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老い花の姫  作者: 柚緒駆
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戦闘開始

 立ち去れと言われて、ハイそうですかという訳にも行かない。俺は首をかしげた。


「嫌だって言ったら?」

「何の価値もない無意味な死を迎えることになる」


「そいつは無理ってもんだろ」

「……何?」


「何だよ、わかりやすく説明して欲しいのか。要するに、アンタじゃ俺は殺せないんだよ。強さの次元が違うんだ」


 アルバの後ろから「へっ」と笑う声がした。噴き出しそうな女の声も聞こえる。山のような大男の不快げな言葉。


「小僧、命を無駄に捨てるな」

「他人にそれが言えた義理かね」


 俺がそう応えれば、手斧を手にした小さな影、ノロシが首を振る。


「ああ嫌だ嫌だ。口先だけ回るガキなんてブッ殺しちまえばいいんだよ」


 すると。


 バレアナ姫が俺の前に出た。


「我が夫を侮辱することは許しません」


 そして背中越しにこう言う。


「ザンバ、王子殿下を連れて屋敷を離れなさい」

「しかし、姫殿下」


「命令です」


 当惑していたザンバだったが、この言葉に逆らうことはできないらしい。


「……承知」


 ならば俺としては、こう言うしかあるまい。


「俺に触るな、ザンバ」

「しかし、若旦那様」


「これは友としての頼みだ」

「と、友、友ですと」


 ザンバは哀れなほどに目を白黒させている。


 バレアナ姫は静かに告げた。後ろを振り返らずに。


「あなたはお逃げなさい。いえ、どうぞお逃げください、我が夫君よ」

「嫌だと言ったら?」


「あなたは我が夫として、十分過ぎるほどの姿を見せてくださいました。これ以上は」

「甘えられない、とでも言う気かな」


「はい」

「さすがお姫様だね。見立てが甘いし世の中を知らなすぎる」


 まったく、この人は。


「別に三歩下がって付いてこいとか言うつもりはないんだけどさ」


 前に出る。姫の隣に。


「自分の夫を根拠もなく嘘つき呼ばわりするもんじゃないよ」


 涙に濡れたバレアナ姫の瞳が震えている。


 アルバの眉が苛立たしげに寄った。いい顔だ。


「……二十年前」


 それは地の底から湧き出しそうな、呻くようなアルバの声。


「ここで二十年前、何があったか知っているか」


 これに慌てたのがザンバ。


「アルバ、貴様!」

「二十年前の戦争の際、ここにあった宮殿は衛兵の裏切りで敵の手に落ちた。そのとき、何が起こったと思う」


「やめろ! やめんか馬鹿者!」


 アルバはバレアナ姫を指さした。


「俺たちが救出に来るまでの三日間、その姫は敵兵に慰み者にされ続けたのだ。そして翌年、娘を産んだ。ライナリィ・ラインナルという忌み子をな」


 姫は震えていた。だが、崩れ落ちたりはしなかった。毅然とアルバを見つめ返す。


「それでもおまえは、自分が姫の夫たり得ると思うのか。姫を守るために戦うと言えるのか」

「で、それを何で俺に聞かせた」


 俺のこの返答にアルバは困惑する。


「何だと」

「図星を指してやろうか。いまのは復讐のつもりだよな。俺じゃない。ただ姫を傷つけたかったんだ。あんた小せえぞ、人間のデキってヤツがよ」


 双子の姉妹、ヒノフとミノヨがアルバをかばうように立つ。


「おまえに何がわかる、ガキが」

「戦場も知らないただのガキが」


「ああ、知らないね。そんな無駄なこと知りたくもない」


 そう、何の役にも立たないそんな知識や経験は、人間の暮らしにはただの無駄だ。


「半端に歳食ってよ、体はデカくなって人殺しの腕前だけは立派になったんだろうけど、中身は傷つきやすいお子ちゃまのまんまじゃねえか、くっだらねえ」


 これにフードをかぶった女の声が反論する。


「くだらない、ねえ。アルバをくだらないって言うのは、私たち七人の生き様をくだらないって決めつけるのと同じなんだけど」

「そう言って欲しいなら、言ってやってもいいぞ」


 そのときマントを放り投げ、くさりかたびらで全身を包んだ山のような巨体が前に出た。


「デムガン待て!」


 しかしアルバの言葉を振り切って大男は拳を振り上げる。


 俺はオマジナイを唱えた。


「岩山の岩屋に暮らす岩親父、力自慢で腕自慢」

「潰れろ!」


 岩塊のような拳が真上から振り下ろされる。だが次の瞬間、尻餅をついたのはデムガンの巨体。


 その場にいる、俺以外の全員が目を剥いた。


 デムガンは愕然とつぶやく。


「な、何だ。いったい何が」

「見ての通りさ」


 俺は少しヒリヒリする左手を軽く振りながら答えてやった。


「おまえは俺に力負けした。それだけのことだよ」

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