第百四十話 王女殿下と朝訓練
「おはようございます! マヤ様!
六時ですよ! 訓練の時間ですよ! マヤ様!!」
「ああ…」
ルナちゃんに起こしてもらうのは王宮から出発の朝以来だっけ…
これからずっとルナちゃんに起こしてもらうんだな…
「お布団剥がしますからね!」
ガバッ
掛け布団を一気に引っ剥がされてしまった。
ちょっと寒い…
「あーうー…」
「クンクン… んん?
マヤ様、ゆうべはそんなに暑かったですか?
汗をいっぱい掻いた跡があるようですが、でもいつもとちょっと変わった匂いですね。
具合は悪くありませんか?」
「いや、健康体そのものだよ。」
あ…ジュリアさんとハッスルした時の汗の他にいろんなアレが…うわぁ。
彼女は香水を着けないから極端な匂いはしないと思うが、匂いの違いがわかるってルナちゃん敏感すぎないか?
毎朝ルナちゃんが起こしに来るのだから、朝チュンが出来なくなってしまった。
「まあいいですわ。
さっさと着替えちゃいましょう。」
寝てるときはシャツと綿の膝丈ズボンで、ぱんつだけになって胴着代わりの普通のシャツとカーキ色のチノパンのようなものを履かせてもらった。
ずっと着替えさせてもらっているとそのうち着替え方を忘れてしまう気がしたので、早く起きられたときは自分で着替えてしまおう。
私がトイレや顔洗いをしているうちに、ルナちゃんは窓を開けてシーツを剥がし、掃除に取りかかる。
ヴェロニカは軍人気質だからもっと早起きしてやる気満々で準備しているだろう。
遅れないように行かないと。
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「おはよう! マヤ!」
「おはようマヤ君。」
屋敷の庭へ行くと、予想通りに朝から血圧が高そうなヴェロニカとエルミラさんがいた。
「ああ… おはよう。スサナさんは?」
「もうすぐ来るからちょっと待ってやってくれないか。」
エルミラさんがそう言った後、眠そうにボーッとしているスサナさんがやってきた。
「ああ… おはようぉ… みんな早いね。」
「早速だがスサナ、私と体術で対戦してくれないか?」
「いいですよぉ。」
寝起きで気怠そうにしているスサナさんだが、ヴェロニカが本気でかかってきたら危険ではないだろうか。
一先ずエルミラさんと私は二人の対戦を見守ることにした。
「私に遠慮はいらん。ではいくぞ!」
「あい…」
ヴェロニカは遠慮せずスサナさんへ駆け寄りパンチ連打に回し蹴りをしているが、紙一重で躱しており全然当たらない。
ちゃんと起きているときより無駄な動きが減っている感じだ。
スサナさんは私と戦っている時でも、元々身軽ですばしっこい動きだから攻撃がしにくい。
この世界の人間の体質は、身体や魔力共に鍛えるほど強くなるのと元からの素質で強い人もいて、ヴェロニカの地衝裂斬みたいな人間離れの大技が出来たり、エリカさんみたいな普通の魔法使いの数倍もの魔力量持ちが時々いるようだ。
「王女殿下ぁ、ちっとも当たらないですよ。
もっと本気でやって下さいよぉ。」
「ぬあっ! 何故当たらない!」
ヴェロニカがいくらパンチやキックをしてもスサナさんはふわりと躱すだけ。
前より動きが良くなっているけれど、私たちが王都へ行っている間に何か修行でもしたんだろうか。
「身体が暖まってきたので、そろそろ私からもいかせてもらいますね。」
「むぅ!?」
スサナさんはヴェロニカに駆け寄り、急に倒立して蹴り上げようとしたが、片手で脚を掴み上げられその勢いで投げ飛ばされた。
掴んで捕まえることは出来なかったが、さすがヴェロニカの馬鹿力。
だが体勢を立て直し、くるっと着地して片膝を立て腰を下ろした。
「王女殿下、やりますねえ。
これは私も攻撃をする時は注意しないとやられてしまいそう。」
「ふぅ… これほどすばしっこいとはな。ふふ。」
ヴェロニカは強い相手に巡り会えて楽しそうな表情だ。
履歴書の趣味の欄には「戦闘」と書きそうだ。
「ねえスサナさん。前より動きが速くなってない?
