第2.1話 違うんだよ。兄ちゃん。
兄ちゃんとあたしたちは血が繋がっていなかった。
あたしたちは三人とも兄ちゃんの事が男の人として好きだった。
つまり、あたし達はライバルって事になる。
三人で話し合って3つのルールを決めた。
まあ、あたしはいつもの様に二人が言う事に従っておけば良いだろう。
そう思っていた。
話し合いが終わってあたし達は各々の部屋へと戻った。
兄ちゃんと血が繋がっていなかった事がこんなにも嬉しい事だったなんて。
あたしは物凄く幸せな気持ちでいっぱいだった。
自分の枕を兄ちゃんに見立てて何度も抱きしめた。
そうしている内に気づいてしまった。
あれ?あたしじゃあの二人に勝てなくね?
あたし達は確かに顔は一緒だ。
だからあたし達は見分けが着くように、それぞれ特徴をつけている。
あたしは髪を短く切っている。
秋音はメガネをかけて、ボブカットをして、髪を少し薄い茶色に染めている。
冬海は髪を小学校からずっと伸ばしている。とても綺麗な黒髪だ。しかも冬海は私たちの中で一番胸が大きい。
あれ?あたしだけ特徴少なくない?髪短いだけじゃん。
まあ並べてみると一目瞭然。
あたしにはいい所なんてない。
頭だって悪いし、いつも二人が言う事に従うだけ。
だけど唯一、二人には負けないところがある。
秋音よりも冬海よりも
断然あたしの方が兄ちゃんの事を好きだって事だ。
この気持ちだけは絶対に負けない。
あたしは普通にやるだけじゃ、あの二人には絶対に勝てない。
いつもみたく従っているだけじゃ絶対に勝てない。
-なら、あたしはあたしのやり方でやるしかない。
あたしは皆が眠りに着くのを待った。
時刻は既に午前二時を回っていた。
正直めちゃくちゃ眠い。いつも九時には寝てるから仕方ないよね。
あたしはまず服を脱いだ。
まあ脱いだ理由は聞かないで。
あたしの部屋から兄ちゃんの部屋までは一番遠い。
まるで兄ちゃんとあたしの距離みたいで嫌になる。
あたしは何とか兄ちゃんの部屋まで辿りつく事ができた。
-キーッ
極力音を立てないようドアをあける。
「スーッ...」
兄ちゃんは静かに寝息を立てていた。
暗くて顔はよく見えなかったけど。
きっと気持ちよさそうな顔で寝ているんだろうな。
あたしはしばらく何もしなかった。
兄ちゃんと二人きりでいられる事なんて、ここ最近はほとんどなかったから。
真っ暗闇の中、兄の寝息以外物音ひとつしない。
時間の感覚が狂いそうだった。
あたしは兄にかけた言葉の数々を思い出す。
「嫌い」 「死ね」 「消えろ」
あたしがやった事は決して許されない。
兄ちゃんがもし許してくれたとしても、あたしが吐いた暴言は消えることは無い。
何より自分が自分を許せない。
いつか謝らなければ。ちゃんと面と向かって。
「っれは・・・おまえらの・・よかっ・」
兄ちゃんは何か寝言を言い始めた。
嫌な夢でも見ているのかな。
あまりよく聞こえなくて耳を近づける。
「おれは・・おまえらの兄で・・よかった・・のか」
兄ちゃんは確かにそう言った。
俺はおまえら兄で良かったのか。と。
あたしはとても悲しくて申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
やっぱりあたし達がかけた暴言は兄ちゃんを確実に苦しめていた。
あたしは兄ちゃんを起こさないよう、だけど兄ちゃんに伝わるように言葉を紡いだ。
「違うんだよ。兄ちゃん。
あたし達は兄ちゃんが居てくれたから、ママとパパが家に居なくても寂しくなかったんだよ。
兄ちゃんが居てくれたからあたし達は同じ学校に通う事ができたんだよ。
兄ちゃんが居てくれたから毎日が楽しかったんだよ。
あたし達の人生の大事な時にはいつも兄ちゃんが居てくれたんだよ。
だから、だからあたしは・・・」
あたしはそれ以上は言わなかった。
兄ちゃんが起きている時に、もっとあたしを知ってくれて、あたしを妹じゃなく一人の異性として見てくれた時に伝えるべき言葉だと思ったから。
今日はもう自分の部屋に戻ろう。
そう決めた時だった。
-パシッ
あたしの手を兄ちゃんがつかんだ。
起きている?最初はそう思った。
「スピーッ、スピーッ…」
やっぱ寝てる。無意識に掴んだの?
