第5話 離れて、近づいて、また離れて、すれ違う
前話、4話の後半部分を2021年8月6日午前8時頃に改稿させて頂きました。
改稿以前に、読まれた方は先にそちらから読んでいただくと、今回の話の流れが分かるようになると思います。
以前も同じような事をしてしまい、今回もまた同じような失敗をしてしまいました。
本当に申し訳ございません。
「好きです」
好き?今、確かにそう言ったのか?
俺には彼女がどういう意図でその言葉を発したのかが全く分からなかった。
「何が好きなんだ?」
秋音は耳まで真っ赤に染める。
反応がよく分からない。なぜ赤くなる必要がある。
「わ、わたしは…」
彼女は声を詰まらせる。
「き、兄妹がすきです。この兄妹が大好きです」
「それで?」
俺は自分の声が思っていた以上に冷たくなっている事に気づいた。
でも許して欲しい。
俺はずっと彼女たち、妹たちに何度も何度も虐げられ、罵られてきた。
俺は訳が分からなかった。
今日、彼女達が優しかったのは、てっきり俺の事を気遣ってくれているからかと思っていた。
兄妹が好き?ならなんであんな言葉を俺に投げかけた?
なんで俺を居ないやつみたいに扱った?
「あ、ごめんなさい、そんなつもりじゃ…」
俺は目の前が歪んでいることに気づく。
「ごめんちょっと先帰る」
俺はそう言い残すと、脇目も振らず一心不乱に走る。
茶色へと変わった桜の花びら踏みしめ、あの木の元へと向かう。
そのまま桜の木へと背中を預けて、昔のように蹲まった。
「うわあぁぁぁああぁぁ」
涙が止まらない。
俺は声が枯れるまで泣いた。
俺は妹たちの事を全く理解していなかった。
『どうしたの?何悩んでるの?』
俺に声を掛けてくれた彼女はもう居ない。
『一人でなんでも抱え込むんじゃなくて時には誰かを頼る事も大切だよ』
彼女の言った言葉が脳内を駆け巡る。
俺に頼れる人なんて、君ぐらいしか居ないのに。
「兄さん!こんな所にいたんですね」
足音が近づいてくる。3つ。
俺は塞ぎ込む、彼女達が怖い。
知らないものは、怖い。
「兄ちゃん」
「兄さん」
「お兄」
どうして俺を追いかけてきた?嫌いなんじゃないのか。
俺は声に出せなかった。
黙ったまま動けない。
「兄さん、本当にすみませんでした」
何を謝っているんだ?何に謝っているんだ?
「兄ちゃん、本当にごめんね」
なんでお前らが泣いているんだ。
「お兄、私は、私は…」
俺はお前たちが分からない。
大好きな妹たちの事を俺は、何も知らない。
「今まで、本当にごめんなさい!
私たちは何度も何度も酷い言葉で兄さんを傷つけました。
私たちがしたことは、絶対に許されることではない事は分かっています。
それでも、私は、私たちは兄さんともう一度、仲良くしたいです」
「兄ちゃん、あたしは兄ちゃんの優しさに甘え過ぎてた。
兄ちゃんなら、なんでも許してくれると勝手に思ってた。
本当に、ごめんね」
「お兄、私は、お兄が、お兄の事が…
ぁあ、ほ、本当にごめんなさい」
妹たちは俺に頭を下げる。
結局一番聞きたいところが聞けていない。
「…もういいよ、頭を上げて」
俺は涙を拭った。
「お前たちの言うことは分かった。でも…じゃあなんで俺を避けたり、罵ったりしたんだ?
俺は何か悪い事でもしたか?」
「それは…」
「言えないんだな」
「ぅう、でも…」
冬海が黙り込む。
「あたしは!兄ち…」
「夏鈴!今は、」
秋音が何か言いかけた夏鈴の口を、手で押えた。
暫くして、秋音が口を開いた。
「本当にすみません、今はまだその理由を言えません。
ですが、この先、必ず兄さんにきちんと説明します。少しだけ待っていただけませんか」
正直、俺は納得できなかった。
結局俺が罵られていた理由は分からなかった。
-それでも、少しだけ嬉しかった。
(俺は、嫌われていた訳ではなかったのか)
心に刺さっていた棘が、少しだけ抜けた気がした。
「俺はお前たちの事を全然分かっていなかった。
知らなかった。
だからもう少しだけ一緒にいて、教えてくれないか?
昔のように、とは言わない。
少しずつでいい、ほんの少しずつでいいから」
「兄さん…」
「でも… 俺が避けられていた理由は必ず教えてくれ。でないと、俺は…」
きっと、お前達のことを嫌いになってしまうから。
「分かりました。約束します。必ず伝えます」
俺は彼女たちを抱きしめなかった。
手を取り、強く握る。
信じているから。そう伝わるように。
それから俺たちは4人並んで歩いて帰った。
決して近すぎず、遠すぎない距離を保ったまま。
*****
朝が来る。
俺の上に乗ってくる夏鈴は居ない。
そうだ。これが普通の距離感だ。
俺は着替えを済ませ、下へと降りる。
キッチンに妹たちの並ぶ姿は、ない。
机の上には妹たちが作ったであろう朝飯が置かれていた。
俺はそれらを全て残さず食べる。
何故か、目の前が滲む。頬を伝って、零れ落ちる。
-なんだ。寂しいんだ、俺。
急に変わった妹たちに驚いてはいたものの、やっぱり、内心喜んでいた。
昔みたいで懐かしかった。嬉しかった。
俺は誰も居ないリビングで静かに手を合わせ、食器を運ぶ。
カバンを持って玄関へと向かう。
妹たちの靴は無い。
当たり前だ。仲良くしようと言った彼女たちを押しのけたのは、他でもない、俺だ。
-ガチャ
重い扉を開ける。
「兄さん、遅いですよ」
聞き覚えのある声がした。
「夏鈴は朝練に行っちゃいました。
冬海も、結局生徒会に入っちゃうらしくて、仕事があるみたいです」
秋音は背中を向けたまま俺に話した。
俺は、喉に詰まりそうな声を何とか絞り出す。
「なんで…お前は、秋音は俺を待ってたんだ?」
「私は、兄さんの事が好きだからですよ」
「あぁ、そうか。俺もお前たちが大好きだぞ」
「・・・」
「…じゃ、行きましょう」
秋音はこちらを見ることなく歩き出した。
俺はお前たち妹が大好きだ。