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第百四十九話 女王陛下とシルビアさん

 マルティナ国王陛下の執事、シルビアさんの部屋にて。

 シルビアさんはいつものパンツスーツ姿ではなく、お腹が楽なワンピースの黒いロングスカートを履いていた。


 私はシルビアさんと三ヶ月ぶりの再会を果たし、彼女と抱き合いながら、いろんな思いが溢れてしまい涙が止まらなくなった。

 前世から数えて五十一歳になって初めて子供が出来たこと。

 女王しか知らない秘密の関係になってしまい、自分の子供でも父親と告げられないこと。

 パティたちにはこの関係を知らせず、墓場まで持って行くこと。

 公式的には父親死亡となり、シングルマザーとしてシルビアさんに負担を掛けてしまうこと。

 そういったことが懸念される。


「すみません、思い余ってしまって…」


「私の方こそ、突然の手紙でマヤ様をびっくりさせてしまいましたね。

 その様子では大急ぎで来て下さったんでしょう?

 無理をされてませんか?」


「ええ、大丈夫です。」


 本当はあまり大丈夫じゃない。

 時速二百から三百キロで飛び、飛行機みたいにあまり高度を上げられないから障害物にぶつからないか、神経がすり減るほどだった。

 高速で飛ぶ風魔法の使い方に慣れていなかったのだが、飛行機を飛ばすときの参考にはなったと思う。


「昨日手紙が届いて、今朝になって出発したんです。

 魔法で飛んできたんですが、それでも今日いっぱい掛かるはずがお昼前に着いてしまうなんて…あはは…」


「お疲れでしょう。

 とりあえずそこの私のベッドで休んで下さい。

 今晩は、前に使っておられたそこのお部屋を準備させますので。

 陛下は今アウグスト王子のところにいらっしゃいますから、お昼にはお会いになれますよ。

 陛下にもマヤ様がいらしたことは伝えてありますから、気を使って頂いて私はお昼まで暇なんです。」


 お言葉に甘えて私はベッドに座らせてもらうと、シルビアさんは私の隣に座って手を握ってくれた。


「何というか…、私に子供が出来たなんて実感できなくて…。

 前にもお話をしたように、身体は十九歳…間もなく二十歳ですが実年齢は五十歳を超えていますから、照れくさくて。ふふふ…」


「そうですよね。

 私も生涯未婚のつもりだったのに、三十四で子供が出来るなんて思いもしませんでしたが、マヤ様はそれ以上のお気持ちなんですよね。」


「シルビアさんが私の子供…いや、私たちの子供を産んでくれる…。

 すごく不思議な感じです。

 シルビアさんと私は恋人同士ではなかったけれど、でも…憧れていたんですよ。

 仕事は出来るし、すごく格好いいし。」


「あら…うふふ。ありがとうございます。

 私もマヤ様には憧れていましたし、尊敬していますよ。

 あなたは誰にも出来ないことをやってのけています。

 この国にはなくてはならない方です。

 そんな方と私の間に子供が出来るなんて、むしろ恐れ多いくらいです。

 立派に育ててみせますわ。」


 今更なんだけれど、この世界の人たちにとって私は宇宙人そのものだ。

 それが妊娠できたなんて、身体のつくりが同じということか。

 ガルシア家の屋敷にあった医学書を読んだけれど、それで臓器や骨格が同じなのは知っていた。

 だが少なくともこの国と周辺諸国においては、DNAなど高度なことは発見も解析もされていない医学レベルなのだ。

 大抵は魔法で治ってしまうから、難しい医療技術は不要なんだよ。


 待てよ。私の方が地球人とも違う身体で、魔素さえあれば魔法が使える体質ということだから、元々この世界の人の身体に近いのか。

 だとすれば、地球で宇宙人として五十年生きて来たわけだが…、生まれたのは地球人の母親からだぞ?

 ああ、こんがらがってきた。


「マヤ様、難しい顔をされて何か考えてらっしゃるのですか?」


「ああいや、今後のことをどうしようかと思ってね。あはは…

 それであの…お腹を見せてもらっていいですか?」


「あら。まだ三ヶ月ですからお腹はあまり膨らんでませんわ。

 でもお見せしましょうね。うふふ」


 シルビアさんはワンピースのスカートをたくし上げ、お腹を見せた。

 お腹よりも… このふんどしショーツはもしや!?


「この下着はもしかしてロベルタ・ロサリオブランドの物ですか?」


「はい。インファンテ家の奥様が販売にいらっしゃいまして、陛下が私へお勧めになったので買って頂いたんです。

 マヤ様がデザインされた下着はとても履き心地が良いのですね。

 女性のことをよくお考えになっていて、素晴らしいです。」


「それは…良かったです…。ふふふ」


 いやあ、自分がデザインしたふんどしショーツを履いている女性は初めて直接見たよ。

 ハイレグっぽいので案外えっちなもんだな。

 それよりもお腹だ。

 確かに妊娠三ヶ月だからほんの少し膨らんでいるのがわかるかどうかだ。

 ちょっと太ったかな?


