第百十話 エトワール国の女シェフ、エレオノール
ガルベス公爵の屋敷の一室にて。
二十畳ほどの広さではあるが、屋敷の規模を考えると小さな個室みたいだ。
ここで、リーナとパティ、私の三人で昼食を取る。
リーナが婆やと呼んでいるメイドと、二十歳過ぎの若いメイドが付き添いで脇に立っている。
リーナは少し興奮した様子でテーブルの上座に座り、私たち二人はその両側だ。
「妾は友達と食事をするのは初めてじゃ!
お昼ご飯だけはいつもここで食べておるが、何だか違うところにいるようだのう!」
なるほど。リーナの昼食専用個室というわけか。
それはそれですごい。
「パーティーでは他の子供達と一緒に食べないのかい?」
「この家のパーティーはあまり子供が来なくてのう。
大人達の中で、一人で食べていることが多くてな。
おお、たまに近づいてくる妾より少し年上の男もいるが、どうも悪い目をしているやつばかりでのう。
相手にしておらんのじゃ。」
「女の子は来ないの?」
「ガキのくせにゴマすりやおべっかで来るやつばかり。
そんなやつはいらん。
妾と対等にしてくれるのはマヤとパティだけじゃ。
だから友達になろうと思った。」
そうか…。この子はこれで人を見る目があるということか。
それ故に人を選びすぎて友達が出来ないのも一つの理由だろう。
レティシアちゃんみたいに純粋な子なら友達になれそうなんだがなあ。
そうしているうちに、食事が次々に運ばれてきた。
「おお~ 今日は妾の好物のハンバーグじゃ!
美味しそうだのう!」
……これはどう見てもお子様ランチですよ。
だが日本でも流行っていた大人のお子様ランチよりさらに豪華にした感じだ。
他に野菜のテリーヌ、ポテトサラダ、ふわふわのスフレ、バターライスなど、これは全部子供が食べられる量なの?
パティは目をキラキラさせており、もう周りが見えてないようだ。
飲み物は当たり前のようにオレンジジュースである。
「リーナ、私もハンバーグは大好物だよ。
チーズまで乗ってるなんて、すごく美味しそうだね。」
「そうであろう、そうであろう。
妾はチーズハンバーグに目がないのじゃ!」
リーナは満面の笑みでハンバーグを頬張っている。
日本のチーズバーガーを食べさせたら大喜びだろうに。
パティも「うーん、美味しいわ。」と言いながらご機嫌良く一生懸命食べている。
二人とも食べた方が良く似ていて、幼女どころかこれじゃ幼児だよ。
口の周りがベタベタになるたび、リーナには婆やが、パティには若いメイドが口を拭いてあげている。
いい加減パティには貴族レディとして食事のたしなみを身につけて欲しいものだ。
「お嬢様…、ちゃんと噛まないといけませんよ。」
「うーん、わかっておる。
今日のハンバーグはとくに美味いぞ。
婆や、エレオノールにそう伝えておいておくれ。」
「かしこまりました、お嬢様。」
このお子様ランチを作ったのはエレオノールさんというのか。
イスパル王国ではあまり聞かないフランス女性っぽい名前だ。
お子様ランチのメニューもフランス料理っぽいから納得した。
「私はこの卵焼きが気に入りましたわ。
これはエトワールの料理ね。初めて食べましたわ。
ふわふわでとても甘いの。うふふふ」
「うむ。エレオノールはエトワール国出身のシェフなのじゃ。
あの国の料理はイスパルより美味いからな。
おおそうじゃ、マヤ達にもエレオノールを紹介しよう。
婆や、すまぬが呼んできてくれないか?」
「お嬢様、エレオノールはまだ忙しいと思いますよ。
一応聞いてみますが…。」
「忙しかったら仕方がない。
だが妾の大事なお客が来ているのだから頼む。」
「かしこまりました。」
婆やはエレオノールさんを呼びに行った。
名前からして明らかに女性なんだが、どんな人なんだろうなあ。
この世界でもフランス料理が食べられるのなら、是非エトワール国に行ってみたい。
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十分ほどしたら、婆やがコックコートを着た若い女性を連れて来た。
金髪碧眼でショートヘア、ややたれ目でそばかすが少しある。
童顔だけれど歳は二十代前半かな。
コックコートがはち切れそうな胸は、Eカップはありそうだ。
「あ、あの…お嬢様。何事でしょうか?
