」
コックコートを着ている長身で金髪髭碧眼のおじさんと……
ぶっっ 金髪ツインテールのお姉さんがエレオノールさんに抱きついた。
この人たちがミシェルちゃんのお父さんとお母さんか。
しかしお母さんまで金髪ツインテールなんて想像もしなかった。
だが見た目は若々しく可愛い。
お母さんはエレオノールさんに頬ずりをしている。
「はははっ 失礼しました、マヤ様。
私はミシェルの父、セザールです。そして妻のミシュリーヌ……
おい、そろそろやめんか。」
「ああっ ごめんなさい! 母のミシュリーヌですぅ」
「ママはエレオノールさんが大好きでね。
私もお姉ちゃんみたいに思っていますよ」
こうしてミシェルちゃんとお母さんが並んでいると、姉妹……
いや双子みたいだ。それは言い過ぎか。
私は席から立ち上がり、挨拶をする。
「初めまして、マヤ・モーリと申します。
みんなとても美味しい料理ばかりで感激してしまいました」
「ありがとうございます。
貴族の方は滅多にいらっしゃらないのですが、お口に合ったようで何よりです。
それにまさか国の英雄がこのお店にいらっしゃるとは、とても光栄ですよ」
「エトワール出身というわけではないのですが、亡くなった母もラタトゥイユの他にエトワールの料理をいろいろ作ってくれていたので、懐かしく思いましたよ」
「ほほぅ、英雄のお母様もエトワールの料理をお作りになるとは……
エトワールの料理人として誇りに思います」
お父さんは落ち着いていて、人格者のような感じでガルシア侯爵に似ている。
お母さんは明るいし、ミシェルちゃんも性格が良さそうだし、こういう家庭は羨ましい。
「あと六つ下の弟が一人いるんですが、学校へ行ってて今はいないんですよ。
彼もエレオノールさんが大好きなんですよ」
むむっ ライバル出現か。
でも小学生くらいの歳だからどうだろうね。
「まあ! マヤ様も可愛いわね!」
お母さんは私に飛びつくように抱きついてきた。
この人は抱きつき癖があるのか?
お母さんもコックコートを着ていて、料理の匂いが染みついている。
彼女も私より少し背が高いくらいの長身で、エルミラさんに抱かれてるような気分。
おっぱいが当たってるのが何となくわかるが、大きさは普通だよな。
四十歳前だと思うが、歳を取っても可愛い奥さんとはこれも羨ましい。
「おおいっ! 貴族様になんてことを!」
「だってえ、可愛いんだもん。スリスリ」
スリスリされるとエリカさんを思い出すな……
会いたいなあ……
「ママは私や弟にも抱きつきますからね。
なかなか離してくれませんよ。ふふふっ」
旦那さんの目の前でこんなことをしててもいいんだろうか。
お父さんは困った顔で見ているだけだ。
にやけた顔をするのだけはやめておく。
離してくれるまで、熟れた金髪ツインテールお姉さんの感触を楽しむとしよう。