第百二十七話 アーテルシア再び
第五部のクライマックスです。
(今回からマヤ視点に戻ります)
私はエリカさんを脇に抱えて玄関先からスゥッと飛んだ。
エリカさんがジタバタしていたが、すぐに大人しくなる。
「マヤ君の逞しい腕で抱かれて飛ぶのも悪くないわね。にゅふふ」
相変わらずブレない人だ。
大した意味は無いがそのままエリカさんを抱えて、道を外れて南西にある荒野へ向かっているときだった。
セレスからはもう十キロほど離れている。
「マヤ君! これは何か来るよ!」
「ああ、あの時の魔力波動とそっくりだ。」
飛んでいる最中、急に悪寒のような魔力を感じた。
波が来るようにドドドっと身体に感じる。
その波が来ている方向へ私たちはそのまま向かった。
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荒野だが樹木が少し多めで丘陵地になっている場所に降りた。
すると十メートルほど先で黒い穴が開き、広がっていく。
間違いない、デモンズゲートだ!
人の背丈より少し大きめな穴からゆっくり出てきたのは…
察したとおり破滅の神アーテルシアだった。
格好は前と同じ漆黒のドレスに鎌を持っている。
『やっと街から出てきたか…。』
「だから何だというんだ?」
『探すのが面倒だからに決まっているだろう。
それから、おまえもわかっているようにデモンズゲートは魔素が濃い場所でしか開かん。
ま、街ごと吹き飛ばせば済むことだが、それでは興が削がれる。』
ということは、私がセレスにいるということはわかっていたのか。
だがそれ以上のことがわからなくて、街から出るのを待っていた…。
そうか、あいつの魔力検知精度はかなり低いということか!
街を吹き飛ばすほどの力があるんだな…。恐ろしい。
「で、俺に何か用なのかな?」
私がこう言うとアーテルシアの表情がみるみると鬼のように変わる。
『ぬ…くっく… 忘れたのか!!
私の…、私のお尻とぱんつを見ただろう!!』
「あれはエリカさんのせいじゃないか!
俺は偶然見ただけだぞ!」
「仕方ないじゃない!
もし圧力障壁に気をまわしていたらおしっこちびってたわよ!」
「おしっこちびってたほうがましだよ!」
『何を仲間割れしているんだ…。
マヤ…、私のお尻とぱんつを見たおまえが一番許せない…。』
「ああ、とても綺麗なお尻で感激したよ。うむ。
宇宙一のお尻だった。」
うーん、確かに綺麗なお尻だった。
白くてもちもちしてそうで、美味しそうなお尻だ。
でも本当のことを言うとアマリアさんのお尻が一番好みだ。
マッサージをしただけだが、一度お尻の割れ目に顔を挟まれたい。
「ちょっとちょっと… 何言ってんの? バカなの?」
エリカさんが小声でそう言うが、勝ち目が無いんだから褒めておくしかない。
『そうだろうそうだろう…うふふ…
…って、おまえは地球とこのイスパルの女の尻しか見たことが無いだろうが!!
そんな狭い世界でお尻の何を見たのだ!?』
え? 一か八かのお尻褒めだったのに、食いついた!
「あ… ああ…、サリ様のお尻を見たよ。
いや…正確には、ハーフバックのぱんつからはみ出たお尻だけれど。」
『何だと!? で、当然私の方が綺麗なんだろうな?』
「ああ、勿論だとも。あなたのお尻は愛の女神のサリ様より素敵だ!」
『そうかそうか。
愛と美の女神とほざいているサリより綺麗か。アッハッハッハ!』
アーテルシアは踏ん反り返って大笑いしている。
気を良くさせて少しでも時間稼ぎが出来ればいいんだけれど、どうやって逃げようか。
街を吹き飛ばす力があっても興を削ぐと言っていたから、今殺すようなことはしないはず。
「それであんたは今、俺をどうしたいのかな?」
『お前も尻を見せろ。』
「尻? 俺の尻が見たいの?」
『そうだ。』
「わかった…
それで今日は気が済むんだね?」
『見てから考えてやる。』
はぁ~ 俺の尻一つで済むんならさっさと帰ってほしいよ。
よりによって今日はビキニパンツだ。ちょっと恥ずかしい。
「マヤ君… 君のお尻を見せてそれで済むんだったらいいけどさあ…
お姉さん悔しいよ… マヤ君のお尻は私の物なのに… ううっ…」
泣くほど悔しいのかよ。
「じゃあ今からお尻を見せるから、しっかり見て欲しい。」
『さあ早く見せてくれ!』
私はアーテルシアに対して後ろを向き、ズボンのベルトを外す。
そしてズボンを下ろし、革ジャンをたくし上げて見えやすくした。
『なっ… そのぱんつは… はわわわわわ
卑怯だぞ! そんなエッチなぱんつを履いているなんて!』
え? 普通の黒いビキニパンツなんだが、そんなにエッチなのか?
