第百四十八話 再び王都へ出発
明日はシルビアさんに会いに行くため、急遽マドリガルタへ出かけることにした。
着替えを詰め込みたいが…ああ、リュックはどこにやったっけ?
ルナちゃんに聞いた方が早いか。
使用人の休憩室に行くとちょうど給仕係のみんなが遅い食事中だったので、後でルナちゃんに部屋へ来てもらうことにした。
そして十数分後、自室にて。
「どうしたんですか?
さっきのお手紙に何か大変なことが書いてあったんですか?」
「いやあ、女王陛下が何か用事があるみたいでね。
理由は何か分からないけれど、マドリガルタへ来て欲しいみたいだから、明日の朝から一人で出かけてくるよ。
一週間までのところで帰ってくるつもりだよ。」
「そうなんですか…
じゃあお出かけの準備をしなければいけませんね。
お着替えは私が用意しますから。」
「ありがとう。よろしく頼むよ。」
ルナちゃんはタンスの下段からリュックを取り出して準備を始めた。
あんな所にあったのか…
まるで私が幼稚園児や小学生の時の母親だな…
それから私はアリアドナサルダとラウテンバッハへ行き、様子を見に行きつつ王都へ一週間ほど行ってくると伝えておいた。
テオドールさんとオイゲンさんからは「しっかり稼いで来いよ!」と笑って見送ってくれ、ミランダさんからは何故か替えの黒いビキニパンツを三着プレゼントされた。
何か報奨金でも稼いでくると思われたのか、替えのパンツを持ってなさそうに思われたのか。
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その日の夕食の時間、ガルシア家の皆にも話しておく。
「閣下。今日は王都のシルビアさんから手紙が来たんですよ。
女王陛下が私に何か用事を申しつけたいらしくて、明日から急遽一人で一週間ほど王都へ行くことにしました。
女王陛下から直接ではないので、大事なことではないと思いますが…。
何をさせられるやら。」
「ほう、それは急だね。
女王陛下も人使いが荒いからなあ。
君も大変だね。ハッハッハッ!」
「まあ…陛下の勅命ならば仕方ありませんね。
無理難題を申しつけられないことをお祈りします。
どうかお気を付けて行ってらっしゃいまし。」
そういう言い方をされるということは、一体この夫婦は女王から過去に何を申しつけられたのだろうか。
私の方が不安になってくる。
「マヤ様…。私もお供したいところですが、お邪魔ですよね。
どうかご無事で、帰りをお待ちしております。」
私が言ってることは全く大嘘だから心苦しい。
パティから見たらコソコソとしてて完全に浮気だからなあ。
しかも出来ちゃったやつ。
シルビアさんは幸せと言ってくれているけれど、どうしたら皆が幸せになる選択になったのだろうか。
嘘も方便という言葉があるように、やはり墓場まで持って行くのが最良なのだろうか。
「ごめんよパティ。
一人じゃないと高速移動が出来ないからね。
なるべく早く帰ってくるから。」
「はい…、わかりました…。」
パティは少し悲しい表情をしたので、良心が痛む。
彼女には悪いと思いつつも、少しだけでも自分を正当化しておかないと自分の心がやられてしまう。
これが自己肯定感というやつなのか。
シルビアさんと話をしたら少しでも気持ちが落ち着くのだろうか。
早くシルビアさんに会いたい。
「マヤ…、王都までどれくらいかかるのだ?」
「早朝に出発すれば、夕方の暗くなる前までには到着すると思うよ。」
「そんなに早く着くのか。
王都から離れて三ヶ月も経ってしまったが、母上はお変わりないだろうか。
帰ったら母上の様子を教えてくれ。」
「わかったよ、ヴェロニカ。」
ヴェロニカはあれでお母さんっ子なのは前から知っているが、今になって母親が恋しいんだろうね。
戦闘マニアみたいな性格だが、そのあたりは人間くさくていいもんだ。
「あーぁ、私もモニカちゃんに会いたいなあ。
ああそうだ。マヤ君はモニカちゃんにお世話してもらえるといいね。うっひっひ」
「何をおっしゃいますの、エリカ様。
マヤ様にはフローラさんが良いに決まっています。
とても堅実でお仕事も丁寧ですから。」
そうか。また王宮で泊まると誰かお世話係が着くのかも知れないな。
いろいろ噂があるモニカちゃんだったらどうなるんだろうか…
いやいや、どうしてこんな時に邪な気持ちになるのか。
私は度しがたいな。
エリカさんもグラヴィティと風魔法で付いて行くことは可能だが、長距離は身体に負担が掛かるようなので遠慮するとのことだ。
「マヤ様、少し心がお乱れになっているように見受けられますが、気を抜いてお怪我をなさいませんようにお気を付け下さいまし。
武人は精神が乱れることが一番の敵でございますから。」
ローサさんに悟られてしまったか。
武術の達人は、相手がほんの少しでも気や身体の乱れがあると気づくと聞いているから、そこをついてやられてしまう。
ある意味侯爵閣下も大変な嫁さんをもらったもんだ。
そういえば侯爵閣下も外で妾が二人もいる言ってて、未だにバレていないっていうから大したものだ。
そう思うと気が楽になってきたぞ。
夕食が済んでから、エルミラさんやビビアナたちにも王都へ出かけることを話しておいた。
スサナさんとビビアナには「またぁ?」と何故かぶーぶー言われてしまった。
きっと王都へ遊びに行ってみたいんだろうねえ。
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寝る前にはパティが、彼女の部屋でグレイテストブレッシングの魔法を掛けてくれた。
