第百一話 ヴェロニカ、ユニコーンに騎乗する
二日後がインファンテ家にて夕食、三日後がガルベス家にてリーナ嬢のお相手をすることになっているが、今日明日は大きな予定が無い。
そろそろマカレーナへ帰る準備をしなければいけないが、みんなちゃんとしているだろうか。
午前はいつものようにエルミラさんと王女と訓練をする。
王女とは訓練以外であまり会うことがなく、騎士団の仕事や公務をしていることが多い。
ベタベタするのは、体術訓練の時に王女のぷるぷるおっぱいに目を奪われ、時々締められてしまう時ぐらいだ。
出来ればこのまま結婚することがうやむやになって欲しいものだが。
王女のことが嫌いというわけではない。
王女という立場が私にとってふさわしくないというか、面倒くさがりの私には王族とその周りの貴族との付き合いに耐えられるかどうかだ。
魔物退治が終わったら安定収入がある何かを経営して、いつかお情けの子爵号でも貰えてのんびり暮らせたら十分だろう。
王女は人付き合いが苦手で、気に入らないことについては悪態をついてずけずけと物申すが、基本的にはサッパリとした性格で、彼女から信頼を得られた相手ならば心を開いてくれとても話しやすい。
そして情が厚く正義感あふれる、そういう人だ。
友としてならばこの上ない。エルミラさんは良い友を見つけられたと思う。
だから、早ければ五日後ぐらいにはマカレーナへ帰るので、またいつ会えるのか可哀想になってくる。
空飛ぶ乗り物が完成したら時々エルミラさんを王都へ連れて行ってあげたい。
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午前の訓練が終わると、王女がこう尋ねてきた。
「マヤ殿。
午後は私もデモンズゲートの探索に同行したいのだが、どうしたらいいんだ?」
おや、珍しい。王女はエルミラさんと仲良ししていることが多かったから、私と二人っきりになるのは滅多に無かった。
あれから結婚の話は持ち上げてこなかったから、徐々に距離を置こうと思っていたのになあ。
「ご存じの通り私はいつも飛んで行ってますが、ご同行の場合はヴェロニカ様を私が背負うようになりますよ。」
「私は鎧を着ていくつもりだがいいのか?
あと前から言いたかったが、いい加減に様をつけて呼ぶのと敬語はやめろ。
私はおまえの嫁になるんだ。呼び捨てでかまわん。」
「じゃあ、マヤ殿と呼ぶのと、時々おまえと言うのはやめましょうね。」
「あ、あぁ。わかった…。」
ヴェロニカは口答えせず素直に了解した。
やっぱり結婚する気満々じゃないか。
それにあと数日で私は帰るのに、淡々としているのも不思議だ。
で、鎧か…。
確かに、訓練の時のぽよんぽよんタンクトップ姿で背負うなら歓迎なんだが、しばらく鎧姿を見ていなかったので忘れていた。
さすがに鎧を背負うのは身体が痛くなりそうだ。
ヴェロニカの身体だけ浮かせて紐で引っ張って飛ぶ方法もあるが、あ~…引き回しの刑みたいになってしまうかもな。
彼女は馬に乗って移動してたよな…。
普通の馬は軽く走る速度で自転車並み、私が飛んで行く速度は馬が全速力で走る速度と同じくらいで、それもあくまで短時間での話だ。
おっぱいプリンがいたアビルの近くの山まで一時間の距離でしかも山越えをしているから、とても普通の馬では無理だ。
馬か…。そうだ! あいつがいるじゃないか!
