第百三十一話 ドレスを着た武闘派王女
(ルナ視点)
夕食の時間です。
セシリア様の配慮でイレーネちゃんも同席することになりました。
ラミレス家は広い心があって良かったです。
料理はメインがひよこ豆と牛肉のトマトシチューで、その他ビュッフェスタイルでおかずが取れるようになっています。
ラミレス家と私たち六人、そしてイレーネちゃんの総勢十人で賑やかな食卓になりました。
それにメイドさんが三人脇に控えており、イレーネちゃんはやや緊張気味。
まさか王女殿下が目の前にいらっしゃるなんて思ってもいないでしょう。
私がそのままイレーネちゃんの面倒を見ることになって、隣に座っています。
「わぁ~ すっご~い!
こんな豪華な料理初めて見たよ!」
「お腹が空いていたでしょう。
トマトシチューは私が作ったの。たくさん食べてね。うふふ」
ラミレス侯爵夫人イメルダ様がニコニコ顔で食事を勧めています。
夫人の料理は昨日も頂いたけれど、すごく美味しい!
皆でお祈りをして早速頂きます。
イレーネちゃんもちゃんとお祈りをしていて、親御さんの教育がいいのかな。
トマトシチュー、優しい味で家庭的です。
すごく食べやすいです。
これならイレーネちゃんも気に入るかな。
「うん、お姉さんが作ったシチュー、美味しいよ!」
「まあまあお姉さんだなんて、うふふふふ。ありがとう。」
確かに夫人は化粧で若く見えるけれど、お姉さんは言い過ぎなんじゃないかな。
でも農村で化粧をしている女性はあまりいないから、若く見えるのかしら。
「まあイレーネちゃん、食べ方がお上手ね。」
「うん、お母さんがね、とても厳しいの。
大きくなったときに困るからって。」
「それは素晴らしいお母様ですね。うふふ」
それを聞いたパトリシア様がピクッとして、シチューを勢いよく食べるのをやめて、粛々と食べ始めた。
そうですよ。イレーネちゃんを見習って下さい。
またすぐ元に戻りそうですけれど…。
「イレーネよ。話は聞いたぞ。
私はイスパル王国王女のヴェロニカだ。
魔物に襲われてとてもつらかったろうが、よく頑張ったな。
私は強い女が好きだぞ。」
唐突に王女殿下が口を開いた。
あまり魔物のことについて蒸し返さない方がいいと思うけれどなあ。
「ええ? お姉ちゃんが王女でん…ということはお姫様? 嘘だぁ~」
「こ、こらイレーネちゃん。失礼だよ。
本物のお姫様だよ。」
イレーネちゃんがそんな返事をするものだからびっくりしました。
王女殿下が怒らなければいいけれど…。
マヤ様はニヤニヤしていてちょっと変です。
王女殿下のことを何か知っているのかしら。
「だって、お姫様ってセシリアお姉ちゃんみたいにキラキラしてて綺麗なんでしょ?
あのお姉ちゃんは隣の格好いいお兄ちゃんと同じ服だよ。」
「う… こ、この服はお姫様とわからないように見せかけているだけなのだ!」
王女殿下は戸惑っているだけで怒ってないようだから良かった。
格好いいお兄ちゃんに見られたエルミラさんは苦笑いしています。
確かに上着はお二人とも並んで白いブラウスと黒のズボンだから、王女殿下も従者にしか見えないわね…。
エルミラさんは緩いブラウスだからお胸が目立っていないし。
そもそも王女殿下は一切化粧をしていない。
ラミレス侯爵閣下は、イレーネちゃんが何かまた失礼なことを言わないかビクビクしています。
夫人は相変わらずニコニコしてらっしゃいますね。
エリカ様とパトリシア様は話に関わらず、静々と食事に集中しておられます。
エリカ様はあまりイレーネちゃんに興味が無さそうで、パトリシア様は単に食事に夢中になっているだけのようです。
「まあ、私がお姫様みたいに見えますか?
嬉しいです。うふふ
そうですわ! 王女殿下!
