第百五十一話 リーナと再会
翌朝、ゆうべはあんなことがあっても、シルビアさんはフローラちゃんが来る前に早起きして、自室へ帰っていった。
さすが女王の執事ともあらばきちんとしているよなあ。
フェルナンドさんも、ラミレス家のロドリゴさんもすごく有能だし、執事という仕事はすごい。
私にもいつか執事が付くのだろうか。
私は少し時間が経ってから起き上がって、トイレ洗面を済ます。
終わったことにフローラちゃんがやってきた。
「マヤ様、おはようございます。
もうお目覚めになられていたのですね。」
「おはよう、フローラちゃん。」
「お食事をお持ちしましたので、どうぞお召し上がり下さい。」
「ありがとう。」
台車に乗せて運ばれた朝食がテーブルに用意され、お茶を入れてくれている。
私一人だけだから、別室は用意されないのだな。
今朝は玉子をたっぷり使った美味しそうなサンドイッチだ。
フローラちゃんが入れてきたのはレモングラスティー。
うーん、良い香りだ。早速頂こう。
サンドイッチは贅沢に玉子サラダを挟んであるからボリュームがあって美味い。
…………。
フローラちゃんは脇に立って待機しているが、黙ったままなので如何せん気まずい。
もっとも従者が主人に向かって無駄に話しかけてくるなんて普通はあり得ないし、元々大人しい子だからこんなものなのだろう。
だが私が男爵家として独立するならば、あまり上下関係を考えず、堅苦しくないよう和気あいあいとやりたい。
パティは食事以外よく喋るからうまくやっていけたんだどうが、私はどちらかと言えば口下手だからなあ。
何か話題を作らなければ。
「えーっと、突然聞くんだけれども、フローラちゃんの出身はどこなのかな?」
「え? あ、はい!
私はこのマドリガルタの出身なんです。
あまりお金が無い家庭でしたから、幼年学校を卒業して王宮へ奉公しに行きました。
誰でも奉公をさせてもらえるわけでなく、テストがあって運良く合格しまして…」
「そうだったんだね。
それでルナちゃんたちと仲良くなったんだ。」
「はい! そうなんです!
ルナったらですね、初めて会った時は暗い顔をしていることが多かったんですが、皆で一生懸命話しかけていたらだんだん明るくなってきて、すっごく可愛いんですよ!」
ちょっと話のきっかけを作ったら、一人でどんどん喋ってくる。
特にルナちゃんたち仲間の話が多い。
ルナちゃんが暗い顔をしていたのは、家族が魔物に殺された直後だったからだろうね。
でも私が知ってる人たちの話ばかりで良かった。
私が全然知らない人の話を一生懸命してくる人がいて、困ることがある。
話が一方通行になりがちだし、話の共通点どころでは無いからどうしようもない。
「それで一度お伺いしたいことがあったんですが…」
「なんだい?」
「いつかは私たちもマヤ様の下で働かせて頂けると給仕長から聞いたのですが、お屋敷はやっぱりマカレーナに建てられるんでしょうか?」
「マカレーナには拘っていないよ。
何かと便利なのはマドリガルタのほうがいいかなと思ってる。
フローラちゃんはこっちのほうが良いのかな?」
「そうですね…
家族のことも心配ですから、出来たらマドリガルタがいいと思ってます…。」
「実は今、空飛ぶ乗り物をマカレーナで作ってもらっているところでね。
それがうまく完成出来ればマカレーナまで三時間くらいで行けるようになるんだ。
だからマカレーナに屋敷を建ててもすぐ家族に会えるよ。」
「ええ!? すごいです!
ということは、私も乗せて頂けるんですか?」
「うん、十人くらい乗れるから大丈夫だよ。」
「わぁぁ! すごく楽しみです!」
そんな話をしながら朝食を終える。
マドリガルタからマカレーナまで馬車だと十日はかかるから、家族と離れると心配もあろう。
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うーん、退屈だ。
朝食を食べてもすることが無いからベッドでまたゴロ寝をしている。
いつもならエルミラさんやヴェロニカと訓練するんだけれど、相手がいないのではな。
マドリガルタは魔女が強力な結界を張ってくれているので、当然魔物があれから襲ってきていないそうだ。
半分呆けながら本の続きを読んでいると、ドアノックが鳴る。
「はいどうぞ。」
またフローラちゃんが戻ってきた。何だろう。
「マヤ様、先程ガルベス家から使いの方がいらっしゃり、マヤ様へお手紙を渡して欲しいと言付かりました。」
「おお、ありがとう。」
「それでは失礼します。」
たぶんリーナ嬢からだろうな。どれどれ。
いっちょまえに封印がしてある封書を開ける。
『しんあいなるマヤへ
今日のお昼すぎてから、おじいさまがあそんでもよいとおゆるしがあった。
一時になったら来るがよい。
マグダレナ・デ・ガルベス』
一時か…
それでも今からだと時間が有り余るな。
そんなことより何して遊ぶんだ?
また空を飛ぶのも興が無い。うーん…
わからん!
