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第百四十五話 女神の結界

 ガルシア侯爵の屋敷、玄関前。空はすっかり暗くなっている。

 サリ様を先頭に皆がぞろぞろと集まっている。

 考えてみれば、バリアを掛けるだけなのに見世物にする必要があるのかな。


「あれえ? サリ様がお屋敷にいらっしゃって、何かあったのかな?」


「へぇー? あれがサリ様なの? 普通の女の子だね。」


「何か願い事をしたら美味しい物でも出してくれるのかニャ?」


 エルミラさん、スサナさん、ビビアナまで何故か出てきているが、ルナちゃんや他の給仕さん、ローサさんはいないし屋敷の全員が出てきているわけではないようだ。

 玄関前の広場に、サリ様を中心に少し距離を置いて、十二人が半円でばらばらと囲うように集まった。


 すると、修道服を着た女性を乗せた馬が大急ぎで駆け寄ってきた。

 マルセリナ様だ…って、彼女は馬に乗れたんだね。

 修道女と馬という組み合わせは珍しいのではないか。

 そういえば前に、私からサリ様のオーラが出ていると腰を抜かしていたから、サリ様が目の前にいるとわかったらショックで倒れてしまいそうだけれど、大丈夫かな。

 大聖堂はここから何百メートルも離れているが、高位の魔法使いになれば魔力を感知できるようになる。

 お屋敷周辺の魔法使いが騒がないのは、中級以下の魔法使いばかりなのだろう。

そしてマルセリナ様は私の方へ向かい、馬から颯爽と降りた。


「ああっ マヤ様! お久しぶりでございます!