私のドレスにお着替えになって、イレーネちゃんに見せてあげて下さいませんか?」
「な… 私がドレスだと!?」
「ヴェロニカ。私も見てみたいよ。
きっとすごく綺麗だと思う。
いたいけな少女の夢を叶えると思って。」
「ヴェロニカ様、私もです。」
特に王女殿下と親しいマヤ様とエルミラ様が煽ってらっしゃいますから、王女殿下は動揺しておられますね。
「まあまあ! 王女殿下でしたらさぞお美しゅうございましょう。
私も是非拝見させて頂きたいですわ。」
「コホン… 私も拝見させて頂きたく存じます…。」
ああ~ 夫人や閣下まで。
王女殿下はぷるぷると震え出しました。
まさか激怒されるんじゃ…
エリカ様とパトリシア様は相変わらず食事に集中しています。
ある意味このお二人、鉄の心臓なのでしょうか。
「よ、よかろう。子供の夢を叶えるためだぞ!」
なんですって!? 王女殿下はなんて寛大なのでしょう!
王宮では叱咤や悪態をついている様子を見かけることが多かったのに、王女殿下はマヤ様と出会われてからずいぶんお変わりになった…。
マヤ様はつくづく不思議な方です。
「では誰かに広間を準備させよう。
そこで王女殿下のお披露目といきますかな。」
「では、お着替えは私の部屋でいたしましょう。
ルナ様、ドレスの着付けは大丈夫でしょうか?」
「え? あ、はい。王宮でやっておりましたから、完璧です!」
「それは良かったです。
ルナ様に着付けのお手伝いをお願いしますね。ふふふ」
イレーネちゃんはさっきから白目になって固まっています。
自分のために大事になって、状況が理解出来ていないからでしょうか。
私は…、ドレスの着付けは慣れているけれど、王女殿下に着付けをするのは初めてだから緊張するなあ。
そういう話で決まり、夕食は元の和気あいあいとした雰囲気になって滞りなく終わることが出来ました。
---
(マヤ視点)
ラミレス家の大広間。
ルナちゃんがヴェロニカの着付けをすることになって、イレーネちゃんは私が預かっている。
お風呂は済んだぞ。
アナベルさんとロレンサさんの献身的なおもてなしは昨日以上だった。
エリカさんがいなくてゆったりだったし、まさかダブルお尻ぱ◯◯ふで身体を洗ってくれる素晴らしい技を披露してくれるなんて、感激し過ぎて分身君が大暴発していたよ。
明日はどんな技を披露してくれるのか楽しみだなあ。うへへ
「お兄ちゃんどうしたの? 変な顔。」
「ああ、何でもないよ。
ちょっと楽しいことを思い出していただけだから。」
「マヤ様、また変なことを考えてますね?
小さな子の前でそのようなお顔はおやめ下さいまし。」
パティに怒られる。イレーネちゃんはクスクスと笑っている。
やばいやばい。
私はすぐ顔に出てしまうのか。気を付けよう。
ロドリゴさんや給仕長のテオドラさんが広間を準備してくれて、着付けに行ってる三人を除いて、侯爵夫妻と私たちの五人、準備をしてくれた二人がそこへ集まっていた。
興味なさそうだったエリカさんもなんだかんだで来ており、隅っこで足を組みながら壁にもたれかけて立っていた。
普段はパーティー会場で使われている広間だろうけれど、今はがらんとしている。
だが噂を聞きつけたアナベルさんらメイド達や調理係、用務のおじさんおばさんまでぞろぞろと広間に集まってくるもんだから、広間はずいぶん賑やかになってしまった。
そこへ、ローサさんが私の元へやってくる。
「マヤ様。セシリア様からのお願いで、マヤ様もお着替えをしますからこちらへいらしてください。」
「え? あの…
じゃあ、パティ。イレーネちゃんをお願いするよ。」
「ああ… マヤ様…」
なんで私が着替えないといけないのかわからないけれど、私はローサさんの後に着いていった。
---
広間のすぐ隣にある控え室にて。
「さあ、マヤ様。これにお着替え下さい。
私がお手伝いしますので。」
差し出された黒い服は…タキシードじゃないか!
私はホテルの仕事で、昔はパーティー会場の世話をしていてタキシードを着たことがあるから珍しい物ではないのだが…
「あの…ローサさん?
これタキシードにしか見えませんが、これを着るんですか?」
「はい。セシリア様がこれを着て欲しいとおっしゃいましたので…」
うーん、よく見たらこれは日本で結婚式の時に新郎が着るタキシードやモーニングコートと違って、これはテイルコート(燕尾服)なんだが…。
ヴェロニカが私に求婚したのは、王宮で朝食を食べていたあの時の人しか知らないはずだ。
もしかしてルナちゃんがセシリアさんに喋っちゃったの?
