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第百八十九話 その後の日常 其の六/屋台市場とならず者たち

 エレオノールさんをデートに誘い、今はマドリガルタの東の街にある市場の通りを二人で歩いているはずだが……

 あれ? エレオノールさんがいなくなってる?

 うーん…… どこへ行ったんだ。

 あたりを見回すと…… あっ あんなところにいた!

 少し後にあるパン屋の屋台だ。

 私もそこへ行ってみた。


「エレオノールさん、そこでしたか」


「あっ マヤ様ごめんなさい。

 何だか吸い寄せられるようにこのお店に来てしまって、このカスタードパイが美味しそうだったから買ってみたんですよ」


 確かにいい匂いがする。

 店主の太めなおっちゃんがア◯パ◯マ◯みたいな顔でニコニコしながらカスタードパイを二つ渡してくれた。

 ゴクリ…… うまそうだな。


「うーん、マヤひゃまこえもおいひいでふね(マヤ様これも美味しいですね)

 あわふなふてひょうどいいでふ(甘くなくてちょうどいいです)」


 また口にいっぱい詰め込んでしゃべってる……

 言ってあげたほうがいいのかな。

 それよりカスタードパイを食べてみよう。

 うん。日本でもこんな感じのカスタードパイを食べたことがあって懐かしい。

 エレオノールさんがもごもごと言っていたように甘くない。


「美味しいですよ、このカスタードパイ。

 リーナ嬢にはアップルカスタードパイも作ってあげたらどうです?」


 エレオノールさんはもうパイを食べ終わっていた。

 この後は昼食なのに、大丈夫かなあ。


「ああっ 美味しくてあっという間に無くなってしまいました。

 それはいいですね。

 このお店のカスタードみたいに美味しく作れるかなあ……」


 エレオノールさんは味を思い出すように考え込んでいた。

 そう思ってもう二つカスタードパイを買って、おっちゃんに袋へ入れてもらった。


「これ、お土産にリーナ嬢と食べて下さい。

 帰る前に食べちゃダメですよ」


「わあ、ありがとうございます!」

 私、我慢できるかな。うふふ」


 笑顔が…… か、可愛い…… これがデートなんだな。

 日本にいた時に、こんな初々しいデートをしたことがあったろうか。

 エレオノールさんがあっちこっち気を取られてはぐれないよう、何も言わず自然に手をつないでみた。

 彼女は最初だけ照れた表情をしていたが、手をつないでも屋台が気になるようでキョロキョロと屋台の美味しそうな食べ物に目を奪われていた。

 料理人だから食について好奇心旺盛なのか、単に食いしん坊なのか、恐らく後者寄りの気がする。


---


 間もなく屋台通りを抜けようとしたところ、向こうから柄の悪そうな連中が数人どやどやと歩いてくる。

 うわぁ…… せっかく何事も無く通り過ぎられるかと思ったのに。

 だが悪いことをしないうちはこちらも手を出せないので、目をそらして歩く。


(エレオノールさん、変なやつらがこっちへ向かってきてますから目を合わせないようにして下さいね)


 私は小声でエレオノールさんにそう言い、彼女は「はい」と承知して私たちは素知らぬ顔をして通り過ぎようとした。

 だがデカい身体でツルツル頭の肩パットをしている男が私たちをジロッと見る。


「おいそこの綺麗な姉ちゃん! 俺っちと遊んでくれねえか? へっへっ」


 うわぁ…… 向こうから声を掛けてくるとは。

 もっともこの国ではエレオノールさんやエルミラさんのような金髪碧眼の人は珍しいのでどうしても目立ってしまう。

 エトワール人のエレオノールさんは勿論だが、エルミラさんのようにエトワール国との国境に近い地方出身の人に金髪碧眼の人が多いそうだ。


(マヤ様、あの人私のことを綺麗って言ってますよ。

 私なんてたいしたことないのに本当でしょうか?)


(エレオノールさんは十分綺麗ですって。さあ無視して行きますよ)


(マヤ様からそうおっしゃられると嬉しいです。うふふ)


「あん? おまえら何こそこそしゃべって無視してんだ!?