甘えん坊の兄を持つと大変だ。
あたしは兄ちゃんを起こさないように、静かに兄ちゃんの上に乗った。
正直キスの一つぐらいしてやるつもりだった。
無理だった。
あたしはとっくに活動限界を越えていた。
*****
ぎゃあああああ!
耳元で爆音がした。
何事かと思ったら兄ちゃんがあたしを凝視している。
兄ちゃんはなんで私がここに居るかを聞いてきた。
お前が引き止めたんだろ。とは言えるわけも無い。
とりあえず言い訳しなきゃ。
何も思いつかない!あと裸でいるの今更恥ずかしくってきたし。
「あ、えっと、その、そう!部屋を間違えたんだ!ごめんな、兄ちゃん!」
まあ我ながら酷い言い訳だったと思う。
秋音と冬海が部屋に入ってきた。
何故かあたしを睨むように見てくる。なんでだ。
兄ちゃんは思ったよりあっさりとあたしの言い訳を飲んでくれた。
物わかりが良くて助かるぜ!兄ちゃん!
兄ちゃんはあたしに服を着ろと言った。
これはチャンスだと思った。
だって兄ちゃんに認められた上で兄ちゃんの服を盗めるんだよ。
盗むじゃなかった。借りれるんだよ。
ならこんなまたと無いチャンスを逃す訳にいかないよね。
あたしは真っ先にタンスの中身を漁った。
一番使い古してそうなのを選んだ。
あたしはそれが必要である事を証明するかのようにわざとらしく胸と下半身を隠して、部屋を後にした。
結局添い寝しか出来なかったけど、あたしにとっては大勝利!
あたしは戦利品をそのまま自分の部屋に持ち帰り、宝物入れの中に入れた。
そこからは、あたし達の手料理を兄ちゃんに振舞った。
あたしの目玉焼きは相変わらず最高の出来だった。
兄ちゃんはあたしの目玉焼きを美味しいと言ってくれた。
だからあたしだけが
毎日兄ちゃんに朝ごはんを作ると主張した。
秋音と冬海も似たような事を言っていた。
あんな物を兄ちゃんに食べさせる二人には任せていられない。
あたしの目玉焼きぐらい完璧ならともかく。
そんな口論をしていると、秋音がポツリと呟いた。
「あれ?兄さんは?」
どこを見渡しても兄ちゃんは居なかった。
あたしはすぐ玄関へと向かおうとした。
-パシッ
なんか既視感があるけど、あの時とは全然雰囲気が違った。
後ろを振り向くと
まるで鬼のような形相でこちらを睨む二人がいた。
「夏鈴!また約束破るつもり!?」
秋音が激怒する。
「あなたのやり方ずるいわよ」
冬海も続けて言った。
でも仕方がないじゃない。二人と違ってあたしには何もないのだから。
そんなあたしを見て見兼ねたのか、秋音がため息混じりに口を開いた。
「...分かったわよ。ならこうしましょう。
今日兄さんと一緒に登校するのは私。
下校するのは冬海。夏鈴は今日約束破った罰として登下校には関わらない。」
いや結局、あたし何も出来ないじゃない。
「でも明日は夏鈴が兄さんと登校。
私が兄さんと下校。
冬海は登下校には関わらない。これでどう?
こんな感じで日替わりで回していくの」
「私はそれで良いわよ」
冬海が首を縦に振る。
「あたしもそれでいいよ」
あたしも首を縦に振る。異論はない。
まあ別に今日一日登下校に関わらないだけだ。
-でも関わっちゃいけないのは登下校だけなんでしょ?
一応夏鈴の最初のメイン回なので、執拗い様ですが絵を挿れときます。