第百七十六話 みんな優しいね
私はエンリケ家の空いた部屋にあるベッドで寝込んだまま、時間が過ぎていた。
いつの間にか眠っていたようで、部屋は暗くなっていた。
戦い、自分で治癒しての繰り返しでとても疲れた。
こうして寝転んでいると、自分が思っていた以上に疲労を感じる。
エリカさんが亡くなって悲しいはずなのに、涙が出ない。
どこかへ行ってまた帰ってくる、そんな気がする別れだった。
コンコン「失礼します…」
「マヤ様… お休みでございますか?」
パジャマ姿のパティが部屋に入ってきて、小さな声で話しかけてくる。
まだ疲れているけれど、少し眠ったせいかしゃべるくらいの気力が出てきた。
「起きてるよ。」
「きゃっ 夜遅いですから本当にお休みになってらっしゃるのかと思いましたわ。」
「ん… どうしたんだい?」
「マヤ様の様子を見に来たに決まっていますわ。
やっとお話をして下さるようになりましたね。
戦いが終わってからマヤ様は一言もお話になりませんでしたから、私も皆さんもとても心配していましたよ。」
「そうか… ごめんね。」
パティの言っていることはわかっている。
だが何も考えられない、頭が真っ白な状態というのは周りの人間から見たら如何に様子がおかしいものなのだろう。
歳が五十過ぎていようが私は強い人間じゃない。
愛している女性を失ったことがどれほど衝撃的で茫然自失になるのか、それが今の自分だということが自覚すら出来なかった。
「パティ… 手を… 握ってくれないか?」
私は布団の中から右手を差し出した。
パティは無言で、私の右手を両手でギュッと握りしめた。
手を握られただけなのに、なんて安らぐのだろう。
「マヤ様… 起きていらっしゃるなら私…
今晩はご一緒したいのです…」
パティは俯き加減でそう言った。
恥ずかしがっている様子ではなかったが、悲しそうな顔をしていた。
「いいよ。」
私は戦いの後からシャワーも浴びず、上着を脱ぎ捨て上下の下着だけでベッドの布団へへ潜り込んていただけだったが、パティは構わず布団の中へ入ってくれた。
しばらく無言で二人並んで手を繋ぎ、天井を見ていた。
するとパティがゆっくりと口を開く。
「ん… マヤ様…
エリカ様から魔法の勉強を教わった時は、教え方がすごくお上手でしたね…」
「うん…」
「エリカ様が学園へ先生として教壇に立ったときも楽しかったですね…」
「うん…」
「エリカ様が下着を見せてマヤ様をからかっていましたね…」
「うん… ふふ」
「マヤ様、笑ってくれましたね。
この国の風習では、死者を弔うときに楽しかったことを思い出して語り合うんです。」
「いい風習だね。亡くなった人も喜ぶだろうね。うん…」
せっかくパティが気を利かせてそう話しかけてくれたけれど、そこで途切れ再び無言の時間が過ぎていった。
その間、エリカさんとの思い出がぐるぐると頭の中を回る。
まだ出会ってから二年も経っていないというのに、たくさんのことを思い出す。
魔物を探索して戦ったこと、エリカさんの部屋でいちゃいちゃしたこと…
その時、急に胸がギュッと締め付けられた。
「うう… グッ ごめん、パティ。ダメみたいだ…」
「いいんですよ。」
パティはそう言い、私の頭を抱きしめた。
私はパティの胸の中でたくさん泣いた。
パティも泣いていた。
「ううう… うわああああああああぁぁぁぁぁ!!」
「うえぇぇぇぇぇぇぇん!!」
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翌朝。パティと私はそのまま泣き疲れて寝たようだ。
パティのいいニオイが鼻をくすぐる。
柔らかい感触…
うぉっ
これはゆうべずっと、パジャマ越しにぱ◯◯ふをしていたということか。
パティはまだ寝ているので、そっと離れてベッドから出た。
端から見たら事後みたいでアレだが、パティはまだ十三歳だ。
もうすぐ十四歳になるのかな。
ますます身体が成長し、アマリアさんのよう豊かな体型に近づいている。
私はテーブルに用意されていたパジャマを着た。
昨日脱ぎ捨てた血まみれの革ジャンとカーゴパンツが床に置いたままだ。
長らく着ていたけれど、エリサレスの鉾でいくつも破れているしもう使えないだろう。