まさか男性に慣れていない? 神が? そんな馬鹿な。
だがアーテルシアは両手で顔を半分隠しながら見ている。
「じゃあぱんつも下げるからな!」
『うううううんっ よかろう!』
私はゆっくりビキニパンツを足首まで下げて、下半身丸出し状態になった。
荒野の真ん中で下半身をさらけ出すのは開放感があって気持ちいい半分、何かを失ったような気がする半分だった。
「はぁはぁはぁ…
マヤ君、私からは君のアレがよく見えるよ。美味しそう。はぁはぁ」
エリカさんはこんな時でもいつもの調子だ。
私のお尻はエリカさんの物でもないし、アレは食べ物でもない。
アーテルシアにはお尻を見せているが、私の前にいるエリカさんには前が丸見えだ。
今日のパートナーはエリカさんだったからまだ良かったものの、パティやヴェロニカだったらこの尻出し作戦は使えないだろう。
軽蔑の目で見られること間違いない。
私はさらにお尻を突き出した。
『あ… ああ… なんて綺麗な尻なのだ…。
これが男の尻なのか?
丸くてプリッとしている…、まるで女の尻だ…。』
ああ… 言われてしまった。
子供の頃に、「あいつお尻プリプリ」だなんてからかわれていたからなあ。
王都へ入るときにエリカさんとエルミラさんからお尻が綺麗だと言われたのと思い出しだ。
自分でいつも眺めているわけではないから、自分で綺麗なのか自覚は無い。
「マヤ君! また何か来そうだよ!」
「この大魔力はもしや!?」
『なにぃ!!??』
私とアーテルシアの間で、急に光るものが発生した。
眩しく光った後、ふわっと収まったら見たことがある姿。
そう、女神サリ様だった。
『あのねえ! マヤさん!!
私のお尻よりこいつのお尻が綺麗だって!?
信じられない!!
こんな所で下半身丸出ししてあいつに見せるなんて、バッカじゃないの!?』
サリ様が私の両肩を掴んでガクガクと震わせる。
さすが神様。見た目は女の子でも力が強い。
「ああいや…、ここを切り抜けるためだからやむを得ず…。」
私はそそくさとパンツとズボンを履いた。
まさかサリ様がここに現れるなんてなあ。
待てよ。今までサリ様は私たちのやりとりをずっと見ていたということか?
『で、あいつがアーテルシアね。
うーん……全然知らないわね。
なんなのあいつ?』
『サリ… おまえは… おまえは!!
五百七十二年前の私が子供だった頃、天界の神門殿に一つしか無い女子トイレに行こうとしたら、おまえが先に横取りして私は間に合わなくなって、いろいろ漏らして恥を掻いたんだぞ!!』
あぁ…、神様でもそういうことがあるのか。
トイレに行きたくてスピード違反なんて日本でもよく聞いたからな。
小学校でも、お漏らししてしまったら何年経っても言われてしまう。
まさにトイレへ行けなくて人生が変わってしまう、恐ろしいことなのだ。
『あ… あの… ごめんね。全然覚えてない…』
「あーそりゃ怒るわね。」
「まさかそれを逆恨みしてこの世界に意地悪をしているのか?」
『違う。それは私の暇つぶしや趣味と言ったろう。
おまえについている神がよりにもよってサリだというのが最近わかって、ムカついているのだ!
サリは五百七十二年前にはもう大人の神で、天界でもすでに有名だったから誰でも知っている。
そんな神がトイレを横取り!? ふざけるな!!
ああああああムカつく!!』
『返す言葉が無いわ…
でもそれとこれとは別よ!
この世界で悪さをするなら、私が叩き潰す!』
容赦ないな、サリ様は。
でも神様相手ならば神様しかいないから、頼りになる。
それにしても五百七十二年前もの恨みを未だに持っているなんて、粘着質の神かもしれないな。
あ~ 嫌だ嫌だ。
『やれるものならやってみろぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!』
「ヤバいぞ! 何かやるかもしれない!」
アーテルシアは持っている鎌を振りかざすと、背後にあるデモンズゲートの中から無数のブラックボールがバッタの大群のように出てきた。
「最悪だ! あんな数でやられたら女神装備でも耐えられない!」
『ふふん、見てなさい。
私が今からバリアを張ります。
あの黒い球は数が多いけれど、千個ぐらいしかないわ。
それが向かってきたらマヤさんのその刀で、光の魔法剣を使って滅多斬りにしなさい!