「お腹、少し触っても…いいですか?」


「うふふ、どうぞ。

 もう他人行儀はいりませんから遠慮なさらずに。」


 前は締まったお腹だったけれど、今は僅かにふにょんとした感じ。

 これくらいが私は好きだな。


「この中に私たちの赤ちゃんが…やっぱり不思議ですね。」


「本当ですね。お腹にもう一つの命が宿っているなんて…

 とても嬉しいです。生きてて良かったと実感します。

 私に子供が出来たなんて夢みたいです。」


 そう言って、シルビアさんはスカートを元に戻した。

 ああ…、シルビアさんはよっぽど嬉しいんだろうなあ。

 彼女にとって望まれて産まれる子供…

 私もシルビアさんとの間の子ならば勿論望むところだ。

 だがみんなに黙ってコソコソとしているのはどうしても後ろめたい。


「シルビアさん、後で女王陛下と三人でこれからのことを話してみたいんです。」


「そうですね。昼食の時間にお話が出来そうです。」


「シルビアさん…キスしませんか?」


「はい…」


 私は彼女の肩を抱いて、ゆっくり唇を重ねた。

 久しぶりだから調子に乗って最後までいってしまいそうだけれど、我慢我慢。

 少し長めのキスが終わり、手を繋いだままシルビアさんは頭を私の肩に寄せ、無言でしばらくの間このままでいた。

 頬が少し赤くて、とても幸せそうな表情だった。


---


 昼食の時間。

 小さな個室で、女王とシルビアさん、私と食事をすることになった。

 これなら秘密の話をしても大丈夫だろう。

 食事はトルティージャやアヒージョなど、この国の定番メニューだ。


「マヤさん、お久しぶりね。

 シルビアが手紙を出していたのは知っていたけれど、こんなに早くマドリガルタへ来るなんてびっくりしたわ。

 あなたの魔法も大したものね。」


「無我夢中というのもあったんですが、今マカレーナで作ってもらっている空飛ぶ乗り物の動力が魔法なので、検証のためでもあったんです。

 それで、費用がまだ足りなくて…

 ブロイゼンの技術者に頼んでいて、外観はかなり出来上がっています。」


 飛行機については後付けの理由だ。

 何とかお金の都合をつけてくれないかなあ。


「あら、もう報奨金を使っちゃったの?」


「聖貨二枚は空飛ぶ乗り物の製造費用につぎ込みました。

 残り一枚は皆で分けたり、給仕係のルナの給与に充ててます。」


「それであとどれくらい掛かりそうなの?」


「あと少なくとも聖貨二枚分は必要です。」


「ずいぶん掛かるのねえ…

 まあ、王宮の予備費から出せるか考えてみるわ。

 数日待っていてちょうだい。

 もし完成したら私も乗せてね。

 ブロイゼンの人たちが作っているのならば信用出来そうね。」


「ありがとうございます。

 空飛ぶ乗り物であれば、マカレーナまで一、二時間で着きます。

 外国へ日帰りすることも可能です。

 膨大な魔力が必要なので、私しか動かせませんが…。」


「そうなるとあなたは王宮所属になったほうが良いかしら。

 あなたに頑張ってもらえればお給料ははずむし、今までの移動コストを考えてもずっと安く上がるわ。

 考えておいてね。うふふ」


「はい…」


 収入のためには、結局女王に使われてしまうのか。

 みんなと一緒に住むんだったらマカレーナではなくマドリガルタに家を建てることを考えなくてはならないし、それはそれでマカレーナよりお金が掛かってしまうなあ。

 ああ… 今急いで考える必要が無いから、シルビアさんとの話に変えよう。


「陛下… いえ、マルティナ様。

 私はシルビアさんに避妊の魔法を掛けたいたはずなんですが、どうして妊娠してしまったんですか?」


「唐突な質問ね。

 それはね… 私がこっそり解除をしたからよ。」


「やっぱり! どうしてそんなことをしたんですか?」


「シルビアには若い頃から私の世話をさせてばかりで、特にこの子は真面目で一途だからそれに甘えてしまったの。

 それでずるずると年が過ぎてしまって、この子の身体も初めて子供を産むにはそろそろ負担になってくる歳になりそうだから、私は心配をしていたわ。

 そこへあなたがやって来たの。

 あとはわかるわよね。

 あなたと私が愛し合っているときに、扉の外で待たせてみたの。

 護衛監視なんて嘘よ。

 元々私の寝室にある区画は一部の給仕係以外、滅多に入れないようになってますからね。

 しばらくそうさせていれば、この子も我慢の限界になるでしょう。

