第百三十三話 イレーネちゃん、アルタスの村へ帰る
今回はやや長めです。
翌朝になり、イレーネちゃんをアルタスの村へ私が送り届けなければいけないので、屋敷の玄関前にラミタス家の皆やルナちゃん達が見送りに出ていた。
私はアルタスの村の調査もしなければいけないので、一応貴族向けのジャケットとズボンを着用している。
イレーネちゃんはお風呂から上がって夕食の時に着ていたピンクのワンピースをそのまま着ているので、セシリアさんからもらったのだろう。
助けたときに着ていた白い綿のワンピースが綺麗に洗濯され、パジャマも一緒にローサさんから巾着袋に入れたものを渡された。
「うぇえぇぇぇぇん!! イレーネちゃあぁん!!
元気で頑張ってねええぇぇぇぇ!! うぐうぐっ」
「ルナお姉ちゃんったらそんなに泣かないで。
マヤお兄ちゃんに連れてきてもらえばすぐ会えるよ。
私、もう少し大きくなるまではアルタスにいるから。」
ルナちゃんがしゃがんで、イレーネちゃんを抱きしめて大声で泣いている。
ゆうべはルナちゃんの亡くなった妹の代わりになっていたみたいだけれど…。
ところで、何故か私がルナちゃんをアルタスの村へ連れて行く話になっている。
まあ、私もイレーネちゃんに会いたいからいいんだけれどね。
「イレーネ。またいつか会おう。
その時はおまえも強くなってるといいな。」
「うん! お姫様はその服も格好いいよ!」
「はっはっはっ! そうかそうか。」
ヴェロニカはそう言いながらイレーネちゃんの頭を撫でている。
イレーネちゃんを将来何にさせたいつもりなんだろうか。
威厳を保ちたいのか知らないが、王宮ではいつもの服装だった仰々しい軍服をわざわざ着ているのがちょっと可笑しかった。
「イレーネちゃん、また遊びにおいでね。
大きくなったらここへ働きに来てもいいのよ。
歓迎するわ。」
「どうしよっかなー
お父さんとお母さんに相談するね!」
イメルダ様がイレーネちゃんをメイドとして雇うつもりか。
これでイレーネちゃんの将来は安泰かも知れない。
いや待てよ。
いくら女の人相手でも、あのおもてなしをさせるのは心配だ。
アナベルさんやロレンサさんたちがいけないってことではないが…。
ルナちゃんと一緒に働けるなら私が雇いたいけれど、今の私ではそれを考えるのは性急だろう。
「イレーネちゃん、長い時間空を飛ぶことになるけれど、怖くないかい?」
「うん! 大丈夫だよ!
マヤお兄ちゃんと一緒ならたぶん怖くないよ!」
セルギウスに馬車を引かせて行くとこも考えたが、馬車は大荷物が過ぎて往復で二百キロを走らせるのは心配だし、荷物を下ろすのも面倒。
空荷の馬車を借りても、普通の馬車ではセルギウスのスピードに耐えられない。
いざとなればまたイレーネちゃんに魔法で眠ってもらおう。
「さあ行こうか。」
私はリーナ嬢やパティと一緒に遊覧飛行をした時のように、手を繋いでグラヴィティをバランス良く掛けて浮かび上がった。
「おー 浮いた浮いたぁ!」
ゆうべやったヴェロニカの披露会でイレーネちゃんを少し浮かび上がらせていたので、さほど驚く様子もなく、むしろはしゃいでいる。
ガルーダに攫われ鷲づかみにされて飛んでいるときは、河原で助けた時の様子からして恐怖のどん底だったろうに、そんなことを忘れたかのようだった。
よっぽどゆうべのことが楽しかったのかな。
「じゃあ、ひとっ飛びで行ってきます!」
「ばいばーい!!」
「元気でねえぇぇぇぇぇぇぇぇぇー!!」
「身体に気を付けなさいねー!!」
船が離岸するよう徐々に上へ上がり、最初はイレーネちゃんに皆が見えやすいように後ろ向きでゆっくり飛んだ。
みんなが手を振ってくれているが、特にルナちゃんは飛び上がりながら両手で手を振っている。
一分ほどでもう皆が見えなくなり、片手を繋いでしばらく自転車ほどのスピードでセレス上空を遊覧飛行する。
「すごーい! 道を歩いている人が豆粒みたいだ!」
「街を出たら何も面白い物が見えなくなるから、よく見ておくんだよ。」
「うん!」
イレーネちゃんは恐らく村から出たことがないだろうから民家のいろんな色の屋根や教会の塔などを見てウキウキだ。
