第6話 先輩
恐ろしいことに4つ子ちゃん達の苗字がここで出てきます。
すっかり忘れてました。
秋音は何も言わず、前だけを向いて歩みを進める。
俺は彼女の二歩後ろを歩く。
校門が見えてきた。
「兄さん。今日、私は夏鈴と冬海に少しお話があるので、先に帰っといてくださいね」
秋音は少しだけ口角をあげ、目を細めいつもと変わらない笑顔を見せた。
だけど、何かを決意したかのような雰囲気を感じる。俺の気の所為か?
「分かった。じゃあここで」
「はい、じゃあ」
秋音は駆け足で教室へと向かった。
同じ教室なのにな。
俺たちの関係は今どんな状態なんだろう。
少しだけ不仲な兄妹か?それとも普通の兄妹か?
-その答えを知る事になるのは、一週間後の事だった。
*****
空が赤く染まる。
学校が終わる。
結局今日、秋音とは朝少し会話してから喋る事はなかった。
他の二人に関してはそもそも喋ってすらいない。
まー、これが普通の兄妹だろう。
ベタベタし過ぎず、かと言って以前みたいな暴言を吐かれる事も無い。
これでいい筈だ。
俺は誰も居ない靴箱で靴を履き替え、学校を後にする。
今日はバイトの面接がある。
正直どこでも良かったけど、楽そうな本屋を選んだ。
通学路から少し道を外れると見えてくる。
ボロボロの古本屋だ。
-ウィーン
出迎えたのは今にも死んでしまいそうな風貌をした、お爺さんだった。
「君が電話をくれた子かね?」
「こんにちは。はい、そうです。天羽春樹です」
「中へお入り」
そこからは以外と普通の面接だった。
学校の許可はどうだとか、シフトはどれくらい入れれるかとか、
「じゃあ採用ね」
「え?今日採用ですか?」
「そうだよ。また電話するの億劫だからね、それに若い子ってだけでも落とす気はなかったからねぇ。
一応、一人だけ君と同じぐらいの年の子が働いてくれてるんだけどね。
まぁ、人手はいくらあっても困らないから、じゃあ、よろしくね」
「はい、よろしくお願いします」
即日採用は気になる所はあるけれど、まぁ受かったから何でもいいか。
それより、同じぐらいの年の子か。気になるなぁ。
同じ高校ならいいんだけど。
-ウィーン
自動ドアが開く音がする。
「あー重保爺ちゃん、遅くなったわ。わりぃ。ってかその子誰?」
現れたのは、誰もが思い浮かべるような、典型的なギャルだった。金髪で軽くパーマを当ててている。
しかもうちの制服を着ていた。
「君はいつも遅れてくるね」
店長がため息をつく。
「新しいバイトの子だよ」
「あ、天羽春樹と申します。よろしくお願いします」
俺は緊張のあまり、ガタガタだった。
だってギャルこえーもん。
「私は、月見里胡桃。
よろしくね、後輩くん」
「月見里先輩、よろしくお願いします」
思ったより、普通の人で良かった。
そこから俺のバイト生活が始まった。
結局、部活にも入らなかったから暇だしね。
それに買いたいものもあるし。
俺は学校が終わるなりすぐにここに来る。
俺が来てから、30~60分程経ってから例の先輩が来る。
「あーわるぃ。また遅れた、後輩くんは偉いね〜」
「まぁ、まだ四日目ですから。これぐらいやらないと」
「そういう姿勢、嫌いじゃないぞ」
先輩は子供のように無邪気に笑う。
「でも、あんまり無理しちゃダメだぞ。
後輩、君は一人で全部どうにかしようとするタイプでしょ」
「そんなの先輩には分からないでしょ。まだ出会ってから四日ですよ」
「意外と分かっちゃうもんだよ。先輩の洞察力を舐めない事だね」
「二人とも、喋るのも良いけど、仕事!」
奥から店長の声がする。
「すみません、店長。先輩が悪いんです」
「おい、後輩」
*****
「じゃあ、お先に失礼しますね」
「あ、ちょっと待って、私も帰る」
俺が帰ろうとすると、先輩が小走りで着いてきた。
「何、その顔」
「あ、すみません、つい」
顔に出てしまっただろうか。早く帰って寝たいんだよ。
「つい、って何よ。まぁいいわ。ちょっと付き合いな」
先輩は無理やり俺の手を引っ張って行く。
「ちょっとここで待ってなさい」
俺は近所の公園まで連れていかれ、ベンチに座らせられた。
(本当に無茶苦茶な人だなぁ。悪い人じゃないんだろうけど)
「はい」
先輩は缶コーヒーを俺に差し出した。
俺は咄嗟に財布から小銭を出そうとする。
「後輩、それはダメだよ。
先輩が先輩らしい事してるんだから、ここは黙って奢られときなさい」
「すみません」
「そういう時は謝罪じゃなくて、ありがとう。でしょ」
