拒絶
と、そこに風が吹いた。窓を閉め切った部屋の中に。風は渦を巻き部屋の中央で輝きを放つ。そして光の中に姿を現わしたのは、羽を広げた純白の大きな鶴。
「バレアナ王女殿下、スリング王子殿下、不躾な訪問をお許しください」
「幻ですよ。実体がない」
立ち上がろうとしたバレアナ姫に、俺は言った。大鎌を構えたザンバにも落ち着くよう視線を送る。
鶴は毅然と、しかし同時に沈痛な面持ちを見せる。
「左様にございます。私はロン・ブラアク親王殿下の補佐官を務めますヘインティアと申します。グローマル親王殿下ご夫妻のこのたびのご不幸、お悔やみを申し上げます。おっしゃりたいことも多々ございましょうし、このリンガルの説明に承服しかねる点もございましょうが、ただ一点、ご理解を賜りたいと存じます」
「何を理解せよと言うのです」
凜と問うバレアナ姫に、ヘインティアの鶴も凜と答えた。
「ロン・ブラアク親王殿下はこのたびの亡霊騎士団の凶行を、利用しようなどとは毛頭考えてはございません。たとえその危機を察知できたにせよ、殿下には王位継承権第三位のお立場がございます。証拠があった訳でもございません。現実問題としてできることと、できないことがあったのです。それだけは、何とぞ」
バレアナ姫は俺を見つめた。ヘインティアの言うことは理屈として筋が通っている。すべてが本当ではないかも知れないが、一概に嘘をついていると決めつけられる根拠もない。その考えを俺の顔から読み取ったのだろう、姫はヘインティアの鶴にこう言った。
「納得はできませんが理解は致しましょう。それで。まさかそれだけを言いに来た訳ではありませんよね」
白い光の鶴はうなずく。
「恐れ入ります。我が主ロン・ブラアクは今後の事態を憂慮し、バレアナ・リルデバルデ王女殿下と同盟を結びたいと希望しております。遠路ではございますが、このリンガルが先導致します故、どうぞ当方の宮殿までお越し願えませんでしょうか」
「同盟いただけるとのお申し出、ありがたく思います。されど」
姫はまたこちらを見る。俺は苦笑交じりにうなずくしかない。姫の判断に従います、と。姫もうなずいた。
「同盟とは互いの信頼関係の下に成立すべきもの、いかに王位継承権上位者であろうと、一方的に推参せよとの言葉に唯々諾々と従う訳には参りません。こちらとの同盟に利があるとお考えなら、相応の誠意をお示しいただきたい。ロン・ブラアク親王殿下にはそのようにお伝えしてください」
鶴はしばし沈黙した。だがやがて静かにうなずく。
「承知致しました。主にはそう伝えましょう。こちらとの連絡調整役として、リンガルを置いておきます。我々についてご質問などございましたら、この者にお尋ねくださいませ。では今宵はこれにて失礼をば。いつかお会いできる機会を楽しみにしております」
ヘインティアはロン・ブラアクの隣で直立している。その目が開いた。ほんの少し朦朧とする意識を首を振って覚ませば、顔に大きな赤い十字を描いたリムレモが両手をこちらに向けているのが見える。
「もういいですよ、リムレモ」
「どうだった」
リムレモは手を下ろし、そうたずねる。相手方の印象を聞きたいのだろう。ヘインティアは小さなため息を一つついた。
「一言で言えば、頑迷です。あのバレアナ姫は利口なのでしょうが頭が固い」
「補佐官に言われちゃオシマイだね」
「どういう意味ですか」
そこにロン・ブラアクのつぶやきが聞こえた。
「ぴーちゃん」
ヘインティアはうなずく。
「はっ、あのスリング王子は相当に用心深く見えました。実力は定かではありませんが、バレアナ姫からの信任も厚い様子です」
「ぴーちゃん」
「はい、私もそう愚考致します。もっとも今回は同盟を拒絶されましたが、リルデバルデがすぐさま敵に回ることも考えにくいかと。リンガルが誅殺でもされない限り、まだ可能性はございましょう」
「ぴーちゃん」
「御意」
そしてヘインティアはリムレモに向き直る。
「王位継承権保有者全員の周辺を洗い出せ。特に魔法系の術者を抱えていないか、すぐにだ」
「気楽に言うなあ。まあ何とかするけどさ」
少年は困り顔で小さく笑うと、また背後の何もない空間を見つめた。
「残りはあと九人だ、張り切って行こうか!」
無論、返事などなかったが。