人造人間
ザカルト・ネーンの首は大聖堂の床に転がり、数秒後に胴体が倒れ込む。周囲に悲鳴が巻き起こったのはその後。だが騒然とする中、国王ゲンデウス三世は王者の杖で床を叩き続ける。それが、七度目、そして八度目で止まった。皆しんと静まり返っている。
「尊い犠牲となってくれたザカルトに、重ねて感謝したい」
王は言った。
「それでは諸君、決を採ろう。オブレビシアの継承権第一位に異論のある者はいるかね」
その場に居合わせた王侯貴族に声はない。それはそうだ、声など出せば殺されるかも知れないのだから。
「うむ、異論はないようだ」
ゲンデウス三世は満面の笑みを浮かべる。だが。
「異論はございませんが、言いたいことはございます」
その声に目を向ければ、立ち上がったのはバレアナ・リルデバルデ。王は目を細める。
「おお、バレアナか。グローマルの娘よ。言いたいこととは何だね」
「新しい皇太子の決定は国王陛下の専権事項、口を出すつもりはございません。ただ一つ、疑問がございます」
「ほう、疑問とな。言うてみよ」
「この決定、オブレビシア親王殿下はご承知なのですか」
バレアナはゲンデウス三世をにらみつけている。王冠をかぶった祖父の隣の椅子にはオブレビシアが座っているが、どう見ても心ここにあらず、ぼうっと虚空を眺めているとしか思えない。
「オブレビシア親王殿下が承知し、理解し、決断なされたのであれば、当方に一切異論はございません。ですが、そうではないとおっしゃるのであれば」
厳しいバレアナの言葉にゲンデウス三世の口元が、ニイッと歪む。
「あれば、どうする」
「手向かい致します」
バレアナの足下の影から飛び出す片刃の曲剣。しかしそれがバレアナの首に届く前に動きを止め、さらに影の中から本体が勢いよく引っ張り出される。それは人間の姿に見えた。
大きな金属音が響いたかと思うと大聖堂の通路に片足で降り立つ人影。左足には木の義足、脇腹から伸びる昆虫のような脚は二本の曲剣を携え、右手には杖を持った褐色の肌の男。
「いやいや、これはちょっとズルいやん」
ニッと白い歯を剥き出し、バレアナの頭上を見つめる。そこには布を重ねた異国の服を着る、口元を扇で隠した魔族が。
「また珍しいモノがおるではないか」
魔王フルデンスの口調には、どこか嫌悪感が漂う。クモは片眉を上げて感心したように鼻を鳴らす。
「フン、わたいのことがわかるんやね」
「わからねば、それに越したことはないのだがな。知識があるのも面倒なものよ」
悲鳴を上げパニックになった王族貴族たちが大聖堂から慌てて逃げ出す。その流れに逆らうように衛兵たちが駆け込んで来たが状況がわからず、衛兵の一人がとりあえずクモを捕らえようとする。一瞬で半分に切り裂かれるのは当然。
衛兵たちは国王を背に回し、三日月陣形でクモとフルデンスに剣を向けた。しかし、二人の怪物はそんなことなどお構いなしだ。
「ちなみに、よかったらやけど質問に答えてくれません?」
クモの言葉にフルデンスが応じた。
「いいぞ、問うてみよ」
「わたいみたいな存在、他にも見たことあるんかな」
「いいや。いかにわらわとて、おまえほど完成された人造人間を見たのは初めてだ。作りかけなら何度も見たがな」
するとクモの目が、嬉しそうに輝く。
「そうやろねえ。この体は唯一無二、奇跡の存在。仲間なんぞおる訳がないか」
「ほう、人造人間が奇跡を信じるのか。これは滑稽だ」
「さすが魔族。口の悪さでは敵わへんわ」
「口だけで済めばいいがな」
途端、クモの姿が消えた。いや、高速で移動したのだ。その姿は真上、大聖堂の天井に頭を下にして立っている。相手はまだ気付いていない、とクモが身構えたとき。目には見えない巨大質量がクモの体を横殴りにした。
クモの肉体は破裂し散乱する、かに思えたのだが。
断片は一瞬で集結し、元通りの体に戻る。まるで平面のように垂直の壁を駆け下り、ジャンプ一つでフルデンスの頭上を取った。
何もない離れた空間から突然吹き出す液体がクモを襲う。けれどそれはクモの体を素通りし、大聖堂の壁を溶かした。
左右からフルデンスの首を狙う曲剣は、しかし扇の一振りで弾き飛ばされる。そのまま壁に叩き付けられるかと見せて、クモは空中に止まった。いや、違う。目を凝らして見つめなければフルデンスでも気付かないほどの、細く透明な糸に立っているのだ。
「ほう」
よくよく見れば、大聖堂の内側に何本も何本も糸が張り巡らされている。
「この僅かの間によくやる」
フルデンスは口元を扇で隠し、目を丸くして見上げているバレアナやロン・ブラアクたちにこう言った。
「頭を低うして目を閉じておれ。間違っても逃げ出したりせぬようにな」
そして再び頭上のクモに目をやると、パチンと扇を閉じた。
途端、稲妻の速度でフルデンスは飛び上がる。閉じた扇の先端がクモの顔面を狙った。だがそこには糸が張られている。凄まじい弾力と恐るべき強度。扇はクモまで届かない。
「やはり切れぬか」
「切れへんのよ、ごめんねえ」
ニッと笑うクモが放った二本の曲剣の突きを、広げた扇で受け止める。後退して距離を取りたいところだが、背後に張られた糸がフルデンスの髪に触れた。
「なるほど、これは動きにくい」
「ご理解いただけたようで」
クモは歓迎の意を表すように四本の腕を広げた。左右の脇腹から、さらに二本の曲剣を持った昆虫の脚の如き物が生える。これで六本腕、両脚を加えれば八脚だ。
フルデンスは鼻先で嗤った。
「腕の数が多い方が偉いのかい」
「偉くはなれへんけど強くはなるからね」
そこに祭壇の方から声が響く。
「何をしておる! さっさと片付けぬか!」
クモはチラリとゲンデウス三世を振り返った。
「ハイハイ、わかってますって王様」
フルデンスが苦笑する。
「宮仕えはツラいな」
「ホンマにね。まあそんな訳やから」
ブン、と唸る音。
「死んでなっ!」
クモの四本の曲剣が四方向からフルデンスに襲いかかった。開いた扇で食い止めるのは二本が限界、後退しようにも背後の糸が邪魔をする。胸を狙った突きと、腹を狙った横薙ぎがかわせない。
だがその二本は停止した。突然巻き起こった風が、高圧の空気の壁を作ったために。
ロン・ブラアクの頭上で、風の大精霊は小指を一本立てている。
「一つ貸しだからね」




