第百四十四話 アーテルシア対策会議
夕食を終え、アーテルシア対策会議のために皆が応接室へ集まった。
メンバーは侯爵閣下とその傍らにフェルナンドさん。
ヴェロニカ王女、エリカさん、パティ、私だ。
パティにおっぱいプリンのことを聞いたら、餌の野菜を食べた後にバスケットの中で寝ているらしい。
目も何も無いのに寝ているのがわかるのか?
「あー、先程マヤ君から邪神アーテルシアの報告を受けた。
問題は邪神がマヤ君を狙いに来る目的で、このマカレーナが大きな被害を受ける可能性があるという点だ。
改めてここで話し合おうと思う。
まずマヤ君が知っていることと考えていることをここで洗い出して教えて欲しい。
皆と情報共有をしておきたいんだ。」
うーん、二度目にアーテルシアが現れたことはサリ様に口止めをされているんだけれども、このメンバーであれば一部を話すくらいなら大丈夫だろう。
尻を出したことは勿論言わないぞ。
「破滅の神と自称していたアーテルシアの目的は、暇つぶしのために魔物を使って街や人へ嫌がらせをして楽しむことです。
それを私たちが退治したりデモンズゲートを塞いでいることがアーテルシアの知るところとなり、ナバルとセレスの間にある峠道に初めて姿を現しました。
実は…、エリカさんと私がセレスの南西へ偵察をしていた時に、またアーテルシアが現れました。」
「なんだと!? 何故今まで黙っていたんだ!?」
ヴェロニカがすごい剣幕で声を上げる。
パティがビクッとしていたが、私は動じず答える。
「サリ様も現れて、その時のことは口止めされていたんだよ。
だがこのメンバーであれば今回話しても問題無いと判断したまでさ。」
「サリ様が現れたって…そこまでの話になっていたのか…」
この中でサリ様に会っているのは私の他にエリカさんとパティだけで、ヴェロニカや侯爵にも存在自体は話したがまだ実感はない様子だ。
見た目は綺麗だけれど普通の女の子と知れば、神様だという実感のほうが無くなってしまうけれどね。
「話を続けます。
アーテルシアは五百七十二年前の子供だった当時、サリ様にあることで因縁があったそうで、恨みを持っているようです。
そのことが直接嫌がらせをしていることに繋がっていませんが、私にサリ様がついているということが気に入らなくて、私に対して標的にしている発言もありました。
二度目に現れたときアーテルシアはその因縁について思い出して勝手に怒り、私に対して約千個のブラックボールで攻撃をしてきました。
私一人ではどうにもならなかったかもしれませんが、幸いサリ様がいらっしゃったのでサリ様が作った強い魔法防御壁の内側から光の魔法剣で攻撃し、難を逃れました。」
「その因縁というのはどういったことなんだね?」
「それは…、神様たちの名誉のために伏せさせて下さい。
ここで言えるとすれば、私たちの日常でも起こりえることです。」
子供のアーテルシアがトイレへ行こうとしていたらサリ様が先に割り込んでしまい、アーテルシアがおしっこ漏らしたなんて話が広がってしまったら、アーテルシアはさらに逆上して酷いことになる恐れがあるからね。
待てよ。おしっことは言ってなくて『いろいろ漏らした』と言っていたからまさか…。
それはアーテルシアじゃなくてもつらいよな…
「そして最後にまた会おうと言い残してデモンズゲートの中へ消え去りました。
つまり私の前にまた現れるということです。
アーテルシアは二度目に現れたとき、『やっと街から出てきたか』という言葉に私が質問したら、『探すのが面倒だ』という返答が返ってきました。
デモンズゲートが現れる魔素が濃い場所にしか現れないこと、神でありながら何故か魔力の探知能力が低いことが予想されます。
街ごと吹っ飛ばすことも出来ると言っていましたから、私が見つからないならそうすることも可能でしょうが、それでは興が削がれるとのこと。
結局最初に言いましたように、遊び半分が目的ということになりますね。」
「ふぅむ、よくわかった。
アーテルシアの気まぐれでいつどこに現れるのかも予想しづらいが、いつかマヤ君を狙って現れるということだ。
幸いなことに我が国ではこの何ヶ月か魔物の襲来が落ち着いてきている。
近隣のエトワール、ブロイゼン、ルクレツィア、スオウミの各国から入って来ている情報でも大きな被害は出ていない。
そこで本題に移る。
マカレーナの被害を避けるためにマヤ君が屋敷を離れて人気が無い場所で暮らした方が良いのではないかという考えを聞いた。
私はそこまでする必要がないと思うが、皆はどうかね?」
「マヤ、おまえは何を言っているんだ。
殺されないにしても、たった一人でアーテルシアにやられてしまうかもしれないんだぞ。
また自分で回復魔法が唱えられないほど怪我をしてしまったらどうするんだ。」
ヴェロニカは私の身体を心配してくれている。
根は優しいんだな。
確かにザクロの林の出来事では、パティが回復魔法を掛けてくれなかったら死んでいたのかも知れない。
「何なら私がマヤ君と一緒にいようかなあ。
小さな家を建てて、二人っきりになって住むの。
あら、駆け落ちみたいね。にゅふふ」
エリカさんがまたとんでもないことを言い出した。
悪い話ではないが、ルナちゃんのこともあるし、ガルシア家との関係が本当に切れてしまう。
「おいおい、そういうことならパティを嫁にやるわけにはいかん。
他の方法を考えなさい。」
「でしたら、私がマヤ様と二人で住むのはどうでしょう?
