第百三十八話 旅の報告
ガルシア侯爵家の屋敷、奥にある馬車置き場にて。
王都からの旅を終えて、世話になったセルギウスを馬車から外して残ったリンゴと人参を食べさせ、大量の荷物をグラヴィティの魔法を使って下ろしているところだ。
ルナちゃんは専属に忠実なのか、そのまま私に付き添い隣にいる。
『はぁーうまかった。
リンゴも人参もしばらくお預けか…。
何かあったら呼んでくれ。
いや、何も無くても呼んでいいからリンゴと人参を食わせてくれ。』
「そんなのでいいんならまた適当に呼ぶよ。
ありがとう。世話になったね。」
『おう。じゃあな』
ぼむっ
セルギウスは軽く煙をあげて消えた。
これで旅が完全に終わったなと感じる。
「じゃあルナちゃん。私たちも屋敷の中へ入ろう。
皆に紹介しないといけないね。」
「ううう… 緊張します…。」
私はルナちゃんを連れ、今度はグラヴィティで荷物ボールを作って浮かせて屋敷の中へ入った。
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屋敷の玄関ホール。
あれ? 誰もいないし… 不用心だな。
「マヤさん!」
「おおっ!?」
ああ、後ろを向いたらスサナさんだった。
入り口ドア横にいて陰になってわからなかった。
「みんなどこ行ったのかな?」
「まだ侯爵閣下はお帰りでないから、お嬢様はアマリア様のお部屋へ行かれたよ。
エリカさんはさっさと自分の部屋へ行っちゃったし、エルミラはもう一人の女の人と応接室へ行ったみたい。
ところであの態度デカい女の人誰?」
「あ、いやあ…うーん、これから紹介するので応接室へ一緒に行こうか。」
「ん? じゃあ玄関が空になるから…あ、ちょうど良い!
ジュリアさーん!」
たまたま玄関ホールを通りがかったジュリアさんを、スサナさんが呼び捕まえる。
給仕服姿なので仕事中だろうか。
変わりなく元気そうだ。
「きゃっ! マヤさんおかえりなさい!」
「ジュリアさんただいま!
今帰ってきたところだよ。」
ジュリアさんは、スサナさんが呼び止めてから私に気づいてびっくりしていた。
「ねえジュリアさん。
玄関周りに誰もいなくて、少しの間ここにいてくれるかな?」
「え? ああの…はい。」
「じゃあよろしくねー」
スサナさん…。
まるで掃除当番をちょっと弱気な人へ強引に変わってもらってる、悪いやつみたいだ。
ジュリアさんにはまた後で謝っておこう。
この荷物どうしよう。
とりあえず二階の広間に積み上げておくか。
そうしてスサナさん、ルナちゃん、私で応接室へ向かう。
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応接室。私もここへ来たとき最初に招かれた部屋だ。
エルミラさんとヴェロニカがお茶を飲んでいる。
突然やって来たヴェロニカについて、ここでの処遇を侯爵閣下に伝えて考えてもらうために、閣下が仕事から帰宅するまで待っているということだ。
私もいろいろ考えていたけれど、パティの話では王都から親書を出しても届く前に私たちが先に着きそうだから出していないとのこと。
でもリーナ嬢のために少し滞在を延長したので、もし出していたらぎりぎり間に合っていたと思う。
私へのサプライズか、ただ忘れていたのかわからんが、ヴェロニカがマカレーナへ行くことを直前になって知ったのが残念だ。
まあなるようになるしかない。
「あの…、ヴェロニカさんでしたっけ?
王都から来られたんですかね?」
スサナさんが、ヴェロニカとエルミラさんの顔をキョロキョロ見ながら質問する。
あ…、ヴェロニカの身分をまだ知らないのか。
王女がここへ訪問どころかホームステイになると聞いたらびっくりするだろう。
「スサナ、紹介しよう。ヴェロニカ王女殿下だ。
マヤさんや私と仲良くなってね、武術の修行をしたいからマカレーナへしばらく滞在するとのお申し出があってこちらへ来られたんだよ。」
「は…? 王女殿下? ……ええええ!!??
マヤさんたち確かに王宮へは行くと聞いていたけれど…ええ??
