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第百六十六話 鐘楼に現れた邪神

 ラフエルの東側入り口付近。

 ムーダーエイプのバラバラになった死体が住宅地の道に散乱していた。

 来た時よりも数が多い気がする。

 勿論ヴェロニカが戦って勝った結果だろう。

 もう生きている魔物はいないようだ。

 街の人影も無い。

 ヴェロニカはどこだ?


「おーい!! ヴェロニカぁぁぁぁ!! どこだぁぁ!?」


「ヴェロニカさまぁ!! どちらにいらっしゃいますかあ!?」


 私たち三人は道を歩きながらヴェロニカの名を呼ぶ。

 魔力を持っている人間なら探し当てるのは簡単なのだが、生憎ヴェロニカは魔法が使えない。


「おーい! ヴェロニカぁぁぁぁ! クロエぇぇぇぇ!!」


「…………ここだ。」


「おおっ クロエ! そんなところに!」


 ヴェロニカは十メートルほど先の、崩壊した民家の玄関先で刀を(さや)に収め両手で掴み、杖のように立てて満身創痍(まんしんそうい)の様子で座り込んでいた。

 実力が上がった彼女ならばやられるとは思っていなかったが、無事で良かった…

 クロエとは、ラミレス侯爵の屋敷でヴェロニカが演舞をしたときに初めて聞いた、彼女のセカンドネームである。


「その名で呼ぶな… はぁ… はぁ…」


 ヴェロニカは、こんな時に冗談言うなと目で語るように睨み付ける。


「どうして? 可愛いじゃないか。」


「か、可愛い? 私が?」


「ヴェロニカは格好いいが、クロエは可愛いな。うん。」


「そうか… ふふ」


 必死に戦い疲労した表情のヴェロニカに、微笑みの表情が戻った。

 だが酷く疲れている様子には変わりない。

 戦いはまだ始まったばかりで、ヴェロニカの戦力無しでは不安である。


「ヴェロニカ、みんなやっつけたんだね。」


「ああ。思っていたより数が多くてな。

 五体がまとめてかかってた時はダメかと思った。

 ローサ殿からヒノモトの剣術を学んでいなければ私がやられていたのかも知れない。

 抜刀回転斬りで一網打尽に出来た。」


 抜刀回転斬りとは、その名の通り刀を抜いて自身を回転させながら刀を振り回し、全周囲の敵を切り倒す大技だ。

 それにしても散乱している魔物の死体を見ると、ヴェロニカの薔薇黄花(ばらおうか)という刀の威力の(すさ)まじさがわかる。

 単純に斬りつけるだけではこうならないだろう。


「体力が限界だろう。でも戦いは終わっていない。

 フルリカバリーを使って体力を回復させる。

 立ってくれないか?」


 ヴェロニカが鞘を杖代わりにしてヨロッと起立する。

 これは相当に体力を消耗しているな。


「それでどうするんだ?」


 私はヴェロニカを優しく抱きしめた。

 彼女を正面から抱くのは初めてだと思う。

 スキンシップらしいことはいつも体術で取っ組み合いか背負ったりするだけだった。

 ヴェロニカの豊満な胸の感触と、戦ってきた汗の匂いを感じる。


「な… な…」


 抱いているから顔が見えないが、僅かにぷるぷると震えている。

 動揺しているのだろうか。


「あー! マヤ様ったら!」


 パティが何か叫んでいるが、抱いているのは体力消耗している彼女を支えているだけだ。

 それにヴェロニカは私と結婚したいと言ってるのをパティも知っている。

 何も問題は無い。

 才女なんだから物わかりは良いはずだが、(こと)(さら)男女のことになると気にする。


 私はフルリカバリーを掛けるために身体の底から魔力を高める。

 本来回復魔法は怪我や病を患っていた時に使うものだが、疲労回復も出来る。

 フルリカバリーでもそれは可能だが力加減をしなければいけない。(第五十話参照)