私たちがいない間に何かしてたの?」
「そりゃあマヤさんやエルミラがいないから、ローサ様とみっちり訓練したよ。
ローサ様は遠慮無しに刀でぶんぶんやってくるから躱すので精一杯だったけれど、あれには参った参った。
ああそれと、ジュリアにも軽い雷撃魔法をかけてもらって避ける訓練をしてみたんだけれど、あれはやり過ぎたね。
時々当たって痺れたのはきつかったなあ。」
「痺れただけで済むんかい! 危ないってば。」
さすがに雷は光速と同じだからまともに避けられるはずがないが、たぶんジュリアさんの呼吸を読んで魔法を発するタイミングを察知したんだと思う。
悪者に魔法使いがいたらとても有効だと思う。
「次はちゃんと組み手をやりましょう。
よろしいですか?」
「望むところだ!」
次はお互いに攻撃主体の組み手になり、まるでカンフー映画を目の前で見ているようだ。
力のヴェロニカ、速さのスサナさんでそれぞれの利点を活かしほぼ互角の戦いになっている。
しかしヴェロニカのタンクトップぷるんぷるんおっぱいはすごいな。
スサナさんは小ぶりだからそのせいもあって動きがいいかもね。
「さあマヤ君。私たちもやろうか。」
「うん、よし!」
私もエルミラさんと組み手をやることにする。
エルミラさんは脚が長いから蹴り技が来ると苦手なんだよなあ。
それから捕まってしまうと良い匂い過ぎるから、はずそうと思っても力が入らなくなってしまう。
エルミラさんは早速連続回し蹴り攻撃から入ってきたが、いつもなら避けるばかりだったので意外性を持たせて焦らそうと力技で、踏ん張って腕で受け止めた。
ちょっと痛いけれど。
女の子相手にまともにぶん殴るわけにはいかないけれど、エルミラさんは遠慮無くマジでやってくるから怖い。
私は手刀を急所の手前で止めるか絞め技で一本取るしか無い。
エルミラさんはまだ蹴りの攻撃を続けるので、先程ヴェロニカがやっていたように脚を掴み、そのまま離さずにねじってバランスを崩させうつ伏せに転かした。
「ぬぅはっ マヤ君… ずいぶん力技で来たね。」
「そんなことを言ってる間にね!」
私はもう片脚をとってぐるっと回りサソリ固めに入った。
子供の頃はテレビでプロレスを良く見てたっけなあ。
「痛いイタタタタタタ!」
ふっ 何だか久しぶりに勝った気分。
しょっちゅうヘッドロックなんかで締められていたけれど、たまにはね。
でもサソリ固めはかけてもかけられても良い匂いがしないから、かけられるほうも避けるとしよう。
「マヤ君もういいよぉぉ。ギブアップ!!」
意地悪しないで私はサソリ固めを解いた。
エルミラさんは立ち上がってぽんぽんと付いた泥を払う。
「エルミラさん大丈夫?」
「なあに。鍛えてるからどうってことないよ。
それよりあんな固め技があったんだねえ。びっくりしたよ。」
「え? この世界に無いんだ…
私がいた世界でレスリングというスポーツの技だよ。
エルミラさんやスサナさんがよくやってる、腋で首を締める技もそうだから。」
「へぇー そうなんだ。また今度いろいろ教えてよ。」
「うん、いいよ。
そんなにたくさん覚えているわけじゃないけれど。」
そうか…、この国の格闘技は剣術か体術で敵を倒すための実用的なことばかりで、スポーツとしては聞いたことが無かったな。
うまくやれば何かスポーツを広められるかも知れないね。
そうして小一時間ほどの早朝訓練は終わり、また着替えて朝食の時間だ。
食事が済んだら少し休憩して、ローサさんも加わってまた訓練をする。
パティとカタリーナさんは、マルセリナ様がいる大聖堂へ行ってしまった。
エリカさんは地下の自室に引き籠もって魔法の研究。
ルナちゃんは旅で溜まった衣服の洗濯をするそうだ。
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道着袴姿になっているローサさんが加わり、今度は剣術の訓練。
私も八重桜を持ち出している。
ローサさんとヴェロニカはチェストサポーターを装備して大きなおっぱいをガードしている。