ああ…、確かに王女殿下のお名前はヴェロニカ…
ひ、ひぇぇぇぇ!」
エルミラさんが普通に友達を紹介するように話したうえに、王族がソファーで脚を組んで座ってリラックスしている姿だから、スサナさんでも困惑している。
ヴェロニカがニコニコしながらソファーから立ち上がり、スサナさんの前に立つ。
「先程は失礼した。確かに王女とは言ってなかったな。すまなかった。
私は強い者が好きで、エルミラと戦って友達になったのだ。
君も強いそうだから、是非戦って友達になりたい。
友達とはいいものだな。ハッハッハッ!」
ヴェロニカはスサナさんの手を取り握手をした。
エルミラさんと私と仲良くなってから友達がどうかということをよく強調しているけれど、まるで友達が少ないけれど態度がデカい残念な女の子がいた作品のキャラのようだ。
ついでに声まで似ている。
「あいや…、よ、よ、よろしくお願いします…。」
「君たちは毎朝戦闘訓練をしていたそうじゃないか。
実に良い習慣だ。
身体作りは基本だし、お互いで戦闘技術を磨くのは大変良いことだ。
ガルシア侯爵の奥方も大変強いというし、ああ…楽しみで仕方がない。」
もうヴェロニカは戦闘訓練しか頭が無さそうだ。
それは明日の朝のこととして、この屋敷でこれからどういう待遇になるのかまるで考えていない気がする。
私はそれを悩んでいるのだが、私の方が考えすぎなのだろうか?
それからスサナさんはぎこちないながらも、ヴェロニカとエルミラさんとで談笑していた。
それからしばらくして…。
コンコン
「はーい!」
「あああ失礼スまス!
マヤ様! 侯爵閣下がお帰りになりまスた!
今は執務室にいらっしゃいまス。」
「わかったよ。ありがとう、ジュリアさん。
さっきはスサナさんと代わってもらってごめんね。
仕事中じゃなかった?」
「ああいえ…急ぎではなかったので大丈夫でス…。」
「うん、それなら良かった。じゃあみんな、行こうか。」
私たちはジュリアさんとスサナさんを残して、執務室へぞろぞろと向かった。
(ジュリア視点)
「あれぇ… 人が増えてまスけれど、どツらさんでスかね?」
私は中で一緒に話スていたスサナさんに聞いてみまスた。
「給仕服の子がルナちゃんといって、マヤさんの専属メイドだよ。
ブラウスの女性が…ヴェロニカ王女殿下なんだって…信じる?」
「はへ? ほえええ??」
「まあ、驚くよねえ。私も最初はすごく驚いたけれど。
二人とも王宮で仲良くなって付いて来たみたいだよ。」
「マヤさんって王族の方と仲良くなれるなんて、スごい人でスねえ。
私たツのこと忘れて遠い場所へ行ってスまうんでしょうか…。」
「そんなことはないと思うよ。
今日の様子も前と変わっていなかったし、マヤさんは女の子が大好きだからね。
うっひっひっひ。」
ああ、そうだったらいいなあ。
私はもう一ヶ月以上我慢スていたので、ムズムズして仕方ありません。
今晩お相手スてくれるかしら…。
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ガルシア侯爵閣下の執務室。
私は旅の結果の報告義務があるが、他のメンバーも挨拶に。
部屋にはガルシア侯爵とフェルナンドさんが横に控えている。
パティとエリカさんが先着していて…
おお、アマリアさんとカタリーナさんもいる!
アマリアさんがニコッと私に微笑んでくれた。
はぁぁ…めちゃ綺麗だなあ、アマリアさん。
カタリーナさんは魔力量が上がり魔物に狙われやすくなったので、今日まで律儀にガルシア家へ避難していたんだね。
それだとマルセリナ様もだけれど、今は大聖堂に行っているのかな。
私は執務室のデスクの前に立ち、報告を開始した。
「閣下、皆無事に帰還しました!
男爵への叙爵も叶い、王国名誉戦士の称号まで得ることが出来ました!
そして私も王族の徽章を頂くことが出来ました!
これも閣下のおかげです!
女王陛下の計らいでとても良くして頂きました!」
「うむ! 良かった!
そうかあ、とうとうマヤ君も男爵かあ。
王国名誉戦士にもなれるとは思わなかったよ。」
「お屋敷も持っていないし、名ばかりの男爵ですけれどね…。
ははは…。」
「まあゆっくり考えるといいだろう。
それまでは今までどおりここに住んでもいいし、安全上ここにいてもらうと私もいろいろと助かる。
ところで、そちらのお嬢さん二人は…?」
とうとう来た…。もう俺知らん。
「ガルシア侯爵、久しぶりだな。もう五年ぶりか?
