第百五十二話 エレオノールさんとガトー・ショコラ
引き続きリーナの部屋で二人きり。
リーナ嬢はどうしても私と結婚したい方向へ話を持っていく。
パーティーで男の子が来ても相手にしていないのは前にも聞いたが、断るときいつもどうしているんだと聞いたら、こうである。
「あやつらの眼と口を見たら、いくら顔が良くてもわかる。
妾を絶対好きになろうと思っていない、卑しい眼と口じゃ。
この前のパーティーで、勝手に妾の手にキスをしようとしていたバカがいたから、そのままキ◯タマにパンチしてやったわ。
そいつは泣いて逃げおった。あっはっはっ」
箱入り娘なのに、キ◯タマという言葉はどこで覚えたんだか。
コンコン「お嬢様、おやつの時間です。」
「おお! 入って良いぞ!
エレオノールがおやつを持って来た!
マヤのも用意してあるから食べよう!」
「失礼します。」
三ヶ月ぶりにエレオノールさんの姿を見る。
前と同じく、胸の部分がぱつんぱつんになってるコックコートを着ているが、サイズが合うものが無いのかね。
だが彼女の顔を見ていると、何だかほわっとして安心する。
「やあエレオノールさん、お久しぶりです。」
「いらっしゃいませ、マヤ様。
お知らせを受けて、こんなに早くお会いできるなんて思いもしませんでした。
とても嬉しいです。
今日は腕によりをかけて作りました、ガトー・ショコラでございます。」
「☆おおおおおおーー!!☆
これも妾の大好物じゃ!」
「ガトー・ショコラ!
まさかここで食べられるなんて、ずいぶん久しぶりだなあ。」
「マヤ様、ガトー・ショコラもお召し上がりになったことがあるんですね。
エトワールのお菓子にも詳しいなんて、嬉しいです!」
「私はモンブランやマロングラッセが特に好物なんです。
クレープ、マドレーヌ、シュークリーム、ブリュレ、フルーツタルト、エクレア、カヌレ…、今思い出すだけでもたくさん食べました。」
「わあ! すごい!
料理もお菓子も、エトワールのものをたくさんお召し上がりになられているなんて、まるでエトワール人みたいですね!
じゃあ今度いらした時はモンブランをお作りします!」
「なんじゃ!
マヤは妾よりたくさんお菓子を食べてずるいぞモグモグ…」
リーナ嬢はさっさとガトー・ショコラに飛びつき、ガツガツ食べている。
しかし日本で食べた物を適当に上げてみたんだけれど、この世界にもあるんだ…。
マカレーナにはエトワールのお店が無いし、お金を払ってでもガルベス家へ通いたいな。
ではエレオノールさんのガトー・ショコラを頂こう。
「うーん、ほろ苦い味が舌を刺激して、その後程良く甘くてふわっとした舌触りが大人の味ですね。
ワインがあったほうがいいかもしれません。」
「そうなんです。
今日はマヤ様がいらっしゃるので、ちょっと苦みを増してみました。
お嬢様のお口にも合うようにしています。」
「おお、これは大人の味なのか?
うむ。妾も一歩大人になったのだ!
エレオノール、美味かったぞ。褒めてつかわす。」
「ありがとうございます。」
いつから殿様になったんだよ。
残念ながら今日はワインでなく、いつものオレンジジュースである。
本当の生搾り百パーセントジュースだから美味しいけれどね。
「のうマヤ。大人になったらエレオノールみたいな大きなおっぱいを吸いたくなるのか?
母上はエレオノールの半分くらいしかないからのう。
小さくてなかなかミルクが出ないから父上があんなに長く吸っておったのか…」
「なっ… お嬢様!!」
「おーい。リーナってば…」
エレオノールさんは顔を瞬時に真っ赤にし、両腕で胸を隠す。
推定Eカップと思ったけれど、あの張りはもっとある気がする。
しかしガルベス家はちゃんと性教育する人がいないのかね。
「あの… お嬢様。
赤ちゃんがいないときは、大人の女の人でもミルクは出ないんです…。
大人の男の人がおっぱいを吸うのは…………
ああああああ! ごめんなさい!」
ああ…、エレオノールさんは自爆して両手で顔を隠しちゃった。
見たとおり清純そうな彼女は、あれ以上話すのは無理だったようだ。
「おお!? 大人になっておっぱいが大きくなったらずっとミルクが出るのかと思っておったが、違うのか?