先輩の顔は暗くて良く見えなかったけど、きっと笑っている。
「ありがとうございます。先輩」
「それでいいんだよ。後輩」
そこから俺たちは特に何も喋らなかった。
薄暗い街灯が静かに俺たちを照らしている。
この季節の夜はまだ微妙に冷える。
暫くして、先輩が沈黙を破った。
「なぁ、後輩」
「なんですか」
「今、悩んでるだろ?」
「何を根拠に言ってるんですか」
「私の洞察力を舐めちゃダメって言ったでしょ。
君はよく笑うけど、合間合間に物凄く寂しそうな顔してるよ」
「先輩の気のせいじゃないですか?」
俺は少しだけ強く否定した。
「もう…後輩は強情だな」
「あのねぇ、一人で抱え込むんじゃなくて時には誰かを頼る事も大切だよ」
まさか、とは思った。
同じ言葉を聞く日が来るとは思わなかった。
何より俺はあの日からなにも成長していないことに気づいてしまった。
「分かりました。話します。
ですから、先輩の悩みも聞かせてくださいね」
「私の悩み?私、何か悩んでいるように見えた?」
「分かりません。
ですけど、しっかり相手の事も知らなきゃな、と思ったんで」
もう、二度と同じ様な事がないように。
あの日、桜の木の下で、俺が振り返って彼女の手を掴んでいれば。そう、何度も後悔した。
だからこの先俺は、後悔しないように、間違えないように、選び続ける。
そこから俺は先輩に殆どの事を打ち明けた。
この人なら信用出来る。そう踏んだからだ。
でも、彼女の事だけは伝えなかった。
このことに関しては俺だけの問題だから。
「…後輩、大変だったねえ」
先輩が号泣し始めた。
「泣かないで下さいよ。俺が悪いみたいじゃないですか…」
「でも、でも…」
先輩が泣き止むまで背中を摩った。
思ったよりも小さい背中で、やっぱり女の人なんだな、と強く実感する。
先輩は唐突に真剣な声色で口を開いた。
「後輩、妹ちゃん達が君から離れていった事に関してどう思う?」
俺は詰まることなく、淡々と答える。
「何ですか、急に。
まぁ、普通の兄妹に戻っただけじゃないんですか。
それに、妹たちは俺を避けた理由をいずれ教えてくれると約束してくれましたし」
「違う。そういう事を言いたいんじゃない。
そういう理屈じゃなくてね。
君が妹ちゃんたちと離れた時に、君はどんな気持ちだった?」
「俺は……そりゃ、悲しかったですよ。
俺は妹たちの事が嫌いじゃなかったですし」
「君は妹ちゃん達の気持ちを考えたか?」
「それは考えて考えて、でも分かりませんでした」
少し間が空く。
「……本当に急だったんです。
中学の最初の頃は、ベッタリくっついてきてました。そこから急に俺から離れてっちゃって…
正直物凄く動揺しました。
その分部活に力を入れましたけど…」
先輩は顔を下に向け、うーん、と何かを考えている。
「ちょっと分かっちゃったかも。
でも、これは私の口からは言えそうにないね」
「何ですか。もったいぶらずに教えてくださいよ」
「強いて言うなら、妹ちゃん達に何かを言った奴がいるね。多分だけどね〜」
先輩は適当にはぐらかす。
「もう、話す必要なかったです」
「そうかな、にしては随分楽そうな顔してるけど?」
先輩はニヤニヤした目つきで俺の顔を見てくる。
「まあ、私から一つ言えることはね。
君たち4つ子は、あまりに言葉が足りてないよ。
お互い信用してるからかもしれないけど、言葉でしか伝わらない物もあるんだよ。
今日、君が私に吐き出して楽になったように、言葉にしてそれを交わすだけでも、以外と簡単に物事は解決しちゃうんだよ?
でも、妹ちゃん達は妹ちゃん達で色々考えてるみたいだから、私から言う事はもうないけどね」
「先輩は何を知っているんですか?」
「私は何も知らないよ。だから知りたいんだ」
この人はどこまで分かっているんだろう。
何かを見透かして話す先輩に対して、少しだけ恐怖を覚えた。
「まぁ、暫くしたら妹ちゃん達からコンタクトがあると思うから、待っててあげてよ」
「分かりました。今日は相談に乗っていただきありがとうございました。コーヒーもありがとうございました」
俺はベンチから立ち上がって頭を下げる。
「はははっ。後輩は真面目だねぇ」
「先輩は悩みはないんですか?」
「ないよ」
先輩は間髪入れずに答えた。
「なら良かったです。もう夜も遅いですし、送っていきましょうか」
「かっこいいこと言うね。でも、大丈夫。
ここからすぐ近いから」
今日、俺はまた後悔を重ねた。