第百六十四話 不快感の原因は
「おーい、マヤ君おはよう。おーい」
うう… あ… こんなところにサクランボが乗ってるミルクプリンが二つ?
美味しそうだなあ。
スプーンが無い。そのまま吸ってしまおう。
「あっ マヤ君ったら… ん…
…………訓練の時間だから早く起きようよ。」
「あ ああ… エルミラさんおはよう。」
私とエルミラさんは全裸の状態で、私のベッドの上で朝を迎えた。
美味しそうなミルクプリンが食べられそうだったのに残念。
エルミラさんは先に着替えて自分の部屋へ戻った。
私もずるずるとベッドから出て着替える。
早朝はいつもどおり、ヴェロニカ、スサナさん、エルミラさんと武術の訓練。
ガルシア家のみんなと朝食を済ませたらいつもはローサさんも加わりまた訓練が始まるが、今日はキャンセルして馬車工場の【ラウテンバッハ】とランジェリーショップの【アリアドナサルダ】へ寄る。
飛行機の製造進捗状況の確認と、アリアドナサルダ代表のロレナさんから店長のミランダさんへ言伝があるからだ。
天気が良いので午後からは庭で魔法の勉強会。
エリカさんを中心に、パティとジュリアさんも来る。
魔女によって魔法が使えるようになったビビアナも時々勉強会に来てはいたが、あまり学習意欲が無くてなかなか上達しない。
今日はたまたま厨房の当番なので参加が出来ないようだ。
ラウテンバッハにて。
外装がほぼ出来上がっており、機体の強度や主翼のフラップ、尾翼の方向舵の動作の確認をするための試験飛行をする時が間もなくやって来そうだ。
内装はまだ骨組みが見える状態である。
工場からの搬出するためのスペースは問題無いし、離陸はグラヴィティで浮かせるだけなので滑走路は必要ない。
オイゲンさんとテオドールさんを始めとしたラウテンバッハのスタッフの尽力に感謝したい。
アリアドナサルダにて。
今日の用事はロレナさんから店長のミランダさんへ業務上の手紙を渡すだけだ。
レジで渡すだけで良いのに半ば強引に店長室へ連れ込まれ、取りあえずお茶を頂いた。
予想通りミランダさんは私の隣に座って身体を押しつけ、手を握って耳元でエロい言葉責めをしてくるもんだからこそばゆい。
うわっ 耳を舐めてくるからゾワゾワッと快感が来る。
三十半ばで旦那に相手にされないから余計に性欲が増しているんだろうと思いつつも、無節操に女性を相手にするのは良くない。
しかしスカートから覗いている少し開いた太股の内側がセクシーで、何度もゴクリと唾を飲み込んだ。
コンコン「店長、お客様がご指名です!」
「わかったわ! 少し待っててちょうだい!
……んもう、良いところだったのにぃ。
やっぱりここじゃダメね。
マヤ様、今度プライベートでお出かけしましょう!?」
「はぁ、考えておきます。」
思いつかなかったので京都風の断りの言葉を言ってしまったが、この国の人たちは回りくどい言い回しは通じなくて、ストレートに解釈するタイプだからなあ。
不倫行為は回避できたが、ただの先延ばしになっただけだ。
逆恨みでミランダさんが呼びかけたレジの女の子に意地悪するような性格とは思えないが、今回も助かった。
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昼食はガルシア家の奥方二人と子供たち、パティ、エリカさんと。
お世話係で控えているのはルナちゃんと、ジュリアさんの二人だ。
ヴェロニカはいつもエルミラさんたちと食べている。
子供たちは賑やかに、パティはモリモリ、エリカさんは静々とガルシア家の日常的な食事光景であった。しかし…
「マヤ様、僅かですがまた嫌な感じがしてきましたね。」
最初にその言葉が出たのは、不安げな顔をしているアマリアさんだった。
「そうですね…」
マカレーナへ帰った来た時に感じた強い悪寒ではないが、頭がモヤモヤするような少し不快な感じがしていた。
「ああっ 私も感じまス!」
「モグモグむしゃ… わたひもですわ!」
「パティ! あなたまた口の中に食べ物を入れてしゃべって…おやめなさい。」
「はい…お母様…。」
パティはアマリアさんから注意を受け、しょぼんとしている。
彼女の食事マナーを本気で直すことが課題だな。
「あっ 今消えたわ。本当に… 何なのよ。」
「エリカさん、どこで発生していたのかわかりそう?
