第百二十九話 ガルーダにさらわれた少女
セッテベロを出て建物を振り返って見る。
お店の人は変わった人だったけれど、ポモドーロは美味しかったなあ。
今度はラザニアやペペロンチーノも食べてみたい。
サリ様はまたお店の横にある路地へ入って行った。
『マヤさんご馳走様。
じゃあアーテルシアのことについて調べてみるから、わかったら念話で知らせるわね。』
「はい、よろしくお願いします。」
サリ様はふわっとした光に包まれ、フッと消えた。
「神様ってすごいわねぇ~
たぶん光属性の魔法だと思うんだけれど、光の玉で飛んだり転移が出来るんだ。
使用魔力量が桁違いだろうから、人間には無理ね。
今のマヤ君でも出来ないかも。」
「魔力もだけれど、体力をもっとつけたいよ。
アーテルシアに向かって魔法剣を使ったときは、魔力よりも身体のほうが疲れちゃってね。」
「じゃあ毎日ヴェロニカ王女とべったり密着訓練するしかないね。
うっひっひっひ。」
「あぁ…。」
確かに体力作りをするにはヴェロニカが相手だと最適だろうが、どこかの鬼軍曹みたいなしごきをするのではなかろうかと、ブルッとくる。
だがマカレーナへ帰ったらエルミラさんとスサナさん、あとローサさんも一緒に訓練していく流れになるだろう。
「じゃあこれから、さっき行った北西の丘陵地を北に沿って偵察しに行くからね。」
「ええー また行くのぉ?
マヤ君とお楽しみしたぁ~い!」
「午前はたった二時間しか見ていないし、アーテルシアの置き土産があるかも知れないじゃないか。
ほらさっさと行くよ。」
「はぁ~い…」
うーん、こう慣れてくるとエリカさんは二回り以上年下なんだなと実感する。
五十も過ぎると二十代半ばの女性ってまだまだ女の子なんだよ。
年の差だけいったら、部長と部下の主任との不倫って設定が出来そうだ。
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私たちはアーテルシアが現れた地点から偵察をやり直す。
ずっと前に現れた魔物の生き残りがいるかもしれないし、見つけたら退治をする。
魔物は恐らく別の世界にある星の生き物、つまり外来種だからネイティシスの生態系を考えると駆除をしておかねばならない。
その魔物に罪が無いとしてもだ。
先を進むと、丘陵地のさらに高い山の周りにガルーダが数羽飛んでいるのが見えた。
ガルーダが私たちに気づいて急接近してくる。
私は躊躇せずライトニングアローを撃って全て葬った。
まだ何かいる…
その山の周りをぐるっとまわると、岩場にガルーダの巣があった。
鷲の巣ように木の枝を集めて作られている。
その中には…ガルーダの雛が三羽いた。
なるほど…、さっきのが親鳥とその群れだったわけか。
猛禽類は群れない性質なんだが、それは地球の常識だね。
雛たちは私たちを見てキーキーと鳴いている。
「マヤ君…」
「ああ、わかっているよ。
せめて苦しまずに…」
私は身体に魔力を込めて、ナイトロジェンアイスの魔法を雛たちに向かって放った。
雛たちは真っ白に、瞬間凍結した。
そしてエリカさんは、サリ様から新たに付与された火属性の魔法を使うために魔力を込めた。
ヘルファイア。王宮へ滞在している間にもう覚えてたのか。
威力を抑えた地獄の業火で巣ごと、凍結した雛を燃やした。
ガルーダも他の星の生物。
アーテルシアによってネイティシスに連れてこられなければ平和に暮らしていたかも知れない。
破滅の神とやらはこれでもサリ様が言ったように必要な神なのだろうか。
それとも、倒される前提で厄災神は存在しているのだろうか。
そう思うとアーテルシアも不憫だが、だからといって私たちが倒されてやることは無い。
私たちが生きるためにはアーテルシアという障害を倒すしかないのだ。
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再び丘陵地に沿って先へ進むと、谷の間を流れている川があった。
この川は隣国ポトルガとの国境になっているが、ジュリアさんが住んでいたグラドナの近くを流れていた川とは源流が違う。
ガルーダがいた場所からずっと飛んできたけれど、村も何も無いただ自然豊かな土地が続いていた。
「なあんにも無いわねえ。
デモンズゲートや魔物が出てくる気配も無い。
ここで折り返して帰ろうよ。」
「そうだね。少しだけ休憩して一直線でセレスへ向けて探索しながら帰ろう。
あそこに河原があるから降りるよ。」
「わかった。」
私たちは河原の小さな石が溜まっている場所へ降りた。
ちょうど椅子の代わりになりそうな石があったので、二人で座る。
「ねえ、思い出さない?
