第百三十二話 お姫様の演舞
「イスパル王国! ヴェロニカ王女殿下、御入来!」
私が広間の扉を開けかけた時、ロドリゴさんの声でそう聞こえた。
何だかすごく大げさな気がするが…
ガガガっと扉を開けられると…
あれ? こんなに人数いたっけ?
という賑やかさになっていた。
私はヴェロニカの半歩前で左手をひいて広間に入った。
プヮー プヮー プヮー♩♩♩
ええええええええええ??????
ロドリゴさんやメイドさんたちの何人かが、吹奏楽器や弦楽器で入場の曲を演奏している。
左右にはそれぞれ二十人以上集まっていて、その間を私とヴェロニカがゆっくり歩いて正面にある壇上の方へ向かう。
新郎新婦でなく姫と従者のように見えると思うが…。
それでもパティはギギギと悔し涙の表情をしていた。
また埋め合わせをしておかないとなあ…。
会場の一番前にいるイレーネちゃんは、ルナちゃんの側で目をキラキラさせながら静かにヴェロニカを見つめていた。
叙爵式でもこんな感じで入場したけれど、緊張の質が違う。
想像以上に綺麗になったヴェロニカの手を引いて、どちらかと言えば照れくさい。
私たちが壇上へ上がると音楽が止む。
壇上に上がるまでは顔を赤くして照れていたが、突然キリッとしたいつもの表情になる。
正面へ向くと、ヴェロニカはカーテシーで軽く挨拶をする。
スピーチを始めるようだ。
「私はイスパル王国王女、ヴェロニカ・クロエ・デ・カサノヴァ・アルバレス・イ・バーモンテだ。
今晩は私のためにお集まり頂き、礼を言う。
急な来訪にも関わらず、ラミレス家には大変世話になっており感謝している。
魔物討伐を強化するため、私はマカレーナへ武術の修行をしに向かっている道中にこちらへ寄らせて頂いているところだ。
近頃は魔物が多く発生している故、国としても更なる対策を講じている。
国民の皆には安心して暮らしていけるよう、私としても万全を期する所存である。
短い挨拶だが、国の平和と国民の健康を願い…、頑張るぞぉ!!
おーーーっ!!!!」
「「「「「……ぉ…おおおおーーーー!!!!」」」」」
ヴェロニカのかけ声の後、会場の皆が一瞬戸惑った後、一斉に歓声が湧き上がる。
王宮での騎士団幹部そのままの挨拶で、このしなりしなりとしたお姫様の様相とはミスマッチだったが、堂々としていた方がヴェロニカらしいと言えばそうだね。
それにしてもヴェロニカの本名って女王と同じで長い。
二番目の名前がクロエか。
可愛い名前だから、今度こっそりと呼んでやろう。
イレーネちゃんは大はしゃぎで拍手をしていた。
そこへヴェロニカがイレーネちゃんの元へ歩み出し、彼女の前でしゃがむ。
「イレーネよ。どうだ、本物のお姫様だぞ。」
「うん! お姉ちゃんすっっっごく綺麗だし、格好良かったよ!」
「はっはっは、そうかそうか。
いいかイレーネよ。身体は勿論だが心を強くしろ。
それがいつかきっとおまえを救うことになるだろう。
魔物に攫われても頑張って生きているのだ。
おまえなら出来る!」
「うん! 私強くなる!」
ヴェロニカは興奮しているイレーネちゃんにそう言って頭を撫でた。
端からであれば、王女殿下が一介の少女に激励の言葉を述べられた、というふうに見えるだろう。
だがイレーネちゃんにとっては一生忘れられない出来事になるはずだ。
ヴェロニカが話を終えると、壇上へは上がらず会場の真ん中へ歩き出す。
そして両手を腰に添えて周りの人たちを見渡しながらこう言う。
「これで終わりでは皆も興が冷めるだろう。
ダンスパーティーといきたいところだが私はダンスが出来ん。
だが私が一つ余興を見せてやろう。
エルミラ! 剣を持て!」
「はい!」
奥にいたエルミラさんが返事をすると、細い剣を二本持って来てヴェロニカに渡した。
たぶん馬車から自分の剣を出したんだろうけれど、いつの間に。
「危ないから下がってくれ。では行くぞ。」
ヴェロニカは両手で二本の剣を持ち、スゥッと上で剣を交差し構えた。
「はっ!」
声を上げた瞬間、二本の剣をぶるんぶるん回してステップしながら身体の向きを変えたりクルクル回っている。
うわわわわ。剣が衣装に当たって切れないだろうかとハラハラするが、とても器用に剣を回している。
剣を上に投げて受け取ったり、これは何かで見たことがあるぞ。
そうだ、コサックソードダンスに良く似ている。
とても華麗で、会場の皆も静かに見入っていた。
イレーネちゃんもヴェロニカがよく見える場所に来て、両手を握りこぶしにして「ふぉぉぉっ」と、まるで特撮ヒーローを見ているかのような感激の表情をしていた。
今晩は皆にも良い思い出になるだろう。
十分ほどで演舞が終わる。
「ふうっ こんなものだな。」
パチパチ……パチパチパチパチパチパチパチパチ
盛大な拍手と大歓声が湧き上がる。
ヴェロニカは顔を赤くして照れていた。
エルミラさんに剣を渡すと…
「私からは以上だ。
皆も今日はご苦労だった。
ゆっくり休むといい。では。」
ヴェロニカが喋り終わると、イレーネちゃんが彼女の元へ駆け寄っていった。
