第百十四話 王宮を出発/寂しい別れ
今回は登場人物が多いので、混乱しないで下さい(笑)
マドリガルタ滞在最終日の朝。
王宮には三週間以上滞在させてもらって、長かったようなあっという間だったような、いろんなことがあり、思い出がたくさん出来た。
本来の目的は叙爵なのだが、出会いの機会にとても恵まれた。
特にマルティナ女王陛下、インファンテ伯爵、ガルベス公爵と、この国でとても影響力ある人物とのコネクションを得ることが出来たのはとても意味がある。
プライベートでは、私専属のお世話係にルナちゃんが着いたことが大きな変化だった。
ヴェロニカ王女、リーナ嬢、シルビアさん、レイナちゃん、エステラちゃん、レティシアちゃん、他にも素敵な人たちに出会えて、私のこの人生でのターニングポイントと言えるマドリガルタの滞在だった。
いつものように朝の七時、ルナちゃんが部屋へやって来た。
私はまだ布団の中にいる。
「おはようございます、マヤ様。
ちゃんと起きてますか?」
「あ~ 起きているよ~」
「それは起きていると言いません。
ただ目が覚めてベッドの中にいるだけです!」
ルナちゃんは掛け布団を勢いよくひっぺ返した。
「ああ… いつもお元気ですね。」
私の分身君は朝からテントを立ててご満悦のようだ。
毎度のことながら、ゆうべはあれほど女王に吸い取られたのに回復力はすさまじい。
「主人が元気でいることは、従者の君のためでもあるんだよ。」
「そんな姿で言われても格好良くないですから。
さあトイレに行って顔を洗って、お着替えしましょう。」
もう恥ずかしがることもなく、サラッとあしらわれる。
私はこの部屋で最後の朝の儀式を済ませ、三週間あまり世話になった部屋にお別れをし、朝食を食べに食堂へ向かう。
でもまた来る機会が近いうちにありそうだ。
服装は貴族服タイプの女神装備を着用している。
結局、滞在している間はエリカさんやパティたちがこの部屋へこっそり遊びに来ることも無かった。
警備上、女王がいるフロアにはあまり人が出入り出来ないようになっているけれど、エリカさんは最初のうち女の子の日が長かったみたいだからお誘いがなかったのはわかる。
それから一回あっただけでその後何も無いというのも不自然だし、まさか女王とのことがバレていないだろうか。恐ろしい…。
---
朝食後、私はエルミラさんと一緒に直接馬車置き場へ。
荷物は前日に大方積んである。
しかしまあ、雨避けのカバーを掛けているとはいえ屋根の上にもたくさん荷物が積んであり、ほとんどパティやエリカさんのものだ。
セルギウスなら問題無く引っ張れるが。
馬車とセルギウスを繋げるため、ここでセルギウスを召喚する。
「お~い、セルギウスぅ~!」
ぼわわわわわわん~
『よお、何かあったか?』
「今日はマカレーナへ帰る日だよ。よろしくね。」
『おおそうか。
で、愛しのロサードちゃんはどこだ?』
「そのうち玄関前に来るだろうから、慌てなさんな。」
『お、おう。そうか…。
じゃあ早く準備してくれよな。』
レイナちゃんが乗っていた馬車を引っ張っていた、ロサードという名の牝馬に一目惚れをしたセルギウス。
彼が急かしてくるので、馬車に繋げるハーネスを取り付けるためエルミラさんと私で作業をする。
「さあ終わった。玄関前まで行こうか。」
---
王宮玄関前。
パティ、エリカさん、そして今回の道中に加わるルナちゃんが待機しており、見送りにフローラちゃん、モニカちゃん、ロシータちゃんも来ていた。
ヴェロニカ王女も見送りに来てくれたようだが、珍しくエルミラさんと同じ白いブラウスと黒のパンツスタイルだ。
しかしレザーのスーツケースを手に持っている。はて?
「マヤ、今日からよろしく頼むぞ。
出発はまだなのか?」
「九時出発だけれど…、え? 今日から?」
「ん? 私も付いて行くから今日から世話になるということだが…、えっ?」
「は? はぁ!? 聞いてない…。」
「おかしいな。
母上にもエルミラにもとうの前に言っていて、マヤにも言ったつもりだが…。」
「え…、何で??」
「私はマヤとエルミラの強さに感銘を受けて、もっと強くなりたいと思った。
それにローサという君らよりもっと剣術に長けている先輩もいらっしゃると聞いた。
だから私もマカレーナへ行ってもっと力をつけるため、研修という名目でしばらく世話になるつもりだ。
パトリシア嬢にも言ってあるぞ。」
「ええ、私も数日前に聞きましたわ。お父様なら大丈夫でしょう。」
「母上からガルシア侯へ、私が親書を渡すようになっている。
必ずうんと言うだろうと聞いた。ハッハッハ!」
女王のことだからな…。
何か弱みにつけて強引にということも考えられる。
恐ろしや…。
そういえばゆうべは女王からそれとなく匂わせる言葉があったが、そういうことか!