「時間がありませんから、早く着替えましょう!」
私が上着を脱いでいる間にローサさんがズボンのベルトを外して、ズボンを下ろした。
「あっ 失礼しました。」
ローサさんはズボンと一緒にパンツまで下ろしてしまい、私は下半身丸出しだ。
「あのローサさん…、今わざとっぽく見えましたけれど…」
「気のせいです。はい、気のせいですよ。」
そんなことを言っているわりにはまじまじと見つめているんだが…。
「ローサさん…」
ローサさんは残念そうな顔をして私のパンツをシャコッっと上げた。
どうしてなんだろうなあ…
この世界に来てからというもの、女性に何度もパンツを下げられたり神に尻を見せろと言われたり、どうなっているんだか。
それからローサさんのベテランメイドパワーで、サクッとテイルコートに着替えられた。
白い蝶ネクタイ、白の手袋、白いイカ胸シャツ、白のベスト、そして黒のテイルコートという本当の正装だ。
「マヤ様、あちらの鏡台で髪をとかしましょう。」
鏡台が置いてある場所へ移動して座り、ローサさんに髪をとかしてもらう。
マカレーナにもちゃんと床屋があるから髪の毛は切っているのだが、それ以外でこうやって髪をとかしてもらうことはあまり無いから気持ちいい。
気のせいか、ローサさんが後ろから胸を押しつけているような。
旦那だけじゃ物足りんのかね。だが人妻はまずい。
コンコン
ローサさんが廊下側の戸を開けると、セシリアさんとルナちゃん。
そして、ヴェロニカ…
私は固まって彼女を見入ってしまった。
綺麗という表現を超えて、あまりにも美しい…。
白いロココ調の仰々しいドレスで胸の部分が大胆にカットされており、頭にはティアラが乗っている。
顔も綺麗に化粧され、ややピンクがかっている赤い口紅が色っぽい。
髪の毛もお団子がいつもは少し上にまとめ上げられているが、今は下向きに直されている。
明らかにお姫様ドレスで、結婚式のドレスとは違うからちょっと安心した。
でもセシリアさん、こんなドレスまで持っていたの?
「マヤ… そ、そんなにジロジロ見るな… ぅぅぅ…」
「あ… あの… ヴェロニカ… すごく…すごく綺麗だよ。」
「ううう…」
ヴェロニカは萎縮し、顔を真っ赤にして恥ずかしがっている。
「ちょっとルナちゃん…こっち来て。」
私はルナちゃんを呼んで小声で話しかける。
「ルナちゃん、もしかして王女が求婚してきたことをセシリアさんに話していないだろうね?」
「話していませんよ…
セシリア様がウキウキで、これしかない!
とおっしゃって一番にあのドレスを着付けただけですよ。」
「そうか… そりゃ疑って悪かった。」
「王女殿下がなかなかドレスを着てくれないから、宥めるのに大変でしたよ。」
「ははは。何だか手に取るように想像が出来るよ。」
「マヤ様は王女殿下の裸も想像してるんですか? プイッ」
ああ…切りが無いからもういいや。
だがちょっとは想像した。
荒野で骸骨巨人と戦った後に鎧とシャツが一緒に脱げて、おっぱいがプリンと現れたあの時は衝撃的だった。
「ではマヤ様。
私たちは会場へ行きますので、王女殿下のお手をひいて入場して下さいまし。
……マヤ様も格好いいです。うふふ」
セシリアさんがそんなことを言うが…、やっぱり結婚式みたいじゃないか。
ああ、三人ともさっさと会場へ行ってしまい、控え室にはヴェロニカと二人だけになってしまった。
ちょっと気まずい空気。
「ああああマヤ…、私たちの本当の結婚式もこんなに緊張するものだろうか?」
……うん。結婚する気満々だよね。わかっていたよ。
「まあ、うん。緊張するね。」
適当に濁したけれど、ヴェロニカとのこの先については本当に悩むなあ。
それはマカレーナに帰ってからゆっくり考えるとしよう。
私たちは控え室からいったん廊下に出てから、大広間の正面扉から入場する。
私がヴェロニカの左側を半歩前で、右手を少し上にしてヴェロニカが左手を添える。
普通にエスコートのスタイルだから、女性が左側で腕を組む結婚式のスタイルとは違うよね? うんうん。
私が扉を少し押すと、中からギィッと扉が開けられた。