第十四話 第二夫人ローサさん
2025.11.29 全体的に改稿しました。
ガルシア侯爵の第二夫人、ローサさんの話をしよう。
彼女は子育てが中心で、今まで私の生活とあまり接点が無かった。
だが息子のアベル君が大きくなってきたので、外から通いの乳母やメイドのオバちゃんらが余裕ある時に保育を任せ、午前の訓練にも少しずつ参加するようになった。
普段は物静かな方で優しそうな印象ではあるが、スサナさんとエルミラさんよりずっと強いというから驚きだ。
子供の頃から元々強かったそうだが、十代の早いうちに遠く東にあるヒノモトの国で数年間剣術の修行をしてから帰国し、侯爵家直属兵となった。
平民であるが、ガルシア侯爵に見初められて結婚されたそう。
それがパティから聞いた、ローサさんの身の上だ。
日本刀そっくりの剣を使い、格闘術よりも剣術中心の戦いをする。
その刀は何故か『白百合』という日本語名がついている。
さすがにFカップもあるとチェストサポーターのようなものを着けているが、もし無かったら胸の谷間が気になってすぐ負けるかも知れない。
いやいや、胸の保護が大事ですよね。
私は元々強い力を秘めていて、徐々に解放されていくと女神サリ様から聞いた。
剣の能力はどうだろうか。スサナさんとエルミラさんとはどうにか戦えるが……
ローサさんから刀を一本借りて、手合わせすることになった。
この刀は『桃花』というらしい。
東の国ヒノモトから渡ってきた日本刀に似た刀は、みんな花の名前がついてるそうだ。
徐々に力が解放されているので負けない戦いは出来るかも知れないが、やってみないとわからない。
「ではマヤ様、始めましょうか」
ローサさんは刀を抜かないで構えてるが、あれはまるで居合抜きだ!
昔、達人の抜刀術を見学をさせてもらったことがあったが、刀を抜いた瞬間が全く見えない。
現実でこんなことがあるのかと、とても驚いたことがあったのを思い出した。
まずい、本当に隙が無い。
少しでも気を抜いたら一瞬でやられてしまう。
こちらでわざと隙を見せるフリをするか……
と誘ったが、ローサさんは騙されなかった。
次の瞬間、ローサさんは刀を抜いて斬りかかってきたが、いかん――
とんでもなく速い!
力業で強引に防ぐことが出来たが、次の攻撃から刀の雨のような攻撃で全くつけ込む隙が無い。
――カキンカキンカキンカキンカキン
合わせた刀が鳴り続ける。
ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい!
ローサさんが下がったので、私も下がった。
私はただ速いだけで、技術的にはローサさんのほうが遙かに上だ。
正に付け焼き刃では駄目ということだ。
それでも私がまるで身体が勝手に動くように剣さばきが出来ているのは、サリ様が言っていたように力が目覚め始めている証拠か。
「マヤ様、驚きました。これほどまでに私と互角だなんて、今まで私の師匠だけでしたよ」
「いやあ…… ローサ様に合わせるだけの力業で、精一杯でした。技術はまだまだです」
そんな師匠って何者なんだろう。とんでもない人だな。
「ありゃー!? マヤさんが絶対やられると思ってたのに、やるなあ!」
「うーむ…… マヤ君がローサ様とほぼ互角とはね……」
スサナさんとエルミラさんがそう言いながら、目を白黒していた。
私は全力以上の力でやったのに、この二人が驚いている理由はむしろローサさんがさらに大変な実力を持っているのを知っているからであろう。
「今後ともよろしくお願いします」
「ええ、喜んで。私からも是非お願いします」
と、ローサさんはにっこり微笑んで応えた。
か、可愛い…… まるで無垢な少女のようだった。
ガルシア侯爵はこの顔に惚れたんだろうなあ。
金髪のくせ毛ボブヘアーに碧眼の彼女は確かに美しく、強い女性は憧れる。
アベル君を妊娠してから今まで二年近く、あまり刀を握っていなかったはずだ。
鈍っていてこれならば、調子を取り戻したら今の私では絶対に負ける。
この後、基本的な構えや剣術型を教えてもらって、また手合わせしたり――
手を取り、型を教えてもらっているときにフワッとローサさんの香りがする。
香水は着けておらず、石鹸の香りと彼女自身の匂いが混ざっている。
お母さんの匂いみたいな、どこか懐かしい匂いだった。
ローサさんがスサナさんとエルミラさん、二人まとめて相手をしているところも見学した。
左右同時に斬りかかってきているのに、まるで冗談のようにあっさり払ってしまう。
あの強い二人が相手でも余裕なんて…… 格好良すぎる。
私も修行を積めばああいうふうに出来るのだろうか。
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この日の夕食で、食事中にガルシア侯爵から私へ声をかけられる。
「マヤ君、ローサと互角だったそうじゃないか。すごいね!」
「いやあ、恐れ入ります」
「私なんてローサに何度も挑んではボロボロに負けてね…… それで強い彼女に惚れてしまって何度も求婚して、やっと結婚できたんだ。君が私よりローサと早く出会わなくて良かったよ。ローサのほうが君に惚れちゃうかもしれないからなあ。はっはっはっは!」
ローサさんはそれを聞いて、萎縮したように照れていた。
プロポーズの話を初めて聞いたけれど、ローサさんの顔が赤くなった意味はそのことなのか、侯爵が惚れちゃうかもと煽ったように、私に好意を?