貴様も壮健のようで何よりだ。」
「ええ? あの… うーん…」
「何だ、ラミレス侯爵もだったが貴様も私の顔を見忘れたのか。
五年ぶりだから仕方がない。
ああそうか、貴様は母上ばかり見ていたからな。
ハッハッハッ!」
「な… ま…、まさか!? 王女殿下!!??」
「そうだ。ヴェロニカだ。」
「「「「えーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!」」」」
事情を知らないガルシア侯爵、アマリアさん、フェルナンドさん、カタリーナさんが一斉に叫んだ。
そりゃそうだろうな。
カタリーナさんなんて顎が外れそうな大口を開いて驚いている。
アマリアさんとフェルナンドさんも会ったことがあるみたいなのに二人とも忘れているのだから。
五年前のヴェロニカは十三歳…、成長の個人差はあるが子供みたいだったのかもしれないな。
「パティ! あなたさっきは何も言わなかったじゃない!
何も準備が出来ていなくて王女殿下に大変失礼をしてしまいましたよ!」
「ごめんなさい、お母様…。
久しぶりにお母様にお会いできてお話に夢中になって…。」
パティがアマリアさんに怒られている。
ヴェロニカのことを話すの忘れとったんかい。
まだ十三歳の女の子では自分のことを中心に母親へ話すのも無理はないか。
「はぁ… 王女殿下、大変失礼をいたしました。
それで遙々マカレーナまでどういった事情でいらっしゃったのでしょうか?」
「うむ。まず一番の目的は、私の戦闘能力向上のために引き続きマヤとエルミラ、あとスサナとローサ殿とも訓練したいと思っていてな。
ローサ殿はこちらにおらんのか?」
「おりますが、今は子供の面倒を見ておりますので失礼をさせてもらっています。
夕食には来ますので、その折にでも。」
「わかった。
しばらく滞在させてもらうが部屋はどこでも構わん。
食事はエルミラと同じで良いぞ。」
「部屋は空いておりますので用意させますが、使用人の賄い料理を王族の方に召し上がってもらうわけにはいきません。」
また侯爵閣下に代わり、ヴェロニカへ答える。
「そんなものか…。わかった。
だが王宮では兵士たちと一緒に食堂で食べていた。
マヤとエルミラと楽しく食事が出来たし、友達にもなれた。
この旅でも庶民の食堂の料理がとても美味しかった。
時々なら構わんだろう?」
「はぁ…、わかりました。
王女殿下のよろしいようになさって下さい。」
ヴェロニカならそう言うと思った。
食事もだが、仲良くなったエルミラさんと一緒に食事をしたいのだろう。
私と一緒にいるより楽しそうだからな。
何だったらエルミラさんと結婚してくれないかな。
結婚…あっ その話があったんだ!!
そっちの方がやばい…
侯爵閣下やアマリアさんにどう顔向けしようか。
「ガルシア侯爵、これを受け取ってくれ。白金貨十枚だ。
当分世話になるし、何かと入り用だろう。」
ヴェロニカはお金が入った袋を侯爵閣下に渡した。
え? そんなに持って来ていたの?
食事代を払ってもらったり、気前が良かったのもわかる。
という私も懐に聖貨三枚を持ってるんだが。
「あいや、お金は余裕がありますから王女殿下のお世話は十分出来ますので…。」
「私はあまり金を使うことを知らん。
全財産を渡しているわけではないから問題無い。
お金は使うべき時に使う物だ。
だから受け取れ。」
「わかりました。
ですが王女殿下もいつかご結婚なさるのでしょうから、それまでお持ちになってはいかがですかな?」
「ふっ それなら都合が良い。
私はマヤと結婚することを決めている。
マヤは両親を亡くしたというし、貴様が親代わりも同然だろう。
本来婿が嫁側に金を渡す習慣もあるが、逆も良かろう。
ハッハッハッ!」
「そうですか、もうご結婚をお決めになられているのですか…
え? 今誰と結婚するとおっしゃいましたか!?」
「だからマヤと結婚すると言ったのだ。
私は決闘でマヤに完敗した。
私は強い者が好きだから、彼以上に強い男はもう出てこないだろうと、マヤと結婚することにしたのだ。
母上も承知しているぞ。」
「「「「えーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!」」」」
あちゃあ…
そっちから話が進むとは思わなかった…。
話がうまく収まらないかな。胃が痛い…
「で、パティ。おまえは承知しているのかね?」
「はい、お父様。私も存じております。
最初に聞いたときは私も驚きましたが、マヤ様は私と一番に結婚することを約束して下さっていますので、王女殿下とご結婚されることについて咎める気持ちはございませんわ。」
「うむ。パトリシア嬢が先に結婚するのは私も構わないと思っている。
結婚する意思はあるが、いつなのかは決めていない。
彼女が十五になって結婚できるまで一年以上あるのだろう?
