第百三十六話 強い女たち
街を出てから私とヴェロニカは馬車の中へ入り、進行はセルギウスに任せる。
暇なのでパティは缶から謎な魔物のおっぱいプリンを出して膝の上で遊んでいる。
ルナちゃんやエルミラさんは気味悪がってるし、ヴェロニカは退治してしまいそうなギロッとした目で睨んでいた。
パティはそういうことも察して、普段はおっぱいプリンはあまり人前で出さないようにし、一人の時に部屋で遊ばせていたようだ。
邪気が無いとはいえ、これもアーテルシアがどこからか持って来たんだろうなあ。
セレスから二時間余りでメリーダへ、予定通りお昼前に着いた。
普通の馬車だったら一日では着かない距離で、しかもペースを落としているんだから、セルギウスの快足は素晴らしい。
昼食を食べようと、お店を探すのも面倒なのでファーストフード店を提案し、皆がOKしてくれた。
往路で、雨だからメリーダで滞泊しているとき、パティーとデートをして昼食で利用したところだ。
パティには好評だったので問題無かろう。
セルギウスには人参を箱に入れて食わしておく。
前は無かったベーコンチーズバーガーのようなもの、チュロス、ミニコロッケ、フライドポテト、オレンジジュースをたくさん頼んだ。
案の定、ヴェロニカとエルミラさんの体育会系女子が凄い勢いでガッついている。
マドリガルタを出発した日の、エスカロナでの昼食で食べた肉団子の食べっぷりは
パティはいつもの調子でムシャムシャパクパクだし、王宮の賄い料理でも出ないメニューだからルナちゃんまでご機嫌良く食べていた。
エリカさんは慣れた感じで普通に食べている。
「ん? お一人様の時はこういう店でさっさと食事を済ませていたんだよ。」
だそうだ。
ああ、わかるよ。
私も仕事が終わって、帰って飯を作るのも面倒なときはファーストフード店でよく食べていたものさ。
ベーコンチーズバーガーのようなもの、懐かしい味がした。
この国は、ハンバーグはあるにはあるが挽肉を使った料理は肉団子が主なので、今度ビビアナにでもハンバーガーを作ってもらおう。
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今晩の宿泊地であるカントスへ向けて出発。
往路では宿がことごとく満室で、三件目で空きがあったんだが今晩は大丈夫だろうか。
それから、カントスの手前にあるカルサの街の近くで、サイクロプスの群れをセルギウスが雷撃の古代魔法で全滅させたのだが、何も出ないで欲しい。
メリーダを出発して一時間半、アルメンドという街を過ぎたあたり。
ここらはオリーブの木や麦畑が辺り一面に広がっている農地だ。
ここまで広大だと、強力な土魔法の魔法使いが何人もいるんだろうなあ。
その農地を貫くように道があり、セルギウスは休むことなくまっしぐらに進む。
平坦で道が良いが、カントスまでラミレス侯爵の領地で、ガルシア侯爵の領地へ入るには山越えをしなければいけない。
だから欲張って進んでも山越えでまたアーテルシアでも現れたら、野営をしないと行けなくなるかも知れないのでカントスで宿泊をする。
穀倉地帯を抜けて、植物が点々と生えている荒野の中を走る。
森ではなくても魔素をよく発生する植物があれば、こういう荒野ほどデモンズゲートがよく発生しているのは経験上はっきりしている。
「……あ、この変な感じは……。」
やはり出てくるか。
このいやーな感じの魔力は間違いなさそうだ。
「マヤ様も感じましたか?
何だか蜘蛛の巣にひっかかって掻き分けているようですね。」
「うん、そろそろ何かでそうだね。」
「ああ、マヤ君。
私もぷんぷん感じるよ。臨戦態勢が必要ね。」
「なに!? 魔物か? ふん、腕が鳴るぞっ」
「久しぶりに私も暴れたいね。」
「ひ、ひえぇぇぇ…」
ヴェロニカとエルミラさんら体育会系女子を中心に、私の周りの女性は血の気が多い気がする。
非戦闘員のルナちゃんだけがビクビクしていた。
走行中の馬車から私はするりと御者台へ移り、セルギウスに話しかけた。
「セルギウス、勿論感じてるよね?」
『ああ、間違いない。
まるで俺たちを待ち受けているような、そんな感じがした。』
「うちの女性達が戦いたがっているようでね。
セルギウスなら一発かも知れないが、もし危なくなったら手助けしてくれないか?」
『好きにしろ。』
セルギウスには待ってもらって、ヴェロニカ達には好きに暴れさせてみよう。
前はアーテルシアが出てきたのでどうにもならなかったが、この魔力の感じは普通の魔物の範囲だろうと確信した。
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カルサの街の手前まで来た。
魔物がいそうなあの辺りは、往路でサイクロプスが現れたところだ!