だがご両親が心配してるはずなのでゆっくり見物をしている時間が無い。
機会があればセレスへ連れて行ってあげたいね。
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街を出てからスピードを上げるので、イレーネちゃんを背負う。
手を繋いだままでも進めるが、このほうがグラヴィティを制御するのに楽だからだ。
もう一時間飛んでいるが、アルタスまでは半分も進んだかどうか。
「畑も見えなくなって、木ばっかりだね…」
「魔物はお兄ちゃんたちが退治したけれど、人が歩くには危ないね。」
自分でお兄ちゃんと呼ぶのはこそばゆい。
街道沿いを飛んでいるとはいえ、街から小さな村々へ続いている道は人通りがほとんど無いうえに、細い道は路面の状態が悪い。
馬車を走らせるのも大変だろう。
セルギウスを連れてこなくて良かった。
しばらく飛んでいると、ずっと前に人が二人見える。
私たちに気づいていないようなので、びっくりさせないようにそのまま上空を駆け抜ける。
「あれ? お父さんとお兄ちゃん?」
「何だって!?」
「私のお父さんとお兄ちゃんによく似てた!!」
「よし! すぐ戻ってみよう!」
私はぐるっと右回りに方向を変えて歩いている二人を周回するように降りた。
「うわぁぁぁぁ!! なんだあ!?」
「あ! やっぱりお父さんとお兄ちゃんだ!!」
「あ…あ…あ… イレーネ? イレーネなのか?」
「父ちゃん! イレーネだよ! あああああ夢みたいだ!」
やはりイレーネちゃんのお父さんとお兄さんか。
お父さんは四十歳くらい、お兄さんは十五歳くらいか。
服装は貧しく、武器のつもりかお父さんは農業フォーク、お兄さんは鍬を持っていた。
「お父さんお兄ちゃああああああああん!!!!」
「「イレーネえぇぇぇぇ!!!!」」
イレーネちゃんは大泣きで二人へ駆け寄り、三人で抱き合って泣きながら再会を喜んだ。
ああ…、良かった良かった…。
それにしてもアルタスまでかなりあるのに、昨日からここまで魔物を追ってきたのか?
落ち着いたようなので、イレーネちゃんが私の方を向いてこう言う。
「あのね、マヤお兄ちゃんが魔物から助けてくれたんだよ。」
「あの…、あなたは…」
「私は領主ラミレス侯爵の使いで、マヤ・モーリと申します。
一応、新米の男爵です…。
魔物を退治した後でたまたま河原で休んでいたら、この子が流れて来たので保護をしました。
アルタスの場所がわからなかったのと、時間が遅くなりそうだったのでいったんセレスへ連れて帰り、今朝はアルタスへ送り届けるところだったんです。」
「おお、なんと恐れ多い…。
ありがとうございます、ありがとうございます。」
「あ、ありがとうございます!」
お父さんとお兄さんに何度もお辞儀をされお礼を言われたが、日本ではそれほど善行を積んでいたわけではなかったから、個人的にやったことでお礼を言われるとけっこう照れくさいもんなんだな。
「イレーネ、その綺麗な服はどうしたんだ?」
「これはね、おっきなお屋敷のお姉ちゃんからもらったの!」
「ああ、これはラミレス侯爵のご令嬢から頂いて、着替えに使ったものなんですよ。」
「何から何まで…ありがとうございます。」
「ところで、アルタスの村からここまで魔物を追って来られたんですか?」
「はい。イレーネが畑で大きな鳥の魔物に攫われるのを見て、二人で追いかけて来たんです。
村の者には、もう食べられてしまうから無駄だと言われたんですが、私たちは諦めきれずにずっとここまで探して来ました。
それがまさかこんなところで見つかるなんて…うぅ…うぅ…」
またお父さんは泣き出した。
家族であれば、何を言われようが僅かな望みを掛けて探したくなるさ。
逆に二人が魔物にやられてしまう可能性はあるだろうが、とにかく今は結果良しを喜ぶことにしよう。
「さあ、皆でアルタスの村へ帰りましょう。
さっきみたいにお二人も飛んでもらいますから、私と手を繋いで下さい。」
イレーネちゃんは言われずとも私の背に飛びついた。
私からお父さんとお兄さんと一人ずつ片手で手を繋いだ。
「え? あの… どうやって… うわわわわ!!!」
「うわー なんだー!!??