体術の時もおっぱいをガードした方がいいのに、みんなも今度からそうさせよう。
ヴェロニカは基本、鎧を着て剣を振るうのが主だから体術ではプラだけで気にしていなかったのだろうか。
締められたときにおっぱいの感触を楽しめないのは残念であるが、おっぱいのほうが大事である。
「王女殿下、それでは今日からよろしくお願いします。
まずマヤ様と私がやってみますので、見ていて下さい。」
「はい!」
良い返事だ。
ヴェロニカは目をキラキラさせて、ローサさんをお師匠様と言わんばかりの期待感を持って私たちを見ている。
私も格好悪いことは出来んな。
スサナさんとエルミラさんはいつも見ていることなので、何十日かぶりの二人で思う存分打ち合いをしていた。
(ヴェロニカ視点)
マヤとローサ様の対戦か…。楽しみだな。
あっさり私を打ち負かしたマヤと、昨夜のローサ様の足運びはびっくりしたから、とんでもない試合になりそうだ。
ふーむ、二人が向き合うとやはりどちらも剣を抜かずに構えている。
いつ動き出すのか瞬きも出来ないくらい隙が無い。
私は息を殺しながら二人をじっと見つめていた。
なっ…
二人とも同時に動き出して駆け寄ったはずなのに全く見えなかった…
マヤがやっていた雨燕と同じだ…
今は剣で打ち合いをやっていて互角に見えるが、マヤはやや力で圧している反面、ローサ様はなんてしなやかで無駄の無い動きなのだ…。
カキンカキンカキンカキンカキンカキンカキン…
庭に剣の金属音が響き渡っている。
動きだけはわかるが、とても私が見切れるものではない。
間違いなく完膚無きに負けてしまうだろう。
む、剣が合わさり動きが止まった。
「マヤ様、そろそろ刀を研いだほうが良さそうですね。
お店に行けばやってくれますが、本当はヒノモトでやるのが一番良いんです。」
「そうですね。私もいつか行きたいです。」
そうか、やはりヒノモトの剣か。
私も行ってみたいが、マヤは連れて行ってくれるだろうか。
ここで二人の打ち合いは一旦終わった。
「王女殿下、いかがでしたか?」
「参りました、ローサ様…いえお師匠様。
今の私ではとても叶いません。
どうか基礎から稽古を付けて下さい!
お願いします!」
私は深く頭を下げて願った。
騎士団長も素晴らしかったが、ローサ様は師匠と呼ぶにふさわしいお方。
やっと見つけたぞ…。
マカレーナでもっと強くなってやるんだ。
「まあ…お師匠様だなんて…。
わかりました。
王女殿下にも出来れば自分用のヒノモトの剣を用意してもらいたいのですが、少々値が張って、最低でも白金貨一枚はします。」
「普通の剣よりずいぶん高いですね…。
でも大丈夫です。」
「そうですか。では近日中にお店へ行きましょう。
ご一緒させて頂きますので。」
「ありがとうございます!」
私にもあのような剣が手に入れられるのだな。
今からワクワクしてくる。
フッ まるで子供みたいだ。
そういえばエルミラとスサナは…。
スサナが使っているのは、なんだあの変わった形の二刀流は!?
くるくる回転させて猛攻撃をしているが、エルミラの槍さばきは見事にそれを躱している。
ガルシア家の戦力はいったいどれほどのものだろうか。
マヤも含め強力な魔法使いが何人もいるし、王国騎士団が何人束になっても叶わないだろう。
ガルシア侯爵はなんて恐ろしく強い戦士を集めたんだ。
その後私は木刀で、ローサ様も木刀で試しに打ち合ってみたが、本気を出されていなくても一分も持たず、物の見事に木刀を落とされてしまった。
「わかりました。
王女殿下は身体作りをしっかりなされているようですから、まずは基本姿勢と足運び、それから型を覚えましょう。
すぐに真剣は必要ないですが、買えるときに買っておいた方が良いでしょうかね。
それからヒノモト流の剣技に矯正されて、今までやってきたイスパルの剣技は二度と出来なくなるかも知れません。
お覚悟はよろしいですか?」
「はい、構いません。」
地衝裂斬も使えなくなるかも知れないということか…。
ローサ様流に染まるのであればむしろ私は歓迎だ。
私はもっと強くなり、母上を…国を守りたい。