やはりデモンズゲートを出しやすいところはアーテルシアもまた再利用するということか。
そこらの魔素を発生させる植物を刈るのもいいが、また違うところを見つけられて切りが無いだろう。
進むにつれ、魔物の姿を確認出来た。
大きな地蜘蛛のような魔物で、横幅は三メートルから五メートル。
それが二十匹以上はいる。
動きが速いので遠隔攻撃をしたほうが良かろう。
セルギウスは停止し、ルナちゃん以外のメンバーが馬車から出て戦いに備える。
「あの蜘蛛の魔物に捕まったら助からないだろう。
遠隔攻撃だけで戦おう。
ヴェロニカは地衝裂斬、パティとエリカさんは上級魔法で攻撃だ。」
「うむ、わかった!」
「わかりましたわ!」
「あー面倒くさいなあ。」
そう言いながら三人はセルギウスの前に出た。
「エルミラさんはどうしようか?」
「ふふふ…、マヤ君。
私もとうとう地衝裂斬が出来るようになったよ。
本番で使うのは初めてだから、武者震いしてくるよ。
じゃあ、言ってくりゅ!」
あ、噛んだ。
あれだけヴェロニカと訓練していたから、技の一つでも習得してみたかったんだなあ。
でも槍で出来るの?
私も八重桜を持って戦いに備える。
「やあぁぁぁぁぁぁ!!!!」
まずパティとエリカさんが二人でダブルのヘルファイヤを大蜘蛛たちへ、地獄の業火を食らわす。
ゴオオオオオオオオオオっと恐ろしいほどの音をたてて、大蜘蛛は熱せられてジタバタと動き、苦しんでいる様子だ。
そして私とエリカさんがダブルでナイトロジェンアイスを大蜘蛛に掛ける。
すると固い皮がバリバリに割れていき、前の方にいた大蜘蛛は皆倒れた。
熱い物を急激に冷やすと壊れる現象を応用したのだ。
ヘルファイヤですでに大ダメージを与えているが、確実に倒すため急激に冷やしてとどめを刺した。
後ろにいた大蜘蛛たちが死んだ仲間を乗り越え、ぞろぞろとこちらへ向かってくる。
次はヴェロニカさんとエルミラさんが立ち向かう。
ヴェロニカは二刀流。
エルミラさんはいつもより長い槍を持っている。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
ヴェロニカは男顔負けの掛け声で、二本の剣を使って地衝裂斬を大蜘蛛へ連続攻撃している。
エルミラさんは槍版の地衝裂斬というのか、槍をブンブン回して地衝裂斬を何度も発している。
一回の威力はヴェロニカの方が大きいが、エルミラさんは数を多くして実質的にヴェロニカより攻撃力が高くなっているようだ。
キシキシキシキシキシキシキキキキギャギャギャギャ
というような音を立てて大蜘蛛が苦しんで倒れていく。
二人の地衝裂斬は、上手い具合に大蜘蛛の目や頭を中心に狙って攻撃しているので、効率良く倒すことが出来ている。
連携も上手くいって戦い方が綺麗だ。
まだ五匹残っている。
さて掃討は私が…
「うっふっふっふっふっふ!!」
「アーッハッハッハッハハ!!」
「うりゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
四人が魔法や地衝裂斬を連発する猛攻撃をし始めた。
何だかスイッチが入っちゃったようで、皆の顔がちょっと怖い。
パティとエリカさんのあの笑いようはなんなのだ。
ルナちゃんは馬車の窓から恐る恐る見ている。
『なあ、何だありゃ…』
「うちの女傑だよ。」
『はぁ…』
セルギウスと私はしばらく観戦していると、魔物は動きが無くなり戦闘が終わったようだ。
大蜘蛛はもう死体処分の必要が無いくらい、みんなコゲてバラバラになっている。
「あー、久しぶりの大魔法はスッキリしましたわ。」
「今日はよく眠れそうだねえ。」
「エルミラ、すごいじゃないか! あれほどの攻撃力になるとは!」
「ヴェロニカ様こそ威力増し増しでしたよ!」
今回はみんなの力試しで、私の出番は無かったな。
さて、デモンズゲートがたぶん魔物の向こう側にあると思うんだが…
「ちょっとデモンズゲートがあるか確認してくるよ。」
「ああ、私も行くよ。」
エリカさんと私で、大蜘蛛のバラバラ残骸の山を飛んで越えて行く。
二車線道路トンネルほどの大きなデモンズゲートがあった。
中は真っ暗で何も見えない…が…
急に浮かび上がるように見えたあれは!?