まずかったですか? 申し訳ございません!!」
「エレオノール、何を言っている。
今日の料理は特別に美味しかった!
おまえの料理はいつも美味しい。
まずいと思ったことなど一度も無いぞ。」
「ありがとうございます…。」
ちょっとオドオドした雰囲気の女性だが、あの若さでこれだけ美味しい料理が作れるのは相当頑張り屋さんか、才能に恵まれたのだろう。
それと私好みの容姿である。
「エレオノールさん、初めまして。
私はゼビリャ領主ガルシア侯爵の娘、パトリシアと申します。
このふわふわ卵焼きはなんと言うのでしょう?
私、これが特に美味しかったですわ。」
「パトリシア様にお気に入り頂けて光栄に存じます…。
それはスフレというエトワール料理です…。」
「うーん、うちでも作れたらいいのに、難しいかなあ。」
ビビアナやジュリアさんが作ってくれるようになれたらいいけれど、その前に彼女らにも是非食べさせてあげたい。
「私はガルシア侯爵の配下、マヤ・モーリと申します。
このフランス…いや、このエトワール料理は私も大好きです。
他に家庭料理のポトフやキッシュ、ジャガイモのグラタン、ブイヤベース、ラタトゥイユは若いときによく食べましたよ。」
「わあ! 今や時の人のモーリ男爵がそんなにたくさんエトワール料理をご存じだなんて嬉しいです!」
エレオノールさんは先程までのオドオドとしていた感じと打って変わって、目をキラキラさせとても良い笑顔で答えてくれた。
笑顔になるとこんなに可愛いのか。
やっぱり女性は笑顔が一番素敵だね。
それにしても私が時の人って…、そんなに有名人になったのかな。
テレビが無いからあまり顔バレしていないし、民衆がわーっと寄ってくることが無いのだけれど、貴族周りでは名前が広がってしまったのか。
「実は亡くなった母が料理好きで、簡単に作れるエトワールの家庭料理がよく食卓に出ていたんですよ。」
「モーリ男爵のお母様はすごいです!
まさかここでエトワールの家庭料理をよく召し上がっていた方に出会えるなんて、感激です!」
「ほほぅ、おまえはあまり笑顔を見せぬが、それほどマヤが気に入ったか。
マヤが言っていた…あ~…ブイヤベえ…らたっとゅ…もうわからん!
妾もあれを今度食べたいぞ!」
「お嬢様…。料理の名前をご存じないだけで、モーリ男爵がおっしゃられた料理は今までみんなお召し上がりになってますよ…。
ブイヤベースはここでは珍しい海の物を使っていて、ラタトゥイユは野菜をたくさん使った、どちらも煮込み料理です。」
リーナ嬢はどや顔で言っていたが、エレオノールさんは残念そうな表情で彼女を見つめる。
私も子供の時は何だかよく分からず当たり前に食べていたから、しょうがないだろう。
「そ、そうか…。妾も勉強せねばならんな…。
また今度作って欲しい。
それからこの二人がまた来たら、よろしく頼むぞ。」
「承知しました、お嬢様。
腕によりを掛けてお作りします!」
「エレオノールさん、今日はとても美味しい料理をご馳走様です。
懐かしい味で、母との思い出が蘇ってくるようで胸がいっぱいです。
またの機会を楽しみにしております。」
「キッシュやテリーヌは学校で食べたことがありますが、この野菜のテリーヌは別格でしたわ。
またご馳走になりたいです。うふふ」
「あ、ありがとうございます!