 むかつくぜ!!」


 あー…… 面倒くさい。

 ならず者たちはそこで立ち止まり、私たちに向かってきた。

 屋台の商売人たちは余裕の表情をしているが、それは魔物が襲ってきた時から私が何度か通っているうちに、屋台街で私の顔がほとんどの人に知られているからだ。


「うーん。あんたらはこの辺のもんじゃないね。

 どこから流れてきたんだ?」


「はあ? どこだっていいだろ。それが何だってんだ?

 おまえは邪魔だからその女をよこしな」


 さっきのツルデカ男がそう言い、他の連中はニヤニヤひっひっひと私たちを見ている。

 むぅ、六人いてその中で魔力があるやつが二人いるな。

 魔法が使えるからと余計に態度がデカいのだろう。

 だが魔力量は並以下で、マカレーナ女学院魔法学科の生徒の誰よりも弱そう。


「そう言われてハイと渡すわけないだろう。

 じゃああんたを人さらいの未遂で憲兵隊に突き出さなきゃならんね」


「俺たちが人さらい!? 生意気な!!」


「人さらい以外に何に見えるというんだ」


 ならず者たちは私たち二人を取り囲む。

 どうしてこういう頭が悪いやつらは群れてイキがることしかしないのだろうか。

 するとツルデカ男は私に向かってパンチを仕掛けてきた。


「でやぁぁぁぁ!!」


「おまえのパンチなどこんなものだ」


 私はするりと避け、ツルデカ男のパンチしてきた拳に向かって手のひらで(はた)いた。

 ツルデカ男はその勢いで自分の右拳で自分の左腕を殴った。


「いててててっ!!」


 屋台の人たちから笑い声が聞こえる。

 見世物にするつもりでやったんじゃないがなあ。

 まあこれで正当防衛が成り立つので、遠慮無くやり返すことが出来る。


「だらしねえな。おまえはどいてろ!

 なかなかやるな、若いの。だが俺たちは魔法も使えるんだぜ」


 ツルデカ男を後へ押しやり、キツネ目のひょろっとした三十代くらいの男と、何の特徴も無い完全なモブ男みたいな二十代くらいの男が前に出てきた。

 魔力を持っているのはこいつらだ。


「俺は水と氷の魔法、隣のやつは火の魔法が使える。

 さてどう料理してやろうか。

 合体魔法で熱湯にしておまえを茹で上げることも出来るんだぜえ。ふっふっふっ」


「ひっ ひえぇぇぇぇっ 怖いですー やめてくださーい(棒)」


「きゃー お料理は食べる方がいいですー(棒)」


 何となく怖がってみた。

 エレオノールさんもつられて変なことを言ってるし。

 しかしこいつらバカかな。

 熱湯攻撃って手の内を(さら)してどうするんだ。

 私が魔法を使えるなんて全く想像していないんだな。

 だが火の魔法を使われたら屋台が火事になってしまうかも知れないし、早めに片付けたほうがいいだろう。


「なんだこいつ。全然怖がってなさそうだな。

 くううううっ ならばお望み通り熱湯魔法を食らえ!」


 だから全然お望みしてないってば。

 魔法使いの二人はその合体魔法で熱湯を噴射してきた。

 どうやらガス給湯器の理屈と同じで、火の魔法を使うモブ男が瞬間的に水を熱して熱湯を噴射する魔法だ。

 水の魔法を使うひょろ長の男が水を給湯器の熱交換器のように温めやすく変形させてから噴射しているのだが、そんな複雑なことをしなくても火炎魔法一本をぶっ放した方が楽なはず。

