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老い花の姫  作者: 柚緒駆
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甘い果実

 リムレモを見下ろすクモの目が輝いた。


「あらまあ、お久しぶり」


 これに風の大精霊は憎々しげに応える。


「ついこの間、会ったばっかりだけどな。氷の海の底に飛ばしたはずなのに、どうやって戻って来た」

「ごめんねえ、悪運強いから」


 と、まったく申し訳なさそうではない笑みを浮かべるクモの向こうで、フルデンスはリムレモの隣に降りて来た。


 リムレモの口元に意地の悪そうな笑みが浮かぶ。


「苦戦してるじゃないか。相性悪いんじゃないの」


 するとフルデンスは、不思議そうにこう答えた。


「ほう、だったらアレを倒せばいいと言うのか」

「はぁ?」


 何言ってんだコイツ、と言いたげなリムレモに向かって、フルデンスは扇をパチンと閉じる。


「倒すだけなら『重力崩壊』で、この街ごと飲み込めば済む」

「……半分くらい本気だろ、それ」


「もちろん全部本気だよ。わらわとしてはリルデバルデの三人だけ生き残ってくれれば良いのだからな」


 ダメだ、コイツとは話ができない。リムレモが頭を抱えていると。


「どうすんの? 選手交代する?」


 頭上からクモの声がする。


「別に二人がかりでもええけどね」

「そうか、では交代だな」


 そう言うフルデンスにリムレモは眉を寄せた。


「おい、勝手に」


 しかしリムレモの言葉を聞かずにフルデンスは背を向けた。


「おまえは上のアレを倒せ」


 そして祭壇を見つめる。


「わらわは、あちらを何とかせねばなるまい」




 占術師フロッテン・ベラルドは言い切る。


「国王は皇太子の娘を引き上げる、と出ております故、ゲンデウス三世王はオブレビシア姫に王位継承権第一位を授けます」

「他の王族を無視してか? 何でそこまで」


 引見室で昼食を摂りながらたずねる俺に、フロッテン・ベラルドは首を振った。


「占術は『何故』を示すものではございません」


 起こる事実しかわからないと言いたいのだろう。パンを口に詰め込み、茶で流し込んだ。皇太子の宮殿で出会った褐色の肌の少女を思い出す。あれがオブレビシア姫か。結局何故あの子を斬ろうとしたのか、ランシャには聞きそびれた。


 王がオブレビシア姫を皇太子と決めるとして、バレアナ姫とロン・ブラアクはどう出るだろう。無闇にケンカをふっかけるとも思えないが、諍いが起きないとも限らない。


「バレアナ姫に危険はないのか」


 俺の言葉にフロッテン・ベラルドは平然と返した。


「危険ならばすでに及んでおります」

「なっ」


 思わず立ち上がった俺に、フロッテン・ベラルドは静かに問うた。


「いまここから、どうするおつもりでございますか」

「どうって」


「王子殿下には転移魔法は使えませぬ。首都での危険よりバレアナ姫殿下を始めとする皆様方を守るのは、フルデンスの役目。いま王子殿下には、この屋敷で傷と疲れを癒やしていただく以外に、できることはございません」


「だからって、何も知らなくていいなんてことがあるかよ」

「ならば姫殿下と王子殿下が逆の立場なら、あなたは姫殿下にすべてを知らせましたかな」


 これには返す言葉もなかった。実際、俺はバレアナ姫に黙って行動することが多すぎたのかも知れない。


 フロッテン・ベラルドは沈黙している。俺に問われたこと以外は意地でも言わないつもりか。俺は立ったままため息をついた。


「……わかったよ。いまはとにかく休む。ところで何時間くらい休めるかな」

「一時間というところかと」


 と、フロッテン・ベラルドはまた平然と言った。




 大聖堂の内側を埋め尽くさんばかりの巨大な黒い蛇が姿を現わした。祭壇の前で国王の壁となっていた衛兵たちは腰を抜かす。それでも半分程度が逃げ出さずに残ったのは優秀と言えるだろう。


 しかし国王ゲンデウス三世は、さらに勇猛であった。オブレビシアの前に進み出ると王者の杖を振りかざす。


「魔性の者よ退散せよ! この王者の杖の威力にて、その邪念打ち砕かん!」


 蛇の頭の上、フルデンスは扇で口元を隠した。


「良いことを教えてやろう、王様。その王者の杖は本物だ。魔を祓い清める力がある。足りないのはおまえ自身の力だよ。それに」


 魔王の瞳が怪しく輝く。


「わらわが用があるのは、おまえなどではないのだ」


 魔蛇の尾が横薙ぎに国王を打ち払おうとした。だが王の足下から突然飛び出した太い木の根がそれを受け止める。


 二本、三本と数を増やした(うごめ)く木の根は、最終的に八本でゲンデウス三世とオブレビシアの周りを取り囲んだ。


「やはりそう来たか」


 フルデンスは笑う。


「この小娘に世界樹の果実を食べさせたね。あの皇太子、なかなかどうして、たいした食わせ者だよ」




 それはうっすらと虹色に輝く不思議な果物。


「食べてごらん」


 父様に言われて一口かじってみたら、甘い。体が蕩けるくらい甘い。気がついたときには、全部食べてしまっていた。


――美味しかったかい


 心の中に声が聞こえる。誰?


――この実の甘さは、命の甘さだ


 命? 何のこと?


――父様は好きかい


 好きよ。父様は大好き。


――なら、私と一緒に父様を助ける力になろう


 父様の……力?




「父様の力!」


 オブレビシアは目を見開き立ち上がった。両目に輝く黄金色の光。大聖堂が振動する。壁面に浮かび上がる木の枝状の亀裂。どの方向を見ても木が浮かぶ。……いや。


「違うな」


 フルデンスはニンマリ微笑んだ。


「この小娘、我らを世界樹の『中』に閉じ込めおった」

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