第9話 (番外編?)メンヘラゴリラ
「ただいまー」
私が玄関を開けると、秋音が出迎えてくれた。
「あ、おかえり、どうだった?」
「うん。普通にいい人だったよ」
「そうだったんだね、心配しすぎちゃったかな」
少し照れているのか、秋音は指で髪を弄っている。
昔からの癖だ。
「で、楠木に関して、なにか情報を得られた?」
目をキラキラさせている。
きっとコッチを早く聞きたかったんだろう。
「うん。結構重要な事を教えてくれたよ」
「やったー! どんな情報なの?」
その場でピョンピョン跳ねて喜んでいる。
楠木に関しての情報を手に入れられた事が、余程嬉しかったのだろう。
今までは、全くと言っていいほど情報が集まってなかったから…
「その事なんだけど、ちょっと三人で話し合いたいから、三人が揃った時に伝えてもいい?
少し相談したい事があって…」
「あー。夏鈴、今部活なんだよね…
多分17時頃には帰ってくると思うよ」
秋音は露骨に残念がっていた。
そんなに早く知りたいのかな?
「先に秋音にだけ伝えても良いんだけど、ちょっぴり話が複雑なの…」
「そっか…まぁ、夏鈴が帰ってきてからで良いよ」
眉が下がった。落ち込んでるのが分かりやすい。
もしかしてだけど、私も秋音みたいに、思った事全部顔に出てるのかな?
だったらなんか恥ずかしいな。
「ごめんね、必ず伝えるから」
私がそう言うと、秋音は何も言わずに頷いて、自分の部屋へと帰って行った。
先に教えてあげれば良かったかな?
でも、夏鈴も居る時に伝えた方が良い気がするんだよね。
二回説明するの面倒くさいし。
…あ、そう言えばお兄はどこに行ったんだろう。
ここ一週間ぐらい前からよく出かけてるけど、何かしてるのかな?
もしかして……か、彼女?
やばいやばい、だとしたらどうしよう。
お兄ってかなり高スペックだから、いつ彼女が出来てもおかしくないんだよね。
運動も大体できるし、頭もかなり良い方だし、顔だって相当整ってる。何より性格良いし。優しいし。
(かなり強めにフィルターかかってます)
あーだめだ。
考えれば考える程不安になる。
もしお兄に彼女がいたら、私たち三人のうちの誰かがその彼女に危害を加えてしまうと思う。
というか、多分やるのは私。
楠木にかまけている間にお兄を誰かに盗られたら、本末転倒じゃないの?
仲直りの前に横取りされるじゃん。
鳶に油揚げ攫われちゃうよ。
あーホントにダメだ。
このままじゃネガティブな方にしか考えられなくなる。
秋音なら何か知ってるかもしれない。
聞いてみるか。
-ドンドンドンドンドンドンドンドンドンドン
「秋音ー! ちょっといい?」
「いいよ! いいから、ドアそんなに叩かないで!
何? ゴリラなの? あなたメスゴリラなの?」
「あ、ごめん、つい…」
流石に強く叩きすぎたかな。
でも、流石にゴリラは酷くない?
「で、用件は? 楠木の事?」
どんだけ楠木について知りたいのよ。
「そんなのどうでもいい! お兄は! お兄はどこ!?」
私は完全に取り乱した。
「落ち着いて、冬海! 目が逝ってるから! あと声のボリューム! リアルゴリラになってるって!」
私は秋音に縄で縛られた。
どうして?
「あの、これ解いて貰えない?」
「無理」
即答だった。
「で、兄さんがなんだって? ゴリ…冬海」
今ゴリラって言いかけたよね? 絶対言いかけたよね?
何とか私は冷静さを取り戻し、秋音に質問した。
「お兄はどこにいるの? 今家に居ないよね?」
「んー多分、友達とでも遊んでるんじゃないかな」
「え? 秋音知らないの? 秋音なら知ってると思ったのに…」
「いや、冬海が知らなかった方が驚きなんだけど。 冬海っていつも兄さんの動き把握してたじゃない」
何故か秋音はドン引きしている。
お兄の動きを把握するなんて当たり前じゃないの?