 恐らくモブ男はそんなに威力が高い火の魔法を使えないからだろう。

 パティの大火炎魔法は金属も溶かす恐ろしい威力で、もしこの場にいたらお手本を見せましょうと言って反撃し高笑いをするに違いない。ぶるぶる

 それでならず者たちが熱湯を噴射する度に私はエレオノールさんを抱えて(かわ)しているが、(らち)が明かないのでそろそろ反撃する。


「ほらほらどうした! ヒャッハー!!」


 どうしてならず者はヒャッハーとばかり言うのだろうか。

 私も言ってみようかな。


「ヒャッハー!!」


 うむ、なかなか気分がいいじゃないか。

 やつらが言うのはそういうことなんだな。

 ヒャッハーと言いながら私は魔力を強くしたフリージングの魔法を熱湯に掛けた。

 瞬間凍結をしたので、熱湯を噴射したままの形が残った。


「ギャー!! なんだこれは!!??」


「何だって、氷だぞ。知らないのか?」


「お…… おまえ…… 魔法が使えたのか……」


「もっと面白い魔法を見せようか?」


 私はグラヴィティでならず者六人を五メートルくらいの空中へ浮かせた。

 六人ともジタバタと手足を動かしてもがいている。


「ぐわっ 浮いてる!!」


「ぎゃわわわわっ 降ろせこの野郎!!」


 六人とも(わめ)き、屋台の商売人や野次馬の買い物客はゲラゲラ笑っている。

 いつの間にか私たちとならず者どもは、ずらりと見物人に取り囲まれていた。


「あんたたち、マヤ様に絡んだのが運の尽きだねえ。あっはっはっ」


「さすがだな! マヤ様にかかっちゃおしめえよ!」


「あいつらは最近からこの市場で恐喝をしてはすぐ逃げて捕まらなかったんだ。

 だからマヤ様、もっとやっちまってくだせえ!」


 屋台や買い物客から口々にそういう声が聞こえる。

 すぐ逃げるって、情けないのか狡猾(こうかつ)なのか。

 これ以上やってしまうとあいつらのほうが死んでしまいそうなので、適当に懲らしめてから憲兵隊に引き渡そう。


「じゃあ今降ろしてやるからな」


 私はならず者たちをゆっくり降ろしたが、そのまま重力を掛けて地べたにべったり寝転がせた。


「ぎぇぇぇぇ!! お、重い!!」


「何をしやがったあああ!!」


「潰れるうぅぅぅ!!」


「今は魔法でおまえらの身体に体重の倍以上の重さを掛けている。

 もうここで悪さをしないなら魔法を解除してやろう」


「しねえしねえ! だから魔法を解け!!」


「ああ…… 態度が悪い。解除するのやめた」


「「「ぎゃあああああああ!!!!」」」


 私はもう少しだけ魔法を強めて重くさせた。

 これ以上やると本当に潰れてモザイクを掛けないといけなくなる状態になる。


「マヤ様、人間のミンチ肉はまだ料理に使ったことありませんし、そろそろやめてあげましょうよ」


「えっ ああ……」


 エレオノールさん、何気に怖いことを言うんだな。

 きっと動物の解体にも慣れているのだろう。

 私はグラヴィティの力を緩め、多少楽にしてやった。

 誰かに憲兵隊を呼んできてもらうか……


「どうした! 何の騒ぎだ!!」


 おあつらえ向きのように憲兵隊が十人くらいやってきた。

 まああれだけ見物人がいて騒いでいたら、呼ばなくても来ちゃうよね。


「ああ、すみません。ちょっと悪さをしている連中を捕まえたんですよ」


「あっ あなたはモーリ子爵! 失礼しました!」


 憲兵隊のリーダーなのか、髭のおっさんが敬礼をする。

 私もずいぶん顔が知れ渡ってしまったな。

 あれだけ王宮に出入りしていて、しかも飛んで目立っているから仕方が無い。


「いやあ。こいつらは私の連れを強引に連れ去ろうとしましてね。

 それで捕まえてちょっと懲らしめていたところなんですよ。

 証人は周りの人たちみんなです」


「そうだそうだ! マヤ様が捕まえてくれたんだ!」


「助かったわあ。こいつらのせいでお客さんが怖がっててねえ」


 見物人や屋台の人たちが次々とそう言ってくれた。

 事情聴取されるとデートが台無しになるからさっさと済んでありがたい。


「ご協力感謝いたします!

 この者たちの話はここ一ヶ月くらい前から聞いておりまして、なかなか捕まらなくて困っていたところでした」


「それなら話が早くて良かったです。

 今から重力魔法を解除しますので、連れて行って下さい」


「了解しました!」


 憲兵隊がならず者どもを縛り上げてからグラヴィティを解除し、ぞろぞろと連れ去って行った。

 見物人も散っていつも通りの市場に戻った。

 楽しいデートだったのに、やれやれだよ。


「いやあ、とんだ災難でしたね。」


「でもマヤ様の魔法が目の前で見られましたし、楽しかったですよ。うふふ

 ちょうどお昼ご飯の時間になりましたし、お腹が空いてきました。

 どこかへ食べに行きましょう」


 エレオノールさんは戦闘経験が無いのに、なかなか強い女性だ。

 そういう一面が見られたのはある意味良かった。


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