お客様からそのようなお言葉を頂けるなんて、料理人冥利に尽きます。ううう…」
エレオノールさんは感激してくれたのか、涙して袖で拭いている。
すごくいい人そうだなあ。おっぱいも大きいし。
それは関係ない。
「それでは、夕食の仕込みがありますのでこれで失礼します…」
エレオノールさんは一礼して、部屋を退室していった。
もう夕食の準備かあ。大変だ。
ガルベス家は毎日のようにフランス料理が食べられるということか。
とても羨ましい。
コックコートはいいなあ。
ガルシア家はおばちゃんやビビアナ達が、クラシックな給仕服や普通のエプロン姿を来ているから、ビビアナやジュリアさんにはコックコートを着せようかなあ。むふふん
「マヤ様、今のその顔はエッチなことを考えている顔ですよ。」
「こ、こら。ここでそんな滅相なことを言わないでよ。」
パティはいつものジト目で私を見ているが、勘が鋭くなったというのか、私はそんなに顔に出ているのだろうか。
「ふーん、マヤは女が好きか。
いつもは澄ました顔をして、男はしょうがないのう。
エレオノールの大きなおっぱいが気になったか。あっはっはっ」
何で十歳のちんちくりん幼女にまでそんなことを言われるのか。はぁ…
エレオノールさんが来た時点でだいぶん食が進んでいたが、残りを食べてお腹いっぱいになり、二人も満足した顔だ。
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コンコン
「失礼します…。」
ありゃ、エレオノールさんが戻って恐る恐ると部屋に入ってきた。
「お? エレオノール、どうしたんじゃ?」
「まだデザートをお持ちしていなかったようなので、オレンジのミルフィーユをどうぞ。」
エレオノールさんの左手にあるのは、そのオレンジのミルフィーユが三つ乗ったトレーだった。
「☆ふぉぉぉぉぉぉ!!☆
やっぱりエレオノールはわかっとるのう!
愛してるぞ~! エレオノール!!」
リーナ嬢はエレオノールさんにキスしようとしてる顔だが、長身の彼女に届くはずもなく腰の辺りに抱きつく。
リーナ嬢は昼前にああ言っていたが、ただのキス魔なんじゃなかろうか。
「あああお嬢様、ミルフィーユが落ちますからおやめ下さい!」
「おお、取り乱して済まなかった。ミルフィーユは大事だからのう。
ささ、テーブルに準備をしておくれ。」
リーナ嬢はもちろんパティまでまた目が星になっている。
いくら甘い物は別腹でも、あの量を食べてお腹いっぱいじゃないのか。
エレオノールさん自らミルフィーユをテーブルに並べてくれ、リーナ嬢とパティは早速デザートフォークで食べ始めている。
二人とも、うーんほっぺた落ちそうの顔だ。
クリームとオレンジが詰め込まれた三段になっていて、一番上にオレンジの輪切りが乗っていて、オレンジづくしのミルフィーユだ。
私はミルフィーユ自体滅多に食べた事が無かった。
このパリッとしたパイ生地に、ジュワッとオレンジの果汁が口の中に広がり、程良い甘さのクリームがとろける。
美味しい…。
「このミルフィーユ、エレオノールさんが幸せを運んできたかのようですよ。」
「そ、そんな…。照れます…。ポッ」
「マヤは良いことを言うのう。その通りじゃ!」
リーナ嬢の口の周りはクリームだらけ、あいやパティもそうなってる。
マカレーナにいたときより行儀が悪くなってるから、アマリアさんに怒られても知らんぞ。
「ミルフィーユもお気に召して頂いて何よりです。
それではこれで…。」
エレオノールさんは今度こそ退室していった。
いいなあ。何だか彼女に惚れてしまいそう。
はっ! これもガルベス公爵の手が伸びているからではないだろうな?
考えすぎならば良いが、美人局で性的に女性をあてず、溺愛している孫娘をどこの馬の骨みたいな私へ安易に預けたりするのも不自然なのはずっと感じてきたことだ。
ミルフィーユで幸せいっぱいになった二人はおしゃべりをした後に眠くなったようで、婆やに連れられリーナ嬢の部屋へ行ってしまった。
間もなく二時…、ガルベス公爵との会談だ。
残っていた若いメイドの案内で、私は応接室まで向かった。