ヴェロニカも実はサプライズでとぼけてたんじゃないのか?
「お姉さま゛ぁ~ モニカのことを忘れないでぐだざいね゛~ うぇーん!」
「よしよし。そんな遠くない日に来られると思うから。」
エリカさんに、モニカちゃんがべそかいてぱ◯ぱ◯スタイルで抱きついている。
これは、エリカさんが夜に私をあまり誘わなかった理由が見えたかも知れない。
門の方から大急ぎでやってくる馬車とグレーの馬が見える。
レイナちゃんたちではなさそうだ。
馬車が私たちの目の前で停まる。
「ふぇ~ 間に合ったようじゃのう。」
「お嬢様、慌てて降りると危のうございます!」
馬車から降りてきたのは、リーナ嬢とお付きの婆やだった。
まだ少し時間があるからそんなに慌てなくても良かったのに。
「マヤ、約束通り見送りに来たぞ。
あっ! 嫌みたらし王女!」
「リーナ、久しぶりだな。ふふん」
「なんじゃその格好は!? まさか…」
「マカレーナに強者がいると聞いて、強くなるために研修に行くのだ。」
「ぐぬぬぬ… マヤと一緒に行くのか? ずるいぞ!」
「んん? 国のために強くなりに行くだけだ。何も問題無かろう。ふふ」
「マヤ~ 妾も連れて行ってたもれ~ うわぁん~!」
「ああいや…、ご家族がうんと言わないでしょう…。」
「そうですよ、お嬢様。無理を言ってはいけません。」
何だかヴェロニカとリーナは従姉妹同士であまり仲がよろしくない。
ヴェロニカも少し大人げないなあ。
婆やが諫めているが、リーナはわんわん泣いている。
私は膝を折ってリーナの目線に合わせ、頭を撫でた。
「リーナ、すぐ会えるさ。
また一緒に飛ぼう。
エレオノールさんの料理も美味しかったから、食べに行きたい。
お土産はマカレーナの近くで採れるオレンジだ。」
「グズん… 必ずじゃぞ…。」
リーナはふいに私の額にキスをした。
その瞬間、彼女がヴェロニカをチラッと見たときにニヤッとしていた気がする。
ヴェロニカは、ぐぬぬ顔だ。
リーナも策士だな…。
リーナの頭を撫でながら立ち上がると、今度は白馬が引いている馬車がやってきた。
『おおおお!!!! ロサード!!!!』
「ヒヒヒヒヒヒーン!!」
「おいセルギウス! 急に飛び出すと馬車が倒れるぞ!」
何とかセルギウスを諫めて、馬車は無事である。
レイナちゃんたちがやってきたようだ。
いつもの三人組が馬車からぞろぞろと降りる。
「マヤ様! 間に合いましたね!」
「…………。」
「マ、マヤ様!」
二人は笑顔だが、エステラちゃんは無言で寂しげな表情をしていた。
下着姿であんなこともあったし、私も少し緊張してしまう。
セルギウスはロサードと見つめ合っていて、微笑ましいというか妖しい雰囲気なのか、馬同士の愛ってそんなものだろうか。
「マヤ様、昨日はお母様のお店でたくさんお買い物をしてくださったんですね。
どうもありがとうございます!」
「あー、私は何も買っていなくて、そこでメイドと抱き合っているエリカさんが払ったから…ああ…」
「お礼を言いたいですが、お邪魔のようですね。あはは…」
エリカさんとモニカちゃんは熱い抱擁を続けている。
こりゃあ黒だろうね。
「あ… マヤ様…」
「どうしたの? エステラちゃん。」
「ううん… なんでもありません。
どうか…お気を付けて…。」
エステラちゃんが少し涙ぐんでいたので、私は指で拭って手を握った。
すると、エリカさんを除いて、パティやヴェロニカ、リーナたちがじーっと私をジト目で見ている。
「え? あぁ… みんなどうしたのかなあ。
しばしのお別れだけれど寂しいねえ~ あははは。」
「ああああのマヤ様。これ、今朝作ったんです。
道中に皆さんで召し上がって下さい。」
レティシアちゃんが手渡してくれたバスケットの中には、美味しそうで良い匂いのクッキーがたくさん入っていた。
「レティシアちゃん、どうもありがとう!