自分じゃよくわからなかったよ。」
「私もわからない。でもマカレーナの近くではなさそうね。」
感じた鬱陶しい波長のようなものは確かにデモンズゲートが発生する時のものと良く似ていたが、熟練魔法使いのエリカさんやアマリアさんでもその正体はわからなかった。
「マヤ様… またアーテルシアが出てくるんでしょうか…? 怖いです…」
「大丈夫だよ、ルナちゃん。出てきても私が何とかするさ。」
「そこが心配なんです。どうかご無理をなさらないで…」
ルナちゃんは心配そうな顔をして私を見つめていた。
だがみんなを、自分以外の他人を守って上げたいという気持ちがこの世界に住み続けて強くなってきたから、私のこの力で解決してあげたい。
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昼食が済み、屋敷のお庭で魔法のお勉強会である。
ジュリアさんだけは遅い昼食を取ってから後で来るようになっている。
学習能力が高いパティは大聖堂のマルセリナ様のところでもよく勉強していて、どんどんいろんな種類の魔法術式を覚えていくどころか、私の方が教えてもらう立場である。
私の頭は人並みなので若くなった分だけ物覚えが良くなったが、どうせならばサリ様に頭も良くしてもらいたかった。
小一時間もするとジュリアさんも加わり、お茶も用意してくれたのでいったん休憩をする。
「皆さん。今また嫌な感ズがするんでスが、わかりまスか?」
「わかるわ、ジュリアちゃん。何だかムズムズするわね。
ところで今何色のぱんつを履いているの? うへへ」
「エリカさん、こんな時に何を聞いてるんだよ。エロオヤジか。」
「今日は…黄色でス…」
「うへへ… お姉さん、後で見たいな。」
「ジュリアさんも律儀に答えないの。」
「はい…すみません。」
モジモジして下を向くジュリアさん。
エリカさんはともかく、この子は自分の性についてMの気が強い。
淫らになった変貌っぷりは、他人にはショックが強すぎて見せられないな。
「マヤ様、嫌な感じが先程より長くありませんか?
それにだんだん強くなってきていますね。」
「ふーむ、言われてみればそうだね。」
「んん? この悪寒が発する方角がわかったわ! 東の方よ!」
「東というとラフエルの街がある方向… 気になるな。
うわっ あっ うううっ 急に気持ち悪くなってきた!
間違いない、東の方だ!」
「うう… マヤ様… すごく気分が悪いですね…」
「本当でス… 気持ツ悪い。ううっ」
「はぁ はぁ マヤ君… 君なら速く動けるから大急ぎでガルシア侯爵やアマリアさんたちに知らせなさい。
私たち三人は東の方へ先に行くから、後で追いついて頂戴!」
「わかった!」
エリカさんと、ジュリアさんはパティをおぶって空を飛び先行していった。
私は行政官庁にいるガルシア侯爵のところへ向かう。
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行政官庁の執務室にて。
屋敷の執務室より大きなデスクがあり、横にはフェルナンドさんが控えている。
「ああっ マヤ君!
