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老い花の姫  作者: 柚緒駆
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北よりの使者

 ロン・ブラアクの眼前に座るのは年老いた、しかし屈強な、だが短躯の男。身長はロン・ブラアクとさして変わるまい。青白い肌に赤毛のヒゲもじゃで、髪の毛は逆立っている。分厚いコートに身を包み、値踏みするように相手を見据えた。


「用件は単刀直入に願いたい。とは言えここまでわざわざ足を運んだのだ、手ぶらで帰るつもりはさらさらないが」


 ロン・ブラアクは答えた。


「ぴーちゃん」

「……何?」


 眉をひそめる赤毛の老人に、ロン・ブラアクの隣に立つヘインティアが通訳した。


「我らの目的にご協力いただけるのなら、我が国の北西にある港湾都市ゲーザンを貴国に割譲すると約束いたしましょう、と殿下は申しております」

「ふむ。確かウストラクト皇太子の所領でしたな」


 老人は目を細める。それ以上は言わずもがな、といった顔だ。


「ぴーちゃん」


 ロン・ブラアクがつぶやき、ヘインティアが訳す。


「我ら勢力が権力を握る上で、不足しているのが軍事力の後ろ盾。しかし貴国が我らの後ろ盾となってくだされば、勝ち馬に乗ろうとする王侯貴族も出て参りましょう。獅子身中の虫たるウストラクトを倒せば、両国関係の改善も期待できるというもの、と殿下は申しております」


「不凍港と引き換えに、貴殿に王位を授けよと。しかしこう申し上げては失礼だが、貴殿にこの国の保守派を抑えきれますかな」

「ぴーちゃん」


「それについてはすでに腹案がございます。ご信頼いただきたい、と殿下は申しております」


 老人はしばらく難しい顔で黙っていたが、やがてこう言った。


「このタンペはかつて帝国ゴルッセムの宰相を務めた身、迂闊な約束はできかねますが、これは我が国に利のある話、持ち帰って政府で検討することはお約束いたしましょう」


「ぴーちゃん」


 頭を下げるロン・ブラアクの隣で、白い軍服のヘインティアはこう言った。


「何とぞよしなに、と殿下は申しております」




 真っ暗な森の中を、遠ざかって行く馬車のランタン。それを窓から見つめながら、少年リムレモはため息をつく。


「どこまで信用できるの、あれ」

「ゴルッセムは喉から手が出るほど不凍港が欲しいのだ。この美味い話に乗ってくる可能性は高いよ」


 ヘインティアはそう言うが、リムレモは不審げな顔だ。


「裏切るかも知れないじゃん」


「裏切れば不凍港は手に入らない。ゴルッセムの軍事力は強大だが、作物が獲れないために兵站が極めて脆弱だ。食料の大半は輸入に頼り、それも夏の間しか貿易ができない。故に長期戦が不可能なのだ。戦争をせずに不凍港が手に入るこの機会を逃すほど、連中も馬鹿ではないはず。それに」


 ヘインティアはちょっと意地悪げな笑みを浮かべた。


「もし連中が裏切れば、おまえが罰を与えてくれるのだろう」

「また簡単に言うなあ」


 すると背後に座ったロン・ブラアクがつぶやく。


「ぴーちゃん」

「殿下、何だって」


 リムレモの問いにヘインティアはこう答えた。


「国は数で動くものと相場が決まっている。目には見えない巨大な奇跡の力より、力は小さくとも人間の頭数を揃えた方が簡単に国を動かせるのだ、と殿下は申されている」


「そんなもんかなあ」


 まだ不満げなリムレモではあるが、それでもロン・ブラアクの言葉に楯突くつもりは微塵もない。ヘインティアもそれを知っている。その程度の信頼関係は築かれているのだ。




 夜半に嵐は過ぎ去り、遠い東の空に赤みが差してくる頃には空も晴れ渡っていた。夜通し馬車を走り続けさせたため、もう馬たちは疲労困憊、もはや早足の速度が精一杯。だが目指すリルデバルデの領地はすぐそこ、あと少しだけ頑張って。占い師パルテアは祈るような気持ちで手綱を握っていた。


 しかしその視線の先に、街道を封鎖する武装した男たちの影。軍用の四頭立ての馬車が三台、まさか先回りされたのか。


 確かに街道沿いに進まず、いくつかの貴族領を横断すれば先回りは可能であるが、深夜に通過する武装集団を警戒もせず、タダで通すような領地ばかりではないはず。ましてパルテアたちがリルデバルデ領に向かっているという確証もなしに先回りできたということは、あらゆる方位に私有軍の兵を走らせたに違いない。膨大な費用が使われたのだろう。そこまでしてパルテアを連れ戻したかったのだ。ならば見逃してはくれまい。


 どうする。もはや馬は限界だ、方向転換をして走り去ることもできない。


――運命を信じなさい


 遠い昔、師匠に繰り返し教え込まれた言葉。


――占いとは運命を俯瞰ふかんすること。触れることはできなくても、見つめることはできます


 ミトラを連れてリルデバルデに向かうべし。それがパルテアの占いの結果であり、それこそが運命なのだとしたら、止まる必要などない、振り返る必要などない。ただ前に進むのだ。


 朝焼けの中、武装した兵隊たちが両手を広げている。


「そこの馬車、停まれ!」


 そう叫びながら近付いてきたとき、彼らの足下に突然穴が空いた。悲鳴と共に穴に落ちる兵隊たちを尻目に、馬車は横を通り過ぎる。


 と、その先に人影が。ロバに乗り大鎌を手にした老爺が一人。


「失礼だが、どちらに向かわれる」


 その言葉にパルテアは正直に答えた。


「リルデバルデのお屋敷に」

「では、ついて来られるとよろしい」


 そう言うと老爺のロバは方向を転換し、パルテアの馬車を先導した。

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