美味しく頂くよ。」
リーナが物欲しそうな顔をしていたので、クッキーを二枚だけあげた。
「おおレティシアとやら。有り難く頂くぞ!」
リーナはその場でクッキーを美味しそうに食べ始めた。
婆やは苦笑し、レティシアちゃんはニコニコしている。
パティまで物欲しそうな顔をしているが、後でいくらでも食べられるでしょ!
レイナちゃんが耳打ちで私に話しかけてきた。
「今日はマヤ様がデザインした下着を履いてきているんですよ。
とても履き心地が良くて素敵です。ふふ」
え? 普通のボクサーパンツのことかな?
もしかしてエリカさんと魔女がもらっていたメッシュの透け透けぱんつか?
興奮するなあ。
「母上!」
ヴェロニカが声をあげたら、いつの間にか女王が玄関口まで来ていた。
「そろそろ出発かしら。何だか楽しそうね。
あら、リーナ。お久しぶりね。
あ、叙爵パーティではお祖父様と一緒だったわね。」
「じょ、女王陛下。ご機嫌麗しゅう…」
リーナは派手なオレンジ色のドレスを着ており、カーテシーで挨拶をする。
女王に対しては敵意を持っていないんだな。
リーナは女王に撫で撫でされ、えへへという笑顔になる。
「レイナルドにはよろしくね。いろいろと…うふふふふ」
「ああ…、はい…。」
帰った時に、ガルシア侯爵の反応がちょっと怖いな。
私も女王から親書をもらっていてルナちゃんのことが書いてあるだろうが、私の直接の従者になるから屋敷内での処遇が心配だ。
「お見送りの方がみんな揃ったようなので、そろそろ出発します。
皆さん、いろいろお世話になりました!」
「お姉さまぁ~!!」
「モニカぁぁぁぁ!!」
まだエリカさんとモニカちゃんは抱き合っていた。
妄想するとわくわくしてくるな。
「フローラ、ロシータ、早くまた一緒に仕事が出来るといいね。」
「ルナ、元気でね! お手紙頂戴ね!」
「ルナちゃん。身体に気を付けて、向こうでも頑張ってね!」
「ありがとう。モニカにもよろしく言っておいてね。あはは…」
王宮メイド組のお別れの挨拶も済んだようだ。
早く四人とも私の従者になれるよう、彼女らに安定した給金が支払えるくらいの収入を得ないとなあ。
「では母上! 行って参ります!」
「ヴェロニカ、無理はしないでね。
たまには手紙を書くのよ。」
「はい!」
母子らしい見送りの言葉だね。
私も彼女を護る責任があるから、女王が悲しむことがないよう気を付けねば。
「マヤ、パティ、またすぐマドリガルタへ来るのじゃぞ。」
「リーナ、大丈夫よ。マヤ様だけだったら一日で来られるのよ。」
「うん…。」
パティが声を掛けたが、リーナは元気が無さそうだ。
私はリーナの小さな手を握る。
せっかく友達になれたのに離ればなれになるのは、子供にとってつらいことだ。
一日で行ける距離だけど、かなりきついなあ。
「じゃあレイナちゃん、エステラちゃん、レティシアちゃん、ありがとう。
また会える日を楽しみにしているよ。」
私は三人に握手をして別れを惜しんだ。
レイナちゃんとレティシアちゃんは笑顔で送ってくれたが、エステラちゃんは目が潤んでいた。
エステラちゃんの気持ちを今は受け止めてあげられないけれど、しばらくすれば彼女の気持ちが変わるかも知れない。
二、三年もすればもっと立派なレディになるだろうから、他に良い相手が見つかるかな。
私たちマカレーナ組の四人に加えて、ヴェロニカとルナちゃんも馬車に乗り込み、道中六人と魔獣一頭の旅になる。
前の席は私を真ん中にパティとルナちゃん、後ろの席はエルミラさんを真ん中にエリカさんとヴェロニカという席配置だ。
「おーい、セルギウス。
名残惜しいがもう出発するぞ。」
『もう出発の時間か…。愛しのロサードちゃん、また会える日まで…。』
「ヒヒヒヒヒーン!」
九時を少々過ぎて、セルギウスが引っ張る私たちの馬車は王宮玄関前を出発した。
見送りのみんなが一生懸命手を振るのを見届けて…。
私ととルナちゃんは両側のドアから乗り出し、門まで手を振り続けた。