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老い花の姫  作者: 柚緒駆
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意地っ張り

「アリの親方、落ち葉に糊付け。壁の目張りに忙しや」

「それもオマジナイ、でございますか」


 アルハンが半信半疑な様子で俺にたずねた。まあ普通は信じられないよな、と思いながら俺はうなずく。


「そ。とりあえずこれでこの部屋には入って来れないし、外からのぞくのも無理になった。まあ、物凄い力の持ち主なら簡単に突破するかも知れないけどね」


 俺の部屋にはまだバレアナ姫とアルハン、ザンバにリンガルもいた。リンガルが少し落ち着かない様子で質問する。


「私めがここにいても構わないので」

「だったら首を撥ねた方がいいかい」


 俺の言葉に反応してザンバがリンガルをにらみつける。リンガルは困った顔を見せた。


「いえ、そういう訳ではございませんが」

「心配しなくても、おまえに聞かれたくない話になったら追い出すよ。それまではそこにいていい」


 そしてバレアナ姫を見れば、相手もこちらを見つめている。


「いまのうちに言いたいことを言っといてください。後になったらもう言えないかも知れないですから」


 俺が促すと、姫は深刻な顔で小さくうなずいた。


「正直、迷っています。ロン・ブラアク殿下の申し出を受けた方がいいのかどうか。いっそ膝をついて臣下の礼を取れば楽なのではないかと」

「そうですね、楽かどうかなら手下になった方が楽でしょう」


「しかし、それでは町の人々の生殺与奪の権を売り渡すようなもの」

「確かに、何かに利用されるかも知れません」


「ならば守るしかありませんよね」


 バレアナ姫は少し疲れたような笑みを小さく浮かべた。


 これにアルハンが異を唱える。


「お恐れながら申し上げます。あのような狼藉を働いた町の者どもを、まだお守りになるおつもりですか」


 姫は静かに首を振った。


「あれは操られていただけなのです。町の人々に罪はありません」

「ですが」


 そのアルハンの言葉を遮ったのは、ザンバの悲痛な声。


「お命じください」


 目に涙を浮かべ、震える声を絞り出す。


「すべてはアルバの罪、ひいてはこのワシの罪にございます。お命じいただければ、この皺首めを自ら斬り落としてご覧に入れましょう」


 姫は静かにザンバを見つめ、そしてこちらに視線を向けた。俺は微笑むしかない。


「すべてはあなたが決めることですよ。あなたが決めていい、決めるべきことです。ただ僕としては、ザンバに死んでほしくはないですがね。友人の一人として」


 小さくため息をつくと、姫は口元に笑みを浮かべた。その表情には憂いが満ちていたが。


「ザンバ、この件は私が預かっておきます。私が命じるまで、あなたには私たちのために働き続けてもらいます。いいですね」


 大きな悲哀と小さな安堵を同時に顔に浮かべて、ザンバは頭を下げた。


「心得ましてございます」


 バレアナ姫はアルハンに目をやる。


「私はこれから王子殿下と今後について話があります、二人にしなさい。リンガルには部屋と食事を」


 アルハンは頭を下げた。


「承知致しました」


 そしてリンガルとザンバを外に出し、アルハンは自らも退出してドアを閉めた。


「さて」


 俺は姫に向き直る。


「では、話を詰めますか」

「あなたはどう思っているのですか」


 話が唐突だな。


「どう思う、とは何をです?」

「私のことをどう思っているのでしょうか」


 バレアナ姫は冷たい目で俺をにらみつけている。


「私を醜いと思っているのでしょう。年老いた醜い、汚らわしい女だと」


 やれやれ、まったくこの人は。俺は姫の真ん前に立った。


「嫌いだ、と言ってほしいですか」


 姫は椅子に座ったまま厳しい表情で俺を見上げている。こりゃ素直に答えるしかないな。


「じゃ、この際だから正直に言わせてもらいますね。僕はあなたを美しいと思っていますし、自分の妻にはもったいないくらいだと思っています。そんなあなたを醜いというヤツがいたら許しません。たとえそれがあなた自身であってもです」


「その言葉を信じろと」

「僕が嘘をついてるなら、あなたにはわかるはずですが」


 表情は変わらない。凜とした、けれど寂しい厳しさで背筋を伸ばしている。俺はため息をついて苦笑した。


「意地を張るあなたは素敵だと思いますが、いまくらい気を緩めてもいいと思いますよ」


 俺が姫の肩に手を置けば、その上に細い手が重なる。うつむいた額が俺の胸を押す。強く押す。


 歯を食いしばり、漏れ出そうな声を噛み殺し、けれど肩は震えていた。こうやって、いままでずっと我慢してきたのだろう。


「強くなくてもいいんですよ。弱いなら弱いまま、目の前の壁に立ち向かいましょう。僕も手伝いますから」


 俺はやっとこの人と向かい合えたような気がした。

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