「ヴェロニカ… 身体が熱くなるから、我慢出来なかったら言ってくれ。」


「わかった…」


 私は呼吸を整えて魔力をゆっくり高め、力を注ぐ。


「はぁ… はぁ… んん… あああ…」


 耳元で色っぽい声を出すからこっちが動揺する。

 パティとジュリアさんは、はわわわという表情で見守っていた。


「はぁ んん… マヤ… 身体が熱くなってきた… まだ大丈夫だ…」


 もうそろそろ終わりか。

 ヴェロニカは元々魔力が無いから、パティみたいに魔力量が増えることは無いはず。


「マヤ… 熱い… もういいぞ… ああっ んん!」


 声だけ聞いていると何か違うことをしているようだ。

 私はフルリカバリーを掛けるのを止めた瞬間、ヴェロニカがビクビクッと震えた。

 抱きしめるのをやめてヴェロニカの顔を見たら、トマトのように真っ赤になっていた。

 まさか… 性的に昇天する効果もあるのか?

 彼女は無言のまましばらく(うつむ)いていた。


 パティはジト目で私を見つめ、ジュリアさんはモジモジしながら腰をくねらせて自慰をしてるような表情をしていた。

 ここは戦場だぞ。


 私は手をパンッと叩いて皆を正気にさせる。

 三人ともハッと覚めたようだ。


「魔物の死体を片づける。

 パティとジュリアさんは手伝ってくれないか?」


「「はい!」」


「ヴェロニカはここで少し休憩して欲しい。

 回復魔法で身体がまだ慣れていないと思う。」


「わかった。」


 私とジュリアさんはグラヴィティでムーダーエイプを死体をまとめて持ち上げ、周りに何も無い空き地へ積み上げる。

 そしてパティの大火力魔法【ヘルファイア】で火葬する。

 死体の山に炎の渦が囲い、正に地獄の業火だ。

 ムーダーエイプの死体は放置するととんでもない悪臭が街に立ちこめることは実証済みなので、面倒でも処理をしておかないといけない。


「次はエリカさんを探そう。心配だ。」


 ヴェロニカを見つけてから一時間以上経つ。

 ジュリアさんはパティを背負い、私はヴェロニカを背負って飛び上がり、街の中心部へ戻った。


---


 街のあちこちに氷漬けになっている猪型魔物が転がっている。

 エリカさんがやったものだろう。

 相変わらずアーテルシアの魔力は感じているが、あまりに大きすぎて位置の把握が出来ない。

 まるで街全体がアーテルシアに包み込まれているようだ。

 エリカさんの魔力がまだ感じられない。どこだ?

 街の中心部、エンリケ家の周辺も氷漬けの魔物が所々に転がっている。

 私たちがヴェロニカを見つけた時と入れ違いになっていたんだな。

 ……エリカさんの魔力を感じた!


「マヤ様! エリカ様はサリ教の教会にいらっしゃいます!」


「よしっ そこへ急ごう!」


 パティやジュリアさんもエリカさんの魔力を感じたようで、ラフエルの地理の詳しいパティの組を先に付いていった。

 二人のお尻が正面に見えるが、この体勢ではぱんつが見えそうで見えそうにない。

 いや、パティのおぱんつはいつかのお楽しみに取って置きなのだ。


---


 ラフエルの街にある唯一の教会。

 エリカさんより早く発見できた者がいた。

 小さな教会の屋根にある(しょう)(ろう)の前に、アーテルシアが長い鎌の杖を持ち禍々しい(しょう)()を放ちながら立っていた。

 エリカさんは教会の前でアーテルシアを見上げている。

 私たちはエリカさんがいるところへ降り立った。


「マヤ君… ダメだよ… やっぱりあいつには勝てっこない…」


 エリカさんは恐怖に(おのの)く表情で、こちらへ顔を向けずどこか違う場所へ視線を向けている。

 アーテルシアはにやにやと笑いながら私たちを睨んでいる。


『マヤ。ようやくお出ましね。』


「何故こんなことをした?」


『おまえはマカレーナとマドリガルタの結界内に引っ込んでなかなか出てきやしない。

 たまに出てきても高速で飛んで捕まらない。

 だったら近くの街を荒らしてみればおまえが出てくるだろうと思った。

 それだけのことだ。』


「それだけのことだと?

