第2話 懐かしい光景
前話の0+1話を 2021年8月3日 午前2時頃に 終盤にかけて大幅に改稿させて頂きました。
2021年8月3日午前2時 以前に 前話に目を通して頂いた方は、改稿後の前話の終盤だけでも目を通して頂けると、違和感なく今後のお話も読み進める事ができると思います。
お手数をお掛けして申し訳ございません。
以後このような事が起こらないよう、努めてまいります。
父と母から件の話を聞いたその日の夜。
俺はある夢を見た。
顔も知らない俺の実の両親の夢を。
「冬華!妊娠したって本当か!」
「ええ本当よ。まだ男の子か女の子か分からないけどね」
「・・・冬華、ありがとう。本当にありがとなぁ」
「泣かないの!お父さんになるのよ。私だって我慢してるんだから」
小さなアパートの一室で俺の両親は泣きながら抱き合っている。
顔はハッキリとは見えない。
そんな二人を俺は少し上から見つめている。
夢だと気づくのにそう時間はかからなかった。
二人がこうして抱き合っている事を俺は知っていた。
というより思い出した。と言った方が正しいのか。
暗くて狭くて、でもとても温い居心地の良かったあの場所で、二人の声を確かに聞いていた。
フラッシュバックとでも言うのだろうか。
育ての父と母から少し話を聞いただけで思い出すなんて。
そんな自分の軽薄さに、心底呆れてしまう。
それでも、とても幸せな夢だった。
この先亡くなるはずの両親がもし生きていたら、俺はどうなっていたのだろう。
幸せそうに泣く二人を見て、やっぱり考えてしまう。
実の両親と生きて共に暮らせていたら、今以上に俺は幸せだったのだろうか?
俺が兄じゃなければ、妹たちはもっと幸せだったんじゃないか?
それら答えはこの先見つかるものなのか。
結局俺は何の答えも出せないまま、夢は終わりを迎えた。
*****
朦朧とする意識の中、重い瞼を上げる。
寝起きだからか視界がぼやけて良く見えない。
体が重い。金縛りにでもあったのか。
何かが違う。こう、物理的な重さを感じる。
怖い。俺の体はどうしてしまったんだ。
-フーっ
顔に何かが吹きかかる。なんだ?すきま風?
やけに生暖かい。
俺は本当に怖くなった。
もう一度寝に入ろうとする体に鞭を打って、何とか意識を覚醒させる。
ぎゃああああああああ!
思わず叫んだ。叫びざるを得なかった。
だってそこに居たのは絶対居るはずのない人間だったから。
「どうしたの兄さん?大丈夫?」
「お兄!なにがあったの!?」
秋音と冬海が俺の悲鳴を聞いて部屋に飛び込んできた。
「え、あの、夏鈴?なんで俺の部屋にいるの?それも裸で」
俺の上に乗っていたのは素っ裸の夏鈴だった。
正直、幽霊が乗っていてくれたほうが幾分かマシだった気がする。
「あ、えっと、その、そう!部屋を間違えたんだ!ごめんな、兄ちゃん!」
夏鈴は頬を真っ赤に染め、俺の上に股がったままそう言った。
「そうなんだ。じゃあ仕方ないか。誰だって間違えることはあるしな」
口ではそう言ったが、納得をしているかと聞かれたら決してそんな事はない。
かれこれ十六年間共に過ごしてきたけど今まで一度でも部屋を間違えた事なんてあったか?
そもそも夏鈴の部屋は俺の部屋と一番遠かったはず。
いや、野暮な事を考えるのはよそう。
そもそも妹たちは俺の事が大嫌いだ。
きっと夏鈴の言う通り、本当に間違えたのだろう。
昨日は色々あって疲れていただろうしな。
「取り敢えず服着てこい。風邪ひくぞ」
俺の上に股がったまま動こうとしない夏鈴にそう伝えた。
夏鈴はおもむろにタンスを漁り出したかと思うと、俺の服を嬉しそうに持ち、それで胸と下半身を隠して部屋から飛び出していった。
何してんだ?まあ、服の1枚や2枚無くなったって問題ない。
それよりもつい先刻から、秋音と冬海が顔を顰めて何かを話している。
何かあったのだろうか。心配だ。
ただ、ここで話しかけるときっと妹たちに嫌な思いをさせてしまう。
敢えて俺は何も聞かなかった。
俺が着替えを始めると、二人は何も言わず部屋から出ていった。
妹たちの様子が少しだけいつもと違うように感じた。
俺は着替えを終え、朝ごはんを作りに一階に降りる。
まぁ、作るといっても食パンをトースターにぶち込むだけなんだけど。
いつもの妹たちなら俺がリビングに降りた時点で、
既に家から出ているか、もしくはまだ寝ているか、はたまたご飯を食べている最中か。
大体この中のどれかだった。
今日はそのどれでもなかった。
何故か三人仲良く並んでキッチンに立っている。
仲良く?ってわけでもなさそうだ。何か言い争ってる?