セルギウスなら馬具を取り付けたらヴェロニカでも乗せてくれるかも知れない。
問題は競走馬並の速度でヴェロニカが耐えられるかどうかだ。
「ヴェロニカ、前にザクロがあった森の近くで私が呼んだ召喚獣のユニコーンが戦っていだだろう。
あれに乗ってみる気はないかな?」
「なに? 召喚獣だと!? うーむ、興味があるな…。」
「じゃあ昼食を食べたらセルギウスを召喚してみよう。」
そういうことで午後からはヴェロニカとデモンズゲート探索へ出かけることになった。
昼食は久しぶりにエルミラさんとヴェロニカで兵士用の食堂で。
私はいつもパティたちと食べることが多い。
エルミラさんはほとんどヴェロニカと兵士食堂で食べていて、最近ガルシア組四人で昼食を食べたのはおっぱいプリンの時だけかな。
兵士食堂のメニューは相変わらずワイルドで、肉肉肉だ。
ガルーダ肉がまだ使われているが、小出しにしないと他の動物の肉が売れなくなって困るということだから仕方が無い。
それにしてもガルーダ肉のニンニクソース煮込みは人気があって美味いな。
食事中のエルミラさんとヴェロニカはますます仲良くなって、あんたら二人で結婚しちゃいないよというくらい楽しそうに話している。
エルミラさんxxxヴェロニカという邪な妄想をしてしまうが、顔に出てしまったようで二人に変な目で見られてしまった。
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そして昼食後。
エルミラさんは、パティがマカレーナへのお土産を買いに行くというのでその警護で同行していった。
ヴェロニカは鎧を着用し、見事なクッコロ女剣士の姿になっている。
鎧プレイをしたいと言ったらきっと馬鹿にされるであろう。
彼女と私は厩舎にある馬具倉庫へ。
その前に自分の馬を見せてくれるという。
何頭も馬がいる厩舎の隅に、美しい白馬がいる。
ザクロの森の時にも彼女が乗っていた馬だ。
「これは私の馬、【レイデオロ】だ。可愛いだろう。」
『ブヒヒン! バルルルル』
「おーよしよし。今日は機嫌が良いようだな。」
ヴェロニカは優しくレイデオロを撫でている。
ガルシア家の馬であるサナシオンを思い出す。
元気にしているかなあ。
「【レイデオロ】は私とアウグスト兄様の兼用なんだ。
私が乗ることのほうが多いけれどな。
アウグスト兄様にも馬がいたんだが亡くなったお父様譲りで、それも三年前に病死してしまった。
兄様は哀しみのあまり、もう自分で馬を持たないことにしたんだよ。」
「そんなつらいことがあったんだなあ。わかるよ。」
「うむ。アウグスト兄様は誰よりもお優しくてな。
それでいて頭脳明晰で勤勉な、尊敬できる方だ。
次期国王として文句なしだろう。」
ああ…、過労死しちゃいそうなタイプだ。
未だに会ったことが無いが、優秀で信頼できる部下がいないのだろうか。
馬具倉庫まで移動し、ここの前でセルギウスを呼ぶ。
「おーい、セルギウス~」
ボワワワワワンと煙を立ててすぐにセルギウスが現れた。
「な、なんだ…。召喚魔法は初めて見たが、そんなに簡単に出来るのか。」
「簡単だけれど、並の魔力量では使えないし、魔獣に気に入ってもらって血の交換をしないとダメなんだ。」
『よぉ。今度は何の用だ?』
「馬が…、馬がしゃべった…。」
いつも堂々としているヴェロニカが珍しくビクビクしている。
『ん? 何だこいつ。俺は馬みたいだが馬じゃねえよ。
人間より高位な存在のユニコーンだ。』
「この国の王女様だよ。頼みがあるんだが、今日はデモンズゲート探索と魔物討伐しに行くんだが、このヴェロニカ王女を乗せて俺についてって欲しいんだ。」
『この姉ちゃんを乗せて行くんかい?