俺浮いてるう!?」
イレーネちゃんを背負って、服が入った巾着袋を下げて、右手にお父さん、左に手にお兄さん、農具はそれぞれの片手に持ってもらって、荷物や農具も含め全体的にグラヴィティを掛けて落ちないようにして浮かんだ。
スゥっと二十メートルくらい上がって最初はゆっくり進んだ。
「ひいぃぃぃぃぃぃぃぃ!! 落ちるぅぅぅぅ!!!!」
「きゃーははははっ 大丈夫だよお兄ちゃん!!」
「一時間ほど我慢して下さいね。
それじゃあ少しずつスピードを上げますから!」
「ありゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
お父さんも最初はびっくりして大声を上げていたが、慣れてきたのか、ただ硬直しているだけなのか二人とも静かになった。
イレーネちゃんだけはペチャペチャと話しかけてくるところが、ある意味女の子らしい。
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自動車が一般道を走るくらいのスピードで地図の通り飛び続け、小さな村をいくつか抜けて一時間ほどでアルタスの村の近くまで来た。
「あっ アルタスの畑だよっ!
ねえお父さん! お兄ちゃん! ねぇったら!」
「え? ああ… もう帰ってきたのか!?」
「うううう… 早く降りたいよう…」
二人ともどうやら飛んでる間は、気絶していないものの放心状態だったようだ。
急でちょっと悪いことをしたかなと思ったが、我慢して耐えてくれて良かった。
「マヤお兄ちゃん! おうちはあそこだよ!」
畑から近い、村の中心から外れた集落にイレーネちゃんたちの家が見えた。
石造りの古い住居用の建物と農業小屋だ。
いつも通り降りると二人を叩きつけかねないので、スピードを落としてゆっくり降りる。
静かだが、人の気配はある。
降りた途端、イレーネちゃんは一目散に家の中へ入った。
「お母さん、お兄ちゃん、お姉ちゃんただいまー!!
帰ったよぉ!!」
「……イレーネ? え?? イレーネ!!
お母さん! お母さん! イレーネとお父さん達が帰ってきたよ!!」
イレーネちゃんの姉らしき子が玄関先へ最初に出てきて、お母さんを呼びに行ったようだ。
そうすると兄らしき男の子が二人、女の子がヨロヨロしたお母さんを連れて現れた。
「イレーネ… イレーネなの?
ああああ… 神様はいたのね。うう… イレーネぇぇぇぇ!!」
「お母さぁぁぁぁん!!」
家の中にいたお母さん達と兄妹達、イレーネちゃんが一斉に抱き合って泣いている。
うん、神様はいますよ。
ちょっとアホな愛と美の女神と、お尻が綺麗な邪神が…。
私が悪いわけじゃないけれど、なんかすみません…。
落ち着いたところで、改めてイレーネちゃんのご家族に事情を全て説明した。
お母さんはショックで寝込んでいたらしい。
家に残った兄妹も、学校や畑仕事にも手が付かず、お母さんの看病をしたり塞ぎ込んでいたとのこと。
お母さんは四十歳前くらいだろうが、かなりやつれていた。
「あのぅ、私達からは何もお礼が出来なくて、どうしたら良いものやら…」
「お母さん、私は何かをしてもらいたくて助けたわけではありませんから、お気遣いなさいませんよう。
ラミレス侯爵もイレーネちゃんを快く迎え入れてくれました。
王女殿下もこの子を気に入ってくれました。
本当に明るく強い子で、皆の心を癒やしてくれました。
お礼を言いたいのはこちらの方ですよ。」
イレーネちゃんの両親はお辞儀をするばかりだった。
恐縮してしまうが、それよりラミレス侯爵から自主的に受けた調査をしなければならない。
「お父さん、実はラミレス侯爵からの依頼で、領地内の小さな村の実態調査をしています。
村の代表者や学校の先生ともお話をしたいのですが。」
「わかりました。ちょうどいい。
イレーネや、村長さんのところと学校へ案内してあげてくれないか?」
「うん! マヤお兄ちゃん、行こっ!」
せっかくの再会だからゆっくりすれば良いのにと思ったが、イレーネちゃん引っ張るものだから行かせてもらうことにした。
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まず村長さんの家。
少し距離があったのでまたイレーネちゃんを背負って飛ぶ。
イレーネちゃん宅より多少立派なぐらいの建物で、この村の貧困さがわかる。
イレーネちゃんが勝手知ったるとスタスタ玄関へ入っていった。
「村長さあーん! こんにちはあ!!」
奥から白い髭面で痩せた老人が出てきた。
「おお! パブロのとこの末っ子じゃないか!
