第10話 閑話休題
「んーっ」
あーやっと自由に動ける。
強く締めすぎなのよ。
「冬海ー 、今日会った人ってどんな人だったの?」
スマホをいじりながら夏鈴が聞いてきた。
あんまり興味無いのかな?
「んー。金髪ギャルって感じの人だった。
とても綺麗で、礼儀正しい人だったよ。
名前は、えーっと、月見里胡桃さん。
でも、何か変だったんだよね…」
夏鈴はスマホを置いた。
《《変》》って言葉にそこまで興味が湧くものなの?
「どう変だったの?」
「なんかね、私が何も言わなくても聞きたい事を分かっているっていうか…
なんか心の中を読まれている様な感じ。
そういえば、夏鈴は月見里さんに会ったこと無い?」
一生懸命思い出そうとしているのか、顎に手を当てて目を瞑っている。
「…んー、あ!」
「やっぱり会ったことある?」
「知らないや」
「……」
期待した私が悪い。
「そんな事いいから、早く楠木について教えてよ」
今まで黙っていた秋音が痺れを切らしたのか、横槍を入れてきた。
「私たち三人で話すといつもこうなるのよ。
本筋からどんどん離れていって、最終的に意味の分からない結論に至る。
流石に反省しない?」
今回ばかりはかなり頭にきているようだった。
秋音がここまで怒るのも珍しい。
「ごめん秋音。ちゃんと話すから」
「ホントよね? ちゃんと教えてよ」
私が大袈裟に謝るフリをしたら、すんなり許してくれた。
私は今日言われた事を、頭の中で一通り思い出した。
何とか整理して言葉にした。
「結論から言うと、楠木の場所は分からなかった」
「「え?」」
「それじゃあ意味ないじゃん」
秋音はまた少し苛立ってるのか、私が言い終わる前に、責める様な口調で言った。
「早く知りたいのは分かるけど、最後まで話を聞いて」
「ごめん、兄さんとの約束の事を考えると…」
露骨に落ち込んでいる様子だった。
構わず、私は続ける。
「確かに楠木の場所は分からなかった。
でも、使えそうな情報と、楠木に会えるヒントは貰えたよ」
「なになに?」
夏鈴が食いつくように聞いてくる。
「まず、私たちが一週間どれだけ頑張っても、楠木の情報を得られなかったでしょ?
これは、楠木の親が彼女の情報が出回る事を規制してたらしいの」
「なんで?」
「分からない。何か不都合な事でもあるのかな」
秋音は何かを考えているようだった。
「で、ここからが本題。
楠木に会うためのヒントなんだけど、月見里さん曰く、
彼女の大事な人の身に何かが起これば、彼女はすぐにそこに来ると思うよ。
らしいの」
「・・・・・」
秋音が沈黙を破った。
「楠木の大事な人…それって…」
夏鈴が続く。
「…兄ちゃんだよね?」
三人とも考えている事は同じだったらしい。
「やっぱりそう思うよね…」
また私たちは黙り込む。
それが分かった所でどうすればいいのかが分からない。
お兄に何かが起きたら、か。
「私、良い案があるんだけど」
夏鈴が口を開いた。
「どんな案?」
私はどんな異様な案が来ても動揺しない様に、身構えた。
「何かが起きたらって、別に何でもいいんだよね?」
「多分そう。お兄の身の回りを大きく変えるような出来事が起きて、それを楠木が知ればいいと思う」
「なら、兄ちゃんが事故で大怪我して昏睡状態になった。
ってことにすればいいんじゃない?」
それは流石にまずいんじゃないの。
それに…
「仮にそれでいくとして、どうやって楠木に伝えるの?」
私が反論する前に、秋音が突っ込んでいた。
「楠木に伝える方法なら一つだけあるよ」
夏鈴が悪巧みをする時の顔をしている。
きっとマトモな案じゃない。
「月見里さんに頼めばいいんだよ」
思ったより普通だった。
というか私もそれを一番最初に考えていた。
「でも、どうして月見里さんに?」
一応私は聞いてみた。
「だって、私たちがどれだけ聞いても、探しても見つける事のできなかった楠木の場所を、月見里さんだけが見つけたんだろ?
