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老い花の姫  作者: 柚緒駆
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白馬の王子様

 屋敷の玄関にたどり着くと、ちょうど馬車が到着したところ。執事のアルハンと下女たちが整列し、うやうやしく出迎えた。


「親王殿下、妃殿下、お帰りなさいませ」


 御者のノームが馬車のドアを開くと、小さなグローマル殿下と、大きなワイラ妃殿下が降りてくる。二人とも無事なようには見えた。しかし間もなく松明を掲げた民衆がここに殺到するはずだ。呑気に立ち話をしている場合じゃない。


 俺は片膝をついて右手で地面に触れた。


「ヒソヒソ聞こえる土の下、モグラの親子が言うことにゃ、網の目穴ぼこ足下注意」


 グローマル殿下とワイラ妃殿下は困惑した様子を見せている。俺が立ち上がると、丘の方から無数の悲鳴や怒声が上がった。ここからは離れていて見えないが、こちらに向かっていた連中の足下に突然穴ぼこができて、おそらくは大半が落下したのだ。動揺する両殿下に俺は首をかしげる。


「あれ、どうされたんですかお二人とも。『オマジナイ』はご存じですよね」


 これにグローマル殿下とワイラ妃殿下の二人は、さも当然という顔を見せた。


 それで、決まりだ。


「んな訳ゃあない」


 俺の口元に浮かぶ笑みに、両殿下の顔はみるみる形を変えて行く。


「本物の二人がそんなこと知ってるはずがあるか」


 そして俺の後ろに、鎧を身にまとい長剣を携えたバレアナ姫が姿を見せた。


「王族の名を騙る不埒者、二人を無事に返せば命だけは助けましょう」


 そう言って長剣を構えると、偽物のグローマルとワイラは後ろに飛んだ。いや、飛んだのは「中身」だけ、俺たちの目の前には服と人型の皮が残った。


 飛んだ二人は白い髪の、同じ顔。双子の少女か。薄い革鎧を身につけ、腰に帯びた短剣を抜いて構える。下女たちが悲鳴を上げ、アルハンと共に屋敷の中へと逃げ込んだ。


「二人はどこ! 答えなさい!」


 詰め寄ろうとするバレアナ姫を、俺は押しとどめなければならなかった。相手の力量がわからないのに斬りかかるなんて無茶すぎる。


「おやおや止めたよヒノフ」

「少し厄介だねミノヨ」


 二人の少女はニンマリ笑う。


「あんなのがいるとは聞いてないものね、ヒノフ」

「でもおかげで面白くなりそうだよ、ミノヨ」


「そんで? 亡霊騎士団はこの程度でおしまいなのか」


 俺の言葉に二人の笑みは消えた。


「俺はアルバってのに用があるんだが」

「アルバはおまえなんかに用はない」


 双子の片割れが言い、もう一人もうなずく。


「おまえなんかアルバが殺す価値もない」

「殺せりゃあいいけどね」


 ニッと笑った俺に、双子は殺意を向けた。と、そこに。


「若旦那様ーっ!」


 ロバのシウバにまたがったザンバが、大鎌を片手にやって来る。


「向こうは大変ですぞ。町の者と外の連中が衝突してもう収拾が付かん有様で」


 そう話しながらシウバを降り、大鎌を双子に向けて構えた。


「見たところ、とりあえずこの二人を殺せばよいのですかな」

「できれば一人は殺さないで捕まえて欲しいけど」


「承知致した」


 これに双子は鼻先で笑う。


「こんな老いぼ……」


 だが言い終わる前にザンバは双子に肉薄し、大鎌を振り下ろした。それをかろうじて避けると、双子は態勢を立て直し、左右からザンバに短剣で斬りかかる。しかし回転する大鎌が二人を弾き飛ばした。何だよ、とんでもねえなこのジジイ。


「なっておらん、なっておらん! そんな幼稚な太刀筋で、このザンバを斬れると思うてか!」


 そう怒鳴る瞬間を狙ったかのように飛来した何かをザンバの大鎌が弾き飛ばす。屋敷の壁に突き立ったのは、手斧。馬車の向こう側に黒いマントの小柄な人影が一つ。双子は歓喜の声を上げた。


「ノロシ!」


 フードをかぶったノロシの両手にはまだ二本の手斧。けれどザンバの視線はそこではなく、ノロシの背後に向けられていた。現われた黒マントの人影が四つ。その二番目に背の高い影。ザンバの口から苦しげな声が漏れる。


「……アルバ」


 アルバはフードを上げた。鋭い目と意志の強そうな太い眉はザンバに似ている。


 ザンバは叫んだ。


「貴様! いまごろ何をしに来た!」

「知れたこと」


 アルバは低くつぶやく。


「バレアナ姫の命をもらい受けに来た」


 重い金属の落ちる音。バレアナ姫は長剣を手放し、呆然と立ち尽くしていた。その目の奥に喜びが浮かんで見えたのは気のせいだったろうか。


「姫以外に用はない」


 アルバは告げた。


「他の者はいますぐここを立ち去れ」

「たわけが! 貴様如き痴れ者に姫殿下を手にかけさせるものか!」


「ならばその大鎌、打ち砕いてやろう」


 アルバの黒マントの内側から、赤い光が発せられた。右腕が上がると共に光は尾を引き、やがて剣を形作る。赤い刃の輝く剣。


「なあるほどぉ、魔剣の類いか。こりゃ興味深いな」


 俺が思わず上げた呑気な声は、敵味方を問わず虚を突いたようだった。


「よその大陸にはあると聞いていたけど、こんなとこにもあったんだ。世間は広いようで狭いや」


 アルバはようやく俺に目を向けた。


「おまえが姫の結婚相手か」

「そうだよ。お姫様を守る白馬の王子様さ」


 ニッと笑う俺に表情を変えることなくアルバは言う。


「命は助けてやる。とっとと立ち去れ」

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