前にもセレスの周りで魔物探索していてスライムまみれになって、河原に行って全裸になったよねぇ~ にゅふふ」
「あー… そんなこともあったなあ。
もうずいぶん前のことのような気がする。」
「ねえ…」
右隣に座っているエリカさんが、私の肩に手をやり有無を言わせずキスをしてきた。
私は拒むことなくキスを受け入れ、エリカさんの舌が私の口の中へ攻め入る。
負けじと私の舌はエリカさんの舌先を絡ませるように動かした。
「ん… ふっ」
川のせせらぎと小鳥の鳴き声しか聞こえない自然の中。
だがキスに集中しているとそれすら耳に入らない。
この体勢だと服の上から胸を揉むより、ミニスカから露わになっている太股を触ってみる。
肌がすべすべとして触り心地が良い。
太股の内側のむちむちとした所を撫で回す。
キスをしたまま、エリカさんは私の手をスカートの中へ引っ張った。
指でコリコリといたずらをする。
「あふっ」
「……タスケ…テ……」
ん?
「………タ…ス…ケ…テ…」
「ぷわあっ なんかすごく小さな声で助けてって聞こえたぞ。」
私はキスをやめて、耳を澄ました。
「えー 今いいところなのにぃ~」
川上の方へ目をやると、何か白い物が流れてくるのが見える。
……木の板に人が掴まっている!
私は急いでそこまで飛んで、白い服の人を引き上げた。
子供じゃないか!
私はこの子を河原へ下ろす。
意識はあるが、かなり水を飲んでむせているので吐かせた。
落ち着いたところでミディアムリカバリーの魔法を魔力強めに掛ける。
脚にあった怪我が治り、冷えていた身体も正常な体温になり、顔色が良くなった。
「もう大丈夫だと思うけれど、喋られるかい?」
「ゲホゴホッ… あ、ありがとう…」
綿の白い粗末なワンピースのスカート…、七、八歳くらいの女の子か。
顔が汚れ、黒い髪の毛は濡れていてもボサボサなのがわかるくらい。
目はパッチリしていて、綺麗にしたらたぶん美少女だろう。
でもこんな人里も無い場所で何でこの子が?
「どうして川へ流されていたのか、教えてくれるかな?」
「うん…。あのね、アルタスのね、村外れの畑でね、仕事をしていたらね、大きな鳥の魔物に捕まってね…ええ…うう…うわぁぁぁぁぁぁん!!」
女の子は魔物に襲われた恐怖を思い出したのか、大声で泣き出した。
私はこの子の手を握って頭を撫でる。
アルタスの村…どこだろう。
「おおよしよし、怖かったね。もうお家へ帰れるからね。
ねえエリカさん。アルタスってどこにあるのか知ってる?」
「ええー、小さな村まで地理に詳しくないわ。
マヤ君、子供の扱いが上手いのね。私は少し苦手。」
「そうでもないんだけれど、妹がいたせいかな。」
「ふーん、そうか…。」
女の子が落ち着いてきたようだ。
そうだ、名前を聞いてみなくては。
「ねえ、お名前はなんていうの?