「アーテルシア!!」
いつもの漆黒のドレスに、長い死神の鎌を持っていた。
『ふっふっふ。見ていたわ。』
「今日は何の用かな?」
『別に…。あなたたちがどう戦うか見たかっただけよ。
言ったでしょ、暇つぶしって。
あと、嫌がらせ。
あっはっはっはっはっはっ はっ… ゲホゲホッ
それだけよっ じゃあね。』
そう言うとアーテルシアはデモンズゲートの中へ消え、穴もシュッと消えた。
それだけを言うためにわざわざ地上へ出てきたのか?
なんかこじれて性格悪くなったように見えるが、さすがに五百何十年も前のことだけを根に持っているにしてはどうかしている。
サリ様はまだ他に何かやったんじゃないのか?
「なんなのよこれ。
もしかしてこれから私達の周りでデモンズゲートが発生したら毎回あいつが出てくるの?」
「面倒くさいことになりそうだね。」
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再び馬車を発進させ、元々距離が短かったので夕食前にはカントスの街へ着いた。
往路と同じ少し格が落ちる宿が六人分空いていたので、迷わずそこにした。
朝食が美味しかったからという理由もある。
何か気に入った特徴があるとまた泊まってみたくなるホテルってあるよね。
二人部屋が三つなので、いつもの組み合わせでヴェロニカ-エルミラ、パティ-ルナ、エリカ-私である。
エリカさんと相部屋では夜がどうなるか考えるまでもない。
夕食は前回も行ったガストロパブの【ヴェンタ・デル・ガト】へ。
ここもジャンクフードが多いからみんなは喜んで食べ、エリカさんはビールをグビグビ飲んでいる。
私もビールを軽く一杯。
他のみんなはぶどうジュース。
ふーん、王族でもヴェロニカは酒を飲まないんだ。
エルミラさんは酒に弱いし、パティの二度目の誕生日会のこともあって、自重しているのだろう。
戦っていないルナちゃんもまた笑顔で食べている。
だんだんパティ達の色に染まってきたかも知れない。
散々暴れて体力や魔力を消耗したから、昼食の時以上に女の子たちがガツガツモリモリと食べていて、周りの客がキョトンと見ていた。
その中の一人に王女がいるんだぞ。
焼き鶏肉のチーズのせ、皮付きフライドポテト、生ハムが山盛り、ニンニク味付けの豚スペアリブ、ウインナーソーセージ、串焼き…
おい、ポテト以外みんな肉じゃねえか!
これが本当の肉食女子。ひえぇぇぇ
エリカさんがベロベロに酔わないように適当なところで止めさせ、食事を終えた。
飲み足りないと怒っていたが、面倒くさいことを被るのは私だ。
宿に戻って解散し、それぞれの部屋で早々と休む。
私はベッドに寝転び、エリカさんはすぐポイポイと服を脱いで素っ裸になり、シャワーを浴びに行った。
汗を軽く流しただけでシャワーから上がったエリカさんが、ニヤニヤしながら私のズボンを脱がす。
抵抗しない私もどうかしているけれどね。
「あー、マヤ君ったらウインナーをお持ち帰りしたのね。
折角だから私が食べるね。
あっはっはっ」
「あのねえ…」
宿に帰ったときはだいぶん酔いから冷めたと思ったが、これじゃあね。
「はぁ… 美味しそう…」
「もう、シャワーを浴びてくるから。」
「えー もったいない。美味しそうな匂いがしていたのに。」
みんな、女の子と仲良しする時は清潔にしてからにしようね。