庁舎にいる魔法使いたちが騒いでいるが、一体何なのだ!?」
「デモンズゲートが発生する時の感じに似ています。
東の方向の遠い場所からなんですが、こんな強い悪寒は初めてです。
恐らく魔物が発生しているか、最悪の場合アーテルシアが現れている可能性があります。」
「マヤ君が言っていたあの邪神か…。
よし。騎士団と討伐隊を向かわせよう。早速手配する。」
「あまりに危険ですよ? 命の保証は無いです。」
「だからと言って遊ばせておくわけにはいくまい。
なあに。きっとマヤ君が退治した後で片付けが必要だから、そのためにも必要だろう。」
「わかりました。よろしくお願いします。」
ガルシア侯爵は少し楽観的に考えていると思う。
もしアーテルシアだったら、街一つ消し飛ばすことなんて簡単だろう。
大猪やムーダーエイプでも、この悪寒ならば今までよりずっと多くやって来ているに違いない。
兵士もなるべく死なせたくない。
早く急がないと。
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ガルシア家、アマリアさんの私室にて。
彼女は悪寒がきついのか、ベッドの上で横になっている。
カルロス君が心配そうに母親の顔を見ていた。
「ママ… だいじょうぶ?」
「ええ… 大丈夫よ。」
アマリアさんはそう言いながらカルロス君の頭を撫でた。
「アマリア様、ラフエルの街がある方向が危険です。
パティとエリカさんたちは先に行きました。
侯爵閣下には伝えましたので、今から私も向かいます。」
「お父様とお母様と…イサークが心配だわ。
私も行かなければ…」
「いけません、そんな気分が悪い状態では。
それに騎士団の大部分が出払ってしまうので、いくら結界があっても万一があります。
どうかローサ様とここを守って下さい。」
「わかりました。ごめんなさい。
その代わりですが、こっちへいらっしゃい…」
アマリアさんは自分の枕元の近くまで私を誘う。
身体を起こすと、顔を寄せて私の額にキスをした。
少し長いし、カルロス君がジーッと見ているので恥ずかしい…。
久しぶりの【祝福】の魔法かな。
暖かい魔力が流れ込み、額なので何だか脳の活力が良くなった気がする。
「【グレイテストブレッシング】を掛けておいたわ。
大きな災いに対してこれでも完璧ではないけれど、しないよりましよ。」
「グレイテストブレッシングもこれだけで終わったんですか?
じゃあ今までのは…」
「私も、ラフエルにいるお母様もあなたのことが気に入っているからよ。
お母様は特に人の善し悪しを見ることが得意なの。
だから素敵な殿方には抱きつきたくなるのよ。うふふ」
「そ、そうでしたか… あはは」
私は頭を掻いて照れを誤魔化した。
カルロス君がいなかったらどうやっていたんだろうな。
何にしろ時間が無いからエッチな展開は無理か。
「それではマヤ様、どうかよろしくお願いします。」
「それじゃあ、行ってきます。」
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ガルシア家の使用人休憩室で休んでいるヴェロニカがいた。
スサナさんとエルミラさんは給仕仕事をしている。
まだ事情を知らないようなので、斯く斯く云々(しかじか)と説明をする。
「ならば私も行くぞ! 私をお前の背に乗せていけ!
やっとローサ殿に習った剣術と手に入れた刀の力が発揮できる!」
「わかったけれど、前よりずっと高速で飛ぶから覚悟をしておいてね。
あとその衣服じゃダメだから着替えてきて欲しい。」
「うむ。承知した。」
その間、スサナさんとエルミラさんを探し出して事情を説明し、ローサさんと一緒にここを守って欲しいと伝えておいた。
私もいつもの女神装備に着替えて、久しぶりに『八重桜』を手に持つ。
そして玄関前へ行くとヴェロニカが準備を終えていたのだが…。
「あの… その衣装は…?」
「これはローサ殿と刀を買いに行ったときに、一緒に買ったヒノモトの戦闘服だ。
似合うか? ハッハッハッ!
刀は『薔薇黄花』と言うらしいが、ヒノモトの言葉で意味がわからん。
だが素晴らしい刀だ。」
ヴェロニカが着ているのは、忍者装束のようで被り物は無いしRPGのコスプレ衣装のようなよくわからん忍者の服だ。
思い出した。アレだ。
ずいぶん昔に特撮でやっていた仮面の忍者何とかってやつにそっくりだ。
それのくノ一版だろうが、胸がはち切れんばかりで大変なことになっている。
まあ、色がピンクとか派手な色じゃなくて濃いめのグレーなのが幸いだ。
薔薇黄花か…。
ローサさんのチョイスだろうが、響きがヴェロニカの雰囲気にぴったり過ぎる。
……こんなことを考えている場合ではない。
「じゃあヴェロニカ、行くよ。」
「では失礼する。」
ヴェロニカが私の背中に負ぶさる。骸骨巨人の時以来だ。
背中に当たる破壊的な胸の感触と、エルミラさんに負けないくらいすごく良い匂い…。
危機だというのに、私はヴェロニカの感触と香りにドキドキしながら飛び上がった。