私はマヤ、このお姉さんはエリカっていうんだ。」
「わたし…、イレーネ。」
「そうか、イレーネちゃんか。良い名前だね。
魔物に掴まって、川に落とされて、それでここまで流れて来たんだ…」
「うん…」
「さっき、お兄さんとお姉さんが鳥の魔物を退治したからね。
だから村に魔物が来ることはないと思うよ。」
「うっく… ひっく… うぇぇぇぇぇぇん!!」
「あらららら…」
「よっぽど怖かったんだろうねえ。よし…」
エリカさんはイレーネちゃんの額に右手人差し指を当てて、魔力を込めていた。
すると泣き止み、スゥッと眠るように倒れたのでエリカさんが抱きかかえた。
「軽い眠りの魔法をかけたわ。
村の場所がわからないし、いったんセレスへ連れ帰って場所を調べましょう。」
「そうするしかないか…」
エリカさんは、抱きかかえているイレーネちゃんを私に差し出す。
「はい、マヤ君。」
「んん? エリカさんが抱いて飛べないの?」
「さっきも言ったけれど、子供が苦手だから扱いも下手なのよ。
まさかこんな小さな女の子まで欲情するの?」
「そんなわけないだろ。
俺はどちらかといえば年増好きなのだ。」
「ああ、そう…。」
エリカさんがジト目で見つめる。
女王はともかく、やっぱりアマリアさんやシルビアさんの三十代前半が一番好みだな。
おっとそんなことより、私は寝ているイレーネちゃんをそっと胸に抱きかかえ、私の身体とこの子の身体にグラヴィティをかけて同調させる。
「じゃあセレスまで真っ直ぐ帰るよ。」
「あ~ぁ。
せっかくエッチスケッチワンタッチが盛り上がる所だったのに~」
そんな懐かしい言葉、あんた本当にネイティシスの人?
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セレスの、ラミレス侯爵屋敷玄関前に私たちは降り立った。
抱きかかえているイレーネちゃんの目が、何故かきっかりとそこで開く。
「うーん… うう… あれ…? ここどこ?」
「ここはセレスだよ。わかる?」
「え? ええええ!?」
玄関の戸が開くと、ローサさんが出てきた。
「何事ですか!? あっ マヤ様お帰りなさいませ。
おや? その子は…??」
「ローサさん、済みません。
後で説明しますね。」
私はイレーネちゃんを下ろして、私の前に立たせて私はこの子の背に合わせて跪く。
「ここはセレスにある領主様のお屋敷なんだ。
アルタスの村の場所がわからないから、ここで調べてからお家へ連れて帰ってあげるよ。」
「セレスって? そんな遠くまで私来たの?
領主さまぁ? あわわわわわわ…」
うむ、セレスと領主の意味はわかっているようだ。
そこへパカパカパカと蹄の音が聞こえる。
馬車が玄関前に乗り付けてきた。
どうやらパティたちが丁度お出かけから帰ってきたらしい。
ドヤドヤとパティ、ルナちゃん、セシリア様の順で馬車から降りてきた。
「ふわぁ~ まだお腹いっぱいですわ~
お夕食が食べられるかしら。」
「パトリシア様は屋台で食べ過ぎですよもぅ。
あら、マヤ様もお帰りだったんですね。
……その子…どうしたんですか?」
「あらまあ。服が濡れてますわね。
マヤ様どうかなさったんですか?」
「ああ、実は…」
私は皆に事の成り行きを説明した。
イレーネちゃんは緊張してか、私の袖口をつまんでブルブルと震えている。
農家の子が突然大きなお屋敷に連れてこられて知らないお姉さんに取り囲まれているのだから当然だろう。
「それでセシリア様。
今日連れて帰っても暗くなってしまうので、今晩泊めてもらって明日の朝になったらまた私が連れて帰りますから…よろしいですか?」
「ええ勿論構いません。
領民の保護ということですからお父様も承知して下さいますわ。」
「ありがとうございます。
ルナちゃん、この子を一緒にお風呂へ入れてやってくれないかな?」
「承知しました!」
「ローサさん、この子の服を明日までに洗濯しておいてくれますか?」
「かしこまりました、マヤ様。大急ぎで仕上げます。」
「そうそう、着替えは私のお古がありますから、それを着てもらいましょう。
きっと、とても可愛いですわ。うっふふっ」
セシリア様の笑いが少し怪しくて、イレーネちゃんが心配になってくる。
でも大人ばかりの屋敷で子供服を用意するのは、セシリア様に任せるしかないか。
ということはセシリア様も、やっぱり子供の頃は女の子の服だったのか…。