元はサリ様がファッションセンターしままちで手に入れて女神パワーを付与されたものだけれど、この服もこれでおさらばだ。
「うう… んん…
マヤ様… おはようございます…」
「おはよう、パティ。」
「あああ…、あの… ゆうべは…」
パティはベッドから起き上がり、ゆうべのことを思い出してか顔が赤い。
五十過ぎの男が十三歳の女の子に慰められてはなあ…
「うん… ありがとう。
パティのおかげでとても落ち着いたよ。」
「そ… それは良かったです…
私はこれで戻りますので。
マヤ様の服はとりあえず、お祖父様かイサーク兄様のお古を給仕係に用意させます。」
「ありがとう。お言葉に甘えるよ。」
「それでは、失礼します。」
パティは一礼して退出していった。
ふぅ…
テーブルの上には、持ち帰ったエリカさんの遺品である上着とスカート、靴と上下の下着を置いたままだ。
下着は見えないようにして、上着も畳んでマカレーナへ持って行こう。
ロハス家のご両親にお渡ししなければならない。
トンガリ帽子は被っていなかったから、マカレーナの部屋かな。
首に着けているエリカさんのペンダント…
肌身離さずと言われて、あれからずっと着けているが…
机の引き出しにも入れちゃいけなさそうだし、何か意味があるのだろうか。
しばらくすると、給仕のおばちゃんが着替えの服を持って来て下さった。
古そうだけれど、ずいぶん立派な貴族の服だ。
エンリケ男爵の物かな。
着る前にシャワーを浴びてから着てみたが、背があまり変わらないのでぴったりだ。
イサークさんはゴツいから合いそうに無い。
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みんなと朝食を頂く。
食事が並ぶ前、最初に私へ話しかけてきたのはヴェロニカだった。
「マヤ、大丈夫か?
治癒したとはいえ、あれだけ怪我をして負担が大きかったのではないか?
それにエリカのことも…」
「ああ… まだ大丈夫とは言えないが、気分は少し良くなったし身体も動くよ。
ありがとう、ヴェロニカ。」
ヴェロニカはそれを聞いて少し照れている。
彼女は八重桜の鞘を手に持っていた。
「そ、そうか…
今朝、私は昨日の戦場でおまえの刀を探して持って来た。
やはり直りそうにないか…」
「残念だけれど、完全に溶かして新たに打たないとダメだね。
わざわざ探してもらって済まなかった。
新しく買うか、空飛ぶ乗り物が完成したらこの刀を作ったヒノモトへ行ってみようと思ってる。」
「それなら私も連れて行ってくれ。
あの国の強者どもと是非戦ってみたい。」
「わかった。」
ヒノモトの剣術にとても関心があるヴェロニカは元々連れて行くつもりだった。
黙って行こうものならたたき切られるだろう。
食事が並び、エンリケ男爵が最後に席に着いた。
「おお、マヤ様。よくお似合いですぞ。
私の若い頃の服で古くて申し訳ないですが、良い生地を使っておりますのでそれは差し上げます。」
「ありがとうございます、エンリケ男爵。」
「調子はどうですかな?
良くなるまでいくらでも泊まって頂いて構いませんよ。」
「はい。お言葉に甘えてもう一晩お願いして、明日にでもマカレーナへ帰ろうと思います。
エリカさんのこともありますので…」
「承知しました。
王女殿下から聞きましたぞ。
マヤ様が諸悪の原因だった邪神を倒し、エリカ様がその上位の邪神を追い払ったと。
エリカ様のことはとても残念でしたが、マヤ様はイスパル王国の…いや、全世界の英雄ではないですか。
その英雄と孫が結婚するとは、なんて栄誉なことだろうか。」
「まあ、お祖父様ったら。うふふ」
パティは両手を頬に当ててクネクネと照れている。
私はまだあまり浮かれる気分にはなれないので、それはスルーさせてもらう。
場を明るくしようという男爵の気持ちもわかるが…
「マヤ。母上… いや、陛下へも報告をしなければいけないが、また一人で行くのか?」
「そうだね。調子を取り戻して数日中にも行くつもりだよ。
その前にエリカさんの葬儀をしなければいけない。
遺体も残っていないなんて、ご両親になんて知らせれば良いのだろう…」
「マヤ様。お母様にご相談なさってはいかがでしょう?