なのになんで父上は母上のおっぱいを吸っておったのだ?」
うーん…、子供が無垢な質問をしてどう応えたら良いのかわからないやつだ。
私が応えても良いが、本来は家の人が教えるべきなんだがなあ。
「そうだねえ。
リーナのお父上は、母上のことが大好きだから長いキスをしたりおっぱいを吸っているんだよ。
でもそれは大人になってからすることで、子供はしないんだ。
大人の【好き】と子供の【好き】はちょっと違ってね、大人は【愛し合う】と言うんだよ。
でも【愛し合う】のは二人の秘密の時間で、さっきも言ったようにプライベートのことなんだ。
だから父上母上の子供でも覗いたりしちゃいけないことなんだよ。
リーナも大人になったらいつかそういうことをする時が来るけれど、今はまだ身体が小さくて準備が出来ていないから、まだしてはいけないんだ。
大人になるまで、机の引き出しに隠してとっておきにすることと同じさ。」
「……わかった…。」
リーナ嬢はシュンとして静かになった。
両親の見てはいけないことを反省し、思っていたことと違って少しショックを受けているからであろう。
この子は突拍子もないことをよく言うが、基本的に素直で良い子だ。
人を見る目はあるようだし、このまま育っていけばカタリーナさんのような実直な令嬢になっていくだろう。
コミュニケーション力がある意味心配ではあるが…。
「さすがです、マヤ様…
私よりお若いのに、お嬢様にこれほど的確な教え方がお出来になるなんて尊敬します!
お強いだけなく、大人の魅力がありますね!」
「いやあ、それほどでも。」
私は頭を掻いて照れ隠しをした。
エレオノールさんから私の好感度がアップした。
……アップしてどうなるんだ?
「ほほぅ、エレオノール。
おまえは大人だから、マヤと愛し合いたいのか?
マヤも大人だからエレオノールのおっぱいを吸えるのだな。
妾も早く大人になりたいぞ。」
「ち、違います!
尊敬とか大人の魅力というのはそういう意味じゃなくて…ううう…」
エレオノールさん、今度はケーキを持ってきたお盆で顔を隠しちゃった。
……エレオノールさんのおっぱい吸ってみたいな。
「あのリーナ、私もエレオノールさんのことは素敵だと思うけれど、大人の【愛し合う】とはまた違うんだ。
尊敬しているという意味なんだよ。」
「そうですそうです! 私もマヤ様のことを尊敬しています!」
エレオノールさんはお盆で隠していた顔を目だけ出してそう言った。
ちょっと面白い。
「そうかあ。大人は難しいものなのだな。」
「それではお嬢様、マヤ様、私はこれで失礼しますので。
ごゆっくりどうぞ。」
エレオノールさんは顔を赤くし、あたふたしながら部屋を退出して行った。
彼女と個人的に話をしてみたいけれど、難しいだろうか。
手紙を出してコソコソと会っても、後でリーナ嬢やガルベス公爵に何を言われるかわからないからなあ。
それからリーナ嬢と私はガトー・ショコラを美味しく食べながら、父上と母上には今日話したことは秘密にしなさいと釘を刺し、思うだけで他人に話すことではないとも言っておいた。
リーナ嬢は釈然としない顔だったが、とりあえず了解したようだ。
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コンコン「お嬢様。」
「おお、婆やか。入って良いぞ」
「失礼します。
おや、お二人で仲良くやっておられますね。
心配しておりましたが、マヤ様は信用なさって良いと旦那様からのお話で。」
「当然じゃ。マヤは妾をいじめたり騙すようなことはせぬ。」
何だかよくわからないが、ガルベス公爵にもあっさり信用してもらったようで、この先はやりやすくなるだろうか。
ただヴェロニカとの結婚話が出ていることがわかってしまうと、どうなるか。
ヴェロニカがマカレーナへ行っていることはもうバレていることだろうし、今の私の意志を伝えておくべきかも知れない。
今はまだ結婚が正式に決まっているわけではないし、ヴェロニカがその気でなくなったら私は無理に追いかけないつもりだ。
きちんとプロポーズをしたのはパティとマルセリナ様だけで、エルミラさん、ビビアナ、ジュリアさんたちとは愛し合っているが正式なプロポーズはしていない…はず。
エリカさんは今のところ結婚する意思はないようだ。
「お嬢様、そろそろお時間でございます。
旦那様がマヤ様とお話をしたいということで、お迎えに参りました。」
「ええ…もう終わりか…
のうマヤ…。今度はいつ会えるかのう…?