魔物に攫われたと聞いたが…
おや? あんたは?」
村の娘が攫われたのを知っていて、村長の態度が妙にあっさりしてるのは少々不快感があった。
村人総出で探しに出るものだと思うが…、もっと鳥の魔物ではどこへ連れて行かれたのか範囲が広すぎるので、無理ないかとも思ったがそれにしても…。
「私はラミレス侯爵の使いで、マヤ・モーリと申します。
小さな子が学校も行かずに昼間から畑仕事をしていたということで、侯爵は不審に感じて領地内の村々を実態調査をすることになりました。
何か事情があれば教えて下さいませんか?」
「おお、領主様の…。
見ての通り、ここは貧しい農村です。
街からも遠く、しかも近年は魔物が増えて流通が滞りがちです。
学校の先生も次々と辞められ…、といっても三人いたのが一人だけになったんですが、一人では授業が追いつかず、子供達は週に二、三回出席するのがやっとなんです。
再三セレスのほうへ教員を増やして欲しいと申請をしているのですが、申し上げた通り魔物がいるのと、この貧乏村ではなかなか誰も…。
魔物に襲われた子供もこの子が最初ではないんです…。」
「わかりました。
魔物についてはご安心下さい。
イレーネちゃんを襲ったと思われる魔物は群と巣ごと退治しました。
元々魔物が少なかった地域のようなので、退治したガルーダが相当悪さをしたのでしょう。
昨日はずっと北の方まで偵察してきたことと、今朝セレスからここまでは魔物の気配を感じませんでした。
当分の間は魔物が出てこないと思います。」
「なんと…、あなた様は何者…??」
「マヤお兄ちゃんはね、すっごい強いんだよ!
私の怪我も治してくれたし、魔法で空も飛べるんだよ!」
「はああああ… 魔法使いの方でしたか!
もしや、遠いマカレーナで魔物を全滅させて噂になっているお方では?」
「ああ、まあ…そうです。」
「マカレーナの勇者がこんな小さな村へ!
これは村総出で歓迎をしなければ!」
「いえ、お構いなく。
私は聞き取りが済んだら早めにセレスへ帰らなければいけませんので。」
「そうですか…。残念です。」
「とにかく、街道は安全になりましたので街への往来はし易くなります。
その他についてはラミレス侯爵に報告しますので、沙汰があるまでお待ち下さい。」
「わかりました。感謝いたします…。」
こんな村まで私のことが知れ渡っていたのは驚きだった。
総出で歓迎会をしてくれる元気があるなら、攫われた子を探せないのか。
この村は子供の価値が低いのだろうか。
少し気分が悪くなった村長宅訪問だった。
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次は学校。
お昼前だからまだ授業中で、先生一人なら忙しいだろうと思うがこちらも仕事なので、お邪魔させてもらう。
村長宅から近いので、歩いてイレーネちゃんに案内してもらった。
「マヤお兄ちゃん、ここが私の学校だよ。」
石造りの平屋の校舎で、教室が四つあるようだが外から生徒が見えるのは一室だけだ。
教員が一人だけなら当たり前だが…。
村の規模に対して教室にいる子供の数が多い。
ということは、今日は出席日でない子供が少なくともこの倍はいるということか。
「あのね、先生はソニア先生っていうんだよ。
すっごい美人だよ!」
ほほう、それは期待しても良いのかな。
「でも結婚してるからマヤお兄ちゃんは関係ないよ。」
あっそう…
イレーネちゃんには、綺麗な人だったら私は誰でも結婚したいと思われているのかね。
「失礼します。」
「ソニア先生!!」
「え?? イレーネちゃん!!??