 そこであなたと交わらせたのよ。オッホッホッホ」


 シルビアさんはトマトのように顔を真っ赤にしていた。

 女王…、なんて悪女なのだ。

 シルビアさんに対して優しいのか意地悪なのか、強引だな。

 私の意志は無いじゃないか。

 女王の話はまだ続く。


「でもね、この子はあなたことが本当に好きよ。

 あなたが帰った後も、私とよくあなたのことを話していたわ。

 とても素敵だとか、大人っぽいとか、まるで十代の女の子が話してくるようにね。

 シルビアにもやっと青春が来たのねって。

 それで一ヶ月半ほどして妊娠がわかった…

 やった! 成功したわ! と思ったわ。

 勿論、あなたの承諾無しに妊娠をさせたことは悪いと思ってる。

 あなたたちの子供のことは私がしっかり責任を持つわ。

 シルビアの仕事中は、ヴェロニカが小さな時に面倒を見ていた乳母を付けるわ。

 とても信頼できる人だから安心してね。」


 シルビアさんの顔はトマトよりも赤い唐辛子のようになっていた。

 彼女にとって結果的には良かったのかも知れない。

 だが私の気持ちはどうなんだ。

 勢いで情欲に溺れた私も悪いが、自分の子供に父親と言えないこと、シルビアさんに会うだけでも不自然にならないようパティたちに隠れてコソコソとしないといけないのがつらい。


「マルティナ様、私はそれでもつらいですよ。

 父親なのに父親と言えない。

 ガルシア家や他の皆にも秘密にしないといけないんです。」


「それなら問題無いわ。あなたたち結婚をしなさい。」


「へ、陛下?」


「マルティナ様、意味が分かりません。

 説明をして頂けますか?」


「たいして説明するほどのことではないわ。

 結婚して、公式的には血が繋がっていない父親になるのよ。

 あなたはパトリシアさんが十五歳になってから、彼女と一番に結婚したいと言っていたわね。

 彼女が結婚できる十五歳になるのはあと一年何ヶ月かしら。

 シルビアのお腹の中の子が生まれるまであと七ヶ月。

 子供は産まれてからだいたい八ヶ月くらいになるとお父さんって認識出来ると言われているから、パトリシアさんの少し後で結婚すればちょうど良いじゃないの。」


「そうか、そういうことですか!

 でもまたお嫁さんが増えてしまうなんて、皆が理解してくれますかね…

 ただでさえヴェロニカ…様が結婚したいと言い出して、この先どうしたら良いのかさっぱりわからないのですよ。」


「そうそう、ヴェロニカは元気?」


「毎朝訓練に熱心で、元気すぎるくらいですよ。」


「そうねえ。ヴェロニカは皇位継承順位が低いし、あの子はあまり政治には興味無くて戦うのが好きというか、身体を動かすのが好きなだけだから、あなたにもその気が無ければあの子と結婚しても無理に政治に関わらなくても良いわ。

 皇位継承と言えば、アウグストとマルティンの相手がまだいないから、その心配もしなくてはならないし…

 そうだわ。わたしもあなたと結婚して、あなたがまた頑張ってくれれば私が子供を産むわ。

 皇位継承候補者がまた増える。オッホッホッホ」


「えぇぇぇぇぇ!!??」


「冗談よ。オッホッホッホ」


 ヴェロニカと、いくら未亡人とはいえ母親とも結婚するなんてむちゃくちゃだ。

 女王が言うとシャレにならないから、冗談で良かったよ…。

 シルビアさんは顔が真っ赤になったり結婚の話が出てから固まったり、パニックになっているようだ。


「そうそう。せっかくの再会だからあなたたちは今晩一緒に寝なさい。

 あなたの世話係にはフローラを付けるけれど、バレないように朝は早めにどっちかが部屋へ戻ってね。

 明日の晩からは…よろしくね。うっふっふっふ」


「わかりました…」


 ああ… 明日の晩からまたアレが始まるのか。

 シルビアさんはどういう気持ちなんだろか。

 もっとも三人で交わったし、女王とシルビアさんとも普段から交わっていたから浮気も何もないのだが。


 食事を終えて少し休憩の後に、シルビアさんは女王と仕事に戻る。

 その前にガルベス家のリーナ嬢、ボルラス家のエステラちゃん、パルティダ家のレティシアちゃんに、私が王都へ来訪していることを伝えるため使いを出してもらえるようお願いをした。

 午後はアリアドナサルダの本店へ行くので、たぶんお母さんに会えるだろうからインファンテ家には伝えてもらわなくてもよい。

 みんなに会えるのが楽しみだなあ。


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