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第百七十八話 慌ただしい日々

2024.7.24 軽微な修正を行いました。

 エリカさんの実家であるロハス男爵家へ、アマリアさんと一緒に訃報(ふほう)をご両親へ知らせにお邪魔している。

 男爵夫妻はまるでエリカさんの死を察していたかのように気を持って私たちに接してくれていた。


「それでモーリ男爵……

 エリカは最期(さいご)に何と言っていましたかね?」


「やっぱりダメみたいね。ごめんね。いつも愛しているよ…… と」


 ロハス男爵の問いかけに、一字一句同じではないがそう答えた。

 男爵の表情は悲しそうなことには変わりないが、何か納得したようにも見えた。


「そうか…… あの子はそれほどモーリ男爵のことを想っていたんですね。

 結婚は考えておられたのですか?」


「エリカさんはまだ恋人気分でいたいと言っていたので、彼女の気持ちを尊重することにしてました」


「ふむ…… あの子はあまり友達を作らず、誰かと一緒ということが少なかったんですよ。

 だからマヤ様と一緒にいる時間をとても大事にしていたかったんでしょうね」


 確かにエリカさんはパーティーでも一人でいるほうが多かった。

 馬車の中や庭で勉強してるとき、食事中以外のプライベートでは一人でふらっと出かけていることがあったけれど、実家にも時々帰っていたんだね。


 今日はあくまで訃報を知らせに来ただけなので、長居をするつもりはない。

 葬儀については、エリカさんは魔法使いとして名が知れていたが、彼女と直接縁がある人だけを呼んでしめやかに行った方が良いだろうとご両親の希望があった。

 日取りは大聖堂のマルセリナ様と相談する。

 あと、ラフエルでの慰霊碑建立についても話して、失礼させてもらった。

 アマリアさんと応接室を退出しドアを閉じた直後、男爵夫人の悲痛なほどの泣き叫ぶ声が聞こえたのはとても(つら)かった。


---


 いったん帰宅してから私一人で大聖堂へ行き、マルセリナ様へエリカさんの訃報を知らせた。

 エリカさんとマルセリナ様はそれほど親しい仲ではなかったが、とても悲しみ私にも気遣いの言葉を頂いた。

 葬儀については改めてロハス男爵と直接やりとりをするそうだ。


 再びガルシア家の屋敷。

 あれから初めて、エリカさんの地下室へ行く。

 壁には本棚に魔法書がびっしりで、サリ様によって使える属性が増えたぶん本も増えている。

 いつもと変わらず、後ろを振り返ればエリカさんがいるような雰囲気だ。

 ベッドは…… ああ…… また下着を脱ぎ散らかしたままだ。

 上下とも薄いピンクで、ぱんつはレースをあしらったTバック。

 前に見たことあるかも知れない。

 私は床に膝をついて、シーツに残っているエリカさんの香りを嗅いだ。


 スゥーハァーー


「ふふ…… 俺は変態だな… ううう…… グスッ」


 私はここでエリカさんと愛し合った時のことを思い出し、しばらく涙が止まらなかった。

 会いたい…… 会いたいよ……

 それが叶わぬのはわかっている。

 いくつになっても一人になったときぐらいは気持ちを抑えることなく泣きたい。


 ここもいつか片付けをしなければならないが、掃除くらいは定期的にしよう。

 ルナちゃんかジュリアさんにでも頼むか。


---


 夕方、ガルシア侯爵とフェルナンドさんが帰宅したので、執務室へ行く。

 ラフエルでの出来事、エリカさんの死去について事細かく報告した。

 アーテルシアの邪気が抜け、サリ様のお墨付きで罪を償うために子供の姿で近いうちにここへ来ることも正直に話した。

 それらを聞いてさすがの侯爵も言葉を失っていた。


 エリサレスが現れたきっかけが、アーテルシアとキスして教会でエッチなことをしたからとは口が裂けても言えない。

 偶然キスをしたことはパティたちに見られてしまったが、黙っていてくれるだろうか。

 例えエリサレスが現れなくとも、アーテルシアには勝てなかった。

 結果的にアーテルシア相手でもエリカさんは禁呪を使った可能性がある、というのは私の都合良い解釈のように思えて自分で嫌になる。


「うーむ…… エリカ殿が…… 何と言うことだ……

 とにかくご苦労だった。

 エリカ殿や君の功績も称えなければいけないだろう。

 そのエリサレスという神が必ずまた襲ってくることも承知した。

 新たな敵に備えて陛下とも相談しなければならない。

 近日中にひとっ飛びマドリガルタへ行ってくれるかね?」


「私もそのつもりでした、閣下。

 エリカさんの葬儀が終わり次第行ってきます」


「よろしく頼むよ。

 後のことは任せて、今日はゆっくり休みなさい」


「ありがとうございます」


 私は執務室を退出し、お風呂の後は食事まで自室のベッドでボーッと寝転んでいた。

 幾ばくかの時間が過ぎ、ドアノックが鳴る。


「マヤ様…… 失礼します」


「ああ…… ルナちゃんか。ただいま」


 休みだったのか、ルナちゃんは私服姿だった。

 確かセシリアさんに買ってもらったという薄いパープルのワンピース。

 可愛くて明るい色はよく似合うが、反して彼女の表情は暗かった。


「ビビアナちゃんとパトリシア様から伺いました。

 エリカ様が亡くなったそうですね……」


「うん……」


「エリカ様のことはとても悲しいです…… でも……