マカレーナ学園ではお二人とも同級生でしたから。」
「うん、わかった。アマリア様に聞いてみよう。」
マカレーナへ帰ったら、やることがたくさんだ。
ロハス男爵家へエリカさんの死を知らせること、エリカさんの葬儀、マドリガルタへ行って女王に報告、ガルシア侯爵家の屋敷内にあるエリカさんの部屋を整理。
飛行機やアリアドナサルダについてはその後だ。
アイミの処遇も考えなければいけないが、またガルシア侯爵に頼んでみよう。
魔物がいなくなっただけでもずいぶん楽が出来るようになったけれど、いつまたエリサレスが襲ってくるのかわからない。
エリサレスも魔物を使うことも考慮しないといけないが、それはサリ様とアイミが帰ってきたら考えよう。
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朝食を終えて、まだ元気なうちに街の復興の手伝いをする。
大方、騎士団や討伐隊に任せていいとエンリケ男爵の話だが、私を狙ってやってきたアーテルシアの仕業ということが後ろめたいので、せめてもの気持ちでジュリアさんと作業に加わった。
グラヴィティで瓦礫を取り除いたりことが多かったが、私たちにしか出来ないことなので人々にはたいそう喜ばれた。
魔物が本当にいなくなったら、特に討伐隊の人たちの収入源が無くなってしまうのでガルシア侯爵を始めとした行政に考えてもらわなくてはならないなあ。
「マヤさん… 無理スないで、お休みになったほうがよろスいでスよ?」
「うん、早めに切り上げて休ませてもらうよ。
ジュリアさん、いろいろありがとう。
君だってエリカさんと仲が良かったから辛いはずなのに…」
「とんでもないでス。
わたスは何にも出来ませんでスたから、とても悔しいんでス。
そうだ。後で昨日の戦いの場へ行きましょう。
そスてエリカさんが消えてスまった場所で、もう一度お別れをしましょう。
心のけじめをそれでつけるんでス。」
「そうだね。そうしよう。
ジュリアさんはとても優しいね。
エンリケ男爵に相談して、そこにお墓を…
いや、慰霊碑を建ててもらうのもいいかも知れない。」
「それは良い考えでスね。」
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作業を切り上げて、私たちが戦った教会の近くのあの場所へジュリアさんと向かった。
エリサレスが燃えていた焦げ跡と、私が流した血だまりの跡が残っており生々しい。
「このあたりが、エリカさんが霧になって消えてしまった場所だ。」
「本当に、言われないとわかりませんね…」
私はしゃがんで、手のひらを合わせて拝んだ。
無意識に仏教式の拝み方をした。
「マヤさん、変わった拝み方ですね。」
「ああ… うん。私の国の拝み方なんだよ。
気持ちさえあればどの国のスタイルでもいいと思うんだ。」
「そうですよね。
サリ教のスタイルは、手のひらを九十度に交差させてそのまま握って、親指だけ交差させるんでス。」
ジュリアさんはそうやってみせてくれた。
キリスト教は基本的に組むスタイルが決まっていないそうだが、同じように組むところもあるらしい。
もっともエリカさん自身はサリ教をそれほど信仰していなかったようなので、何でも良いだろう。
それを考えると、エリカさんの魂は今どこにいるのだろう。
サリ様が特別に復活させてくれるなんて、そんな甘い考えは無いよね。
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エンリケ男爵にエリカさんの慰霊碑建立について話してみたら、近隣住民と相談する必要があるが男爵自身は快く承諾してくれた。
命をかけて邪神を追い払った英雄がここにいたという印になるので、観光資源になるかもと男爵がはしゃいでいたんだが…
うーん、私は静かにしてあげた方がいいと思うけれどな。
シャワーを浴びてからみんなで夕食を頂いて、部屋で早めに休ませてもらうことにした。
ベッドでぐっすり寝ていたが、布団の中でゴソゴソと動く感触があり目が覚めた。
「ん? パティ?」
「うふふ… また来ちゃいました。
マヤ様のお布団の中、いい匂いなんです。」
「ええ? お祖父様お祖母様にバレないかい?」
「もうお嫁さん公認なんですから問題無いですよ。
それにマヤ様は私を大事にして下さりますから、エッチなことはしませんよね。うふふ」
「あ… あああ…」
昨日のあんな汗臭い匂いの中で、もしかしたら血の匂いも混ざってたかも知れないのに、いい匂いだなんてそんな。
パティもちょっと変わった子なんだろうか。
まもなく十四歳になろうとしてる女の子と寝るなんて、お預け状態もいいところだ。
朝の分身君がどうなっているのか心配だ。