 とても大きな魔力を感じましたから駆けつけて来たのですが、何事でしょう!?」


「今ですねえ、サリ様が魔除けの結界を張って下さるところなんですよ。」


「はぁー、そうだったんですかぁ。」


「はい、そうなんです。」


「………………。」


 嘘を言ってもしょうがないので、さも日常的なことのようにとぼけて話した。

 サリ様は無表情で固まりながら、目線は明後日の方向を向いている。


「今誰とおっしゃいました?」


「ああ、その、マルセリナ様が毎日信仰なさってるサリ様ですよ。

 真ん中にいらっしゃる、超絶美少女ですよ。」


『あらマヤさん。超絶美少女だなんて、ありがと。

 でもホントのことだけれどね。うふふ』


 やや小声で話していたのに、よく聞こえるな。

 神様イヤーはたいしたもんだ。


「あ… ああ… あああ…」


 マルセリナ様は表情が固まったまま、感涙をぶわっと流している。

 声を出していないが、涙がぽろぽろ止まらない。

 こんなに涙をたくさん流している人を初めて見たよ。


「ああ… こんなに。涙を拭かないと。」


 私は手持ちのハンカチでマルセリナ様の涙をぽんぽんと吸い取るように拭いてあげた。

 それでも正気にはならず、涙がこぼれるばかりで拭くのが大変だった。

 するとマルセリナ様は両膝を地について、両手を組んでお祈りのポーズになる。


「マヤ様… とうとう(わたくし)はサリ様に(はい)(えつ)することが叶いました。

 今日は(わたくし)にとって生涯またとない幸運の日となるでしょう。ううう…」


「ああ、きっとこれから何回も会えると思うので…ははは…」


 マルセリナ様はそのまま拝んでいるポーズで動かなくなり、またうるうると涙を流している。

 まあ鼻血を出したり失神しなくて良かったよ。


『さてと…始めるわね。

 今からやることは魔法ではなくて、神しか出来ない法力です。

 人間はもちろん魔族にも真似が出来ませんからね。

 とても分厚いバリアを張るのでチョチョイとは出来ないけれど、魔物は勿論入ってこれなくなるし、アーテルシアも入ってこれないわ…たぶん。』


「ええっ 今たぶんって言いましたよね。」


 だがサリ様は私の声が聞こえていても知らんぷりをし、話を進める。

 ビビアナやスサナさんは今か今かとワクワクしている顔だ。

 サリ様は両手を組み目を瞑ると、姿が光の玉へと変わった。

 セレスの外でアーテルシアに遭遇した後と同じで、直径五十センチほどのボールになっている。


『じゃあ、上に上がるわね。

 自分で上がれる人は上がってきて良いよ。』


 そう言ってサリ様はの光玉はふよふよと上へ上がっていった。

 ふーん、そうか。

 じゃあ私も上がって見てみようかな。

 そうだ、せっかくだから…


「マルセリナ様、この機会に空を飛んでみましょうよ。」


 私は少し強引ながらも、マルセリナ様をお姫様抱っこしてグラヴィティをかけて宙に浮いた。


「えっ えーっ? ええええっ!!??」


 サリ様はどんどん上昇していくが、グラヴィティは二十メートルくらいの高さまでしか効かないので、私は風魔法で噴射してさらに上昇する。

 理屈はヘリコプターのようなものだ。


「あわわわわっ マヤ様怖いですっ」


「大丈夫ですよ。絶対に落ちませんから。」


 マルセリナ様にもグラヴィティを掛けているから地面に激突するようなことはないが、うっかり手を滑らせて離したら急降下してしまうというのは秘密だ。

 私が上がった後に続いて、エリカさんが単独で、ジュリアさんがビビアナをおんぶして上がってきた。

 大丈夫かな、ジュリアさんたち。


「おーい! マヤさん!