いいけどよ、マヤの速度についていくんだったらこっちの世界の競走馬が全速力で走っているスピードで一時間や二時間耐えられるのか?』
「うむ。毎日鍛えているから大丈夫だ。」
『ほほぅ。その意気込みや良し。後でべそを掻くなよ。』
セルギウスの性格もあるが、ヴェロニカと気が合いそうな感じだな。
うまくやってくれるといいが。
ヴェロニカは倉庫から、予備の馬具を取り出してセルギウスに装着した。
そしてセルギウスの背に乗る。
「セルギウス、似合うじゃないか。
鎧の騎士を乗せてると強そうに見えるぞ。」
『俺は元々強いんだよ。』
「そりゃ違いないな。」
現時点でイスパル王国の中ではセルギウスが最強だろう。
王都へ来る途中でセルギウスが攻撃し、サイクロプスの群れがみんな真っ黒焦げになっているのを見た時はゾッとした。
それにしたも騎乗した鎧姿のヴェロニカは格好いいな。
私は馬と言えば馬車を簡単に操車することしか出来ないし、飛ぶことが出来るようになってその機会すら滅多に無くなってしまった。
騎乗といえば、エッチなことをする騎乗はヴェロニカだとすごいかもしれないなと妄想をしてしまう。
『おい、ヴェロニカと言ったか。
手綱は振り落とされないように持っているだけでいい。
止まりたいときや向きを変えたいときでも、人間と話すように言ってくれ。』
「わかった。よろしく頼む。」
私たちはそのまま王宮を出て、南の方へ向かった。
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セルギウスはヴェロニカを乗せて南方面の街道を爆走中。
その十メートルくらい上を私が飛んでいる。
街道の両側は広いオレンジ畑が延々と続いている。
この畑はシルビアさんとこのエスカランテ家が運営しているオレンジ畑らしいが、なるほど聞いた通りすごい。
実は暖かい南のマカレーナやラガの方面がオレンジをたくさん作っていて、その多くはエスカランテ家が作った品種に入れ替わっているみたいだから、利益は途轍もないだろう。
で、ヴェロニカ王女だが…。
もう二十分も走っているが、鎧を着けているにもかかわらず競馬の騎手スタイルでよくもまあ頑張って乗っている。
競馬の1レースが二分くらいだから、魔獣のセルギウスはともかくヴェロニカの異常なまでの体力はなんなのだ。
『ヴェロニカ! やるじゃねえか! 五分ももたないかと思ったぞ!』
「くぅぅっ これほどまでとはな! だがまだだ!」
楽勝ではなさそうだ。
然しものヴェロニカも身体のことが心配だ。
あと十分したら小休止をしよう。
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周りの景色はオレンジ畑を抜けて荒野になり、私はセルギウスに近づいて並行して飛ぶ。
「セルギウス! 少し休憩しよう!」
『ああ、わかった!』
「私はまだ大丈夫だぞ!!」
ヴェロニカのこういう所は頑固なんだが、競争じゃないぞ。
セルギウスは私の言うとおり停止し、ヴェロニカはぐったりしている。
私が手を貸してヴェロニカを下ろし、道の脇に座らせた。
「やっぱり思ってた以上に大変だったようだね。」
「はぁ…はぁ……面目ない…。」
私は水魔法で水玉を出して、ヴェロニカに飲ませた。
それから騎手は腰の負担が大きいらしいので、念のため身体全体にミディアムリカバリーをかけておいた。
ヴェロニカはみるみるとスッキリした表情になっていった。
『まあ無理すんな。普通の人間がここまで乗れたのは大したもんだ。』
「くぅ、ここで足手まといになってしまうのは情けない…。」
「鎧をいったん脱いだらどうだい? 暑いだろう。」
「そうだな…。」
ヴェロニカがガチャガチャと鎧を脱いでいき、ふくらはぎの部分だけを残す。
上着はタンクトップだが、汗びっしょりじゃないか。
私は風魔法と凍結魔法を組み合わせて、乾いた涼しい風をヴェロニカに当てた。
「ありがとう。魔法は便利だな。母上は使えるのだが、私は使えんからな。
私とアウグスト兄様は父上の血が強いが、マルティン兄様は母上の血が強いから魔法が使えるんだ。」
「魔法が使えなくて悔しいとか羨ましいと思ったことはあるのかな?」
「無いとは言えないが、悩むほどではないな。
その分身体を鍛えて私は強くなった。」
ヴェロニカらしくすがすがしい答えだな。
これで慣れない人に対して人当たりが良ければボッチ飯なんて無かったろうに。
「ん!?」
『マヤ! 今感じたか?』
「ああ、突然強い魔力が出てきて今もそこに留まっている。」
「マヤ! 一体何なのだ?」
「魔物だよ。数は三体しかいないがかなり強そうだ。
しかも初めての魔物かもしれない。
ヴェロニカ、すぐ鎧を着てくれ!」
「わかった!」
ヴェロニカは再び鎧を着直し、セルギウスに乗って強い魔力を感じた先の、荒野を一キロほど西へ私たちは急行した。