なら、月見里さんに頼るしかないんじゃない?」
至極真っ当な意見だった。
ただ、私の頭の中で月見里さんの言葉が反芻される。
『私にはあまりリスクを犯せない理由があるんだ』
本当に頼ってもいいのだろうか。
おそらく、月見里さんには月見里さんの問題があるんだと思う。
迷惑にならないかな。
でも、いつでも連絡してきて、とも言ってたよね…
んー。
「どうしたの冬海? 私は夏鈴の意見に賛成だけど」
秋音が私の顔を覗き込んできた。
「分かった。一応、月見里さんに聞いてみるだけ、聞いてみるね。
でも、頼りきりなのも申し訳ないから、断られても仕方ないと思ってね」
私がそう伝えると二人は無言で頷いた。
-プルルルル
『そろそろかなと思ってたよ。
楠木についてだろ?
三人で話し合って、彼女に伝えたい内容は纏まったかい?』
私は声が出なかった。
何も伝えてないのになんで知っているんだ?
全てを見透かされているようで、かなり怖かった。
『おーい。聞こえてるかい?』
「あ、すみません。ちょっと驚いちゃって」
『ははははっ』
電話越しに笑い声が聞こえる。
『何を驚く事があるんだよ。
言いたい事があるんでしょ?
お姉さん聞いてあげるから、言ってみ』
私は包み隠さず、三人で話し合った内容を月見里さんに伝える事にした。
「三人で話し合った結果、
ヒントで伝えられた大事な人は、私たちの兄、という結論に至りました」
『うんうん、それで?』
「で、何かが起きたらっていうのは、お兄が事故で昏睡状態になってしまった。
という事にしようと思います」
『ははははっ。
なかなか大胆な設定を作ったね。
分かった。いいよ。
お姉さんがどうにかして伝えてあげるよ』
どうしてこの人は、私たちがして欲しい事を全て分かっているのだろう?
純粋に疑問に思った。
「月見里さんは何を知っているんですか?」
『私は何も知らないよ。だから知りたいんだ』
月見里さんが言った言葉の意味は分からなかった。
何も知らない? ならどうして…
『じゃあ、私に言いたい事はこれで全てかな?』
「はい。すみません。また頼ることになっちゃって…」
『そう、謝らないでよ。
私言ったでしょ? また連絡してきてねー! って
それに、私たちもう友達でしょ?
友達なら頼ってくれていいんだよ。
私も困った時は冬海ちゃんに相談するから』
月見里さんは笑ってそう言ってくれた。
でも、今のままじゃ一方的に与えてもらっているだけだ。
「本当にありがとうございます。
こんな私たちの我儘に付き合って頂いて。
だから、月見里さんが困った時には、必ずお手伝いしますから!」
『嬉しい事を言ってくれるね。
もし、何かあったら頼らせて貰う事にするよ。
じゃあ、そろそろ失礼させて貰おうかな』
「本当に今日はありがとうございました」
『うん。こちらこそ、話してくれてありがとう。
じゃあ、詳細な時間や場所は決まり次第連絡するから』
-ブツッ
また頼ってしまった。
楠木さんが困った時には必ず手を貸そう。
あの人が、困る事があるのかは分からないけど。
「どうだった?」
秋音が不安そうな顔で問いかけてきた。
「大丈夫!」
私は笑って答えた。
そこから私たちは、自分たちの部屋へと戻った。
事が動いたのは翌日の夜だった。
*****
-プルルルル
「はい。天羽です」
『こんばんは。冬海ちゃん。
一日ぶりだね』
「こんばんは月見里さん。
なんの御用ですか?」
何の用だろう。
昨日の今日で話が進むはずないだろうし。
『なんの御用って…、ははははっ。
君達の依頼だろ?』
「え? もう話を取り付けてくれたんですか?」
『そうだよ。
まぁ、私が直接って訳にはいかなかったけどね。
今日はあまり時間が無くてね、早速だけど本題に入らせてもらうよ。
明日、月曜日、宗凛病院の二階、304号室に午後一時。
出来れば一人で行ってくれると助かるかな。
絶対に時間に遅れないでね。
遅れちゃうと、もう当分の間は楠木に対してコンタクトを取れなくなっちゃうから』
月見里さんは私にそう伝えるとすぐに電話を切ってしまった。
かなり急いでいるようだった。
結局ありがとうの一つも言えなかった。
後でメールを送っておこう。
でも、どうやって楠木に伝えたのだろうか。
きっと聞いたところではぐらかされるだけなんだろうけど。
もう少し、月見里さんの事も知りたいな。
取り敢えずさっき聞いた事を夏鈴と秋音にも伝えなきゃ。
明日が祝日でよかった。
でなければ学校を休むしかなかった。
「夏鈴、秋音、ちょっと来て」
私は二人を呼んだ。