この前お別れをしたときより寂しいぞ。」
リーナ嬢は半べそを掻きながらそう言った。
弱いんだよなあ、子供に泣かれると。
「ごめんな。今回は挨拶のつもりで来ただけだから。
王都へはこれから先何回も来るから、また会えるさ。」
私はリーナ嬢の頭の上にポンと手を置いた。
撫で撫でするとリボンや髪型が崩れそうなのでやめておいた。
だからむやみにするもんじゃないぞ。
リーナ嬢のその後はバイオリンの稽古があり、バイオリンの先生であろう若いメイドがやって来たので入れ替わりに婆やと私は部屋を退出した。
リーナ嬢の寂しそうな顔が脳裏に焼き付いた。
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ガルベス家の応接室。
婆やに案内され、お茶を出されてからしばらくするとのっしのっしとガルベス公爵が来たので立ち上がって挨拶をした。
最初は他愛ない話だったが、やっぱりこの話になった。
「王女殿下がマカレーナに滞在しているようだが、あれの本当の目的はなんなのだ?」
「はい。一番の目的は武術の鍛錬のためです。
きっかけは私と対戦して、私が勝ったことです。
その時私たちの従者として連れてきたエルミラという者と仲良くなって友達になり、彼女も強いので私たちに興味を持ったようです。
ガルシア侯爵の第二夫人も相当の強い剣術士なので、その話を聞いてマカレーナへ行くと決めたようです。」
「ふん、そうか。
王女は戦闘バカだからな。
それしか頭にないのだろう。
で、いつまでいるつもりなんだ?」
「全くわかりませんし、昨日は女王陛下も咎めていませんでした。」
「ふーむ、それで卿は王女のことをどう思っているのかな?
仲良くなって恋愛感情でもあるのか?」
「仲良くはしていますが、あくまで友達としてです。
それ以上でもそれ以下でもありません。」
「そうか。それならいい。」
ガルベス公爵のほうも、結婚はするなという類いのことは言わなかった。
一先ずヴェロニカについての話はそれで終わった。
そもそもヴェロニカが一方的に結婚しろと口で言っているだけで、実際ヴェロニカと二人きりになって恋人らしいことはしていないし、むしろエルミラさんと仲良し過ぎて羨ましいくらいだ。
飛行機のことも話しておいた。
ガルベス公爵はピンとこない感じだったが少しだけ興味は持ってくれたようだ。
資金については、提供元が増えてしまうと面倒なことになりそうなので伏せた。
実際に飛んでいるところを見たら、何か言ってきそう。
「それで閣下…、ひとつお願いがあるのですが…。」
「なんだ?」
「コックのエレオノールさんなんですが、私はエトワールの料理に興味がありまして、個人的にお話をしてみたいんです。
よろしいでしょうか?」
「なんだ、そんなことか。
卿の好きに連絡を取るが良い。」
「ありがとうございます。」
やったー!
これで二人でゆっくり話が出来る機会が作れるといいな。
うーん、この世界に来て私の方から女性にアプローチを掛けるというのは初めてではなかろうか。
気になった子に告白するみたいでドキドキしてきた。
ガルベス公爵との話が終わったら、そのまま王宮へ帰った。
マカレーナへ帰る前に、リーナ嬢に少し会っていったほうがいいかな。