 あてしも空を飛んでるニャ!」


「ビビアナ! 暴れて落ちるんじゃないぞ!」


「わかってるニャー!」


「ビビアナちゃん、本当にしっかり捕まっててね。

 私まだこの魔法に慣れてないから…」


 えええ… もうかなり上まで上がってきたのに、心配になってきた。

 ジュリアさんはだいぶん練習してきているはずだから滅多なことは無いと思うが。


「あのぉマヤ様? さっき絶対落ちないっておっしゃいませんでしたか?」


 マルセリナ様が心配してそう聞いてきたが、ジュリアさんもビビアナにグラヴィティを掛けていると思うんだがなあ。


「あーいや、私は魔法の掛け方が違うんですよ。はっはっは」


「それにしても、素敵なマカレーナの夜景ですね。

 大聖堂の塔からでもこのようには見えませんわ。」


「そうですね。

 マルセリナ様と一緒に見られて、ロマンチックですね。

 まるで星が上にも下にもあるようだ。」


「まあ、マヤ様ったら。うふふふ」


 柄でもないセリフを言ってしまった。

 もしパティが横で聞いていたら地団駄を踏んでいるに違いない。


「あらあ、マヤ君。私にはそんなことを言ってくれないのかなあ?」


「ん? エリカさんはそんなにロマンチストだったっけ?」


「私も女よ。好きな男にはたまにでも言って欲しいもんよ。」


 マルセリナ様がいるから黙っているけれど、暗いところだったらすぐエッチなことをしてくるに決まってるからな。


『だいたいこのへんでいいかしら。

 これからバリアを張るけれど、近くへ寄ったり私より上に行ったらダメよ。

 近くで干渉するとうまくバリアが張れなくなるから。』


 サリ様はだいたい三百メートルくらいの上空で停まり、私たちはその下の方で見守ることにした。

 ガルシア侯爵の屋敷は光りの点にしか見えないくらい小さい。

 下のみんなからもサリ様の光が見えるかどうか、わからないかも知れない。


 サリ様の魔力が徐々に上がっていくのを感じる。

 神の法力というから私たち魔法使いの魔力とは異質に感じられるが、感じ取るだけのことは出来るのが不思議だ。

 サリ様の光玉が一瞬強く光った。

 そして光の玉を中心にして、黄色や緑色の幾何学的な網目模様の光が、街の上空を円形になって覆っていく。


「マヤ様…、これが神の力なんですね…

 とても美しいです… うっとり」


「なんだニャー、あれ食べられないのかニャ?」


「ビビアナちゃん何言ってるの。

 飴じゃないんだから。」


 何でビビアナはバリアの網目が食べ物に見えるんだろう。

 メロンか、フランス料理で使うチュイルにでも見えるんだろうか。


「マヤ君。これほど目立つ物だったら、今頃街の人たちは騒いでいるわよ。」


「うーん、じゃあエリカさんが魔法の実験をしていたということにしようよ。

 ガルシア侯爵にはそう言っておくからさ。」


「えー、なんか私が悪者にされてるみたいじゃない。」


「世のためだと思ってさ。

 こんなに綺麗じゃないか。悪いことなんて一つも無いよ。」


 そんなことを言っているうちに、網目状のバリアがだんだんを薄くなっていって、最後には消えて元の夜空に戻った。


『これでおしまいよ。

 ふーっ ちょっと疲れちゃった。

 下に降りて、ちょっと休ませてよ。』


「わかりました。みんな降りよう。」


 こうして無事にバリアは張り終わり、屋敷の玄関前の広場まで降りた。


---


「マヤ様、上からはどんなふうに見えました?

 下からも何だか花火を見ているような気分になれましたよ。」


「上からだと、網目の光がぱあっと広がってとてもダイナミックだったよ。」


「あーん! 私もそれを見たかったですわあ!」


 パティとカタリーナ様が羨ましがっていた。

 二人も連れて上がりたかったけれど、ここはマルセリナ様がようやく女神様に出会えた感激の中で体験させてあげたい気持ちがあったから彼女を優先した。


「マヤ様、いつまでマルセリナ様を抱き上げてるんですか? ムスー」


「マヤ様…、左手がマルセリナ様の(でん)()をしっかり掴んでますわよ。」


「きゃっ」


 ありゃ、二人に突っ込まれてしまったがマルセリナ様を降ろすのを忘れていた。

 マルセリナ様が軽いのか、それより人を抱き上げたぐらいでは疲労感がでない身体になってしまっているのだろう。

 それにしてもカタリーナ様が言う(でん)()って…

 お尻と言うのが恥ずかしいのかね。

 偉い司祭様だけれど、そもそもマルセリナ様にはプロポーズをしてOKをもらっているから、お尻くらい触ってもいいじゃないか。


 マルセリナ様のほうは、顔を赤くして照れていた。

 今更気づいたけれど、マルセリナ様は香水をつけたり化粧をしないから、石鹸とミルクのような女性の香りがほんのり鼻をくすぐり、とても良い匂いだ。


「ああっ 済みません!

 降ろすのを忘れてました。ははは…」


 マルセリナ様を降ろして立たせるが、そのまま顔を赤くして照れたままだ。

 プロポーズをして私の分身を見せてあげたあの一件以来、私が王都へ行っていたこともあったので二人の時間を作っていない。

 近いうちにまたゆっくり話そう。


 サリ様は降りて光の玉から元に戻って立っていた。

 侯爵たちに取り囲まれて賞賛され、ドヤ顔になっている。

 この間に、侯爵にはバリアのことを街の人に聞かれたら、エリカさんが魔法の実験をしていたいうことにして、了承を得た。


『あああの… 法力をたくさん使っちゃったから少し疲れて…

 何か食べさせてくれないかしら?

 ついでに朝まで休ませてちょーだい!』


 いきなり何か食わせてくれというノリは魔女アモールと同じだな。

 私も小腹が空いてしまったし…


「ビビアナ、ジュリアさん。

 すまないけれど、サリ様に何か夜食を作ってあげてくれないかな?

 私もちょっとお腹空いたから、一緒に食べるよ。」


「おー、わかったニャ!

 魔女にも作って女神様にも作って、何か良いことがあるといいニャー」


「え? わたスが神様の食事を作るって…とても緊張しまス…」


「普通に私たちがいつも食べている物を作って貰えれば十分だよ。

 サリ様は何でも食べるから。」


「あの… マヤ様。

 私も同席させて頂いてよろしいでしょうか?」


「じゃあマルセリナ様の分もお願いしておきますね。」


 侯爵閣下は、女神様がうちに泊まられるなんて大変名誉なことだとのたまっていた。

 パティも一緒に食べたがっていたが、寝る前にたくさん食べると太るからやめなさいとアマリアさんから怒られていた。

 結局食事はサリ様とマルセリナ様と私の三人だけですることになった。


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