回復魔法もエリカ様よりずっと強力ですわ。うふふふふ」
パティまでおかしなことを言い始めた。
それでもルナちゃんのことは解決しないが…
あ、そうだ。
「せっかく女王陛下がつけてくれた給仕係のルナさんを外すわけにはいかない。
ここはルナさんも入れて三人で住むのはどうだろう?」
「えー!? じゃあ私も私も!」
「それなら私もそこへ行かねばならないな。」
「おいおい待ちなさい!
王女殿下まで何をおっしゃってるんですか。
第一家を建てるのに何ヶ月かかると思っているんだ。
まさか皆でテント暮らしをするわけにもいかないだろう。
みんな落ち着いて考えなさい。」
「うう… 面目ない、ガルシア侯…」
脳年齢五十一歳のおっさんが、三十七歳のおっさんに諫められてしまった。
なんて情けない。
やっぱりガルシア侯爵は人間の出来が違うな。
だが代案が思い浮かばない。
さてどうしたものか…
『うっふっふっふっ
あなたたち、意見がまとまらない上に全然会議になっていないようね。
仕方がないわねえ、ちょっと待ってて。』
急に脳に直接響くような声がしてきた。
皆がガタッと立ち上がったので、ここにいる全員が聞こえたのだろう。
「んんん? なんだね? この声は。」
「ぉぉぉぉ… 旦那様、私にも聞こえましたぞ。」
「マヤ様! ものすごい大魔力と聞き覚えがある声ですわ! まさか…」
「そうだね。まさかだよ。とうとうお屋敷にも降りてくるのか。」
「マヤ! 私にも聞こえたぞ! なんなんだ?」
「今にわかるさ…はぁ」
「おお、マヤ君。案外お早い再登場ね。」
応接室の入り口ドア付近が一瞬強く光り、それがだんだん淡い光になってくると今や見慣れてしまった女の子の姿が現れた。
『じゃじゃーん!
愛と美の女神、サリちゃん登場!!』
まるで体操ソロ演技を終えたときの決めポーズのごとく両手を上に挙げ、ドヤ顔で立っているのは名乗った通りの女神サリ様だった。
このタイミングで現れたということは、ずっと天界から覗いていたんだろう。
なんだよ、サリちゃんって。
魔法使いって前に付けたらダメだよね。
『初めましての人が何人かいるわね。
はい、私がサリ教の神様のサリでぇーす!
よろしくねっ』
「「「あ… あ… あ…」」」
サリ様はきゃるるーんと右手でくるりんとポーズを作っているが、初見のガルシア侯爵とフェルナンドさん、ヴェロニカは立ちすくんでいる。
パティとエリカさんは能力を与えられたり一緒にご飯を食べた仲でもあるので、こういう神様だということは知っている。
「それでサリ様、今回こっちに降りてこられたのは何か妙案があるのですか?」
『まあね、マヤさんにキャンプ生活をさせるのも気の毒だしぃ…
私にもちょっと責任があるから何とかしてあげようと思ったわけよ。
もういっそのことマカレーナ全体に防御壁をかけてしまうわ。』
「おお! 魔女アモールが王都にかけていた結界魔法みたいなものかな?」
「そうね。お師匠様が強力なバリアの魔法を掛けていたわね。」
『あの子…いやもうオバサンか。
あんなペラペラで数年しか持たないバリアじゃなくて、もっと強力で数十年は持つバリアを掛けてあげるわ。』
すげえ。あの魔女をあの子呼ばわりしてるよ。
そういえば五百年以上前にやり合ったと聞いたような気がする。
ん? 部屋の外でドタドタ聞こえ、誰かがやってくるようだ。
あの魔力はアマリアさんとジュリアさん、カタリーナさんもいる。
そうか、二人とも魔法使いでサリ様の魔力を感知したのか。
ビビアナも魔女の力によって魔法が使えるようになっているはずだが、まだ感知能力が備わっていないのかな。
ドアがバタッと開くと、アマリアさん、ジュリアさん、カタリーナさんが凄い形相で部屋に入ってきた。
「なんですの!? 今の強大な魔力は!?」
「あわわわわっ マヤさん! 何かあったんでスか?」
「パトリシア様! 大丈夫ですか!?」
『あらら… びっくりさせちゃったかしら…
魔力は抑えたつもりだったけれど、思っていたより漏れちゃったのね。
前にも話したかも知れないけれど、天界からそれぞれの星へ降りるときはちょっとエネルギーがいるし難しいの。』
「アマリア様、ジュリアさん…、カタリーナ様…
あの… 女神サリ様がこの部屋に天界から降りてこられて、こちらがサリ様です…」
「「「え? ええええ????」」」
当然そういう反応になるよね。
三人には私の身の上やサリ様のことは話してあったと思うが…
『そういうことなので、ちゃっちゃとやっちゃうわね。
本当は神がここまで人間に干渉することなんて滅多にしないことなんだけれど、さすがに神相手では私も出ざるを得ないし、私も関わりがあることだからね…あはは
さあお屋敷の玄関前広場に行くわよ!』
仕切りが侯爵閣下からサリ様になってしまい、サリ様をよく知っている私とパティ、エリカさん以外は状況把握が出来ずに目を白黒させつつ、皆で玄関前までぞろぞろと移動した。