いや、まさかね。
パティはビビアナが作ったタコスが好物になったきっかけで、夕食の片付けの最中など二人で何か話しているのをよく見かけるようになった。
仲良しなのは良いことだ。
「あ、マヤさんだニャ。今パティにメニューのリクエストを聞いていたニャ。マヤさんも何か食べたい物あるかニャ?」
「そうだなあ。お米を使った料理で、パエリア以外で何かあるかな?」
「ピラフやオムライスも出来るニャ」
「おお、是非それを食べたい!」
「じゃあ今度作ってみるニャ」
「カレーライスって辛い料理も作れそう?」
「それは何だニャ? 辛えのか? 外国の料理はわからないニャ」
ビビアナは知らないらしい。残念……
パティにも聞いてみよう。
「カレーライス…… 私も知らないです。マヤ様は私たちより美味しい物をたくさん召し上がっておられたのですね。羨ましいですわぁぁ」
「私の故郷は料理に妥協しない土地柄だったから、いろんな国の料理を自分達の口に合うよう改良して広めていったんだよ。パエリアやチュロスも食べたことがあるからね」
「まあそうなんですの? マヤ様の国へ行ってみたいですわぁぁ」
食べ物の話になると興味津々になるパティ。
何を想像しているのか、幸せそうな顔をしている。
日本のチュロスといっても、ミ◯ター◯ーナツの商品なんだけれどね。
この世界で食べている料理は十分に美味しいし私の口に合うけれど、日本で食べていたメニューも時々恋しくなる。
でもビビアナがピラフとオムライスが作れるのならば、とても有り難い。
白飯は食卓であまり出されることは無いが、この国の種類の米だとパラッとしていていまいち私の口に合わない。
私は日本で山間部で育ったコシヒカリをよく食べていたから、甘みが強いお米に慣れているので妥協が出来ないのだ。
いつか東の国へ行った時にどんな物を食べてるのが見てみたい。
あっ ローサさんに聞いてみるのが一番早いじゃないか。
丁度ローサさんがまだ食堂の隅の椅子でアベル君をあやしながら休んでいたので、話しかけてみた。
「ローサ様、東の国ヒノモトではどんな物を食べられていたんですか?」
「そうですねえ。豆から作った甘くない白いフラン(※カスタードプリンのこと)のようなものとか、同じ豆の材料から作ったスープ…… 焼いたお魚が多かったわね。とても健康的な食事でしたよ」
その豆の料理って、豆腐と味噌汁ではなかろうか。
ヒノモトの国は日本に近い文化なのか?
「へぇー、甘いお菓子はどんなものだったんですか?」
「甘い物は、黒っぽい豆を砂糖で煮詰めて固めた物を白い皮で包んだり、お米をその豆で包んである物もありましたね。この国と比べてサッパリしていましたから、つい食べ過ぎるとやっぱり太りますね。うふふ」
材料はたぶん小豆。饅頭とおはぎのことかな。
ますますヒノモトの国に興味が湧いてきた。
将来の旅先候補にしたい。
「そういえばマヤ様のお顔はヒノモトの国の方にそっくりですね。そちらのご出身なのですか?」
「何と言いますか…… そこの出身ではないのですが、文化がよく似ている遠い国です」
今のところ私の身の上は適当に誤魔化しておこう。
アベル君はローサさんに抱かれながら、彼女の胸をモミモミと触っていた。羨ましい……