ベッドに座り、彼女の柔らかい唇の感触を味わいながら軽いキスをゆっくりと…
「ん… ん… マヤ様… はむ ん… ん…
…………終わりました…」
「ありがとう…」
「マヤ様… どうかアーテルシアに遭わないようお祈りします。
遭っても無理をして戦わないで下さいね。」
「わかったよ。
どうしようもないときはセルギウスを呼んで何とか逃げることを考えるから。」
パティの優しさに満ちた魔力が私の身体に充満している。
もしかしたらマジックエクスプロレーションも掛けられて心の中を覗かれてしまうのではないかと危惧をしていたが、彼女の様子はそんなこと無さそうだ。
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自室にて、今日は誰も呼ばずそのまま一人で寝る。
明日は早いしあまりエッチなことをする気分にはなれなかったし、パティとのキスで十分気持ちがいっぱいになった。
本当に私のことを好いてくれているのだな…。
今はあまり難しく考えるのはよそう。
もう寝る……
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翌朝、いつも早朝訓練をする時と同じ時間に起きる。
ルナちゃんがいつも通りに起こしてくれた。
「じゃあマヤ様、本当に気を付けて行ってらっしゃいね。
モニカちゃんとフローラちゃん、ロシータちゃんにもよろしく言って下さい。
三人にはエッチなことをしたらダメですよ。」
「あ…ああ、わかったよ。じゃあ行ってくるね。」
何だか信用されてないかなあと思いつつ、玄関先へ降りた。
もうヴェロニカとエルミラさん、スサナさんが早朝訓練を始めようとしていたところで、三人は見送りに玄関先まで来てくれた。
「マヤ、母上には手紙でアーテルシアのことを伝えてあるが、詳しいことはお前から話してくれ。
国民のためにはもうお前だけが頼みの綱なのだ。
アーテルシアに出遭ったら逃げるんだぞ。わかったな。」
「ああ、わかった。」
ヴェロニカもいろいろと心配している。
結局、天界でサリ様が一番最初にお願いしていた通りに、やるべきことをやらないといけない責任が出来てしまった。
とても重いけれど、前世では一人も幸せにしてあげられなかったし、今は好きな人とたくさん出会い、守りたいという気持ちがある。
まだ力が足りないが、せいぜいやるだけのことはやろう。
「マヤ君、気を付けて。」
「マヤさぁん、お土産買ってきてねぃ。
ああ馬車じゃないから難しいか。あっはっは」
「持って帰られる物があったらね。
じゃあ行ってきます!」
私はいつもの革ジャンカーゴパンツで、やや大きめのリュックを背負い、ゴーグルを掛けて飛び立った。
時速五、六十キロまでならばゴーグルを着けてさえいればバイクに乗っているのと同じ事なのでなんてことはないが、それ以上になると風圧がきつくてだんだん呼吸が苦しくなる。
前にエリカさんと実験をして、風魔法で顔周りの空気圧を調整すればフルフェイスヘルメットを被っているように出来ることがわかったので、時速百キロなら余裕、あわよくば三百キロはいけそうだが如何せん魔法の術式が面倒なのだ。
それでも出来るだけぶっ飛ばして行ったら、なんとたった三時間で到着した。
マカレーナから王都まで約五百キロメートルだから、昔の新幹線ひかり号並だな。
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王都に着いたら勿論真っ先に王宮へ向かった。
飛べるからいきなり玄関へ行くとこも出来るが、滞在中はともかく初日は一応ルールを守っておきたいので、門番から取り次いでもらうことにする。
ちょうどドミンゲス門番長がいて私を見てびっくりしていたが、おかげでスムースに玄関前まで行くことが出来た。
玄関へ入るとホールには給仕係が何人か並んでおり、その一人にパティのお世話をしていたフローラちゃんがいた。
「え? マヤ様!? 一体どうなされたのですか?」
「ああ… シルビアさんから手紙をもらってね。
大急ぎでマカレーナから一人で来たんだ。
何か用事があるそうだから、シルビアさんに取り次いでくれるかな?」
「はい、かしこまりました!」
私はいったん応接室へ案内されたが、フローラちゃんが戻るとシルビアさんの部屋まで直接行ってほしいと本人から言伝があり、勝手知ったる王宮なので一人で向かった。
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部屋へ入る前、私は心臓がバクバクしている。
シルビアさんとは元々恋人付き合いをしていない。
だが何度か身体を重ねて愛し合った仲で、普段もとても素敵な女性だ。
そして子供が出来てしまった。
何だろう。シルビアさんが愛おしくてたまらない。
私の子供を産んでくれる女性…
私に子供が出来る?
まるで夢みたいだ。
コンコン「マヤです。」
「どうぞお入り下さい。」
部屋に入ると、シルビアさんが微笑みながら立っていた。
「シルビアさん…その…」
「マヤ様… マヤ様…
こんなに早く会いに来て下さったのですね。嬉しい…」
「シルビアさん… うっうっ うぐっ」
私は言葉が出ないまま涙がどっと溢れ、シルビアさんを抱きしめた。
シルビアさんも私を優しく抱きしめてくれた。
それだけで、彼女に対するわだかまりが取れた気がした。