 いや、邪神にとって人の命など毛ほどもないんだったな。」


『よくわかっているな。

 今日は私の遊び相手に付き合ってもらうぞ。』


 最悪の事態が起こってしまった。

 私を狙っているからこそサリ様にマカレーナへパリアを張ってもらった対策が、ラフエルにとって(あだ)になってしまった。

 確認出来ていないが、亡くなってしまった人もいるかもしれない。

 私の責任だ…

 そうだ。神の相手こそ神が相手だ。

 サリ様を呼んでみよう。


(おーい! サリ様! サリさまあ!!)


 …………あれ 何も反応が無い。


(サリ様! おーいったら!!)

 ダメだ… 何故なんだ?


『あっはっはっ おまえ、今サリを呼んでいただろう。

 いくら呼んでもあいつは来ない。』


「何故それがわかる?」


『サリが天界のトイレへ入った隙に、当分出られない結界を張っておいたのだ。

 そのトイレは数年に一度しか利用されないから、誰も助けに来ない。

 残念だったな。邪魔なサリがいなくなって清々したわ。あっはっはっ』


「なんてことだ…」


 この三ヶ月間、サリ様から全く交信してこなかった理由がそれか!

 ますます状況が悪くなってしまった。

 神無しに、神相手で勝てるのか?

 トイレの恨みはトイレで晴らしたということか。

 アーテルシア… 恐ろしい神。


『マヤ… そろそろ行くぞ。』


 アーテルシアは鐘楼の鐘を鎌の柄で突いて鳴らすと、屋根からスウッと下に降りてきた。

 黒いスカートがふわっと上がり黒いぱんつが見えたけれど、喜ぶ気が全くしない。

 アーテルシアが私の前へ歩いて近づいてくる。


『近くで見るとやっぱりいい男ね。ふふ』


 邪神にも私の容姿を褒められるとは光栄だね。

 日本ではモテるほどのものではないと自覚していたが、美的基準がこの世界とアーテルシアとでは違うのか?


「マヤ様には近づけさせませんわ!」


「パティ! やめるんだ!」


 パティは教会ごと焼き払う勢いのヘルファイアをアーテルシアに向かって放った。

 だがアーテルシアは小さなデモンズゲートを作って、魔法の炎をそこへ吸い込ませるようにして防いだ。

 つまり魔法は効かないと考えた方が良いのか…


『邪魔だ。』


 アーテルシアがそう言うと、パティの身体が浮いて教会の壁に叩きつけようとした。


「パティー!!!!」


 私は瞬時に動き、ギリギリのところでパティを受け止めることが出来た。

 アーテルシアもグラヴィティの類いが使えるのか。


「申し訳ございません… マヤ様…」


 受け止めた体勢のまま、パティはシュンとした表情で私に謝った。


「気持ちだけ受け取っておくよ。

 危ないからもう手を出さないでおくれ。

 出来たら街から逃げて欲しい。」


「そんな! マヤ様が怪我をしたら誰がフルリカバリーを掛けるんですか!?」


 私はそれに答えることが出来なかった。

 正直私自身、どうやって戦ったら良いのかもわからない。

 恐らくエリカさん、パティ、ジュリアさんの魔法では戦力にならない。

 ヴェロニカとの肉弾戦はどうか。

 これもパティの時のように、グラヴィティか念動力のようなもので身体の自由か効かなくなる可能性が高い。

 どうしたら良いのか途方に暮れてしまった。

 神に勝てるわけがないのだ。

 私は大変な者を相手にしてしまっているのだ。


『マヤと遊ぶと言ったろう。すぐに殺すのは興が冷める。

 だが邪魔をする弱いやつは殺す。』


「どうやって遊ぶんだ?」


『お前が持ってるその刀で斬りかかってこい。』


「そうか。わかった。」


 私は帯刀ベルトで装備している八重桜に手を掛け、抜刀の体勢になった。

 ヴェロニカは私の後ろで自分がやりたそうにうずうずしている顔だが、言われたとおり手を出そうとしないので、お呼びでないことを悔しがっていると思う。

 エリカさん、パティ、ジュリアさんの三人は少し離れた位置で見守っている。

 みんな険しい表情で見ているが、エリカさんは何か考え事をしているように見えた。


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