光の魔法の攻撃はバリアを通すから問題無いわ。』
「おお、そんなことが! よし!」
「マヤ君頑張れ~!」
空中を浮いているブラックボールの大群は私たちを半包囲し、今にも攻撃をしてきそうな体勢だ。
だがこいつらの性質はこちらが撃たないと攻撃してこないはず。
?? なに? 光った!?
『もうバリアは張ってあるわ。でもいつまで持つかわからない。
すぐ攻撃しなさい!』
サリ様がそう言った瞬間、ブラックボールが私たちに光線の集中砲火を浴びせる。
すると私たちの数メートル上でバリアの効果があり、光線がそこで止まっている。
くっ 光線が眩しすぎる!
『さあマヤさん、早く討ちなさい!
あの数ならでたらめにやっても当たるから!』
「くぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!
でぃえぇぇぇぇぇぇぇい!!!!」
私は久々な出番の【八重桜】にライトニングカッターの魔法を込めて、ブラックボールに向かって無差別に刀を振りまくった。
一振りで数十は破壊できている。
前にザクロの林で、そのまま刀を振りまくった時とは比べものにならない威力だ。
こんなことなら早く気づくべきだった。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
『なっ! バカな! マヤの力がこれほどとは!!』
ブラックボールが残り百個を切ったあたりでバリアの効果が切れて、私にめがけてレーザー攻撃が集中する。
『攻撃されている最中はバリアが張れないわ!
早く片付けなさい!』
ここまでバリアが二分ほどしか持たなかった。
ブラックボールの光線はなんという威力だ。
あとは女神パワーの防御力を付したこの革ジャンとカーゴパンツが頼りだ。
「ぬわりゃぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
ぐぁぁぁぁ! 痛い!!
やはり女神装備でもザクロの林の時のように完全には防ぎ切れていない。
だが十回ほど刀を振ったあたりで全滅させることに成功した。
「はぁ はぁ はぁ…
どうだ… アーテルシア…」
『クッ 見事だ…
サリのせいでつい頭に血が上ってしまった。
暇つぶしのはずが、こんなことまでするつもりはなかったのに…
今日はこれで退散する。
マヤ、いずれまた会おう。』
アーテルシアはそう言って、デモンズゲートの暗闇の中へ入り、見えなくなった。
それからデモンズゲートもすぐに消えた。
『ふうぅ~ アーテルシアって思っていたより強かったわね。
もしかしてダメかも?なんてちょっと思っちゃった。
やるわねぇ~マヤさん!』
「サリ様! 子供相手に割り込んでトイレに行ってちゃダメでしょ!
サリ教の本尊でしょ!
神官や信者が聞いたら嘆きますよ!」
『え… たぶん五百七十二年前のことはトイレへ急いでいたんだろうしぃ~
サリ教が出来たのは五百年くらい前でその時は無かったしぃ~』
神様でも言い訳をするのか… はぁ…
マルセリナ様にはこんなこと言えないな。
「また私を狙ってやって来ますよ。
私が行く所、みんな危ないし迷惑がかかるじゃないですか…」
そうなんだよ。
私がマカレーナに住んでいたら、マカレーナに人たちに迷惑がかかる。
ということは、今は魔女の結界が張ってある王都に住んだ方がいいのか?
いや、王都に住んだところで他の地方でアーテルシアが嫌がらせをする可能性だってある。
一体どうすればいいんだ。
「マヤ君、アーテルシアはたぶん気まぐれだからいつ来るのかもわからないし、国が滅ぶような極端なことにならない限りは仕方がないんじゃないかな。
さっきも、あんな派手な攻撃をするつもりじゃなかったって言っていたし。」
「昔、ルナちゃんの故郷が魔物に滅ぼされたと聞いたよ。
それにマカレーナでパティやマルセリナ様が殺されかけたような事件は、あれはアーテルシアが魔物を制御し切れていなかったのかも知れない。」
「うーん…、困ったねぇ…」
『これからは私が集中して様子を見ることにするから大丈夫よ。
アーテルシアのことは極力他人に話さないこと。いい?
特に今日起きたことは私たち三人だけの話にしましょ。』
「サリ様が出てきてからアーテルシアが余計に怒ったんじゃないですかね?
あんまり出てこないほうが良いのでは?」
『それもそうだけれど… あはは…
いずれにしても今までより監視強化をするから。』
サリ様は頭を掻いて誤魔化そうとしている。
まあいいや…
今のところサリ様無しでアーテルシアを退治出来そうにないし、今まで通り魔素が濃そうな場所をうろついてアーテルシアが出てくるのを待つしかない。
それも大変だなあ…