「お姫さまぁ~!! かっこいいぃぃぃぃぃぃ!!!!」
「「「「「キャー!! 王女さまあぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」」」」」
それに続いてセシリアさんや若いメイド達が大勢でヴェロニカを取り囲んでしまった。
ヴェロニカはあたふたしながら対応している。
「王女殿下、私びっくりしました。
とても素敵な演舞でしたわ。」
「ああははは… そうか…」
メイド達の足下からごそごそとイレーネちゃんが這って出てきた。
「ううん、お姫様が見えないよぉ。」
「じゃあ私が魔法で浮かせてあげよう。」
「いいの? やったー!」
グラヴィティでイレーネちゃんを私の背丈ぐらいまで上げた。
「きゃははははっ 何これすごーい!」
肩車で…なんてことも考えたが、イレーネちゃんのスカートを頭から被ってしまいそうなので、ただの変態になりそうだからやめた。
「うふふ…。今日のマヤ様は脇役でしたね。」
パティが寄り添って声を掛けてきた。
「主役は叙爵式の時だけでたくさんだよ。
私は脇役の方が似合ってるのさ。」
「私はマヤ様に華々しくヒーローになって欲しいですわ。ポッ」
「ねえねえ。マヤお兄ちゃんはお姫様と結婚するんじゃなくて、パティお姉ちゃんと結婚するの?」
「ああ…いや…」
「まあ、この子からもそう見えるのね。
そうなのよ…ポッ」
パティはイレーネちゃんにそう言われ、顔を赤くして両手を頬に当てクネっている。
こういうの近頃よく見るなあ。
そしてヴェロニカ王女のドレス披露会は終わり、ヴェロニカとルナちゃん、イレーネちゃんはセシリアさんの部屋で着替えて、イレーネちゃんはルナちゃんと一緒に寝るそうだ。
私は何だかいろいろ疲れたので、一人で寝るとしよう。
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借りている部屋のベッドで布団に入って寝転んでいると、ギィっと扉が開く音がした。
ああ…このエロそうな感じの魔力はエリカさんか。
彼女はそっと近づき、ベッドの上で馬乗りになる。
「ねえ~ 起きてるんでしょ。
河原の続きをしようよぉ~」
「ああ… うん。」
「やった。ふふふ」
エリカさんは一気にすっぽんぽんになり、布団をひっぺ返して私のぱんつを下ろし、やりたい放題しましたとさ。
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(ルナ視点)
イレーネちゃんが今日は私の妹になってくれるということで、一緒に寝ます。
セシリア様に、ピンクでパンツスタイルのパジャマを着せてもらって可愛いです!
今は布団の中で二人並んで入っています。
小さな女の子とこんなふうに寝るなんて、妹の時以来だなあ。嬉しい…
「イレーネちゃん、今日は疲れたでしょうから早めに寝ましょ。」
「うーん。私まだあまり眠くないの。
マヤお兄ちゃんの魔法ですっごく元気になったから。」
あらら…。マヤ様の回復魔法が強すぎたのかしら。
すごいなあ。
あの時…、私の村に魔物が襲ってきたときにマヤ様がいてくれたら家族は…
ううん、考えるのはよしましょう。
「じゃあ少しお話をしてから寝ましょ。
イレーネちゃんは大きくなったら何になりたいの?
王女殿下から強くなりなさいって言われてたよね。」
「あのね、お姫様みたいに強くなりたいし、ルナお姉ちゃんみたいに何でも出来るようになりたいし、セシリアお姉ちゃんみたいに綺麗になれたらなあ~」
「あはは。いっぱいなりたい人がいるんだね。
私は何でも出来ないよ。
お掃除やお洗濯は得意だけれど、料理はそんなに上手じゃないの。」
「そうなの?
マヤお兄ちゃんにご飯を食べてもらわないといけないから、ルナお姉ちゃんは料理が上手にならないとダメだよ。」
「そ、そうねっ
お姉ちゃんはお料理の勉強を頑張らないといけないよねっ」
痛いところをこんな小さな子につかれてしまった。
サンドイッチとか卵焼きぐらいしか出来ないのよね。
王宮のまかない料理が美味しすぎて、料理の勉強をあまりしなかったからなあ。
マカレーナのお屋敷で勉強した方がいいのかしら。
「あっ そうだ!
私もマヤお兄ちゃんのお嫁さんになればいいのかな?
そうしたらルナお姉ちゃんともずっと一緒にいられるよね。」
「え? あ… そっ そうねっ
マヤお兄ちゃんのお嫁さんになれたらいいねっ」
ああびっくりしたあ。
小さな子の夢にダメだとは言えないし、でもイレーネちゃんと一緒だったら嬉しいなあ。
「お父さんとお母さんとお別れしたら寂しくないの?」
「寂しいけれど…、うちは兄妹が五人いて私が一番下なの。
だからいつかはお別れしなくてはいけないの。」
「そっかぁ~ そこまで考えているんだね…」
農村は厳しい生活だからなあ。
女の子は特に、大きくなったら出稼ぎに街へ行ったり、早めに嫁に行ったりするもんね。
あら… いつの間にか寝ているわ。
寝顔がとても可愛い…
朝になったらお別れかぁ…
ん…私も眠く…