 マヤ様が…… マヤ様が生きててよかったあぁぁぁっ

 うぇぇぇぇぇぇぇん!!」


 私はベッドに寝転んだまま、ルナちゃんが抱きついてきた。

 前にも泣かれたことがあったな…

 そうだ。ザクロの林でブラックボールに攻撃されてボロボロになった後だ。

 また泣かせてしまったか……


「エリカさんにもらった命だ。大事にしなきゃね」


 そう言いながら彼女の頭を撫で続けた。

 日本にいたときは子供なんていなかったけれど、元の年の差を考えるとルナちゃんやパティぐらいの歳の子が相手ならばこういう場合に親心が湧いてくるものだろうか。

 ルナちゃんが泣き止み、上体を起こした。


「うぇっく…… ううう……

 また戦いはあるのですか? また危ないことがありますか?」


「そうだね…… エリサレスというアーテルシアよりもっと強い邪神が現れてしまったから、戦いはいっそう厳しくなるかも知れない。

 またいつ現れるのかわからないけれど、エリカさんがかなり痛手を負わせてくれたからすぐにはならないと思うよ。

 修行したり、やれるだけの準備はしておくつもりだけどね」


「私はちょっとエッチで変でもいいからマヤ様のお(そば)にいたいです。

 早く平和になってほしいですね……」


「ふぅむ、私は変な人でいいのかな? うっひっひっひっひ」


「もうマヤ様ったら、変な笑い方はやめて下さいよ。うふふ」


 ルナちゃんに笑顔が戻る。

 私はもう一度彼女の頭を撫でた。

 やっぱり女の子は笑った顔が一番だよ。


 夕食の時間になり、ガルシア侯爵の意向でエリカさんは直接の家族ではないが、この国の風習でガルシア家は今日から三日間、喪に服すことになった。

 その間、王女も含め貴族組は胸に喪章を着ける。

 食事はメニューを変えるわけではないが、静かに行った。

 就寝時も一人で……


---


 エリカさんの葬儀はそれから三日後、ロハス男爵夫妻の希望通り大聖堂の一室にて少人数で行われた。

 小さな葬儀ならば一般の神父さんによって行われるが、エリカさんの立場上マルセリナ様によって執り行われた。

 集まったのは子供たちを除いたガルシア家とヴェロニカ王女、フェルナンドさん、スサナさんとエルミラさん、ビビアナ、ジュリアさん、ルナちゃん、私。

 マカレーナ女学院代表でバルデス学院長。

 エリカさんに憧れていたカタリーナさんも勿論呼んだ。

 そしてロハス男爵夫妻と、私は初めて見かける二人の弟。

 二人ともエリカさんにはあまり似ていないが二十歳を超えており、家業である製本業の運営を見習いとしてやっているとか。

 後継ぎは問題無いからエリカさんは遠慮なしに魔族の国へ飛び出したのだろう。


 葬儀はしめやかに進み、遺体が残っていないので私が持ち帰った服が代わりに花祭壇に置かれていた。

 身内の葬儀は若いときに母が亡くなり父親が数年前に亡くなって以来だが、いつでも悲しいものだ。

 そういえば考えたことも無かったが、私が日本で事故死して葬式はどうしたんだろう?

 身体がここにあるから向こうで遺体が残っていたとは限らない。

 また今度サリ様に聞いてみよう。


---


 慌ただしいが葬儀の翌日、またマドリガルタへ向かうことになった。

 ガルシア侯爵から女王への言伝(ことづて)と、せっかくなのでアリアドナサルダの店長ミランダさんからロレナさんへの手紙や企画書を持って行くことになった。

 またミランダさんに店長室へ連れ込まれエッチなことをされそうになったが、そういう気分ではないので丁重にお断りした。


 マドリガルタまで休憩なしで飛んで三時間弱。

 勿論一人で来たんだが、時速三百キロを三時間も誰かをおんぶしていくのはきつい。

 早く飛行機を完成させてもらってたまにはヴェロニカを里帰りさせてあげたい。


 前回のように王宮の前に到着したら門番を通して進み、王宮の玄関ホールではいつものよう給仕係がずらりと出迎えてくれ、その中にモニカちゃんがいた。


「あれれえ? マヤ様!?

 お帰りになってまだ半月も経っていませんが、どうかなされたんですか?」


「うん、いろいろあってね。

 緊急の報告があるので、急いで女王陛下とシルビアさんに取り次いで欲しいんだけれど、頼めるかな?」


「承知しました。いつもの部屋も手配しておきますね」


 エリカさんと大の仲良しだったモニカちゃん。

 彼女にエリカさんが亡くなったことを話すのはとてもつらいが、知らせないわけにはいかないので、部屋で話すことにしよう。


 他の給仕さんに毎度の応接室へ案内された後、出してもらったお茶を飲みながらしばし待った。

 三十分ほどかかったが、女王とシルビアさん、シルビアさんの産休による代わりのために給仕係から執事見習になったロシータちゃんも入ってきた。

 給仕係が二人いたが、話の内容が機密なので外してもらう。


 女王とシルビアさんとはもはや家族みたいなものだが、公式な場なので立ち上がって挨拶をきちんとする。


「マヤさん、びっくりしました。

 緊急の要件と聞きましたが、何があったんでしょう?」


「ガルシア侯爵からの言伝(ことづて)です。これを」


 私はガルシア侯爵が書いた手紙を女王へ手渡した。

 女王はそれを読むとみるみるうちに難しい顔になる。

 少し長い手紙だったので読むのに時間がかかったが、女王は最後まで落ち着いて読んでくれた。


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