まあそれでも、とても懐かしい光景だ。
小学生の頃には良く見た光景だった。
今でも鮮明に思い出せる。
夏鈴はほぼ炭になった目玉焼きをよく作ってくれた。
秋音は見た目は完璧な料理をよく振舞ってくれていた。
毎回砂糖と塩が逆だったり、何故かスープに牛乳が入っていたりしたけど。
冬海は言葉では言い表せない何かを作ってくれてたなぁ。なんだろあれ。
本当に懐かしい。三人が並んでいるこの光景が見れただけでも眼福だ。
俺はいつものように適当に食パンを取ってトースターにぶち込もうとした。
「お兄
「兄さん、"ちょっと待って"!!」
「兄ちゃん、
何故か止められた。まあトースターを使う用事があるんだろう。じゃあ邪魔しちゃいけない。
俺は先に学校に行く事にした。
別に学校の購買で菓子パンでも買えば良い話だし。
カバンを持ってリビングを出ようとした。
その時だった。
「「「待って!!!」」」
また止められた。俺にどうしろって言うんだ。
飯も食わせず学校にも行かせず、そこまで俺の事が嫌いなのか?
でも俺は逆らうことは出来なかった。
ここで無視して行ってしまえば、今まで以上に妹たちに嫌われてしまうだろう。
そんなのは絶対嫌だ。
しばらく部屋の隅で体操座りをしていた。
くつろいでいると、三人に怒られそうな気がしたから。
でも、どうしても気になって聞いてしまった。
「ど、どうして、俺をここに拘束するんだ?」
罵声を浴びされるのを覚悟して身構えた。
杞憂だった。予想に反した答えが返ってきた。
「「「朝ごはん作ってあげてるから待って!」」」
流石三つ子!と言わんばかりの息ピッタリな返答だった。
って、そんな事はどうでもいい。
あの妹たちが俺に朝ごはんを作っている。
この訳の分からない状況を誰か俺に分かるように説明してくれ。
俺は混乱する頭を抱え時間が過ぎるのをただ待った。
それから十分程経った頃だった。
「「「できた!」」」
机の上には見覚えのある品々が並んでいた。
-ほとんど炭の何か。
-見た目は完璧のフレンチな朝ごはん。
-言葉では言い表せない何か。
とても懐かしくなって、少しだけ目が潤んだ。
裏に何があるとか全く考えなかった。
それ以上にあの妹たちが俺に何かをしてくれたのが本当に嬉しくて、とても朝ごはんとは言える量じゃなかったけど一つ残らずたいらげた。
「ありがとう!美味しかったよ」
俺は今にも破裂しそうなお腹を無理やり押さえ込み妹たちにそう伝えた。
「「「良かった!毎日作ってあげるね!」」」
目が合うなり、
「死ね」「肺が腐る」「消えろ」etc....
そう言ってくる妹たちとは似ても似つかない、とても素敵な笑顔で笑う三人の女の子がいた。
今日だけは俺の罵詈雑言図鑑が埋まらなくて済みそうだ。
きっと気を回してくれているのだろう。
昨日は色々あったからな。
我ながら優しい気の利く妹たちだ。
「毎日はいいよ。お前たちも大変だろ?」
妹たちの優しい心遣いに答えれるように、最善の返答をしたつもりだった。
「お兄には私が毎日作る!」
「兄さんは私の料理が好きなんです!」
「兄ちゃんは私の料理がー!」
こいつらは全く聞いていなかった。
三人で何かを言い争っている。うるさくてよく聞こえない。
まあ、たまにはこんな日があってもいいだろ。
多分明日からはまた罵倒を浴びせられる毎日だ。
ご馳走様でした。と手を合わせ、食器を運ぶ。口論する妹たちに気づかれないように静かに玄関へと向かった。
学校まではここから歩いて十分程で着く。
二週間も行き来すれば嫌でも慣れてしまうもんだ。
俺は朝の事を思い出しながら学校へと向かって歩き始めた。
(また作ってくれるのか。嬉しいなぁ。
料理の腕は相変わらずだったけどな。ははっ
俺もあいつらに朝飯の一つぐらい作ってやらなきゃな。でも、その前に仲直りしないとけないな。
いつか、昔のようにまた四人で笑い合えるように。)
-いつかなんて来るのだろうか。
俺は少し考えて立ち止まる。
やはり答えは出ない。
俺は止めていた足を再び前へと進めた。
この時の俺は気づいていなかった。 知る由もなかった。
水面下で行われていた、妹たちの激しい戦いを。