私はまだ強くなることに頭がいっぱいだ。
マヤと結婚はしたいが急いではいない。」
「わかりました…。
いろいろ衝撃的で今日はクラクラする…
マヤ君、また後日話を聞かせてもらうからね。」
「はい…。」
そういうことで侯爵閣下は頭を抑えていた。
今はヴェロニカの説明でとりあえず収まったけれど、後で話すの面倒だなあ。
ん!? あれだ!
「閣下。女王陛下から伝言がありまして、ちょっと耳をよろしいですか?」
「うん? 陛下からなんだね?」
ガルシア侯爵は耳を澄まし、私はあのことを話した。
結婚前と、結婚後の五年前にも侯爵も女王とおつとめをしていたこと。
実は私もおつとめさせられたんですよって。
そうしたら侯爵は顔が真っ青になった。
これで後日の話がうやむやになればいいけれど。
「ああああマヤ君、陛下からの話はよく分かったよ…。
あっはっはっ 君も頑張ったんだねえ。うんうん。
そ、そうだ…。もう一人のお嬢さんについて話を聞こうか…。」
ああ、毎日のように気持ち良く頑張りましたよ。
アマリアさんがジロッと侯爵を見ていて、ちょっと怖い。
そしてようやくルナちゃんのことだ。
彼女についても少々厄介な話になるかもしれないが、侯爵閣下のことだからなんとかなるだろうと甘い考えをしている。
「この子はルナ・ヴィクトリアといいます。
元々王宮の給仕係をやっていて、私が王宮に滞在している時は専属でいろいろお世話をしてくれました。
今回の叙爵について女王陛下が気を遣って下さり、彼女を王宮の給仕係から私の専属へ移籍させてくれました。
この子の給与については、私は報賞金を頂いたので当分の間は大丈夫です。」
「は、初めまして!
マヤ様からご紹介に与りましたルナ・ヴィクトリアと申します!
よろしくお願いします!」
ルナちゃんは前に出て侯爵閣下に向かってペコリと頭を下げる。
少し緊張しているようだ。
「ふむ、元気な子だね。
私は領主のレイナルド・ガルシアだ。
使用人の統括はこのフェルナンドがやっている。
彼にいろいろと聞くと良い。
それで君は何が出来るのかね?」
「はいっ 掃除、洗濯、ドレスの着付けは完璧です!
お料理はあまり得意ではないのですが、マヤ様からここで料理の修業をしたほうがいいということで…。」
「わかった。マヤ君の世話をしつつ、厨房で料理の勉強をしたまえ。
君と同年代の子もいるからやりやすかろう。
きちんと訓練をしている王宮の給仕係ともなれば、うちの給仕係の方が見習う点が出てくるんじゃないかな。
だから細かいことは君自身で考えてやって欲しい。
ああ、部屋は空いている使用人の部屋を使えばいいから、エルミラが案内してあげてくれ。」
「はい、閣下。」
「ありがとうございます!
私頑張ります!」
ルナちゃんは深々と頭を下げてお礼を言った。
侯爵は人を見抜くのが上手いな。
私も彼女の待遇について満足いく結果になり安心した。
「閣下、魔物については問題が変わってきましたので、別の機会に戦闘能力がある人を集めて話そうと思いますがよろしいですか?」
「わかった。近日中に時間を作ろう。
今日はご苦労だった。
疲れたろうから早めに休んでくれたまえ。」
「ありがとうございます。」
王都へ行った目的は私の叙爵のためだったから本来はその報告が主になるはずだったが、ほとんどヴェロニカの話になってしまった。
報告会はこれで解散し、久しぶりにガルシア家で夕食だ!