行ってからその時の成り行きに任せよう。
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結局昼食の時間まで本を読んで時間を潰す。
王宮図書館なら無尽蔵に本があるから暇つぶしには困らないが、お堅い本ばかりなので少々肩が凝る。
日本の漫画が恋しくなってきた。
昼食はまたシルビアさんと個室で。
執事の仕事が忙しいがまだお腹が重たいわけではないので、いつも通りの仕事だそうだ。
いずれ産休がもらえるが、代任の執事がいまだ見つかっていないとのこと。
シルビアさんのような有能な人材が王宮にはいないのか。
内政について聞いたが、いたって安定しているそうだ。
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昼食後すぐ、一時にガルベス家の屋敷へ。
到着すると、相変わらず老若のメイドさんが大勢で出迎えてくれる。
一人の若いメイドに案内され、直接リーナ嬢の私室まで来てしまった。
学校の教室ほどの広さでロココ調のデザイン、そして一番目に付くのがオレンジ色基調になっていること。
まあオレンジ色はトンネルの灯りににも使われてるよう、目に優しい色と言われていると聞いているが…。
意外にぬいぐるみは少なくて三体ぐらいしか置かれていない。
大きめな猫のぬいぐるみの目つきが上向きの三日月の形になっていて可笑しい。
「こんにちは、リーナ。」
「おお、マヤ! 久しぶりじゃのう!
ずっと会いたかったぞ! うふふ
さあここへ座るが良い!」
テーブルセットがあるが、勧められたソファーの方に腰掛ける。
隣にはリーナ嬢がくっついて座る。
そしてリーナ嬢は私の右手を両手で握った。
婆やもおらず、十歳の娘と、見た目二十歳前のアラフィフおっさんが二人きり。
孫娘とおじいちゃんである。
リーナの姿は前のようニッカポッカでなく、普通のドレスである。
空は飛ばなくても良いのだろうか。
「はああああ 嬉しいのう。
こんなに早くマヤと会えるなんて!
どうして王都まで来たのじゃ?」
「女王の用事で呼ばれてね。
せっかくだからリーナに会いに来たんだ。」
「おおそうかそうか。
それでも良いぞ。
妾は今一番幸せを感じておる。」
リーナ嬢は私に対してどういう気持ちなのだろうか。
そろそろ思春期がはじまる歳だし、近所の憧れのお兄さんみたいなものか。
「今日は空を飛ばなくてもいいのかい?」
「最近は勉強勉強ばかりでのう。
今日は特別に三時間だけお許しをもらえたのじゃ。
夕方はバイオリンのお稽古をせねばならん。
でも今日はマヤが来てくれたおかげで短くなった。
感謝するぞ。うふふ」
誰も見ていないからって、リーナ嬢はますます私にベタついてきた。
美少女に好かれるのは歓迎だが、十歳の娘に私のほうからどうかするのは抵抗がある。
というかどうしたら良いのかわからない。
七歳のイレーネちゃんぐらいの歳だとまだ楽なんだけれどなあ。
「マヤ、キスをしても良いかのう?」
「ええ?」
そう言いながら私の膝上に馬乗りになって、両手で私の頬を掴む。
むっちゅう~♥
リーナ嬢は前のように熱烈吸い付きキスをしてきた。
…………長い。もう一分は過ぎた。
子供のキスなのでエロくはないが、こうも長いとドキドキしてしまう。
そっと彼女の腰を抱いた。
ほのかに石鹸とオレンジの香りが鼻をくすぐる。
リーナ嬢の体重が膝上にのし掛かる感じが変な気分になる。
こんなタイミングで婆かガルベス公爵に見られたら大変なことになりそうだ。
「ぷわぁぁぁぁぁぁっ!!
こんなに長くキスをしたのは初めてじゃ!
大人のキスというのは大変だのう!」
リーナ、それは大人のキスじゃないよ。
ただ長いだけだよ。
かと言って大人のキスをここで実践するわけにはいかない。
「リーナは大人のキスをどこで知ったの?」
「うむ。少し前に父上と母上の寝室をこっそり覗いてみたら、大人のキスをしておったのじゃ。
その後父上が赤ちゃんみたいに母上のおっぱいを吸っておったが、大人になってもミルクを飲むものなのか。
妾は初めて知ったぞ。
妾の胸はまだ小さいから、マヤにはミルクをあげられなくて残念だ。」
「あ…そ、そうなのか…。」
キスまででよかった…。私は身震いをした。
夫婦の情事を子供が覗いてしまうことは稀に聞くが、その先も見たのか?
「それで父上と母上はそれからどうしていたの?」
「父上はずっと母上のおっぱいを吸っていたからのう。
退屈になって部屋に帰った。」
リーナ嬢のお父上はおっぱい星人なのか。
私もおっぱいは好きだが、どちらかといえば桃尻星人なのだ。
その先は見ていなくて良かった。
この国はレスリングが無いので、プロレスごっこをしていたからと誤魔化せない。
「ああ、今度からもう部屋は覗かないようにしてあげてね。
夫婦のプライベートの時間だから。」
「わかったのだ…。
マヤと夫婦になったらそれが出来るのだな?」
「え? あ… まあそういうことになるけれど…
リーナは私と結婚したいの?」
「うむ。妾はマヤと結婚してみたいぞ。
五年待てばずっと一緒にいられるからな。
あっはっはっ」
リーナ嬢はまだ恋愛感情が完全に芽生えていないと思うから私のことは憧れのお兄さん的な存在だろうが、結婚という言葉が出るとはびっくりした。
箱入り娘のうえに王都へ引っ越すことにでもなればガルベス家との付き合いも出てくるから、当然私との接触が多くなり、リーナ嬢の気持ちが高ぶってしまうだろう。
必然的にリーナ嬢と結婚してしまう方向になってしまう可能性が高くなるが、ヴェロニカとも結婚するとなるとモーリ家が国の一つの勢力として出来上がることになってしまいそうだ。
まだ男爵だからそんな大貴族みたいなことにはすぐならないと思うが、私はそんな柄ではないから、本当は小さな街にほどほどの屋敷を建ててのんびり暮らしたい。