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老い花の姫  作者: 柚緒駆
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戦のニオイ

 痩せのノッポと小柄なデブッチョ。二人の道化が花園を行く。色とりどりの花が咲き乱れる大きなガラス温室の中、寝間着姿で虫眼鏡を持ち、紫色の花を観察している人物が一人。その背後に立つと、二人の道化は大仰に頭を下げた。


「ウストラクト皇太子殿下、早馬が到着致しました、ハイ」


 と、ノッポが。


「十四位、十三位、十二位、十一位。予定通りでございますデス」


 と、デブッチョが告げる。


 王位継承権第一位であるウストラクト皇太子は虫眼鏡を下ろすと腰を伸ばし、面倒臭そうに息をついた。


「予定を越えても構わないと命じたはずだが」


 二人の道化は動揺を目に浮かべる。皇太子は振り返り、もう一度ため息をついた。


「まあいい。四家はこれで断絶、ということで間違いないのだろうね」

「それが」


 言いにくそうにノッポが口にする。


「十四位、十二位、十一位は跡継ぎの王子を同行させていたので一緒に抹殺したのですが、ハイ」


 デブッチョは作り笑いを浮かべた。


「十三位は跡継ぎの王女を葬儀に同行させておりませんでしたのデス」


 皇太子の目がすうっと細く鋭くなる。


「それで」


 ノッポの道化が慌てて揉み手で言葉を継いだ。


「あ、もちろんすぐに王女抹殺の任についております、ハイ」


 デブッチョの道化も首振り人形のようにうなずく。


「今夜には吉報が届くのではないかと思うのデス」


 ウストラクト皇太子はゆっくりと歩き出す。緊張して直立不動の二人の道化の横を通り過ぎると、立ち止まりこうたずねた。


「この任を命じたのが私であると、あの者たちに気付かれてはいないだろうね」

「そ、それはご安心くださいませ、ハイ」


 と、ノッポが振り返り、


「決して尻尾をつかませるような手落ちは致しませんデス」


 と、デブッチョも振り返る。


「わかった。とりあえずは信用しよう」


 寝間着姿の皇太子は振り返ることもなく、静かにその場を立ち去った。




 夜が近い。黒いマントに身を包み、目深なフードで顔を隠した人影が四つ、街道を行く。


 一番小さな影がつぶやいた。


「戦のニオイだ」


 四人が顔を上げれば、手に手に農具や棍棒を持った人々が、夢遊病のようにゾロゾロと歩く。その向かう先にリルデバルデ家の屋敷があるのだ。


 二番目に小さな影が、含み笑いをしながら先頭に声をかける。


「久しぶりなのでしょう、アルバ。里心がつきませんか、イロイロと」


 すると一番後ろを歩く、山のように大きな影がこう言った。


「まったく、女は無神経だ」


 しかし言われた当人は、一瞬振り返って口元に笑みを浮かべた。


「あら、女が無神経なのではありませんよ。このジュジュが無神経なだけです」

「キミらは呑気でいいねえ」


 その声はアルバの隣から聞こえた。さっきまで四つだった人影は、いつの間にか五つになっている。


 アルバは無表情に声をかけた。


「キリカ、ご苦労」

「ホントご苦労だったよ。ボクはちゃんと種を撒いたんだから、キミらはしっかり刈り取ってくれよ」


「首尾は上々というところか」

「夜になれば火の手が上がるよ。リルデバルデが何も手を打たなきゃこれで詰みだ。でもたぶん何かはするだろうからね、キミらにも働いてもらわなきゃ不公平だし」


 フードの中でキリカはおどけてそう答える。もっともフードを取ったところで、見覚えのない、そして誰にも記憶することのできない顔があるだけなのだが。


 と、そのとき。不意に一番小さな影が立ち止まり、地面に耳を当てた。アルバがたずねる。


「ノロシ、来たのか」

「ああ、来たよ。グローマルの馬車だ」


 振り返れば夕焼け空を夜の闇が浸食し、勢力を拡大している。その闇の下、揺れるランタン。ガラガラと大きな音を立て走ってくる、四頭立ての黒い馬車。アルバたち五人の横を通り過ぎると、猛然と屋敷に向かって走り去る。


 小さくなって行くランタンの明かりに、ジュジュが小さく手を振った。


「頑張ってねえ~」




 影屋敷の三階の窓から身を乗り出して夜の闇を見つめれば、丘の向こうが赤く明るくなっている。松明を持った連中が集まっているのだろう。さて、果たして中へと入ってくるだろうか。


 もう間もなくグローマル殿下の馬車が戻ってくるはずだ。正門にはザンバを向かわせた。馬車が見えれば門は開くが、そこに民衆がなだれ込むかどうか。多少の正気を保っていれば入ってこないかも知れない。だがそれは希望的観測に過ぎるかも。


「この屋敷は町の者たちに襲われるでしょうか」


 隣に立つバレアナ姫の声が緊張している。まあさすがにこの状況じゃな。


「襲われるかも知れない、という前提に立って、やれるだけはやってみますよ」


 姫の視線はまだ冷静だが、その奥底に恐怖と不審が見える。


「あなたは、いったい何者なのです」

「元・三流貧乏貴族の三男坊で、いまはあなたの夫ですから。一応は信頼してくださいな」


 しかしそんな言葉で姫の気持ちが安らぐでもなく、無言で外の闇を見つめる。とにかく相手が動かないと、こちらも動けない。まずは馬車の到着を待つしかないか。


 と、そこに遠くから聞こえる、うねるような雄叫び。


「何か始まりましたね」


 すると赤い明かりを背にして丘の上に動く何かの影が。馬車だ。馬車がこちらに向かって走ってくる。その向こうに松明を持った人々を引き連れて。


「それじゃ、下に降りましょうか」


 俺がそう言うと、鎧をまとったバレアナ姫は躊躇ためらう事なく窓に背を向けた。無理してんな、とは思ったものの、いまは仕方ない。

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