魔物に攫われたと聞いたのに…うう…良かった…、本当に良かった…」
ソニア先生はイレーネちゃんを力一杯抱きしめて泣いている。
児童、生徒が多いのにこの子をしっかり覚えているのには感心する。
対して生徒達が冷めた反応だが、中学生ぐらいの歳の子ばかりなのでイレーネちゃんとはあまり面識が無いのかも知れない。
小、中学の勉強を一人で教えるのは大変だろう。
ソニア先生は確かに美人…美人だ。
非常に失礼な言いようだが、学校のクラスナンバーワンの可愛い子という感じだ。
サリ様、パティ、エリカさん、ヴェロニカ…、セシリアさん、ああセシリアさんは男か。
そういう飛びきり綺麗な女性を見慣れてしまって麻痺しているのか。
この傾向はいかん。
私は特別に面食いというわけではないのに。
「失礼しました。
貴族の方でしょうか。どういったご用件でございましょう?」
私は村長と話した内容をソニア先生にも言った。
すでに事情は承知したことだが、現場の声を聞くことも大事だ。
「わかりました。
この子を助けて頂いて本当にありがとうございます。
確かに教員が私しかおりませんので正直言って大変です。
つらいと思ったことはないのですが…。
子供達の為なので、教員はあと二人欲しいところです。」
授業があるので長い話は出来なかったが、出来れば一人は男性の教員、もう一人はどちらでも良いので中等教育専門の教員が欲しいという要望を頂いた。
子供達について熱心な先生という印象を持てたので、私も可能な限り助けたい。
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イレーネちゃんのお家へ戻る。
もうお昼時で、良い匂いがする。
「マヤ様…、どうかお昼ご飯だけでも召し上がって下さい。
お口に合うかどうかわかりませんが、何もお礼が出来ないというのは私達も心苦しいですから…。」
イレーネちゃんのお母さんがそう言うので、お言葉に甘えよう。
「はい、ご馳走になります。
とても良い匂いがして美味しそうですよ。」
イレーネちゃんの家族の食卓に混じって頂くことになった。
「マヤお兄ちゃん、お母さんの料理はすごく美味しいんだよ。
たくさん食べてね。」
トマト多めの野菜と豆の煮込みに、じゃがいものオムレツ…というより玉子入りのじゃがいもを焼いた何かの料理、かぼちゃの冷スープかな。
一番気になるじゃがいもの料理を最初に頂いた。
おお、これは美味しい。
芋の味がしっかりあって塩加減も良い。
私はじゃがいもが好物で、コロッケは肉入りよりもじゃがいもだけの田舎コロッケが大好きなのだ。
野菜と豆の煮込み料理は、料理そのものは違うが雰囲気が昨日食べた侯爵夫人特製シチューに似ている。
だからイレーネちゃんは気に入ったのかな。
かぼちゃの冷スープも日本で飲んでいた物のように甘くて美味しい。
かぼちゃの質がとても良いのだろう。
肉が見えないのは、村を見てもあまり家畜を育てているように見えなかったので、そういう環境が整っていないのか。
そういうこともラミレス侯爵に報告しておこう。
「お母さん、とても美味しいですよ。
少ない材料でとても工夫されていて、味加減が素晴らしいです。
ラミレス家の食卓に負けませんよ。」
「そうでしょうそうでしょう!
お母さんの料理は世界一だよ!」
「まあ、嬉しいです…」
照れて少し笑ったお母さんはやっぱり綺麗だった。
イレーネちゃんが可愛いのも納得できる。
子供にとってお母さんは世界一だ。
イレーネちゃんにはどうかいつまでもその純粋な心を持ち続けてもらいたい。
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昼食をお腹いっぱい頂いたので、セレスへ帰ることにする。
イレーネちゃんとお別れは寂しいけれど、マカレーナからアルタスまで三百キロ余りあるから、飛んでいけば何とか半日で行ける距離だ。
いつでも会いに行けるさ。
玄関先で、家族皆が集まってお見送りをしてくれている。
「じゃあイレーネちゃん、元気でね。
今度はルナお姉ちゃんも連れてこられたらいいね。」
「うん! 楽しみにしてるよ!」
「マヤ様、たくさんお世話になりました。
改めてお礼申し上げます。」
「本当だ。俺らがイレーネを探して何時間もずっと歩いてきたのに、あっという間に村へ連れて帰ってもらえた。
感謝するしかないよ。ありがとう! マヤさん!
こんなところですが、またいつでも遊びに来て下さい!」
「その時はまたよろしくお願いします。
それでは。」
私はゆっくり浮いて、後ろ向きに進んで手を振った。
「マヤお兄ちゃぁぁぁぁぁぁん!! ばいばぁぁぁぁぁぁい!!!!」
イレーネちゃんの家族は、見えなくなるまでいつまでも手を振ってくれていた。
いいなぁ。またあの家族の輪の中に入ってみたいと思った。