私は何が変なのか分からず、首を傾げた。
そんな私を見た秋音はため息をついた。
「はぁ、冬海。そういう所だよ…」
「なにが?」
「いや、なんでもないよ」
秋音は何かを誤魔化した。はっきり言って欲しい。
「でもでも、お兄の場所が分からないのってまずくない?」
私がそう伝えると、ため息混じりに秋音は言った。
「はぁ。いや、別に自由に行動してもいいでしょ。
兄さんだって、人付き合いの一つや二つぐらいあるよ。それに、中学の時はそこまで干渉してなかったじゃん」
「だってお兄、中学の時は部活以外興味なかったから…。
あのサッカー部、女っ気全然なかったし」
「だからって、一々兄さんの行き先まで特定する必要はないんじゃない?」
秋音は完全に呆れていた。私の方を見て頭を抱えている。
お兄を盗られてもいいの? このポンコツメガネ。
「じゃあ! 今この瞬間! お兄が別の女とデートしてても良いって言うの!?」
私は叫んだ。叫ぶつもりはなかったんだけど…
「いや…それは…確かに…嫌だけど…」
明らかに秋音は動揺している。
髪の毛を手櫛で整え始めたのが、何よりの証拠だ。
「でしょ!? じゃあお兄の行動を監視しなきゃ!」
私はどんどん声が大きくなっていった。というか勝手に大きくなった。
私の声帯って私の管理下に置かれて無いっぽい。
「冬海。…キモイ」
物凄い冷たい声で、秋音は吐き捨てる様に言った。
それに目が怖い。ゴミを見るような目だ。
「え?」
「キモイ」
え? 何が気持ち悪いの? 本当に分かんない。
「あのね、冬海が兄さんの事を好きなのは分かるよ。
でも、そこまで束縛してたら嫌われちゃうよ?
完全にメンヘラゴリラだよ?」
秋音は子供を宥めるかのような口調で喋る。って、メンヘラゴリラってなによ。
「…でも、お兄に彼女ができるのは……やだよ」
私は本音を言った。
「そうだね。でも嫌われちゃったら意味ないんじゃない? それに、今は仲直りが先でしょ? 兄さんとの約束忘れたの?」
確かに嫌われたら意味が無い。
秋音の言う通り、今は約束を守る方が先決か。
まぁ、お兄との約束を守った後に、適当にGPSと盗聴器でも付けとけばいっか。
「約束は忘れてないよ」
「何でニヤケてんの? もしかして、また変な事考えてるの?」
ばれた? もしかして顔に出てたかな。
「そんな訳ないじゃん。まさかGPSなんか付けたりしないわよ」
「私GPSなんか一言も言ってないんだけど…」
秋音はまたあの目で私を見てきた。
まずい。何か言い訳考えなきゃ。
「たっだーいまー! 帰ったぞー!」
下の階からいつも聞いている元気な声が聞こえた。
助かった…言い訳せずに済みそう。
「あれ? 夏鈴早くない? 帰ってくるの17時頃じゃなかったっけ?」
私は素知らぬ顔で秋音に質問した。
「…話逸らしたでしょ。 まぁ、いいわ。
これでやっと楠木についても知れるしね…」
なんとか逃れられた。
まぁGPSはやめとくか…。盗聴器だけにしとこ。
「私、夏鈴呼んでくるよ。だからこの縄解いて?ね?」
私は上目遣いで精一杯、秋音にお願いした。
…無視された。
暫くすると、秋音が夏鈴を連れてきた。
こうして三人揃って話すのも一週間ぶりだ。
夏鈴は部屋を見渡して私が居ないことに気づいたのか、不思議そうな顔をしていた。
ふと下を見た。目が合った。
「え? 何で冬海縛られてんの? そういう趣味あったの?
ごめん、あたし気づいてあげられなかった…」
謝らないで。虚しくなる。
「いや、これはあき…」
秋音に口を抑えられた。苦しい。
「冬海はこういうのが好きなんだって〜!」
このポンコツメガネ、好き放題言ってくれて…
「じゃあ! 本題いこ! 冬海、お願い!」
秋音は無理やり楠木の話題へと持って行った。
はよこの縄解け。